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<title>ものろぎや・そりてえる</title>
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<description>読書と映画と、それから何を？</description>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-cd36.html">
<title>大野正美『グルジア戦争とは何だったのか』、前田弘毅『グルジア現代史』、他</title>
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<description>　大野正美『グルジア戦争とは何だったのか』（東洋書店、ユーラシア・ブックレット、2009年）は、2008年8月に南オセチアをめぐっておこったロシア・グルジア間の「五日間戦争」の経緯を解説。グルジア領内...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;大野正美『グルジア戦争とは何だったのか』&lt;/strong&gt;（東洋書店、ユーラシア・ブックレット、2009年）は、2008年8月に南オセチアをめぐっておこったロシア・グルジア間の「五日間戦争」の経緯を解説。グルジア領内にあってロシアのバックアップを受ける南オセチア自治州、アブハジア自治共和国が焦点。グルジア内のマイノリティーである両自治州・自治共和国の中にもさらにマイノリティーがいるという複雑な民族構成。どちらが先に手を出したのかはいまだに情報が錯綜している。国力差ではロシアが圧倒的だが、実際の動員数はほぼ互角、地勢的条件を考慮すればむしろグルジア側が有利だったはずだが、軍隊のシステム上の不備から敗退。ロシア側は、資源輸出による経済成長への自信に裏付けられて対外的に強硬姿勢だったが、直後の9月に世界金融危機→欧米のロシア投資も一斉に引き上げ→口先とは裏腹に国際協調を迫られた。ロシアが初めて旧ソ連構成国と戦争したこと、国境不変更の原則からコソボ独立に反対していたにもかかわらず“非承認国家”南オセチア・アブハジアの独立を認めたことは、ロシア外交への国際的不信感を印象付ける結果となった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;前田弘毅『グルジア現代史』&lt;/strong&gt;（東洋書店、ユーラシア・ブックレット、2009年）は、ソ連崩壊・グルジア独立以降に重きを置いた現代政治史の概説。1956年にはハンガリー事件に先行して反ソ暴動、ソ連軍による軍事制圧を経験、1978年には国語条項問題→グルジア民族主義が高まっていたが、他方で、アブハジアなどグルジア領内マイノリティーは警戒感を強めており、民族紛争の種は早くからくすぶっていた。独立後の初代大統領ガムサフルディアは激情的な愛国主義者で混乱に拍車をかけてしまった。事態収拾のため招かれたシェワルナゼは現実主義的なバランス感覚を示したものの、旧ソ連時代からの地元ボス政治を温存→腐敗、さらに経済運営の失敗、チェチェン紛争や9・11後の危機的状況を乗り切れず、国内に不満が高まり、2003年のバラ革命で失脚。代わって大統領になったアメリカ帰りのサアカシュヴィリは清新なイメージの一方で、やはり古くから続く縁故政治を断ち切れず、政権幹部も離反、国内の求心力を高めるため反ロシアの愛国主義を煽りたて、2008年の「五日間戦争」を招いた。しかし、サアカシュヴィリに代わり得る指導者は他に見当たらないのが現状だという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　以前、ピロスマニに興味を持って（→&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-ba46.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;）、彼の生きた時代背景を知りたいと思ったのだが、グルジア史関連の日本語文献が少なくて難儀した。ロシア革命前後の時期については取りあえず、&lt;strong&gt;Stephen F. Jones, &lt;em&gt;Socialism in Georgian Colors: The European Road to Social Democracy, 1883-1917&lt;/em&gt;&lt;/strong&gt;（Harvard University Press, 2005）を読んだ（→&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/f-18831917-8830.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;）。最終的にはボルシェヴィキが覇権を握ったロシアとは異なり、グルジアではメンシェヴィキの勢力が強く、ナショナリズムと近代化の受け皿となった。そのことを指して“グルジア色の社会主義”と表現されている。指導者ノエ・ジョルダニアの個人的な信望もあって、1921年の赤軍による軍事制圧で亡命を余儀なくされるまでのほんの数年間だったが、メンシェヴィキ主導のグルジア民主共和国が成立していた。現在のグルジアもこれを継承したという形をとっている。それから、悪ガキ時代のスターリンを描いた&lt;strong&gt;Simon&lt;/strong&gt; &lt;strong&gt;Sebag Montefiore, &lt;em&gt;Young Stalin&lt;/em&gt;&lt;/strong&gt;（Phoenix Paperback, 2008）を読みさしのままほったらかしなのだが、舞台はやはりこの時代のグルジアである。ジョニー・デップ主演で近いうちに映画化されるらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　他にグルジア関連では、テンギズ・アブラゼ監督の映画「懺悔」については&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-b1b4.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;、グルジア史について音楽に絡めたメモは&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-2671.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;に書いた。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>国際関係論・海外事情</dc:subject>
<dc:subject>近現代史</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-22T00:21:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-030e.html">
<title>斎藤充功『日台の架け橋・百年ダムを造った男』、平野久美子『水の奇跡を呼んだ男──日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』、胎中千鶴『植民地台湾を語るということ──八田與一の「物語」を読み解く』</title>
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<description>　日台関係に関心を持つ人以外では八田與一という名前にはあまりピンとこないかもしれない。土木技師として、1930年、当時では東洋一の規模を誇る烏山頭ダムを完成させ、嘉南大圳という灌漑水路網を整備した。彼...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　日台関係に関心を持つ人以外では八田與一という名前にはあまりピンとこないかもしれない。土木技師として、1930年、当時では東洋一の規模を誇る烏山頭ダムを完成させ、嘉南大圳という灌漑水路網を整備した。彼の業績は台湾ではよく知られており、例えば私の手もとにある呉密察監修『台湾史小事典』（遠流出版、2000年）、李筱峰・荘天賜編『快讀台湾歴史人物Ⅰ』（玉山社、2004年）、公共電視台『台湾百年人物誌１』（玉山社、2005年）を見ると八田に一項目立てられている。最近、八田與一紀念館が開館し、オープンセレモニーには馬英九総統も日台関係に配慮して出席したらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;斎藤充功『日台の架け橋・百年ダムを造った男』&lt;/strong&gt;（時事通信社、2009年、旧版は1997年）は八田與一のダム造りに執念を燃やした生涯をたどる。ダム造りは水利技術や農業技術など様々な民生技術と一体のプロジェクトであって、関連分野で活躍した技術者（たとえば、蓬莱米を開発した磯永吉、末永仁など）にも時折言及される。台湾というコンテクストをはずしても、技術開発に専念した一徹な仕事人として、例えばNHK「プロジェクトX」が好きな向きには興味深い人物だろう。1942年、南方産業開発派遣隊としてフィリピンへ渡るとき、乗船していた船が撃沈されて落命、敗戦後、彼の完成させた烏山頭ダムで夫人が入水自殺したという悲劇性も地元の人々の気持ちを引いたのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;平野久美子『水の奇跡を呼んだ男──日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』&lt;/strong&gt;（産経新聞出版、2009年）。八田與一の仕事は政府主導の大規模公共事業であったが、対して本書が取り上げる鳥居信平（のぶへい）は民間企業の技師であったため永らくその名は埋もれたままだった。サトウキビ増産のため台湾糖業に招かれた土木技師。彼の整備した二峰圳は地下ダムによって伏流水を利用した灌漑用水であり、自然の生態や原住民の生活と折り合いをつけながら水の力を最大限に引き出そうという工夫がこらされていた。生態系バランスを考えた環境型ダムとして先進的であったと評価される。本書のように日台関係の埋もれた人物を掘り起こしていく作業も大切である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　八田にせよ、鳥居にせよ、彼ら個人としてのひたむきな技術者魂は政治とは無縁であるが、それが日台双方のある種の政治性の中では微妙な意味合いを帯びてくる。&lt;strong&gt;胎中千鶴『植民地台湾を語るということ──八田與一の「物語」を読み解く』&lt;/strong&gt;（風響社、2007年）は日本、台湾、それぞれで八田を受け止める歴史的記憶のコンテクストが異なるのではないかと指摘する。日本の植民地支配にはプラス、マイナス両面があり、従来はマイナス面ばかり強調されてきたのは確かであるが、その反発から「良い日本人もいた」→植民地支配全面肯定と飛躍してしまう人を時折見かける。極論に行かないように解毒剤として本書も併せて読んだ方がいいだろう。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>人物</dc:subject>
<dc:subject>台湾</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-21T02:07:48+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-0a3c.html">
<title>「誰がため」</title>
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<description>「誰がため」 　コペンハーゲンのレトロで清潔感のある道路の石畳、そこに響き渡ったドイツ軍の軍靴の音。ナチス・ドイツ占領下のデンマークではレジスタンス運動が高まり、この美しい街並もあちこちで生々しい傷痕...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;「誰がため」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　コペンハーゲンのレトロで清潔感のある道路の石畳、そこに響き渡ったドイツ軍の軍靴の音。ナチス・ドイツ占領下のデンマークではレジスタンス運動が高まり、この美しい街並もあちこちで生々しい傷痕を見せている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　銃を懐にターゲットへと近寄る二人、フラメンとシトロンが狙うのはナチに魂を売った裏切り者。組織上層部の命令で暗殺に手を染める二人だが、あるターゲットと交わした会話をきっかけに、心の中で疑念がきざす。ひょっとして、俺たちは無実の人間を殺しているのではないか？　ゲシュタポのトップを直接狙いたいと上層部に言っても、それは絶対にダメだ、と釘をさされてしまう。誰の言うことなら信用できるのか？　疑心暗鬼で神経を憔悴させる中、ゲシュタポの包囲網は狭まりつつある──。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二人とも戦後は“英雄”とされた実在の人物だという。最新の史料公開を踏まえてこの映画は作られているそうで、その中にはデンマーク現代史のタブーに触れる側面もあるらしい。自分たちのやっていることは正しいことなのかという疑いはシリアスなものである。それ以上に、こいつは裏切り者なのか、それとも二重スパイなのか、罠にはめられているのか、そのように情報のパズルがかみ合いそうでかみ合わない迷宮的な緊張感には、二時間以上の長丁場をグイグイ引っ張っていく迫力があった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【データ】&lt;br /&gt;原題：Flammen ＆ Citronen&lt;br /&gt;監督・脚本：オーレ・クリスチャン・マセン&lt;br /&gt;出演：トゥーレ・リントハート、マッツ・ミケルセン、クリスチャン・ベルケル&lt;br /&gt;2008年／デンマーク・チェコ・ドイツ／136分&lt;br /&gt;（2009年12月20日、渋谷、シネマライズにて）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-20T19:50:21+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-726d.html">
