機会を改めて書くつもりだが、先日、タナダユキ監督「赤い文化住宅の初子」という映画を観た。このスピンオフとして奥原浩志監督「16[jyu-roku]」がシネ・ラ・セットで上映中なのを知り、渋谷へ行った。
着いたのは午前十一時過ぎ。昨晩、寝しなにチャイコフスキーを何曲か聴いたせいだろうか、ふと、ロシア料理のロゴスキーへ行こうと思い立った。いつも混んでいるが、この時間ならまだすいているだろう。私は、マッシュルームと鶏肉をクリームで煮込み、パン生地でフタをした壷焼きが大好きだ。これにボルシチ、肉料理、ライス(もしくはパン)、飲み物付きの壷焼きランチが1,300円(+税)。満足度から言って全然高くない。ロシア料理の店では他に新宿のペチカ、スンガリー、神保町のロシア亭などに入ったことがあるが、私にとってはやはり渋谷のロゴスキーが一番良い。
初めて来たのは学生の頃だから、もう十年以上前になるか。『週刊文春』の最後に有名人がおすすめの店を紹介するコーナーがあった(まだ続いているのだろうか?)。そのページで、共産党の志井和夫書記局長(当時)がシベリア帰りの義父からごちそうしてもらったというロゴスキーのウズベク風ピラフをうまそうに食っていたのを友人が目ざとくみつけ、ちょっと行ってみようじゃないかとなったのがきっかけ。以来、折に触れてよく一緒に行った。その友人が真っ昼間からウォッカで出来上がり、私の制止もきかずに、なぜかトランプを出して遊び始め、店の人から白い眼で見られたのもなつかしい。そんな思い出深い(?)ロゴスキー本店はなかなか雰囲気があって好きだったが、いつの間にかチェーンの居酒屋に変身していた。東急プラザの上にも店舗を出していたので、今ではこちらに行くしかない。
食べながら無性にロシアものの本を読みたくなって、五階の紀伊国屋書店へ行った。土肥恒之『興亡の世界史14 ロシア・ロマノフ王朝の大地』(講談社、2007年)を購入。この「興亡の世界史」シリーズは企画の趣旨が面白そうで期待している。ただ、刊行予定のラインナップを眺めていたら、第18巻が姜尚中『大日本・満州帝国の遺産』となっているのが少々気にかかる。結論の落としどころが何となく見えてしまうと言おうか…。いやいや、先入観は捨てて期待しよう。
シネ・ラ・セットへ行きチケットを買ったが、上映まで時間がある。しばらく時間をつぶそうと、向かいのBUNKAMURAへ寄った。「プラハ国立美術館展 ルーベンスとブリューゲルの時代」をやっていたので入る。
タイトルから分かるように、十七世紀フランドル絵画が展示の中心。当時のフランドルはハプスブルク家が支配していたので、プラハにも多くの作品が集まっている。と言っても、複製品が多い。もちろん、ブリューゲルにしても、ルーベンスにしても、工房を組織して息子や弟子たちとの共同作業で作品を量産する態勢を取っていたわけだから、我々の考える“複製品”とは意味合いはだいぶ違う。正直言って、この時代の絵画はちょっと苦手。聖書やギリシア神話のモチーフはだいたい分かるのだが、イコノロジーの知識をまったく持ち合わせていないので、作品の置かれた脈絡の見当がつかない。そういった理解はもうあきらめて、風景の描き方、とりわけ光の加減、人物の表情などをひたすら見つめているだけでも結構楽しい。どんなセリフが合うだろうなんて物語を勝手に想像しながら。
ちょうどいい時間にシネ・ラ・セットに戻れた。「16」についてのコメントはまた別の機会に。この映画館は、以前、有楽町にあったと記憶している。渋谷に移転してからここに入ったのはこれで二回目。前回は、去年の夏だったか、土屋豊監督「peep TV show」を観に来た。上映終了後に土屋監督、主演の雨宮処凛、そして宮台真司の三人によるトークショーがあった。何が話題となったのかあまり覚えていないが、宮台が中年太りというか、おっさんになったなあと妙なことばかり印象に残っている。
