カテゴリー「国際関係論・海外事情」の98件の記事

2009年12月22日 (火)

大野正美『グルジア戦争とは何だったのか』、前田弘毅『グルジア現代史』、他

 大野正美『グルジア戦争とは何だったのか』(東洋書店、ユーラシア・ブックレット、2009年)は、2008年8月に南オセチアをめぐっておこったロシア・グルジア間の「五日間戦争」の経緯を解説。グルジア領内にあってロシアのバックアップを受ける南オセチア自治州、アブハジア自治共和国が焦点。グルジア内のマイノリティーである両自治州・自治共和国の中にもさらにマイノリティーがいるという複雑な民族構成。どちらが先に手を出したのかはいまだに情報が錯綜している。国力差ではロシアが圧倒的だが、実際の動員数はほぼ互角、地勢的条件を考慮すればむしろグルジア側が有利だったはずだが、軍隊のシステム上の不備から敗退。ロシア側は、資源輸出による経済成長への自信に裏付けられて対外的に強硬姿勢だったが、直後の9月に世界金融危機→欧米のロシア投資も一斉に引き上げ→口先とは裏腹に国際協調を迫られた。ロシアが初めて旧ソ連構成国と戦争したこと、国境不変更の原則からコソボ独立に反対していたにもかかわらず“非承認国家”南オセチア・アブハジアの独立を認めたことは、ロシア外交への国際的不信感を印象付ける結果となった。

 前田弘毅『グルジア現代史』(東洋書店、ユーラシア・ブックレット、2009年)は、ソ連崩壊・グルジア独立以降に重きを置いた現代政治史の概説。1956年にはハンガリー事件に先行して反ソ暴動、ソ連軍による軍事制圧を経験、1978年には国語条項問題→グルジア民族主義が高まっていたが、他方で、アブハジアなどグルジア領内マイノリティーは警戒感を強めており、民族紛争の種は早くからくすぶっていた。独立後の初代大統領ガムサフルディアは激情的な愛国主義者で混乱に拍車をかけてしまった。事態収拾のため招かれたシェワルナゼは現実主義的なバランス感覚を示したものの、旧ソ連時代からの地元ボス政治を温存→腐敗、さらに経済運営の失敗、チェチェン紛争や9・11後の危機的状況を乗り切れず、国内に不満が高まり、2003年のバラ革命で失脚。代わって大統領になったアメリカ帰りのサアカシュヴィリは清新なイメージの一方で、やはり古くから続く縁故政治を断ち切れず、政権幹部も離反、国内の求心力を高めるため反ロシアの愛国主義を煽りたて、2008年の「五日間戦争」を招いた。しかし、サアカシュヴィリに代わり得る指導者は他に見当たらないのが現状だという。

 以前、ピロスマニに興味を持って(→こちら)、彼の生きた時代背景を知りたいと思ったのだが、グルジア史関連の日本語文献が少なくて難儀した。ロシア革命前後の時期については取りあえず、Stephen F. Jones, Socialism in Georgian Colors: The European Road to Social Democracy, 1883-1917(Harvard University Press, 2005)を読んだ(→こちら)。最終的にはボルシェヴィキが覇権を握ったロシアとは異なり、グルジアではメンシェヴィキの勢力が強く、ナショナリズムと近代化の受け皿となった。そのことを指して“グルジア色の社会主義”と表現されている。指導者ノエ・ジョルダニアの個人的な信望もあって、1921年の赤軍による軍事制圧で亡命を余儀なくされるまでのほんの数年間だったが、メンシェヴィキ主導のグルジア民主共和国が成立していた。現在のグルジアもこれを継承したという形をとっている。それから、悪ガキ時代のスターリンを描いたSimon Sebag Montefiore, Young Stalin(Phoenix Paperback, 2008)を読みさしのままほったらかしなのだが、舞台はやはりこの時代のグルジアである。ジョニー・デップ主演で近いうちに映画化されるらしい。

 他にグルジア関連では、テンギズ・アブラゼ監督の映画「懺悔」についてはこちら、グルジア史について音楽に絡めたメモはこちらに書いた。

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2009年12月20日 (日)

木村汎『現代ロシア国家論』、ミヒャエル・シュテュルマー『プーチンと甦るロシア』、栢俊彦『株式会社ロシア』、酒井明司『ロシアと世界金融危機』、中村逸郎『虚栄の帝国ロシア』、ドミトリー・トレーニン「ロシアの再生」