<title>木村汎『現代ロシア国家論』、ミヒャエル・シュテュルマー『プーチンと甦るロシア』、栢俊彦『株式会社ロシア』、酒井明司『ロシアと世界金融危機』、中村逸郎『虚栄の帝国ロシア』、ドミトリー・トレーニン「ロシアの再生」</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-726d.html</link>
<description>　木村汎『現代ロシア国家論──プーチン型外交とは何か』（中央公論新社、2009年）は外交に着目して現在のメドベージェフ=プーチン「タンデム」政権の性格を分析する。ロシアは歴史的にみても強力な指導者の伝...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;木村汎『現代ロシア国家論──プーチン型外交とは何か』&lt;/strong&gt;（中央公論新社、2009年）は外交に着目して現在のメドベージェフ=プーチン「タンデム」政権の性格を分析する。ロシアは歴史的にみても強力な指導者の伝統があり、外交方針も指導者のトップダウンで一元的に決定される（ゴルバチョフ・エリツィン政権期は例外）。その指導者とは、現代ロシアではプーチンであり、憲法上の再選規定をクリアするため忠実なメドベージェフを大統領に据えつつも、実質的な権限はプーチン首相が持つという苦心のカラクリは周知の通りである。メドベージェフは比較的リベラルであり、将来的にはプーチンとの権力闘争の可能性も排除できないという指摘もあるが（例えば、中村逸郎『ロシアはどこに行くのか──タンデム型デモクラシーの限界』講談社現代新書、2008年）、それはあくまでも相対的な温度差の問題で彼自身も強硬なナショナリストだと本書は指摘する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　他の国ならば複数の政治アクターのせめぎ合いによる政策決定過程に注目されるところだが、こうしたロシア政治の性格においては、指導者の権力基盤がいかに強固であるか、そして彼個人の思考方法はどのようなものであるのかに分析の焦点が合わされる。強いロシアの復興が外交の目標であり、そのためには国際的ルールは無視（徹底したリアリズム）、ハードパワー（軍事力と資源ナショナリズム）偏重が特徴である。長期的戦略としては対米協調だが、個別問題ではアメリカとの対決も辞さない。CIS諸国は「特殊権益圏」とみなして影響下に置くべく力をちらつかせる。中国とは欧米型民主主義への反発という点では共通するが、互いに潜在的脅威とみなしているため同盟までは至らない。グルジア侵攻で顕著になったように、ロシアもいずれはノーマルな国になるという希望的観測は打ち砕かれ、ロシアは怖い国だという国際的印象を強めてしまったこと、ハードパワーとしてのエネルギー戦略依存→モノカルチャー的で経済的多元化ができていない弱さが指摘される。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;ミヒャエル・シュテュルマー（池田嘉郎訳）『プーチンと甦るロシア』&lt;/strong&gt;（白水社、2009年）は、ドイツの歴史家による現代ロシア政治論。2007年、ミュンヘン安全保障会議でプーチンがアメリカ一極支配に反発、他国の押し付けを受け入れるつもりはないと断言したシーンから説き起こされる。歴史的・政治的に幅広い論点からロシア政権の内在的論理を浮かび上がらせようとする趣旨で、タイトルからも分かるようにとりわけプーチンの人物像や考え方に重きが置かれる。なお、著者のシュテュルマーはドイツのいわゆる歴史修正主義論争で保守派として発言した人らしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;栢俊彦『株式会社ロシア──渾沌から甦るビジネスシステム』&lt;/strong&gt;（日本経済新聞出版社、2007年）は、企業経営者、政治家、学者など様々な人々へのインタビューを通して、現代ロシアにおける市場経済化への模索をロシア人自身はどのように捉えているのかを伝える。1990年代の経済自由化ショック療法→新興財閥（オリガルヒ）の台頭→クローニー・キャピタリズム（仲間うち資本主義）→政府との対立からユーコス事件、不満を抱いていた国民からの喝采。こうした経緯の中で「国の役割強化」が求められているが、ただし、市場経済そのものを否定するわけではなく、ロシアの現実に見合った秩序ある市場経済ということになるらしい。資源輸出依存のモノカルチャーでは、輸出による通貨価値の上昇→しかし、国内製造業等が脆弱だと国際競争力が低下といういわゆる「オランダ病」に陥ってしまう。国内市場の活性化が必要で、ビジネス環境整備のため国家による市場監督機能を求める声が中小企業から上がっているが、リベラル派テクノクラートはロシア政治の性格からして統制強化と汚職を招くだけだとして否定的だ（たとえば、ガイダル）。なお、本書は色々な人々の見解を順番に並べる構成で、ロシア的「ビジネスシステム」が明示されているわけでもなく、タイトルとズレがある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;酒井明司『ロシアと世界金融危機──近くて遠いロシア経済』&lt;/strong&gt;（東洋書店、2009年）は、ソ連時代の計画経済の問題点から経済自由化後の金融危機、資源問題まで丁寧に解説した入門書。国際的な資本市場の動向と結び付いた金融危機、原油価格の上下で左右される心理的効果、そうした中で国際経済の流れと自国経済強化とのバランスに腐心しているとプーチン政権の経済政策を捉える。システムの解説というよりも、海外から持たれやすい誤解を解きほぐすことに重きを置く。ロシア擁護の論調が強いが、「残念ながら～は十分でない」という但書きが目立ち、ロシアにはロシアなりの事情や内在的論理があるのだからマイナス面への過剰反応は禁物という趣旨だと受け止めるべきだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;中村逸郎『虚栄の帝国ロシア──闇に消える「黒い」外国人たち』&lt;/strong&gt;（岩波書店、2007年）は、ロシアに周辺国から流れ込む出稼ぎ労働者たちの現場の調査を通してロシア社会の矛盾点を浮き彫りにする。法的手続きが煩雑なので不法就労とならざるを得ない彼らに対して、警官や役人はことあるごとに難癖をつけて金を巻き上げる。不法就労だからと言って追い出してしまうと“金づる”がなくなってしまう。それから、外国人労働者排斥を叫ぶスキンヘッド・グループの存在。外国人労働者を守る人権団体もロシアにはない。労働力として彼らを必要としつつも、彼らの存在を非合法とすることで“利ざや”を稼ぐ社会構造になっており、それを著者は「虚栄の帝国」と呼ぶ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;Dmitri Trenin, “Russia Reborn,”&lt;/strong&gt;&lt;em&gt;Foreign Affairs&lt;/em&gt;, vol.88 no.6,(Nov/Dec 2009)は、ロシアは欧米のルールにはのらないというプーチンの対抗意識は現実の情勢に見合わないことを指摘する。小国であっても主権国家として自律的な行動をとる21世紀にあって、アメリカ、EU／NATO、ロシア／CISの勢力圏均衡という19世紀的発想は通用しない。例えば、中国は中央アジア諸国、ベラルーシ、モルドヴァなどにロシアを上回る貸付をしているし、ガス資源もトルクメニスタン→中国ルートの構築が進められている。グルジア侵攻は周辺諸国に動揺を招いた。ソ連時代は軍事力とイデオロギーで勢力を維持していたが、現代のロシアにそれだけの実力はない。ロシアの経済的・社会的・技術的後進性を直視すること、ソフト・パワーの再構築が必要であり、西側に加わらないまでも外交方針を変更しなければ立ち行かない。過去の栄光にしがみつくのではなく、現在の必要に応じて自己変革することによって国際社会の中で大きな役割を果たせるようにすべきだと主張する（具体的には、キリスト教圏とイスラム教圏との対話の仲介など）。キャッチ・アップの対象として中国、日本、韓国を挙げ、「もしピョートル大帝が生きていたら、バルト海（つまり、ペテルブルク）ではなく日本海側に遷都するだろう」という言い回しが面白い。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>国際関係論・海外事情</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-20T00:08:13+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b37e.html">
<title>マイケル・オークショット『政治における合理主義』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b37e.html</link>
<description>マイケル・オークショット（嶋津格・森村進他訳）『政治における合理主義』（勁草書房、1988年） 　言葉というのは実に難しいもので、表面的にはどんなに正しいように聞こえる主張であっても、理念として整合性...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;マイケル・オークショット（嶋津格・森村進他訳）『政治における合理主義』&lt;/strong&gt;（勁草書房、1988年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　言葉というのは実に難しいもので、表面的にはどんなに正しいように聞こえる主張であっても、理念として整合性をもって定式化されたとき、「確かにそうかもしれないけど、どこか変だ」と理屈とは異なる皮膚感覚レベルで違和感を覚えることがある。正義の理念であればあるほど、生身の感覚を万力でキリキリ締め上げていくような知的暴力。そうした違和感を自覚化することで進歩主義の不自然さを浮き彫りにしていくのが政治思想としての保守主義である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　“伝統”とか“常識＝コモンセンス”とかいうキーワードを出すと色々と誤解もされかねないが、要するに、自分自身の内面を振り返ってみて不自然でなく、しっくりくる感覚に基づいて考えれば、おおむね間違いは回避できる。仮に間違ったとしても、そのことを指摘されたら柔軟に修正できる。そうした積み重ねによって一歩一歩事態を改善していこうという考え方である。不自然に遊離した目的合理的な思考体系では、こうあらねばならないという目的意識＝“べき”論が硬直化して修正がきかない。従って、ますます間違いを重ねてしまう。保守主義の要諦は皮膚感覚に根ざした懐疑と試行錯誤にあり、そのエッセンスが結晶した暗黙的な智慧を“伝統”と呼ぶ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もう一言付け加えると、自称保守、自称民族派というのも“伝統”なるものを皮膚感覚から切り離して説教くさい理念に硬化させてしまっている点で、いわゆる新自由主義も“自由”なるものを原理原則に硬化させてしまっている点で、いずれも実は他ならぬ進歩主義者と同様の誤謬に陥っていると私には思われる。過去、現在、そして未来にわたって試行錯誤の継続的な渦中にあって理念的なものは常に相対化されていく、そうした意味での歴史的視点から現在の自身の位置を探っていくのがポイントである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・本書にはイギリス保守主義の政治哲学者マイケル・オークショット（Michael Joseph Oakeshott、1901～1990年）の論文10編が収録されている。表題論文「政治における合理主義」では、“理性”優位の政治思潮としての“合理主義”を次のように捉えて批判する。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;（合理主義者は）「あらゆる場合における精神の独立、つまり「理性」の権威を除く他のいかなる権威に対する責務からも自由な思考、を唱導する。」「彼は経験を看過するわけではないが、それが彼自身の経験でなければならないと主張する（そしてすべてを新たに始めるよう求める）ために、また、入り組んだ多様な経験の一群を原理に還元し、」「彼には経験の蓄積という感覚がなく、経験が一つの定式に転換されている場合にそれを受け入れる用意があるに過ぎない。」「彼の知的過程は、可能な限りあらゆる外からの影響から絶縁されて、真空の中で進行するのである。彼の社会の伝統的知から自分を切り離し、分析の技術以上の教育はすべてその価値を否定したことで彼は、人間に対して人生のあらゆる危機についての必然的無経験を帰す傾向があり、」「ほとんど詩的ともいうべき幻想によって、彼は毎日をあたかもそれが彼の最初の日であるかのようにして暮らすことに努め、習慣を形成することは堕落だと信じている。」（2～5ページ）&lt;br /&gt;「合理主義者にとって存在しているというだけでは（そして明らかに何世代にもわたってそれが存在してきたということからは）何物も価値を有しない。親しみに価値はなく、何事も、精査を受けずに存続すべきではないのである。こうしてその性向のため、彼にとっては受容と改革よりも破壊と創造の方が理解し易く携わり易いものとなる。」「そして合理主義者はそれの場所を埋めるために彼の自作のもの──あるイデオロギー、伝統に含まれていた合理的真理の本体とされるものの形式化された要約──を置くのである。」（5ページ）&lt;br /&gt;（合理主義の政治は）「完全性の政治、そして画一性の政治である。」「彼の組立の中には、「その状況の下でもっともましなもの」の一つが占めるべき場所はなく、「最善」のための場所のみがある。」「つまり、状況というものを認めない組立には、多様性のための場所もありえないのである。」