渋谷に来たら必ずタワーレコードに寄る。六階のクラシック・フロアへ。今日はハチャトリアンの「ガイーヌ」と「スパルタクス」がフロアに流れていた。両方とも有名なバレエ組曲。「ガイーヌ」はコーカサスの山岳地帯(おそらく、チェチェン人)が舞台。部族の有力者に虐げられた女性を現地共産党の指導者が救い出し、めでたく結ばれるというお話。「剣の舞」の激しいリズムは誰でも聴いたことがあるだろう。「スパルタクス」は言うまでもなく古代ローマ時代の剣奴の反乱の指導者。ただし、史実ではスパルタクスはクラッススによって破られるが、旧ソ連版「スパルタクス」では「正義の味方が負けるなんておかしい」というトンチンカンな論法でスパルタクスが勝利する。いずれも「社会主義リアリズム」の傑作である。歴史の機微も無視してしまうような教条主義者は放っといて、ハチャトリアンの軽快なメロディーは好きなので、CDは持っている。だから、先日のように衝動買いする心配はない。
…と安心していたら、思わぬ伏兵に出くわすのが人生の常。ウラディミール・アシュケナージ指揮、チェコ・フィル演奏によるリヒャルト・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」のCDが出ていたのだが、なんとこれに、「皇紀2600年奉祝音楽」が収録されているではないか! 皇紀2600年とは西暦1940年、昭和15年、三谷幸喜ファンなら「笑の大学」の舞台がこの年に設定されていると言えばピンとくるだろうか。当時、ドイツ第三帝国音楽局総裁という役職にあったR・シュトラウスが、三国同盟を組んでいた日本のために作曲した幻の曲である(追記:こう思っていたのだが、岡田暁生の解説によると、同盟関係にあるからというよりも、当時の世界的に著名な作曲家に日本政府が記念曲を委嘱するという趣旨で彼が選ばれ、あくまでも職人芸として作曲したということらしい。聴いてみたところ、華やかで悪くはないが、無難にまとまっているという感じ)。私は高校生の頃、R・シュトラウスが好きであらかた聴き漁ったのだが、この曲だけは存在を知りつつも何の情報もないというもどかしさがあった。政治的にどうこうというのではなく、純粋に気にかかっていた。ここで会ったが百年目、買い逃すわけにはいかない。
タワーレコードのクラシック・フロアに行くと、必ず現代音楽の棚をチェックする。いまだに驚くのは、「The Rise of Fascism」「The Rise of Communism」という二枚が文字通り驚異的なロングセラーを重ねていることだ。ヒトラー、ムッソリーニ、レーニン、スターリン、トロツキーなど二十世紀を騒がせた人物の肉声を収めたCDだが、私がここで買ったのが学生の頃だから、実に十年以上の長きにわたって面陳され続けているということだ。中道のあなたには、と銘打ってジャン・コクトーの朗読CDも置いてあったように記憶しているが、こちらはとっくに消えている。
現代音楽の棚には書籍も置いてある。おそらく同人誌であろう、『洪水』という見慣れぬ雑誌で伊福部昭特集を組んでいるのを見かけたので、こちらも購入。伊福部昭の曲は、五線譜に書かれたものでありながら、土俗的なメロディーが印象強く耳を打つ。ゴジラのテーマ曲と言えばたいていの人には分かるだろう。呉智英が、もし日本国歌を制定するなら伊福部に作曲させろとどこかで書いていたように思うが、私も大賛成だった。残念ながら、昨年お亡くなりになってしまったが。この人の音楽はもっと評価されていいと思う。
タワレコに限らず、ここのところ、クラシックCD売場に行って目立つのは『のだめカンタービレ』関連フェアだ。実は私自身、二ノ宮知子『のだめカンタービレ』(講談社)は好きで、最近出たばかりの第18巻までしっかり読み通している。テレビドラマも一度だけ観たことがあった。上野樹里の奇声をあげる感じは“のだめ”のイメージにぴったりだったと思うが、シュトレーゼマン役竹中直人の“変なガイジン”ぶりが癇に障って二度と観ることはなかった。だけど、原作マンガの方は単に面白いというだけでなく、クラシック音楽を聴く際の情感的な盛り上がりがしっかりと描かれていて非常に良い。
夕方、まだ陽も残る時間だが、夕食も兼ねて安酒屋に寄る。カウンターで堂々とノートを広げ、呑んだくれながらブログ記事の下書き。
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