 木村汎『現代ロシア国家論──プーチン型外交とは何か』(中央公論新社、2009年)は外交に着目して現在のメドベージェフ=プーチン「タンデム」政権の性格を分析する。ロシアは歴史的にみても強力な指導者の伝統があり、外交方針も指導者のトップダウンで一元的に決定される(ゴルバチョフ・エリツィン政権期は例外)。その指導者とは、現代ロシアではプーチンであり、憲法上の再選規定をクリアするため忠実なメドベージェフを大統領に据えつつも、実質的な権限はプーチン首相が持つという苦心のカラクリは周知の通りである。メドベージェフは比較的リベラルであり、将来的にはプーチンとの権力闘争の可能性も排除できないという指摘もあるが(例えば、中村逸郎『ロシアはどこに行くのか──タンデム型デモクラシーの限界』講談社現代新書、2008年)、それはあくまでも相対的な温度差の問題で彼自身も強硬なナショナリストだと本書は指摘する。

 他の国ならば複数の政治アクターのせめぎ合いによる政策決定過程に注目されるところだが、こうしたロシア政治の性格においては、指導者の権力基盤がいかに強固であるか、そして彼個人の思考方法はどのようなものであるのかに分析の焦点が合わされる。強いロシアの復興が外交の目標であり、そのためには国際的ルールは無視(徹底したリアリズム)、ハードパワー(軍事力と資源ナショナリズム)偏重が特徴である。長期的戦略としては対米協調だが、個別問題ではアメリカとの対決も辞さない。CIS諸国は「特殊権益圏」とみなして影響下に置くべく力をちらつかせる。中国とは欧米型民主主義への反発という点では共通するが、互いに潜在的脅威とみなしているため同盟までは至らない。グルジア侵攻で顕著になったように、ロシアもいずれはノーマルな国になるという希望的観測は打ち砕かれ、ロシアは怖い国だという国際的印象を強めてしまったこと、ハードパワーとしてのエネルギー戦略依存→モノカルチャー的で経済的多元化ができていない弱さが指摘される。

 ミヒャエル・シュテュルマー(池田嘉郎訳)『プーチンと甦るロシア』(白水社、2009年)は、ドイツの歴史家による現代ロシア政治論。2007年、ミュンヘン安全保障会議でプーチンがアメリカ一極支配に反発、他国の押し付けを受け入れるつもりはないと断言したシーンから説き起こされる。歴史的・政治的に幅広い論点からロシア政権の内在的論理を浮かび上がらせようとする趣旨で、タイトルからも分かるようにとりわけプーチンの人物像や考え方に重きが置かれる。なお、著者のシュテュルマーはドイツのいわゆる歴史修正主義論争で保守派として発言した人らしい。

 栢俊彦『株式会社ロシア──渾沌から甦るビジネスシステム』(日本経済新聞出版社、2007年)は、企業経営者、政治家、学者など様々な人々へのインタビューを通して、現代ロシアにおける市場経済化への模索をロシア人自身はどのように捉えているのかを伝える。1990年代の経済自由化ショック療法→新興財閥(オリガルヒ)の台頭→クローニー・キャピタリズム(仲間うち資本主義)→政府との対立からユーコス事件、不満を抱いていた国民からの喝采。こうした経緯の中で「国の役割強化」が求められているが、ただし、市場経済そのものを否定するわけではなく、ロシアの現実に見合った秩序ある市場経済ということになるらしい。資源輸出依存のモノカルチャーでは、輸出による通貨価値の上昇→しかし、国内製造業等が脆弱だと国際競争力が低下といういわゆる「オランダ病」に陥ってしまう。国内市場の活性化が必要で、ビジネス環境整備のため国家による市場監督機能を求める声が中小企業から上がっているが、リベラル派テクノクラートはロシア政治の性格からして統制強化と汚職を招くだけだとして否定的だ(たとえば、ガイダル)。なお、本書は色々な人々の見解を順番に並べる構成で、ロシア的「ビジネスシステム」が明示されているわけでもなく、タイトルとズレがある。

 酒井明司『ロシアと世界金融危機──近くて遠いロシア経済』(東洋書店、2009年)は、ソ連時代の計画経済の問題点から経済自由化後の金融危機、資源問題まで丁寧に解説した入門書。国際的な資本市場の動向と結び付いた金融危機、原油価格の上下で左右される心理的効果、そうした中で国際経済の流れと自国経済強化とのバランスに腐心しているとプーチン政権の経済政策を捉える。システムの解説というよりも、海外から持たれやすい誤解を解きほぐすことに重きを置く。ロシア擁護の論調が強いが、「残念ながら~は十分でない」という但書きが目立ち、ロシアにはロシアなりの事情や内在的論理があるのだからマイナス面への過剰反応は禁物という趣旨だと受け止めるべきだろう。