（6～7ページ）&lt;br /&gt;「合理主義者は道徳において、相続した無知を捨て去ることから始め、この空の精神の何もない空白を、自分の個人的経験から抽象し人類共通の「理性」によって是認されると彼が信じるあれこれの確実な知によって埋めることをめざす。彼はこれらの原理を議論によって擁護し、それらは（道徳的には貧弱ではあるが）整合的な信条を構成するだろう。しかし彼にとって人生の行態が、がたがた変わる連続性のない事象、ひっきりなしの問題解決、次々起こる危機の克服、となることは避けられない。合理主義者の政治と同じく合理主義者の道徳（これが前者と切り離せないのは当然だが）は、自作の人間の道徳、自作の社会の道徳であり、それは、他の諸民族が「偶像崇拝」と考えたものなのである。」（36ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;・オークショットの論文ではしばしば詩人がたとえに取り上げられる。果たして、詩人は、まず心の中に“真なる”感情とか理想とかがあって、それを言葉へ翻訳・写像しているのだろうか？→このように単純化された二元的認識論の誤謬をオークショットは指摘する。言葉に出すという営みそのものが内なるものをそのつど掴んでいこうという努力の繰り返しであり、その意味で詩人の心の動きも語りも振舞いもすべて一体のものである。従って、心の中に秘められた“理念”を翻訳＝抽象化するという思考モデルは本来的にあり得ない（「バベルの塔」「人類の会話における詩の言葉」）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・何か抽象化されたゴールがあって、人間はそこに向かってすすんでいくという考え方→しかし、我々は活動する中でこそ何をなすべきなのか考えつつあるのであって、アプリオリに設定された目的などあり得ない（「合理的行動」）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・レオ・シュトラウス『ホッブズの政治学』は以前に&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_0410.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;で取り上げたことがあるが、要するに、人間の情念が｢虚栄心｣として暴走する可能性→「死の恐怖」が「虚栄心」をくじいて人間を理性に立ち返らせる→他者との共存を図る社会契約、という捉え方をしている。オークショット「ホッブズの著作における道徳的生」もこうした捉え方をおおむね受け入れつつも、では、この社会契約の最初の履行者は、ひょっとしたら裏切られて馬鹿を見るかもしれない可能性をどうやってクリアしたのか？という論点を提起する。ホッブズの著作から確証が得られるわけではないが、この社会契約の最初の履行者は、自分が馬鹿を見ても構わないと考える「誇り」の人だったのではないか、と問いかける。ちなみに、「虚栄心」も「誇り」も英語ではprideである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なお、政治思想としての保守主義の古典、エドマンド・バーク『フランス革命についての省察』は以前に&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-255f.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;で取り上げたことがある。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>哲学・思想</dc:subject>
<dc:subject>政治</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-18T00:16:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-9354.html">
<title>笠原清志『社会主義と個人―─ユーゴとポーランドから』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-9354.html</link>
<description>笠原清志『社会主義と個人―─ユーゴとポーランドから』（集英社新書、2009年） 　著者は自主管理労組の研究者。若き日のユーゴスラヴィア留学、研究目的でのポーランド滞在といった体験の中で出会った人々との...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;笠原清志『社会主義と個人―─ユーゴとポーランドから』&lt;/strong&gt;（集英社新書、2009年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　著者は自主管理労組の研究者。若き日のユーゴスラヴィア留学、研究目的でのポーランド滞在といった体験の中で出会った人々とのエピソードを通して、社会体制と個人との関り方を考えていく。タイトルは硬いが、私的な体験を交えて実感のある感想を述べているところには好感を持った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ワレサが民主化で果した役割を海外では過大評価しがちだが、連帯の分裂過程を見ると、“民主的”でなかった点ではかつての共産党と変わらないようだ。社会主義かどうかというのは所詮表面的な話で、結局、社会体制というのは人々の皮膚感覚にしみついた“ものの考え方”のレベルに根ざすわけだから不思議はない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>近現代史</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-17T10:24:06+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a490.html">
<title>青砥恭『ドキュメント高校中退』、小林雅之『進学格差』、本田由紀『教育の職業的意義』、他</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a490.html</link>
<description>　事情を知らなければ、勉強する意欲は本人の努力の問題、やる気がない奴は脱落しても仕方がないと単純な精神論で片付けられてしまいかねない。ところが、苅谷剛彦『階層化日本と教育危機―─不平等再生産から意欲格...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　事情を知らなければ、勉強する意欲は本人の努力の問題、やる気がない奴は脱落しても仕方がないと単純な精神論で片付けられてしまいかねない。ところが、&lt;strong&gt;苅谷剛彦『階層化日本と教育危機―─不平等再生産から意欲格差社会（インセンティブ・ディバイド）へ』&lt;/strong&gt;（有信堂高文社、2001年）は、家庭環境の相違、とりわけ経済的背景が子供の学習意欲を左右していることを指摘していた。職業的ステータスが学歴と強い相関関係を持つ社会において、貧困等の家庭環境は子供の世代でも繰り返され、階層的固定化が生じてしまう。こうした問題をめぐっては、&lt;strong&gt;山野良一『子どもの最貧国・日本──学力・心身・社会におよぶ諸影響』&lt;/strong&gt;（光文社新書、2008年）、&lt;strong&gt;阿部彩『子どもの貧困──日本の不公平を考える』&lt;/strong&gt;（岩波新書、2008年）などの本も以前に&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-03d6.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;で取り上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;青砥恭『ドキュメント高校中退―─いま、貧困がうまれる場所』&lt;/strong&gt;（ちくま新書、2009年）は、高校を中退してしまった生徒たちからじかに話を聞き取って、彼らの置かれた行き場のない苦境を訴えかける。高校中退者はいわゆる底辺校に集中し、そして底辺校に通う生徒の多くは家庭的に恵まれていない。基礎学力ばかりか、基本的な生活習慣すら身についていない子もいるが、親自身が生きていくのに必死で子供のことに構っている余裕がない。文化資本の問題ばかりでなく、見捨てられた感覚、ほめられることでの達成感も経験したことがないと、何をやっても無駄だというあきらめの心境になってしまう。高校の先生たちも対処しきれず、問題児は早く退学して欲しいという雰囲気まで生まれているという。そうした生徒は中退してもまともな就職先はない。学校にも社会にも居場所がなくなってますます負のスパイラルに陥ってしまう。「貧しいとは選べないことなんです」という言葉が深刻だ。「選べない」家庭は貧困を世代間再生産させることになり、そうした階層格差が高校の序列化という形ではっきり示されてしまっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;小林雅之『進学格差―─深刻化する教育費負担』&lt;/strong&gt;（ちくま新書、2008年）は、大学進学にあたっての学費＋生活費というトータルな費用について国際比較を行ない、その中で日本の現状を捉える。日本では成績上位生徒の場合、所得の高低に関係なく親の進学させたい意向は強いという。しかしながら、生活費等の条件も考えると、家計上負担できるかどうかで進学上の格差が生じてしまう。日本では教育費を親が負担するのは当然だとする観念が従来から強かったため、こうした問題がこれまで顕在化しなかったのだと指摘される。奨学金制度の見直しが提言される。なお、国際比較では各国の社会的・文化的背景を踏まえて考察されるので、どれが良いと単純化するような議論にはならない。海外の進学事情を知る上でも興味深い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;本田由紀『教育の職業的意義──若者、学校、社会をつなぐ』&lt;/strong&gt;（ちくま新書、2009年）。戦後の高度経済成長期、家庭、学校＝教育、企業＝仕事を三本柱とする人材供給経路において学卒一括採用→企業が人材育成をしていた。こうした日本型雇用システムが崩れ、個人の「生きる力」が称揚される中で進められる「キャリア教育」の問題点を本書は指摘する。自分で決める「自己実現」を急かされる一方で、そのために必要な手段は社会的に供給されていないという隘路（＝自己実現アノミー）。自己実現の上での進路選択にあたっては、社会の現実とぶつかり合う試行錯誤の中で自分自身のあり方を掴み取っていくしかない。著者は「柔軟な専門性」教育を提唱している。とりあえずの足場として何らかの職業的専門性を身に付けさせ、同時にその足場をきっかけに自分の方向性を模索させる。つまり、自分の職業適性を考えるための具体性を持った回り道の猶予期間を学校という制度の中で保証すること（このあたりの議論は著者の&lt;strong&gt;『若者と仕事―─「学校経由の就職」を超えて』&lt;/strong&gt;[東京大学出版会、2005年]、&lt;strong&gt;『多元化する「能力」と日本社会─―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』&lt;/strong&gt;[NTT出版、2005年]で展開されている）。そのようにして社会的現実に「適応」する一方で、仕事現場の不合理な待遇にまで過剰に適応してしまわないように「抵抗」のための社会的知識（例えば、法律など）を身に付けさせること。こうした「適応」と「抵抗」という二つの面で習得の機会を提供していくところに「教育の職業的意義」を探ろうとしている。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社会</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-16T23:08:36+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-60b6.html">
<title>マルセル・モース『贈与論』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-60b6.html</link>