 中村逸郎『虚栄の帝国ロシア──闇に消える「黒い」外国人たち』(岩波書店、2007年)は、ロシアに周辺国から流れ込む出稼ぎ労働者たちの現場の調査を通してロシア社会の矛盾点を浮き彫りにする。法的手続きが煩雑なので不法就労とならざるを得ない彼らに対して、警官や役人はことあるごとに難癖をつけて金を巻き上げる。不法就労だからと言って追い出してしまうと“金づる”がなくなってしまう。それから、外国人労働者排斥を叫ぶスキンヘッド・グループの存在。外国人労働者を守る人権団体もロシアにはない。労働力として彼らを必要としつつも、彼らの存在を非合法とすることで“利ざや”を稼ぐ社会構造になっており、それを著者は「虚栄の帝国」と呼ぶ。

 Dmitri Trenin, “Russia Reborn,”Foreign Affairs, vol.88 no.6,(Nov/Dec 2009)は、ロシアは欧米のルールにはのらないというプーチンの対抗意識は現実の情勢に見合わないことを指摘する。小国であっても主権国家として自律的な行動をとる21世紀にあって、アメリカ、EU/NATO、ロシア/CISの勢力圏均衡という19世紀的発想は通用しない。例えば、中国は中央アジア諸国、ベラルーシ、モルドヴァなどにロシアを上回る貸付をしているし、ガス資源もトルクメニスタン→中国ルートの構築が進められている。グルジア侵攻は周辺諸国に動揺を招いた。ソ連時代は軍事力とイデオロギーで勢力を維持していたが、現代のロシアにそれだけの実力はない。ロシアの経済的・社会的・技術的後進性を直視すること、ソフト・パワーの再構築が必要であり、西側に加わらないまでも外交方針を変更しなければ立ち行かない。過去の栄光にしがみつくのではなく、現在の必要に応じて自己変革することによって国際社会の中で大きな役割を果たせるようにすべきだと主張する(具体的には、キリスト教圏とイスラム教圏との対話の仲介など)。キャッチ・アップの対象として中国、日本、韓国を挙げ、「もしピョートル大帝が生きていたら、バルト海(つまり、ペテルブルク)ではなく日本海側に遷都するだろう」という言い回しが面白い。

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2009年12月13日 (日)

「チャイナ・パワー 第3回 膨張する中国マネー」

NHKスペシャル「チャイナ・パワー 第3回 膨張する中国マネー」

 急速な経済発展で金余りの中国。海外に投資先を探すファンドとして漢能投資集団が取り上げられる。アメリカに本拠を置く中国人投資家と某社をめぐって買収合戦、中国政府による案件審査が必要で時間遅れ、タッチの差で敗れたが、海外に広がる中国人人脈を使って巻き返しを図るところが興味深い。アメリカ企業とパートナーシップを結ぶなど活発な投資活動を繰り広げるチャイナ・マネー、しかしその威力には海外で反発もある。理由の一つとしては、中国ファンドはグローバル資本主義のロジックに則って行動しつつも、その背後に政府系企業・金融機関がついており、資源戦略という中国政府の方針が見え隠れするところが警戒心を招いているようだ。

 そういえば、先週、香港誌『亞洲週刊』12月6日号をパラパラ眺めていたら、中国国内経済についても「国進民退」か、「国進民也進」か、つまり国営企業主導で民間セクターは沈滞してしまうのか、それとも民間セクターも一緒に発展できるのか?という論点がメインになっていた。

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2009年12月 7日 (月)

西水美恵子『国をつくるという仕事』、東大作『平和構築──アフガン、東ティモールの現場から』

 西水美恵子『国をつくるという仕事』(英治出版、2009年)の著者は元世界銀行のエコノミストで主に南アジアを担当、副総裁も経験した。貧困の現場を自ら歩いてまわり、可能な場合には農村にホームステイして一緒に働き、あるいは政治指導者と困難な政治交渉を進めたり、そのようにして出会った人々のこと、そして出会いを通して考えたことをつづっている。国際法上、世界銀行の株主は加盟国の国民とされているという。この大前提から発展途上国が必要とする事業に融資するのが仕事である。世銀にしてもIMFにしても、欧米発の“グローバル・スタンダード”押し付けという悪評をよく耳にするが、著者は現地で実地に活動する人々から智慧を借りるのだという姿勢を繰り返し強調している。いくらインフラが物理的に整備されても、汚職が蔓延していたら有効に機能しない。どんなに働いても特権階層に搾り取られてしまうだけなら、働くインセンティヴなど消え失せてしまう。結局、貧困解消の問題はガバナンスの問題に行き着く。そして、ガバナンスはリーダーシップによって左右される。例えば、パキスタンのムシャラフ前大統領はクーデターをおこした軍人として海外での評判は芳しくなかったが、民主主義とは名ばかりで政党政治を私物化するブット、シャリフ両家の政争に堕したバッド・ガバナンスを目の当たりにしていた著者は、(最初は警戒していたものの)ムシャラフの改革志向の生真面目さにはむしろ好感を抱いていた。とりわけ、ブータンの雷龍王四世の謙虚さにはいたく敬服している様子である。

 ついでながら、以前、辺境のガンディーことアブドゥル・ガファル・カーンを取り上げたが(→こちら)、彼の名前を初めて知ったのも二、三年ほど前に日本経済新聞に掲載された西水さんのエッセイだった。アフガニスタン滞在中に彼のことを聞いたらしい。

 内戦で崩壊した政府を再建するにあたり、その根拠として国際管理下で選挙が実施される。しかし、民族対立、腐敗構造、貧困など阻害要因をそのままにして選挙だけ実施してもガバナンスがうまくいかないことはよく指摘されている(例えば、Paul Collier, Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places, HarperCollins, 2009を以前に取り上げた→こちら)。

 東大作『平和構築──アフガン、東ティモールの現場から』(岩波新書、2009年)は、新政府確立において前提となる“正統性=レジティマシー”(Legitimacy)をいかに形成するのかという問題意識を示す。新たにルールや制度をつくる場合、それに人々が従う動機として、①軍事・警察力による強制、②利害計算と共に③レジティマシーを挙げている。「レジティマシーとは、人々にルールや、そのルールを作り出す組織に従うことを動機づける内的な力である。レジティマシーがあると感じるとき、人々は強制ではなく、自主的にそうしたルールに従う」という。例えば、選挙に敗れても野党としての立場を受け入れるのは選挙についてのレジティマシーがその社会に行き渡っているからである。平和構築のプロセスにおいては、①国連など公正な第三者の関与、②反政府勢力を含め広範な勢力を政治過程に参加させる、③現地の人々の主体的な参加、④経済的・社会的状況の改善(平和の配当)によって生活の安定化、⑤軍事力をどのように使うのかという問題、などが見出せる。これらの要因を踏まえて、当事者全体がルールを受け入れるプロセスが繰り返されて、ようやくレジティマシーが確立される。こうした問題意識を踏まえたケース・スタディとしてアフガニスタン、東ティモールでの現地調査を行なっている。

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2009年11月29日 (日)

「NHKスペシャル チャイナ・パワー第二回 巨龍 アフリカを駆ける」

「NHKスペシャル チャイナ・パワー第二回 巨龍 アフリカを駆ける」

 中国の積極的なアフリカ進出。欧米企業も撤退したエチオピアの奥地にまで携帯電話の通信インフラ整備に入り込む中国企業・中興通訊(ZTE)の技術者たち。中国政府のバックアップで民間企業の活動。エチオピア政府は中国の国家開発銀行から融資を受ける→ZTEが受注という構図なのか。

 中国の経済発展により、資源供給不足→国際市場にも大きな影響を与えている。例えば、銅。中国はザンビアと取引。資金繰りの悪化したオーストラリア企業の採掘工場を買収。

 最近、アフリカ問題では白戸圭一『ルポ 資源大陸アフリカ──暴力が結ぶ貧困と繁栄』(東洋経済新報社、2009年→こちら)、松本仁一『アフリカ・レポート──壊れる国、生きる人々』(岩波新書、2008年)などを読んだが、いずれも中国の進出には目をみはっていた。例えば、事実上国家崩壊の状態にあるソマリアにすら中国人技術者が入り込んでいることが白戸書に記されていた。他方で、現地の人々の間に中国人への反感も強まっているというのも気にかかるところだ。

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2009年11月23日 (月)

陳桂棣・春桃『中国農民調査』『発禁『中国農民調査』抹殺裁判』、阿古智子『貧者を喰らう国──中国格差社会からの警告』、廖亦武『中国低層訪談録―インタビューどん底の世界』

 昨日、NHKで「チャイナパワー 第一回 “電影革命”の衝撃」をやっていた。中国語圏人口は巨大なだけにマーケティング合戦は熾烈だ。中国の対外的な存在感を示し、国内的には民心を統一するという趣旨から政府もソフトパワー戦略としてテコ入れしているらしいが、言論の自由が保障されていないにもかかわらずソフトパワーといってもどんなものだろう。番組でも、映画製作上のタブーがまだ大きいから大陸には行かないと語る香港の映画監督も登場していた。

 それはともかく、本題へ。

 陳桂棣・春桃(納村公子・椙田雅美訳)『中国農民調査』(文藝春秋、2005年)は、安徽省でおこった農民たちの集団直訴(上訪・信訪)事件についての取材を通して、中国の農村問題を浮き彫りにしようとしたルポルタージュ作品である。