<description>マルセル・モース（吉田禎吾・江川純一訳）『贈与論』（ちくま学芸文庫、2009年） 　マルセル・モース（Marcel Mauss、1872～1950年）の言わずと知れた文化人類学の古典。現代思想にも広く...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;マルセル・モース（吉田禎吾・江川純一訳）『贈与論』&lt;/strong&gt;（ちくま学芸文庫、2009年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マルセル・モース（Marcel Mauss、1872～1950年）の言わずと知れた文化人類学の古典。現代思想にも広く影響を与えたことでよく知られており、頻繁に引用されるので知ったかぶりだったが、新訳が出たのを機に読んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　未開社会における贈与関係を、経済的にばかりでなく道徳的にも宗教的にも、受け取ったら（人間だけでなく神様や精霊からも）お返ししなければいけないという義務感を生じさせることで成り立つ人的ネットワークの精神的メカニズムとして把握する。このようなモラルと経済との結び付きが、現代の我々の社会でも隠れた形で機能しているのではないか？　こうした問題意識を踏まえて、太平洋諸島やネイティブ・アメリカンの民族誌的事例の検討を通して贈与制度の理念型を抽出し、その名残をローマ、古典ヒンドゥー、ゲルマンなどの古代法からも読み取るという構成。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「与えることを拒み、招待することを怠けることは、受け取ることを拒むのと同じように、戦いを宣言するに等しい。それは結びつきと交わりを拒むことである。さらに、人に与えるのはそれが強制されているからであり、受贈者は贈与者に属する物すべてに一種の所有権を持つからである。この所有権は霊的な絆として示され、そのように捉えられている。」「これらすべてにおいて、与え、受け取るという権利と義務に対応する消費と返礼という一連の権利と義務が存在している。しかし、この対称的で対立的な権利と義務の混淆については、物──これはある程度、人に結びつく──と個人や集団──これはある程度、物とされる──との間に霊的な結合の混淆があると考えれば、矛盾は解消する。」（38～39ページ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「…そこでは、物質的、精神的生活と交換が打算的でない、義務的な形で行われている。さらにこの義務は、神話的、想像的、あるいは象徴的、集団的な方法で表現されている。しかもこの義務は交換される物に結びついた関心という形をとる。交換される物は、交換を行う者から完全に切り離されることはない。交換される物によって作られる人間の交わりや結合関係は比較的崩れない。実際に、社会生活におけるこのような象徴──交換される物に対する執着の持続──は、これらのアルカイックな類型に属する、分節化された諸社会の下位集団が互いに錯綜し、しかも、自分達が互いに義務づけられていると感じるその有様を明確に表わしている。」（93～94ページ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「つい最近、われわれの西洋社会は人間を「経済動物」にしてしまった。しかし、今のところわれわれのすべてがこうした存在になっているわけではない。大衆においてもエリートにおいても、一般的に行われているのは純粋で非合理的な消費である。それはわれわれの貴族階級の残存の特徴である。ホモ・エコノミクスは、われわれの後方ではなく前方に見出される。道徳的な人間、義務を果たす人間と同様に、そして科学的に思考する人間、理性的な人間と同様に、長い間、人間は他のものを有していたのである。人間が計算機によって複雑化された一つの機械になってしまってから、まだそれほど時間が経過していない。」（279ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　全体的な「社会」関係の中のあくまでも一つとして機能していた「経済」が突出して、それが市場システムという形であたかも一元的に「社会」を動かす原動力になっているかのように見えるのは、あくまでも「近代」という人類史の中では特殊な一時代のことに過ぎない。このように現代の市場経済を相対化していく視点はカール・ポランニーが展開した経済人類学と同じである（例えば、『経済の文明史』を&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b942.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;で取り上げた）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　例えば、ポトラッチが取り上げられているが、面子や権威の維持という社会的ステータスに関わる動機から財の破壊＝消費→功利計算に基づいて利益最大化を図るホモ・エコノミクスとは異なるロジックをとる。つまり、経済活動は社会的慣習に動機付けられていることを示している点では、ソースティン・ヴェブレン『有閑階級の理論』（→&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e70c.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;）とも比較できる。見方を変えれば、ホモ・エコノミクスという人間類型そのものが現代の我々に特有な思考習慣に過ぎないと相対化することができる。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>哲学・思想</dc:subject>
<dc:subject>歴史・民俗</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-15T23:19:27+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/1956-6baf.html">
<title>ヴィクター・セベスチェン『ハンガリー革命1956』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/1956-6baf.html</link>
<description>ヴィクター・セベスチェン（吉村弘訳）『ハンガリー革命1956』（白水社、2008年） 　1956年、ソ連軍によって鎮圧されたハンガリー革命。一連の政治動向を前史としての第二次世界大戦から説き起こして時...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;ヴィクター・セベスチェン（吉村弘訳）『ハンガリー革命1956』&lt;/strong&gt;（白水社、2008年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　1956年、ソ連軍によって鎮圧されたハンガリー革命。一連の政治動向を前史としての第二次世界大戦から説き起こして時系列的に描き出したノンフィクションである。人物群像をこまめに拾い上げて描かれているので内容は興味深いのだが、訳文がちょっと不自然なのが残念。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ソ連からのきびしい締め付け、常にソ連中央指導部の鼻息をうかがわねばならないラーコシは“小スターリン”として振る舞い、秘密警察による暴力と一体化した体制で恐怖政治を展開して、市民の間に不満がくすぶっていた。1956年のスターリン批判と共にラーコシは失脚して、鬱積していた不満が爆発、市民の自発的なデモが盛り上がる中、誠実な人柄で共産党幹部の中では唯一人気のあったナジ・イムレが新指導者として浮上する。ナジ自身はソ連と妥協する必要を理解していたが、民衆運動はもう抑えがきかない。結局、ソ連の軍事介入を招いてしまった（ただし、ソ連指導部内でも議論があり、ミコヤンは反対したが、強硬派に押し切られた）。アメリカは冷静構造のロジックで無視、スエズ動乱に忙殺される国連も関心を示さない。ナジ政権の閣僚だったがソ連側に寝返ったカーダールを傀儡として新政権が樹立され、ナジをはじめとした指導者たちは処刑された。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本書でもカーダールに対しては裏切り者として評価は少々からい。本書の趣旨からははずれるが、カーダール政権の時代は依然として共産党支配が続き、とりわけ1956年の悲劇が傷としてひきずられたマイナスがある一方で、社会的・経済的には比較的安定し、ラーコシ時代との比較に過ぎないにしても秘密警察は控えめで、個人崇拝もなかったと言われる。後知恵的な言い方になってしまうが、当時の地政学的条件からしてソ連による“帝国支配”から脱け出せる見通しはほとんどなく、それにもかかわらずコントロールを失った民衆運動に引きずられて、それをまとめあげる力のなかったところにナジの悲劇があった。妥協によってソ連支配下でも一定の自立を目指した点では、ナジの果たせなかった役割をカーダールが担ったという見方も可能なのだろうか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なお、1956年のハンガリー革命については、以前に「君の涙 ドナウに流れ──ハンガリー1956」という映画を観たことがある（→&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/1956_c141.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;）。その時に併せてビル・ローマックス（南塚信吾訳）『終わりなき革命 ハンガリー1956』（彩流社、2006年）という本も読んだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ノンフィクション・ドキュメンタリー</dc:subject>
<dc:subject>近現代史</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T23:21:40+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/3-fda8.html">
<title>「チャイナ・パワー 第3回 膨張する中国マネー」</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/3-fda8.html</link>
<description>NHKスペシャル「チャイナ・パワー 第3回 膨張する中国マネー」 　急速な経済発展で金余りの中国。海外に投資先を探すファンドとして漢能投資集団が取り上げられる。アメリカに本拠を置く中国人投資家と某社を...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;NHKスペシャル「チャイナ・パワー 第3回 膨張する中国マネー」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　急速な経済発展で金余りの中国。海外に投資先を探すファンドとして漢能投資集団が取り上げられる。アメリカに本拠を置く中国人投資家と某社をめぐって買収合戦、中国政府による案件審査が必要で時間遅れ、タッチの差で敗れたが、海外に広がる中国人人脈を使って巻き返しを図るところが興味深い。アメリカ企業とパートナーシップを結ぶなど活発な投資活動を繰り広げるチャイナ・マネー、しかしその威力には海外で反発もある。理由の一つとしては、中国ファンドはグローバル資本主義のロジックに則って行動しつつも、その背後に政府系企業・金融機関がついており、資源戦略という中国政府の方針が見え隠れするところが警戒心を招いているようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そういえば、先週、香港誌『亞洲週刊』12月6日号をパラパラ眺めていたら、中国国内経済についても「国進民退」か、「国進民也進」か、つまり国営企業主導で民間セクターは沈滞してしまうのか、それとも民間セクターも一緒に発展できるのか？という論点がメインになっていた。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ノンフィクション・ドキュメンタリー</dc:subject>
<dc:subject>国際関係論・海外事情</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T23:35:04+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-9b41.html">
<title>「倫敦から来た男」</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-9b41.html</link>
<description>「倫敦から来た男」 　霧が立ち込める冬の夜、波止場にイギリスから来た船が接岸する。ロンドンで大金を盗んだ男たち二人が仲間割れして一人が殺され、その現場を目撃したマロワンは、男たちの残した鞄を拾い上げた...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;「倫敦から来た男」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　霧が立ち込める冬の夜、波止場にイギリスから来た船が接岸する。ロンドンで大金を盗んだ男たち二人が仲間割れして一人が殺され、その現場を目撃したマロワンは、男たちの残した鞄を拾い上げた。中に入っていた大金を見たマロワンの心中にきざした変化は、やがて運命を変えていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　モノクロームの映像は影と光の対照を印象的な強さで際立たせる。マロワンの寒々とした心象風景を映し出しているようでいて、同時にその冷たさにはどこか抒情的な美しさすら漂う。廃墟とまでは言わないが、うらぶれた感じの街並が良い。セリフに呼応する俳優の表情や仕草、長回しのカメラワークで別々の複数の動きがスムーズに展開、注意深く見ていると一つ一つの映像構成が緻密に計算されているのが分かる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　原作はジョルジュ・シムノンということでサスペンス映画かと思っていたのだが、そういう趣旨ではないようだ。ストーリーをたどっていくだけだと、正直なところ、眠気を催すかもしれない。むしろ、映像そのものに表われている情感をゆっくりかみしめるタイプの映画だろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【データ】&lt;br /&gt;監督：タル・ベーラ&lt;br /&gt;原作：ジョルジュ・シムノン&lt;br /&gt;2007年／ハンガリー・ドイツ・フランス／138分&lt;br /&gt;（2009年12月13日、渋谷、シアター・イメージフォーラムにて）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T18:08:36+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b942.html">
<title>カール・ポランニー『経済の文明史』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b942.html</link>