 中国では都市戸籍と農村戸籍の二元戸籍制が行なわれており、後者から前者への移動は困難である。建国当初は食糧供給確保という目的があったが、労働力を必要とする都市部へ農村出身者が多数流入している現在、彼らの身分は非合法であるため社会保障がない。

 同時に問題なのは、地方における政府・共産党幹部による恣意的な支配がまかり通っている状況である。法的な規定のない負担を無理強いされ、異論を唱えると「態度費」なる罰金が科せられたり、官員を動員して暴力的な圧迫が加えられたりする。農民戸籍に縛られているため逃げるのは難しいし、北京に直訴すれば実態のばれるのを恐れる地方幹部による残忍な報復が待っている。本書も党の地方幹部によるリンチ殺人事件から説き起こされている。問題があっても役人同士でかばい合って隠されてしまう。

 地方幹部は体裁を取り繕った報告のみ中央に上げるため、中央の現状認識が実態から乖離していると指摘される。地方の事情を熟知しているのは地方自身であるという意味で地方自治が大原則であるのはもちろんであるにしても、地方の指導者が恣意的な権力を振るっている場合、それを中央はどのように監督するのか。民意集約の選挙がなされていないばかりでなく、地方・中央の関係不全という問題がうかがえる。また、農業の合理化・近代化という問題も示されている。

 『中国農民調査』が発表されるやいなや、中国国内では大反響を呼び起こした。同様の問題意識を抱えている人々が全国にいるからである。しかし、実名を出された党の地方幹部は著者や出版社を名誉毀損で告訴、さらに本書自体も発禁処分を受けてしまう。陳桂棣・春桃(納村公子・椙田雅美訳)『発禁『中国農民調査』抹殺裁判』(朝日新聞出版、2009年)はその経緯や法廷闘争の記録を通して、中国におけるマスメディアへの圧迫、とりわけ権力者の恫喝によって司法が捻じ曲げられてしまっている実態を描き出している。

 証拠提出の段階から圧倒的に不利。裁判長は原告(党幹部)側に有利な法廷指揮を進める。その裁判長自身も『中国農民調査』を読んで著者たちに内心では同情的だったようだが、行政と司法との権力分立がなされていない体制下において権力機構の末端に連なる者としてはどうにもならない。結局、さらに上のレベルからの圧力で出版社が著者たちには内緒で賠償金を支払ってしまったらしい。政府・党の役人たち自身が法のあり方を理解していないため、いくら法に基づいた異議申し立てを行なっても全く通用しない。建前で何と言おうとも、“法治”の大原則が不在であることが本書を通して告発される。他方で、こうした状況を憂える人々からの励ましの手紙が全国から集まっていることにも注目すべきだろう。

 経済成長著しいが、その中でも格差社会の矛盾が深刻化する中国。阿古智子『貧者を喰らう国──中国格差社会からの警告』(新潮社、2009年)はフィールドワークによって著者自身の目で過酷な現実に直面している人々の焦りや、時には絶望感をもみつめていく。第一章のエイズ村の事例、HIVに感染した女性が周囲から疎外され、陳情しても政府からはねつけられ、犯罪者として捕まってしまった話など本当に悲惨だ。

 戸籍制度のゆがみは農民工のよるべなさや地方・都市の学歴格差などのしわ寄せを生み出しており、これは格差再生産につながりかねない。都市に流入した農民工は言語的・人間関係的にも適応できず、社会保障もない。故郷の農村にいれば親戚や近隣住民との相互扶助も期待できたのかもしれないが、市場経済化によって社会機能が変化する中、農村においても自己中心的な「公徳心のない個人」が目立ちようになってきたという。市場原理による効率化が推奨されても、その前提としての公平なルールが政府によって保証されず、作業分担に必要な信頼がコミュニティーから失われてしまっているという問題が指摘される。

 廖亦武(劉燕子訳)『中国低層訪談録―インタビューどん底の世界』(集広舎、2008年)の著者は詩人。天安門事件後に投獄された経験がある。獄中で出会った和尚から習った蕭を吹いて生計を立てながら、社会的に疎外された人々を訪れ、聞き取った話がまとめられている。刊行後、中国では発禁となったらしい。会話の調子にリズムがあって、ルポルタージュというよりも、むしろダイアローグ形式の戯曲といった印象を持った。ざっくばらんな口調でしかめっつらしい硬さはなく、読んでいて会話の流れに自然に入っていける。

 不良少年に売春婦、老右派に老紅衛兵、没落した企業家に法輪功やチベットの巡礼者、とにかく多種多様な背景を抱えた人々。残酷な運命にうちひしがれた人もいれば、あっけらかんとした売春婦のように猥雑さの中からたくましさすら感じさせる人もいる。北京に直訴に来た農民からは三農問題を聞いている。第Ⅲ部「変転する社会を生きぬいて」は中国現代史の聞き書きとして興味深い。