<description>カール・ポランニー（玉野井芳郎・平野健一郎編訳、石井溥・木畑洋一・長尾史郎・吉沢英成訳）『経済の文明史』（ちくま学芸文庫、2003年） ・経済人類学者カール・ポランニー（Karl Polanyi、18...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;カール・ポランニー（玉野井芳郎・平野健一郎編訳、石井溥・木畑洋一・長尾史郎・吉沢英成訳）『経済の文明史』&lt;/strong&gt;（ちくま学芸文庫、2003年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・経済人類学者カール・ポランニー（Karl Polanyi、1886～1964年）のエッセンスとなる10編を集めた論文集。&lt;br /&gt;・人類史を広く見渡してみたとき、市場経済は決して普遍的なのではなく、19世紀以降の近代に特有なシステムに過ぎないのではないか？　こうした問題意識から文化人類学や歴史学の博識を総動員して文明論的な枠組みの中で経済史を捉える。いま我々がその中に生きていて自明視しがちな市場経済というシステムを相対化していく視点が有益である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・もともと広い意味での「社会」の中に「経済」は組み込まれていたが、19世紀以降、「経済」が離脱→価格調節機能によって自律的となった市場経済が逆に「社会」全体を動かすようになった（すなわち、“大転換”）。本来、商品ではあり得なかった労働・土地・貨幣そのものを商品取引の対象とみなす擬制の成立→市場の価格システムの中に投げ込まれたことが契機。&lt;br /&gt;・経済の変遷について「分析用具として提示する概念は、経済が、社会との関連で、社会に埋め込まれた（エンベッデッド）状態にあるか、社会から離床した（ディスエンベッデッド）状態にあるかという区別である。十九世紀における離床状態の経済は、社会のほかの部分、とりわけ政治システムと統治システムから分離独立していた。市場経済では、物的財の生産と分配は、原則として、価格を決定する市場の自動調節的なシステムをとおして行われる。それはさらに、それ自身の法則、すなわち、いわゆる需要供給の法則に支配され、飢えの恐怖と利得の希望に動機づけられる。個人を経済に参加させるような社会的状況をつくり出すのは、血縁関係や、法的強制や、宗教的義務や、忠誠心や、魔術ではなく、私企業や賃金システムなど、特定の経済制度である。」「以上はすなわち経済の領域が社会のなかで独立している十九世紀型経済である。それは貨幣的利得の衝動をその弾みとしているのであるから、動機的にも特異な経済なのである。それ自身の法則をもつオートノミーに到達している。そこには、好感手段としての貨幣の広範な使用に端を発する、社会から離床した経済の極端な事例がみられるのである。」（265～266ページ）&lt;br /&gt;・「このような概念は、人類学と歴史学の事実に合致しない。交易は、ある種の貨幣使用と同様に、人類と同じくらいに古い。経済的な性格をもった出会いは古くは新石器時代から存在したと考えられるが、市場は歴史上、比較的最近まで重要性をもつにいたらなかったのである。市場システムを構成する唯一の要素である価格決定市場は、どの記録をみても、紀元前一千年紀以前にはまったく存在しなかった。」（385ページ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・市場経済が「社会」から離床した際に、人間行動の動機も経済的なものに一元化されてしまった。「任意の動機を選び出し、その動機を個人の生産活動の誘因とするような生産組織をつくってみると、その特定の動機に全面的に心を奪われた人間像がそこに現出する。動機は宗教的なものでも、政治的なものでも、美的なものでも、さらには、誇りや、偏見や、愛や、嫉みでもなんでもよい。そうすると、人間は本質的に宗教的な、あるいは政治的な、あるいは美的な、あるいは高慢な、あるいは偏見をもった、あるいは愛にあふれた、あるいは嫉み深い人間として現れてくるだろう。それ以外の動機は、生産活動という重大事にかかわりがないことになるから、影が薄くなり、関係が遠くなる。いずれにせよ、いったん特定の動機が選ばれると、それが「真の」人間を表すことになる。」…「しかし、われわれがここで関心をよせるのは、現実の動機ではなく、仮想された動機であり、仕事の心理（サイコロジー）ではなくて、仕事の思想（イデオロギー）である。人間の本性の見方の基盤は前者にあるのではなくて、後者にある。というは、ひとたび社会がその成員に対して一定の行動を要請し、現行の制度によってその行動をほぼ強制することができるようになれば、人間の本性についての意見は、現実がどうであろうと、その理想型を反映することになるからである。そこで、飢えと利得が経済的動機と定義され、人間はそれにしたがって日常生活の行動をすると考えられるようになり、その他の動機は日常生活から切り離された、この世ばなれした動機であるかのようにみられたのである。そうなると、栄誉と誇り、市民的責務と道徳的義務、自尊心や共通の礼儀さえも、生産には無縁のものとされ、「理想」という意味ありげな言葉でまとめられることになった。」（62～64ページ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・現在において自明視された視点で過去を意味づけてしまう“視圏（パースペクティヴ）の逆立ち”。古代史に「市場」の存在を見出そうとする際には「われわれは危険な落とし穴を注意深く避けなければならない。機能が非常に異なっていながら、発展した市場条件下における経済活動が、市場前の条件下における同様な活動に類似することがありうるからである。実は典型的に原始的な、あるいは古代的な現象に直面しているにもかかわらず、歴史家が時にこれを驚くほど「近代的」現象とみてしまうことがあった。これは「視圏の逆立ち」とでも呼ぶべきものである。市場以前と市場以後を区別することが、この「視圏の逆立ち」を避けるのに役立つであろう。」（234ページ）&lt;br /&gt;・具体例：古代バビロニアにおける交易は市場活動ではなかった。アリストテレス経済論の読み直し→自給自足的共同体の維持という当時の社会的要請から価格設定の考え方を彼は示していたが、後世の史家はそれを単にアリストテレスの誤謬と片付けて問題にしてこなかった。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>歴史・民俗</dc:subject>
<dc:subject>経済・経営</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T00:07:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-62d5.html">
<title>「泣きながら生きて」</title>
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<description>「泣きながら生きて」 　東京で不法就労という形ながらも懸命に働いて娘の学資のため仕送りを続ける丁尚彪さん、上海に残してきた奥さん、そして娘さん、三人の姿を十年間にわたって撮り続けたドキュメンタリー。社...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;「泣きながら生きて」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　東京で不法就労という形ながらも懸命に働いて娘の学資のため仕送りを続ける丁尚彪さん、上海に残してきた奥さん、そして娘さん、三人の姿を十年間にわたって撮り続けたドキュメンタリー。社会派的な力みかえりはなく、むしろヒューマン・ドラマとしての内容に引き込まれた。もともとテレビ番組だったが、これを見て感動した大学生の奔走で映画館上映にこぎつけたらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　丁尚彪さんは1989年に35歳で来日。文革で下放されて教育を受ける機会がなかったため一念発起、親戚知友から借金をかき集めて留学したのだという。留学先の日本語学校は北海道の寒村にあった。学資は働いて稼ぐつもりだったし、借金も返さねばならないのだが、過疎化が進む地方に仕事などない（受け入れ先はこうした留学生事情まで把握していなかった）。やむを得ず東京に出て働き始める。大学で学びたいという夢は潰えてしまった。しかし、上海に残してきた娘は進学させたい、そこに夢を託して仕事をいくつも掛け持ちしながら仕送りを続ける。念願かなって娘はアメリカ留学が決まり、トランジットで東京に降り立ったとき再会。さらに、娘に会いに行く妻ともやはりトランジットの折に再会する。13年ぶりであった。空港まで見送りに行きたいのだが、一つ手前の成田駅で降りねばならない。不法滞在のため身分証明書の提示を求められたら困るからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　勉学への意欲はあったにもかかわらず、文革で挫折し、日本でも挫折し、心中にはやりきれない不条理感があったろうに、丁さんは一言も愚痴を言わない。それは前向きというのとはニュアンスが違うが、ひたむきで謙虚な姿には見ていて本当に頭が下がる。娘さんもプレシャーが大きかったかもしれないが、むしろそれが頑張る動機付けになっていたようだ。丁さん、奥さん、娘さん、三人三様に自分の背負っているものへのはっきりした想いがある。互いに負担を掛け合うこと自体が絆となり、生きていく原動力になっている家族の姿がうかがえる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　不法就労というとネガティヴなイメージになってしまうかもしれないが、事情がやむを得ない人もいる。日本に来ている中国人も多種多様で、そうしたあたりは吉田忠則『見えざる隣人──中国人と日本社会』（日本経済新聞出版社、2009年）で読んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【データ】&lt;br /&gt;企画・演出：張麗玲&lt;br /&gt;ナレーター：段田安則&lt;br /&gt;2006年／108分&lt;br /&gt;（2009年12月11日レイトショー、新宿バルト９にて）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ノンフィクション・ドキュメンタリー</dc:subject>
<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-12T15:58:01+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-d788.html">
<title>ジョン・グレイ『自由主義の二つの顔──価値多元主義と共生の政治哲学』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-d788.html</link>
<description>ジョン・グレイ（松野弘監訳）『自由主義の二つの顔──価値多元主義と共生の政治哲学』（ミネルヴァ書房、2006年） ・異なる価値観の共存を図るという意味でのリベラリズムには二つのタイプがある。 ①理性的...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;ジョン・グレイ（松野弘監訳）『自由主義の二つの顔──価値多元主義と共生の政治哲学』&lt;/strong&gt;（ミネルヴァ書房、2006年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・異なる価値観の共存を図るという意味でのリベラリズムには二つのタイプがある。&lt;br /&gt;①理性的な合意形成を通して“普遍性”の実現を目指す“寛容”。&lt;br /&gt;②それぞれの価値観の共約不可能性を前提とした価値多元主義→相互理解がなくても利害関係の妥協によって結ばれた“暫定協定”による共存。本書は②の立場。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「自由主義には二つの哲学が含まれている。一方の哲学においては、寛容が真理へと至る手段として正当化される。この見解では、寛容は理性的合意の道具であり、生の様式の多様性というものも、最終的には消え去るであろうという確信の下で認められている。他方の哲学においては、寛容は平和の条件として重んじられ、互いに異なった生の様式は、善き生における多様性の特徴として歓迎されている。前者の概念では価値に関する最終的な収斂という理念が支持されており、後者においては「暫定協定」の理念が支持されている。」（167ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;・異なる価値観が構想する中での妥協は個別具体的な場面でなされるものである。対立抗争のあり様が変転する中、そのつどそのつど解決を図っていくわけだが、それは政治の問題である。超歴史的な“普遍的価値観”に基づく原理原則に解決法を求めることなどできない。抗争しあう価値観→政治的な妥協による調整＝“暫定協定”によって共存→調整は国家の役割→ネオ・ホッブズ主義。&lt;br /&gt;・「重要なのは、諸価値間の抗争をどれほど交渉可能なものにしたか、なのである。あらゆるレジームにとって正当性の試金石となるのは、諸価値間での──対抗的な正義の理念も含めた──抗争の調停を成功させることなのである。」（206ページ）&lt;br /&gt;・「あらゆる歴史上の状況に適用できるような正当な政治レジームの基準を希求することは無益である。善や悪のなかには属性として人間的なものもある。しかし、人間の歴史の諸状況は、普遍的な諸価値を政治的正当性についての普遍的な理論へと翻訳するには余りにも複雑、かつ、流動的である。」「この点で、政治哲学は不可避的に歴史に拘束を受けるものなのである。」（168ページ）&lt;br /&gt;・「無秩序は、正義が強制という人工物であるという事実を明らかにする。無秩序が存在するところでは、いかなる権利も存在しない。」「正義と権利はつまるとこり、力によって裏づけられた慣習なのである。」「人権擁護の第一の条件は、効果的な近代国家である。強制力なくしてはいかなる権利も存在せず、いかなる種類の快適な生活も不可能なのである。」（204～205ページ）&lt;br /&gt;・「…「暫定協定」は政治的な企図なのであり、道徳的な理念ではない。妥協を万人が従うべき理想として説いたりはしない。」「「暫定協定」の追求は何らかの種類の超越的な価値を求めるものではない。対抗的な価値の主張が調停されうるような共通の制度へのコミットメントなのである。」「ホッブズ的な国家は個人の信念に至るまで無関心という徹底的な寛容を広げるのである。ホッブズはそれゆえに、「暫定協定」を中核とする自由主義思想の伝統の元祖なのである。」（36～37ページ）&lt;br /&gt;・「宗教的であれ政治的であれ、強固に普遍主義的な道徳は幻想であるということが、価値多元主義の意味するすべてである。」（209ページ）&lt;br /&gt;・「政治哲学において、恒久的な真理はほとんど存在しない。」「政治哲学の目的は、より幻想の少ない実践へと回帰することである。我々にとってこれは、正義、および、権利の諸理論が政治のアイロニーと悲劇から救い出してくれるという幻想を放棄することを意味する。」（214ページ）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>哲学・思想</dc:subject>
<dc:subject>政治</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-12T01:35:52+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/a-5416.html">
<title>フリードリヒ・A・ハイエク『隷従への道』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/a-5416.html</link>
<description>フリードリヒ・A・ハイエク（一谷藤一郎・一谷映理子訳）『隷従への道』（改版、東京創元社、1992年） 　ドラッカー『「経済人」の終わり』は第二次世界大戦直前に書かれたファシズム批判の書だが、先日これを...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;フリードリヒ・A・ハイエク（一谷藤一郎・一谷映理子訳）『隷従への道』&lt;/strong&gt;（改版、東京創元社、1992年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ドラッカー『「経済人」の終わり』は第二次世界大戦直前に書かれたファシズム批判の書だが、先日これを読んでいたら（→&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/f-3c3b.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;）、ハイエクと同じような考え方が示されていたので、久しぶりに『隷従への道』を再読した。読み直してみて初めて気付いたのだが、本書中でもドラッカーが時折引用されている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ハイエクの議論の前提には、一人一人の個人としての尊厳への揺るぎない確信がある。すなわち、「独立、自助、すすんで危険を負担しようとする気風、多数と対立する自分自身の信念を曲げぬこと、自発的に隣人と協力しようとする気持などは、個人主義社会の運営が基調とするものである」。対して、集産主義（社会主義やナチスなど個人よりも全体を優先させる体制）は「それらの美点を破壊して、その空虚をただ服従の要請と集団的に善と決められるものを行うことを個人に強制することによって満たそうとするのである」（268ページ）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　合理的な“理性”によって目的設定・組織化を行なう計画化の問題点に議論の焦点が合わされる。計画というのは社会の隅々まで整合的でなければ成り立たない。ところが、近代社会の複雑さに一貫した計画を押し付けようとするとあちこちで無理が生ずるばかりか、その無理を押さえつけようと権力が発動されて個人は抑圧され、計画を策定する者が独裁者になってしまう。彼は経済面ばかりでなく、一人一人の価値観、生き方まで統制しようと図る。「…社会を計画化することを最も熱望する人々は、彼らがそうすることを許されるときには、最も危険な人物となり──そして他人の計画化に対しては最も狭量な人物となる。聖者のような単純な理想主義者と狂信者とはほんの紙一重の差である」（71ページ）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本書の論旨は明快で、次の問いに集約される。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「すなわちこの目的のためには強制権をもっているものが、各個人の知識と創意に最大な活動の余地を与えて、彼らが最もうまく計画化できるような状態をつくり出すところに、一般的にとどまることがよりよいかどうか、あるいは諸資源の合理的利用はある意識的につくられた「青写真」にしたがって、すべての活動を中央が指導し、組織化することを要するかどうか、ということになる。」自由主義者による「計画化への反対を、独断的な自由放任主義的態度と混同してはならない。人間の努力を統合する手段として競争の力を最大限に利用することを認める自由主義論は、事柄をあるがままに放っておこうとするものではない。自由主義論は競争が有効に行われるときには、他のいかなるものよりも個人の努力をよく指導するという信念を基礎としているのである。それは競争が有利に行われるためには、慎重に考えつくされた法的構造が必要であること、ならびに現行の法規も過去の法規も重大な欠点をもっていないものはないことを否定しないで、むしろ力説さえするのである。」（48～49ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　誰からも理不尽な支配を受けたくないという人間として自然な感覚が基本である。ボルシェヴィズムやファシズムなど全体主義が台頭するのを目の当たりにしていたというリアリティーがハイエクにはあり、その意味で問題意識は痛切なものであった。“自由”を強調するにしても、目線がどこにあるかによって議論の質は大きく異なってくる。例えば、経済競争力強化の手段としての市場原理→自由化という国家単位の思惑の中でハイエクを援用する議論も見受けられる。しかし、ロジックの形式的なあり方は同じであっても、国家の経済活性化という上から目線による目的に向けて個人をコマとして位置付けている点では、実はハイエクとは議論の出発点が相違するように思われる。あるいは、法も国家もすべてなくしてしまえば「神の見えざる手」でうまくいくんだという極論すらあるが、これは単に思慮がないというだけの話である。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「自由主義の基本原理は、それを一定不変の教義とするようなものを何も含んでいない。そして決定的に厳重な規則もない。事象の秩序付けに際し、社会の自発的な力をできるだけ多く利用し、強制に訴えることをできるだけ少なくするという基本原理は、その適用をかぎりなく多様化することができる。特に競争のできるだけ有利に働く体制を慎重につくり出すことと、あるがままの制度を受動的に受け入れることとの間には非常な違いがある。ある大ざっぱな規則、特に自由放任の原則に関して、一部の自由主義者が行った頑迷な主張ほど、自由主義を傷つけたものはおそらくないだろう。」（24ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　出発点は個人であり、その創意工夫をいかに自由に発現させるか。そして分業のシステムが張り巡らされた複雑な近代社会において、その調整をいかに進めていくか。独裁者に全権を委ねると場当たり的で恣意的な権力を振るいかねない。調整役には“競争”が最適である。競争には多くの人々の思惑が絡まるが、それらのせめぎあいの中から一定の落としどころが見出される（→いわゆる“自生的秩序”の議論につながる）。それは具体的な誰の意志でもない、その意味で非人格的な性格を帯びる。「競争と正義は共通なものをほとんど何ももっていないけれども、人を不当に差別扱いするものでないという点において、競争は正義と同じような美点をもっている」（132ページ）。そして、競争のルールを監督する公正な裁定者としての役割は国家に期待される。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「国家は一般的な状態に適用される規則を制定するにとどめ、時と所の事情に依存する、あらゆる事柄の自由を個人に認むべきである。というのは、個々の場合に関係のある個人のみがこのような事柄を知りつくし、その行動をその事柄に適応させることができるからである。個人が計画をたてる際に、彼らの知識を有効に利用することができるとすれば、個人はこれらの計画に影響をおよぼす国家の行動を予言することができなくてはならない。しかし、国家の行動が予言可能なものであるためには、国家の行動は、予言することも、前もって考慮に入れることもできない具体的な事情と無関係に定められた規則によって決められなければならない。」（98ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　個人対個人のぶつかりあいを競争というシステムによって調整していく、そうした形で個人の自由と社会全体の秩序を両立させようとした思想として捉えることができるように思う。そうしたならば、例えば貧富の格差が一人の努力では回復不可能なほど広がってしまった場合、彼らを競争のフィールドに復帰させるという趣旨で国家による救済措置が図られたとしても、それはハイエクのロジックに十分収まるのではないか（ただし、救済措置そのものが常態化→特権享受者の出現という問題が常に考慮されねばならないが）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>哲学・思想</dc:subject>
<dc:subject>政治</dc:subject>
<dc:subject>経済・経営</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-11T00:06:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/pfb-53f5.html">
<title>P・F・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ』、ロバート・B・ライシュ『勝者の代償』</title>
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<description>　P・F・ドラッカー（上田惇夫訳）『ネクスト・ソサエティ』（ダイヤモンド社、2002年）は現在進行形の経済社会の見通しを語る論文やインタビューをまとめている。製造業→知識社会という移り変わりの中、自分...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;P・F・ドラッカー（上田惇夫訳）『ネクスト・ソサエティ』&lt;/strong&gt;（ダイヤモンド社、2002年）は現在進行形の経済社会の見通しを語る論文やインタビューをまとめている。製造業→知識社会という移り変わりの中、自分の専門分野を持った知識労働者が主役。①ボーダーレス、②万人に教育が行渡る→誰でも階層上昇の可能性あり、③競争が激化するため成功と失敗が並存（競争によるストレス）を指摘。①と③はともかく、②についてはうまくいっておらず、出発点の不平等→階層格差拡大という問題は周知の通り。経済社会における個人の役割に注目するのがドラッカーの視点で、都市におけるコミュニティー不在という問題意識→かつて『産業人の未来』で職場コミュニティーに期待を寄せたが、実際にはうまくいかなかったと語る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;ロバート・B・ライシュ（清家篤訳）『勝者の代償』&lt;/strong&gt;（東洋経済新報社、2002年）は、ドラッカー言うところのネクスト・ソサエティがもたらすマイナス面に焦点を合わせる。かつてのオールド・エコノミーは安定的で予測可能な経済関係のもとで大規模生産を可能にしていた。対してニュー・エコノミーにおいては、選択肢が大幅に広がり、取引が簡単なのですみやかな切り替えが可能→売り手は顧客を失うまいと焦って競争が激化→果てしない技術革新のダイナミズムを生み出している。しかし、見通しが不確実であること自体が標準化。企業組織においても雇用関係が変化、企業間競争がスピードアップする中で被雇用者への制度的な保証がゆるむ。個人レベルで落伍したくないという競争圧力が強まり、絶え間ない努力が求められ、不平等が拡大、ストレスフルな雇用形態。取引関係の中で自分を売り込んでいく「市場志向型人間」が経済社会の中心となる。ちなみに、著者のライシュ自身が仕事が忙しすぎて家族と過ごす時間を取れないのがつらいと言って仕事（クリントン政権の労働長官）を辞めている。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社会</dc:subject>
<dc:subject>経済・経営</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-10T23:25:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/f-3c3b.html">
<title>ピーター・F・ドラッカー『「経済人」の終わり』『産業人の未来』『傍観者の時代』『知の巨人ドラッカー自伝』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/f-3c3b.html</link>