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2009年11月20日 (金)

アレクサンドラ・ハーニー『中国貧困絶望工場』、レスリー・T・チャン『ファクトリー・ガールズ』

 アレクサンドラ・ハーニー(漆嶋稔訳)『中国貧困絶望工場──「世界の工場」のカラクリ』(日経BP社、2008年)の原題は“The China Price”。中国製品の低価格による競争力は世界経済の中で大きな存在感を示す一方、健康被害や環境問題なども引き起こしていることは周知の通り。経済成長を最優先させる中国自身が払わざるを得なくなっている代償は何かを取材したノンフィクションである。低コスト→安い労働力→苛酷な労働環境という因果関係は邦題からもうかがえるだろう。

 中国の工場は、取引先の外国企業から労働条件等の社会規範遵守を迫られてはいる。しかし、そのまま守ろうとすると、高コスト→競争力は落ちる。だから、双方とも見て見ぬふり。高コスト→価格に反映→それでも海外の消費者は買ってくれるのか? 生活に余裕のある人ならともかく、低価格商品を求めるのは低所得層である。それに、低コストのしわ寄せが国内のことであれば世論の喚起もしやすいが、国境の外である中国のことはなかなか目に見えない。労働問題に取り組む弁護士や待遇改善を進める工場経営者の努力には何とか希望をつなげられそうでも、行く手はなかなか難しそうだ。目先のコスト計算をもとに法の抜け穴をかいくぐろうとする動きが必ず出る。劣悪な労働環境→生産効率の低下や社会不安の増大→長期的には市場にとっても不利、という考え方が中国社会全体のコンセンサスとして定着するかどうかがカギか。

 どんなに苛酷な工場労働であっても、“新しい何か”を都市に求める農村の貧しい若者たちを引き付けてやまない。『中国貧困絶望工場』でも工場から不動産業に転職してチャンスをつかんだ少女の話が出てくるが、たとえ稀ではあってもそうした実例があればこそなおさらだろう。

 Leslie T. Chang, Factory Girls: From Village to City in a Changing China (Spiegel & Grau, 2009)の著者は中国系アメリカ人の女性ジャーナリスト。香港と広州の間に位置する新興工業都市・東莞に住み込み、この地の工場で働く少女たちに密着インタビューしたノンフィクションである。現代中国版「女工哀史」のようなつもりで読み始めたのだが、むしろ不利な条件の中でもポジティヴに生きようとする姿が描かれる。とりわけ二人の女性に的が絞られ、一人からは日記を読ませてもらい、もう一人には春節の里帰りにまで同行している。

 男性に比べて従順で扱いやすいという理由で工場労働の7~8割ほどは女性で占められているという。過去を置き忘れたように目まぐるしく変わり続ける都市部、故郷から離れてツテもない中、頼れるのは自分だけ。成功するにはチャンスをつかめ! 貪欲に、時には失意にうちひしがれて疲れた表情を見せながら、追い立てられるように慌しい彼女たち。スキルをみがき、もっと広い世界を見たいという思いは英語学習熱に表われる。あるいは、マルチ商法に自己啓発セミナー、それから出会い系サイトで結婚相手を探したり。

 里帰りすれば、都市と農村との落差が明らかになる。彼女たちは、家族に会えるのは嬉しくても、退屈な故郷に戻ることなどもはやできない。『中国貧困絶望工場』でも指摘されていたが、出稼ぎ第一世代が生活のため仕方なく都市に出てきたのに対し、現在の第二世代はむしろ自己実現志向が強い。別世界に行ってしまった娘とそれに戸惑う親とのギャップを目の当たりにしながら、著者も自身のルーツに思い当たる。著者の祖父はアメリカ留学経験のある技術者であったが国共内戦の混乱で殺されてしまい、台湾に逃れた祖母は子供たちをアメリカ留学に送り出した。つまり、故郷を離れて新しい生活を築き上げようとした人たちであったという点でイメージを重ね合わせる。他方で、現代史の流れの中で祖父母の世代と比べると、現代のファクトリー・ガールズの個人主義志向の強さも際立つ。良い悪いは別として。

 仕事や人間関係に悩む女の子たちの普段の表情がこまやかに観察されているのが本書の魅力だが、著者がこれまで避けてきた自身のルーツ探しのエピソードも絡められ、そこを通して中国現代史の一端も描かれる。意外と奥行きのある作品で、なかなか読み応えはあった。

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2009年11月 1日 (日)

平野千果子『フランス植民地主義の歴史──奴隷制廃止から植民地帝国の崩壊まで』

平野千果子『フランス植民地主義の歴史──奴隷制廃止から植民地帝国の崩壊まで』(人文書院、2002年)