<description>　正直なところ、ビジネス書の類いは私の肌に全く合わない。マネジメント論の神様とも言うべきピーター・F・ドラッカー（Peter Ferdinand Drucker、1909～2005年）も食わず嫌いだっ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　正直なところ、ビジネス書の類いは私の肌に全く合わない。マネジメント論の神様とも言うべきピーター・F・ドラッカー（Peter Ferdinand Drucker、1909～2005年）も食わず嫌いだったが、その印象が変わったのは2005年に日本経済新聞で連載された「私の履歴書」を読んだときだった。この連載は&lt;strong&gt;『知の巨人ドラッカー自伝』&lt;/strong&gt;（日経ビジネス人文庫、2009年）としてまとめられている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ドラッカーはハプスブルク帝国の末期、ウィーンで政府高官の息子として生まれた。若き日々に何らかの形で出会った人々の中にはジグムント・フロイト、トーマス・マン、ヨゼフ・シュンペーター、フリードリッヒ・ハイエク、トマーシュ・マサリク、カール・ポランニーなど錚々たる顔触れが並ぶ。ドラッカーの業績がどのようなものかという以前に、こうした知的雰囲気に育ったのは一体どんな人なのだろうという関心が先に立った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;『傍観者の時代』&lt;/strong&gt;（ドラッカー名著集12、上田惇夫訳、ダイヤモンド社、2008年）は、ウィーンでの若き日々に薫陶を受けた人々、第二次世界大戦勃発まで歩き回ったヨーロッパでの出会い、移住先アメリカの学者や経営者たち──ドラッカーの歩みの中で出会った有名無名様々な人々の思い出をつづっている。当時の時代的雰囲気がうかがわれるだけでなく、人物描写が生き生きとしているので読み物としても面白い（なお、ポランニー兄弟のうち、経済人類学者のカール、『暗黙知の次元』で知られた科学哲学者マイケルは有名だが、長兄のオットーはイタリアで実業家となってムッソリーニに影響を与えたこと、姉のモウジーは農村社会学に取り組んでいたことは初めて知った）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ドラッカーはドイツで新聞記者として出発。ちょうどナチス台頭の時期にあたり、取材活動の中でヒトラーやゲッベルスにインタビューしたこともあったという。1939年にアメリカへ移住。戦後、コンサルタントとしてGMの調査を請け負ったことをきっかけとしてマネジメント論を展開する。当時はまだ経営学というジャンルは確立されておらず、企業のビジネス活動が対象ではあっても数式を使っていないので経済学とはみなされず、かと言って行政学・政治学とも違うという中途半端な立場だったらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マネジメント論で著名となるドラッカーだが、戦争中にデビュー作として刊行した1939年の『「経済人」の終わり』（ドラッカー名著集9、上田惇夫訳、ダイヤモンド社、2007年）、1941年の『産業人の未来』（ドラッカー名著集10、上田惇夫訳、ダイヤモンド社、2008年）とも、いずれも政治的テーマの論文であったというのが興味深い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼は理性万能主義に対する懐疑としてのリベラルな保守主義に立脚し、この立場から全体主義を批判する姿勢を上掲の二冊を通して明確に打ち出した。また、彼は社会的関係の中で自らの役割を求める存在として人間を捉える（こうしたテーマを現代社会で身近な企業組織のあり方として論じていくのが、実は経営学の勘所であろう）。一人一人の個人としての役割を考えてみるとき、自らの責任によって意思決定を行なうという、そもそも“自由”なる概念の本質は閑却できないわけで、社会的な関係性の中でもそれは決して従属的なものではあり得ない。こうした考え方が、さらに分権化、民営化というテーマにもつながっていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;『「経済人」の終わり』&lt;/strong&gt;は、「経済人」モデルの行き詰まりがナチスを招き寄せたという論点を提示する。経済発展を通して個人の自由と平等を実現し、その個人は経済関係を通して社会的な位置を占める。こうした個人モデル＝「経済人」を前提とした資本主義は、社会的不平等が広がっても、いつかは個人の自由や平等が実現されるはずだという期待があってはじめて成り立っていた。社会全体が生活水準の向上を実感しているうちは良かったが、やがて破綻、しかし社会的格差は拡大を続ける。人々は幻滅し、そうした反発を吸い寄せたのが、脱経済至上主義的なファシズムであったとされる。ナチスは「英雄人」という役割を社会のすべての構成員に割り振るが、それは軍国主義的なものであった。こうした形で資本主義の行き詰まりを防げなかった以上、現在の経済社会の基礎を前提としつつも、自由と平等を保証できる新たな脱経済至上主義的な方向を模索しなければならないという問題意識を示した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;『産業人の未来』&lt;/strong&gt;は、以上の問いを受けて、自らの社会的役割を求める個人が集まった社会として有効に機能させるために産業社会の構築という考え方を示し、とりわけアメリカで見出した株式会社という組織に注目する。ブルジョワ資本主義も、マルクス社会主義も、財産の所有に社会的権力の裏付けを求める点では同じであり、誰が所有するのかが違うというに過ぎなかった。資本主義社会において株式会社は株主の所有物である。ところが、バーリ=ミーンズの議論が示すように、所有と経営の分離が実際には進行しており、株式会社自体が自律的な組織として成立している（ゴーイング・コンサーン）。株式会社がいわば社会学的な中間団体となり、その中で経営者と労働者が役割分担をしていく（それを円滑に進めるためにマネジメント論が要請された）。役割分担がうまくいってはじめて社会は有機的に機能する。個人がバラバラのままだったら、政治権力が直接統合に乗り出して奴隷制を作り出してしまう。ドラッカーはこうした社会的“自治”の観点から株式会社組織を捉えていたと言える。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>人物</dc:subject>
<dc:subject>政治</dc:subject>
<dc:subject>経済・経営</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-09T02:12:10+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3cc1.html">
<title>オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』</title>
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<description>オルテガ・イ・ガセット（神吉敬三訳）『大衆の反逆』（ちくま学芸文庫、1995年） 　学生のときから何度か読み返してきた本。あちこち書き込みがあったり、手垢で茶色くなったり、もうヨレヨレだな。“大衆”と...</description>
<content:encoded>&lt;p dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;strong&gt;オルテガ・イ・ガセット（神吉敬三訳）『大衆の反逆』&lt;/strong&gt;（ちくま学芸文庫、1995年）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　学生のときから何度か読み返してきた本。あちこち書き込みがあったり、手垢で茶色くなったり、もうヨレヨレだな。“大衆”と“高貴な者”、“選ばれた者”という対比は時に誤解を招きやすいが、これは現実の社会階級を指すのではなく、一人一人の生き方の問題、精神的な態度の問題であることを前提としておさえておかないと全体の論旨を捉えそこねてしまうので要注意。&lt;/p&gt;

&lt;p dir=&quot;ltr&quot; style=&quot;MARGIN-RIGHT: 0px&quot;&gt;・“大衆”と“高貴な者”、“選ばれた者”。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p dir=&quot;ltr&quot; style=&quot;MARGIN-RIGHT: 0px&quot;&gt;「大衆とは、善い意味でも悪い意味でも、自分自身に特殊な価値を認めようとはせず、自分は「すべての人」と同じであると感じ、そのことに苦痛を覚えるどころか、他の人々と同一であると感ずることに喜びを見出しているすべての人のことである。」「選ばれた者とは、われこそは他に優る者なりと信じ込んでいる僭越な人間ではなく、たとえ自力で達成しえなくても、他の人々以上に自分自身に対して、多くしかも高度な要求を課す人のことである。」人間の二つのタイプ→「第一は、自らに多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする人々であり、第二は、自分に対してなんらの特別な要求を持たない人々、生きるということが自分の既存の姿の連続以外のなにものでもなく、したがって自己完成への努力をしない人々、つまり風のまにまに漂う浮標のような人々である。」（17～18ページ）&lt;br /&gt;「なんらかの問題に直面して、自分の頭に簡単に思い浮かんだことで満足する人は、知的には大衆である。それに対して、努力せずに自分の頭の中に見出しうることを尊重せず、自分以上のもの、したがってそれに達するにはさらに新しい背伸びが必要なもののみを自分にふさわしいとして受け入れる人は、高貴なる人である。」（95ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;・大衆は“凡俗”であることを恥じ入るのではなく、“凡俗”であることを正当だと開き直る。ネットという媒体が普及して、誰でもその時の思いつきで無責任に書き散らかすことができるようになって、以下の傾向はますます強まっているな。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「…今日では、大衆は、彼らが喫茶店での話題からえた結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持っていると信じているのである。わたしは、多数者が今日ほど直接的に支配権をふるうにいたった時代は、歴史上にかつてなかったのではないかと思う。」「…今日の著述家は、自分が長年にわたって研究してきたテーマについて論文を書こうとしてペンをとる時には、そうした問題に一度も関心を持ったことのない凡庸な読者がもしその論文を読むとすれば、それは論文から何かを学ぼうという目的からではなく、実はまったくその逆に、自分がもっている平俗な知識と一致しない場合にその論文を断罪せんがために読むのだということを銘記すべきである。」…「今日の特徴は、凡俗な人間が、おのれが凡俗であることを知りながら、凡俗であることの権利を敢然と主張し、いたるところでそれを貫徹しようとするところにあるのである。」（21～22ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;・いまここに厳然としてある自分はどうやっても他の存在にはなれない。どんな壁が立ちはだかったとしても、自分の負っている一切を引き受けた上で（ニーチェ風に言うと「運命愛」か）、ギリギリまで自己を突き放してひたむきにぶつかっていくこと。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「生は自己の世界を選ぶことはできない。生きるということは、一つの特定の交換不可能な世界、つまり現在のこの世界の中に自己を見出すことである。われわれの世界は、われわれの生を構成する宿命の広がりなのである。しかし、この生の宿命は、機械的なそれとは異なったものである。われわれは、軌道があらかじめ完全に決定されている鉄砲玉のように、存在の世界に撃ち出されたのではない。われわれがこの世界──世界はつねにこの世界、現在のこの世界である──に落ち込むことによってはまり込む宿命というものは、まさにその逆である。われわれは一つの軌道を課せられるかわりに、いくつもの軌道を与えられ、したがって、選択することを余儀なくされているのである。われわれの生の状況とは、なんと驚くべき状況であろうか。生きるとは、この世界においてわれわれがかくあらんとする姿を自由に決定するよう、うむをいわさず強制されている自分を自覚することである。われわれの決断には、一瞬たりとも休むことが許されていない。したがって、われわれが絶望のあまり、ただなるがままにまかせる時でさえ、われわれは決断しないことを決断したといえるのである。」（65ページ）&lt;br /&gt;「生とは有為転変である。生とは、文字通りドラマなのである。」（110ページ）&lt;br /&gt;「生というものは、われわれがその生の行為を不可避的に自然な行為と感じうる時に初めて真なのである。」「不可避的な場面から成り立っている生以外に、自己の根を持った生、つまり真正な生はない。」（260ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;・技術的にも、経済的にも、社会的にも、近代文明はあらゆる可能性を広げた。それを先人が今まで孜々として作り上げてきた努力へは敬意が払われてしかるべきだが、大衆＝平均人はそうしたことに何ら顧慮することなく空気のように当然だと思い、その文明の成果を使うにやりたい放題。人は限界にぶつかり、その限界を克服しようという努力の中で自身の何たるかをつかみとっていくものだが、対して凡庸人は、限界を知らないから無責任に気まぐれをやりちらかす。凡庸人の自己充足的な思い上がり→「慢心しきったお坊ちゃん」の時代。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・科学の細分化→科学者は自分の専門分野については詳しいが、他分野には関心がない。それでも自分は学者であるという自意識→自分の知らない分野にも発言しようとする思い上がり。「今日、かつてないほど多くの「学者」がいるにもかかわらず、たとえば一七五〇年ごろよりもはるかに「教養人」が少ない。」（161ページ）&lt;br /&gt;（※科学の細分化→全体を見渡す智慧がない→現代の核開発や環境問題などのように科学技術の成果としてもたらされた不安定性、という論点へと進めれば、ウルリヒ・ベックやアンソニー・ギデンズたちのリスク社会論にもつながる）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・オルテガなりの「生の哲学」的観点から「国民国家」を把握。所与の条件で拘束された共同体ではなく、目標があるからこそ集まった人々による協働事業。エルネスト・ルナンの表現を援用すれば、それは未来へ向けた日々の人民投票である。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;「国家というものは、出生を異にするもろもろの集団が共存を強制される時に初めて生まれるものである。この強制は、むき出しの暴力ではなく、ばらばらの集団に提示された一つの共通の課題、一つの督促的な計画を前提としたものである。国家とは何よりもまず一つの行為の計画であり、協同作業のプログラムなのである。人々が呼び集められるのは、一緒に何かをなさんがためである。国家とは、血縁関係でもなければ、言語的統一体でも領土的統一体でもなく、住居の隣接関係でもない。国家とは、物質的で、生気のない、所与の、限定されたものとはおよそ正反対のものである。それはダイナミズムそのもの──共同で何かをなそうとする意志──であり、ゆえに国家という観念は、いかなる物理的条件の制約ももっていないのである。」「国家は一つの事物ではなく、運動である。国家は、つねに…から来て…へ向かって行くものである。国家はすべての運動がそうであるように、起点（terminus a quo）と目標（terminus ad quem）をもっている。」（233ページ）&lt;br /&gt;「共通の血、言語および過去は静的で、宿命的で、硬化した無気力な原理であり、牢獄である。もし国民国家がそれらのみに存するとすれば、国民国家とはわれわれの背後にあるものであって、われわれとしてはなすべきことは何もないだろう。つまり、国民国家とはかくあるものであって、かく形成するものではなくなってしまうだろう。」「人間の生は、望むと望まざるとにかかわらず、つねに未来の何かに従事しているのである。われわれは今の瞬間にありながらそこから来るべき瞬間に気を配るのである。だからこそ、生きるということは、つねに休むことも憩うこともない行為である。なぜ人々は、あらゆる行為は、一つの未来の実現であることに気づかなかったのだろうか。」（247ページ）&lt;br /&gt;「国民国家はけっして完結することはない」。「国民国家はつねに形成の途上にあるか、あるいは崩壊の途上にあるかのいずれかであり、第三の可能性は与えられていない」。「その国家がその時々において生き生きとした企てを象徴するか否かによって、支持を獲得しゆくかあるいは支持を失っていくかのいずれかなのである。」（251～252ページ）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p dir=&quot;ltr&quot;&gt;（※思いっきり蛇足になるが、『坂の上の雲』の時代というのはこんな感じだったんだろうな）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>哲学・思想</dc:subject>
<dc:subject>政治</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-08T01:06:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b17e.html">
<title>西水美恵子『国をつくるという仕事』、東大作『平和構築──アフガン、東ティモールの現場から』</title>
<link>http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b17e.html</link>
<description>　西水美恵子『国をつくるという仕事』（英治出版、2009年）の著者は元世界銀行のエコノミストで主に南アジアを担当、副総裁も経験した。貧困の現場を自ら歩いてまわり、可能な場合には農村にホームステイして一...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;西水美恵子『国をつくるという仕事』&lt;/strong&gt;（英治出版、2009年）の著者は元世界銀行のエコノミストで主に南アジアを担当、副総裁も経験した。貧困の現場を自ら歩いてまわり、可能な場合には農村にホームステイして一緒に働き、あるいは政治指導者と困難な政治交渉を進めたり、そのようにして出会った人々のこと、そして出会いを通して考えたことをつづっている。国際法上、世界銀行の株主は加盟国の国民とされているという。この大前提から発展途上国が必要とする事業に融資するのが仕事である。世銀にしてもIMFにしても、欧米発の“グローバル・スタンダード”押し付けという悪評をよく耳にするが、著者は現地で実地に活動する人々から智慧を借りるのだという姿勢を繰り返し強調している。いくらインフラが物理的に整備されても、汚職が蔓延していたら有効に機能しない。どんなに働いても特権階層に搾り取られてしまうだけなら、働くインセンティヴなど消え失せてしまう。結局、貧困解消の問題はガバナンスの問題に行き着く。そして、ガバナンスはリーダーシップによって左右される。例えば、パキスタンのムシャラフ前大統領はクーデターをおこした軍人として海外での評判は芳しくなかったが、民主主義とは名ばかりで政党政治を私物化するブット、シャリフ両家の政争に堕したバッド・ガバナンスを目の当たりにしていた著者は、（最初は警戒していたものの）ムシャラフの改革志向の生真面目さにはむしろ好感を抱いていた。とりわけ、ブータンの雷龍王四世の謙虚さにはいたく敬服している様子である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ついでながら、以前、辺境のガンディーことアブドゥル・ガファル・カーンを取り上げたが（→&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-26c6.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;）、彼の名前を初めて知ったのも二、三年ほど前に日本経済新聞に掲載された西水さんのエッセイだった。アフガニスタン滞在中に彼のことを聞いたらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　内戦で崩壊した政府を再建するにあたり、その根拠として国際管理下で選挙が実施される。しかし、民族対立、腐敗構造、貧困など阻害要因をそのままにして選挙だけ実施してもガバナンスがうまくいかないことはよく指摘されている（例えば、Paul Collier, &lt;em&gt;Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places&lt;/em&gt;, HarperCollins, 2009を以前に取り上げた→&lt;a href=&quot;http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-9127.html&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;東大作『平和構築──アフガン、東ティモールの現場から』&lt;/strong&gt;（岩波新書、2009年）は、新政府確立において前提となる“正統性＝レジティマシー”（Legitimacy）をいかに形成するのかという問題意識を示す。新たにルールや制度をつくる場合、それに人々が従う動機として、①軍事・警察力による強制、②利害計算と共に③レジティマシーを挙げている。「レジティマシーとは、人々にルールや、そのルールを作り出す組織に従うことを動機づける内的な力である。レジティマシーがあると感じるとき、人々は強制ではなく、自主的にそうしたルールに従う」という。例えば、選挙に敗れても野党としての立場を受け入れるのは選挙についてのレジティマシーがその社会に行き渡っているからである。平和構築のプロセスにおいては、①国連など公正な第三者の関与、②反政府勢力を含め広範な勢力を政治過程に参加させる、③現地の人々の主体的な参加、④経済的・社会的状況の改善（平和の配当）によって生活の安定化、⑤軍事力をどのように使うのかという問題、などが見出せる。これらの要因を踏まえて、当事者全体がルールを受け入れるプロセスが繰り返されて、ようやくレジティマシーが確立される。こうした問題意識を踏まえたケース・スタディとしてアフガニスタン、東ティモールでの現地調査を行なっている。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>国際関係論・海外事情</dc:subject>
<dc:subject>政治</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-07T22:32:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-00cb.html">
<title>「カティンの森」</title>
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<description>「カティンの森」 　冒頭、橋の両側から難民が押し寄せてきて鉢合わせするシーンが象徴的である。「どこへ行くつもりだ？　ドイツ軍がそこまで来ているんだぞ！」「知らないのか？　昨日、ソ連軍が攻め込んできたん...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;「カティンの森」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　冒頭、橋の両側から難民が押し寄せてきて鉢合わせするシーンが象徴的である。「どこへ行くつもりだ？　ドイツ軍がそこまで来ているんだぞ！」「知らないのか？　昨日、ソ連軍が攻め込んできたんだ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ヒトラーとスターリンの秘密協定によってポーランド分割はすでに決まっていた（18世紀以来で4度目！）。両大国に挟まれて翻弄される宿命。人によっては、「自由なポーランドなどあり得ない」という諦念。“カティンの森”も両大国のプロパガンダ合戦に利用される中、肝心のポーランド人自身はこの事件について言及すること自体がタブーとなってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　アンジェイ・ワイダの軍人であった父親も“カティンの森”事件でソ連軍によって殺害されている。早くから映画化の情熱を持っていたものの、共産党支配下ではどうにもならなかった。父親が殺害されたことばかりでなく、その事実が隠蔽されねばならなかった現代史の成り行きそのものに対しても二重の無念を抱えていた。真実を掘り起こし、彼自身の表現手段である映画を通して訴えかけたい、そうした思いが実を結ぶのはようやく世紀がかわってからのことである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　スターリンは、かつてソ連軍がピウスツキ将軍率いるポーランド軍によって敗れたことからポーランド軍将校に対して忌避感を持っていたが、そればかりでなく、将校も含めてポーランド指導層を根絶やしにすることで権力の空白状態を生み出し、そこにソ連帰り組を送り込もうという意図があったとも言われている。同様の思惑はナチス・ドイツも抱いており、この映画でもドイツ占領下クラクフの大学教員が一斉拘束されるシーンによって示されている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ポーランド軍将校であった夫がソ連の収容所へ送られ、大学教授であった義父がドイツの収容所へ送られ、残された家族の視点がこの映画の主軸となる。生きているはずだという期待が次第に疑いへと変わり、時には妄想にもなり、そして現実によってすべてが無残にも打ち砕かれてしまう。愛しい人が二度と戻らないという事実ばかりでなく、そのことについて虚偽のプロパガンダに従わねばならないという不条理。こうした心理的苦境は、ワイダ自身の家族のものだったのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　歴史の隠蔽はポーランド人の協力者によっても行なわれたわけだが、その共犯関係を一方的に非難してしまうのも酷かもしれない。生き残るためにはやむを得ないというあきらめ。しかし、矛盾に引き裂かれた苦悩。ソ連軍の捕虜となったが協力して無事帰国した友人の将校は自殺してしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　発見された虐殺死体の検証場面など当時の記録映像も使われるが、映画の最後でソ連軍による組織的殺戮のあり様が再現される。そして映像は暗転し、静けさの中から黙祷を捧げるかのように流れるのはペンデレツキの「ポーランド・レクイエム」。この映画自体がワイダによるポーランド現代史へのレクイエムである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;【データ】&lt;br /&gt;原題：Katyn&lt;br /&gt;監督：アンジェイ・ワイダ&lt;br /&gt;原作：アンジェイ・ムラルチク&lt;br /&gt;音楽：クシシュトフ・ペンデレツキ&lt;br /&gt;2007年／ポーランド／122分&lt;br /&gt;（2009年12月6日、岩波ホールにて）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>トゥルバドゥール</dc:creator>
<dc:date>2009-12-06T18:44:47+09:00</dc:date>
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