・フランス人権宣言→当初は植民地に適用されず。
・植民地の領有と奴隷制とは別物、悪いのは後者だと考えていた。
・フランス革命の最中、サン=ドマング(ハイチ)で奴隷の反乱→白人植民者はイギリスと同盟→革命政府は奴隷制廃止で植民地の確保を図る→しかし、ナポレオンが奴隷制復活→ハイチは独立→フランスには、奴隷制廃止=植民地崩壊という強迫観念。
・1848年の二月革命→奴隷制の廃止=“文明化”(自由・平等の共和主義が共和国フランスへの同化を意味するようになる)。シュルシェール「王政は奴隷にしたが、共和国は自由にする」→革命の理念と“文明化”言説が結び付く。他方で、アルジェリアには奴隷制があった→やめさせるのも“文明化”→アルジェリア征服を正当化。同化政策を明確に表明。限定条件付で植民地に参政権を与えたが、差別は残る。
・19世紀は“進歩”の時代→植民地拡張という形で「外の文明化」、貧困層も含めて公教育→「内の文明化」が同時進行。
・フランスは革命の国、人権の国である“にもかかわらず”植民地支配をしたのではなく、むしろ革命の理念こそが“文明化”という形で植民地支配を正当化した。

・混血児イスマイル・ユルバンのアイデンティティをめぐる葛藤。

・第三共和制のジュール・フェリー首相:脱カトリックの教育改革→共和主義的国民意識の形成。人種主義的な風潮の中、フランスが「野蛮で」「劣った」民族を「教化する」ことが“文明化”→植民地拡張を正当化。これは共和主義者が推進。
・保守派は経費負担の重さから植民地に反対し、むしろアルザス・ロレーヌ奪還を優先すべきと主張。しかし、1890年前後以降、劣勢にあったため保守派も共和政を受け入れてから、植民地拡張に賛成。
・“文明化”言説の重層性:共和主義者が掲げる革命の理念だけでなく、保守派のキリスト教化という理念も許容された。

・戦間期には植民地の領有は自明視。第一次世界大戦で植民地の有用性が確認された。
・ブルム・ヴィオレット法案:植民地の権利面での同化を認める法案だが、アルジェリア入植者階層の反対で廃案(権利の同化→支配関係が崩れてしまう)。この法案の背景として、アルジェリアの民族運動家は独立よりも政治的地位の向上を優先させていた。当初、アルジェリアではフランス市民権を得るにはイスラムの棄教が条件とされていたが、その条件なしの同化を目指す→フランス市民になりつつも、文化的拠り所は維持したいという思い。提案者ヴィオレットの発言「アルジェリア『原住民』には、まだ祖国がない。彼らは祖国を求めている。フランスという祖国を求めているのだ。速やかにそれを与えよ。さもないと、彼らは別の祖国を作るだろう」。
・アンドレ・ジイドは改良主義的→植民地の白人による過酷な支配形態を批判はしたが、植民地支配そのものを批判したわけではない。他方で、フェリシヤン・シャレは植民地の解放を主張(ただし、彼は第二次世界大戦で対独協力を容認した経緯があるため、戦後は忘却された)。
・フランスで自由と平等を学んだ留学生がこの矛盾に気付いた、つまり民族解放の理念を学んだのはフランスにおいてであったという言い方にはフランス中心の偏りがないか?と指摘。そうでないケースとして、ファン・ボイ・チャウを例示。
・セネガルのブレーズ・ディアニュは、兵役=「血の税金」こそが完全同化への道だと主張。ただし、アフリカは自前の国家を持つ前に植民地化された→従属から脱する方法としてまず支配者と対等の立場を目指したという側面が強い。

・第二次世界大戦で、ヴィシー政権とドゴール派のそれぞれが植民地に自分側につくよう働きかけ→カリブ海出身でチャド総督のフェリックス・エブエの主導でアフリカ植民地はドゴール派についた→コンゴのブラザヴィルが自由フランスの首都。対独抵抗運動の基盤としての植民地の存在。
・戦後の植民地は、フランスの外交方針としての“大国意識”に翻弄され、“文明化”言説とは関係ない。
・「フランス連合」から「共同体」への再編:植民地の自発的意志により、不参加は独立という建前だが、独立を選んだ場合には経済援助なし。
・フランスの植民地支配が日本のそれよりも批判を受けていないのはなぜか? 日本の場合にはスローガンに天皇制→フランスが(現実はともかく)掲げた理念の普遍性がなかった。ただし、フランスは、その掲げた普遍性が植民地主義の免罪符として作用、かえって植民地支配の問題点を自ら問い直す契機がなかったとも言える。
・被植民地側にも“オクシデンタリズム”の問題。ヨーロッパ文明への憧憬から、フランスを価値序列の上位に位置付け、社会的ステータス上昇のため自ら進んで“同化”を目指したという側面も指摘され得る。
・被植民地側の特徴として“クレオール”、つまり複数意識を肯定する考え方→これに対して、“ネグりチュード”の問題。“クレオール”的な複数意識の中から黒人としてのアイデンティティのみを抽出・単一化させて(それもまた虚構であっても)植民地主義へのアンチテーゼにしてしまう志向性。

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2009年10月20日 (火)

『ウイグルの母 ラビア・カーディル自伝──中国に一番憎まれている女性』

ラビア・カーディル、アレクサンドラ・カヴェーリウス(水谷尚子・監修、熊河浩・訳)『ウイグルの母 ラビア・カーディル自伝──中国に一番憎まれている女性』(ランダムハウス講談社、2009年)

 “ウイグルの母”ラビア・カーディルからドイツ人ジャーナリストが話を聞いてまとめられた自伝。原著はドイツ語。以前に英訳版Rebiya Kadeer with Alexandra Cavelius, Dragon Fighter: One Woman’s Epic Straggle for Peace with China(Kales Press, 2009)を読んだが、日本語訳の新刊が出たので改めて手に取った。訳文はこなれていて読みやすい。原著には誤り、誇張した箇所等が散見されるそうで、それは監修者によって訂正されている。物語風の構成となっているが、文革、グルジャ事件、獄中の様子等も含め漢族優位の社会体制の中でウイグル人が置かれている深刻な状況が描かれている。彼女の生い立ちを通して、東トルキスタン現代史を知る上でも手引きとなるだろう。英訳版を読んだときには、ラビア女史が状況改善のため女性のエンパワーメントに尽力していたことに関心を持った趣旨のコメントをこちらに書いた。

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2009年8月29日 (土)

リチャード・J・サミュエルズ『日本防衛の大戦略──富国強兵からゴルディロックス・コンセンサスまで』

リチャード・J・サミュエルズ(白石隆監訳、中西真雄美訳)『日本防衛の大戦略──富国強兵からゴルディロックス・コンセンサスまで』(日本経済新聞出版社、2009年)

 大陸戦略か、海洋戦略か。軍事力か、経済力か。アジアか、ヨーロッパか。大国か、小国か──。議論の手始めとして、近代日本の外交方針をめぐる様々な思想潮流が類型的に整理され、局面に応じてこれまで三つのコンセンサスにまとまったことがあると指摘される。第一に、追いつき追い越せ型の明治コンセンサス=富国強兵。第二に、帝国主義のロジックに乗った近衛コンセンサス=「東亜新秩序」。第三に、アメリカとの同盟を戦略的に選び取ることで軽軍備・経済発展を可能にした吉田ドクトリン。近代日本の対外構想をトータルな見取図として提示し、その枠内において現代の日本が直面している外交的課題を位置づける。思想史的に不正確な箇所もあるが、外交方針をめぐる対立図式の分析にあたって理念型を設定したものと割り切って読めばいいだろう。

 戦後日本の安全保障論争では国際環境への顧慮よりも国内的要因の方が大きな作用を示し、とりわけ平和主義の発言力が強かった。しかし、吉田ドクトリンは、この平和主義世論を口実として保守勢力内の自主防衛論を抑制しつつ、冷戦へ巻き込まれるのを避けて経済中心の政策を実質的に進めるという絶妙なバランス感覚を示した(内閣法制局の憲法解釈による抑制や、防衛庁への他省官僚出向という形での文民統制など制度的側面も指摘される)。本書はこうしたところに日本の戦略文化におけるプラグマティックな連続性を見出す。

 日本の外交戦略に底流するプラグマティックな流れを踏まえ、また、日本国内で防衛論議へのタブーが消えつつあり、対米同盟依存がアメリカの世界戦略に巻き込まれかねない危険と中国の台頭という状況を見据え、次に現われるであろう第四のコンセンサスを「ゴルディロックス・コンセンサス」と呼ぶ。それは各方面にリスク・ヘッジしながら、極端にハードでもソフトでもなく、アジアにも欧米にも偏り過ぎない外交戦略だという。一見、新鮮味に欠ける当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、最も賢明であり、かつ高度な駆け引きの求められる路線であろう。なお、ゴルディロックスとは、「三匹の熊」という童話に登場する女の子の名前で、適度な均衡状態のたとえによく使われる。訳書にこの表現について注がないのは不親切だ。

 なお、戦後日本外交のプラグマティックな自主性に着目した議論としては、添谷芳秀『日本の「ミドル・パワー」外交──戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)も良書である。以前、こちらで取り上げた。

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