カテゴリー「政治・経済」の66件の記事

2009年10月25日 (日)

山岡淳一郎『田中角栄 封じられた資源戦略──石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い』

山岡淳一郎『田中角栄 封じられた資源戦略──石油、ウラン、そしてアメリカとの闘い』(草思社、2009年)

 田中角栄といえば、「日本列島改造論」及びその裏面としての土建屋政治、外交面では日中国交正常化の印象が強い。対して、本書が注目するテーマは資源外交である。若き日の角栄が理化学研究所の大河内正敏と接点があったというのは意外だった。大河内の「農村の機械工業化論」が角栄の「日本列島改造論」の源流となっているらしい。角栄は理研の科学者たちの議論を横目にしながら開発主義的な感覚を身に付けた。本書では、角栄の基本的な発想としての「モノと生活」、それを支えるにエネルギー資源の確保という考え方を縦軸に据え、彼が直面せざるを得なかった国際政治が横軸に据えられる。田中角栄を外交史の観点から捉え返していくのは非常に興味深いテーマだと思う。

 石油をめぐっては親アラブに舵を切った。原子力エネルギーをめぐってはフランス・西ドイツ等のヨーロッパ勢と手を組もうとする。こうした角栄の独自外交はアメリカの癇に障る行動であった。アメリカの政権中枢と直結していた岸信介・佐藤栄作らとは異なり、角栄はキッシンジャーと正面きってわたり合う。しかしながら、資源戦略は安全保障政策と密接な関わりを持つ以上、日本はどうしても難しい立場に置かれてしまう。アメリカ側の反撃に抗しきれず、憔悴していく角栄の姿が痛々しい。アメリカは核不拡散という大義名分を掲げてヨーロッパ勢が行なおうとしていた原子力施設の売込みに抑制をかけようとするが、他方で、それは一部の国への核の集中を意味してしまうという矛盾も指摘される。

 本書とは直接には関係ない話になるが、戦争体験と戦後の高度経済成長との精神史的なつながりを浮き彫りにしてくれるようなテーマはないかという関心がある。もちろん、1940年体制とか、旧満州国における産業政策が戦後に生かされたといった議論はある。そうした政策構想上の連続性にも興味はあるが、もっと精神史的なレベルと言ったらいいのか。例えば、佐野眞一『カリスマ』で示された、不条理を嘗め尽くした戦場体験がダイエー・中内功の原点になったという視点を思い浮かべている。田中角栄も含めて、そういう感じのコンテクストで捉えられるテーマはないものか、と。漠然としたイメージしかないので、どう表現したらいいのか難しいのだが。

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2009年9月 7日 (月)

寺島実郎・飯田哲也・NHK取材班『グリーン・ニューディール──環境投資は世界経済を救えるか』、ヴァン・ジョーンズ『グリーン・ニューディール──グリーンカラー・ジョブが環境と経済を救う』

寺島実郎・飯田哲也・NHK取材班『グリーン・ニューディール──環境投資は世界経済を救えるか』(NHK出版生活人新書、2009年)

・NHKの番組で取り上げられたテーマをまとめた内容。特にアメリカでの取り組みを紹介。
・太陽光発電、風力発電、電気自動車など化石燃料に頼らない技術を紹介。自然エネルギーによる電力供給は小規模・分散型で不安定だが、IT技術によって発電量を把握・コントロールするスマート・グリッドが注目される。
・ブッシュ政権は京都議定書から離脱。しかし、州レベルでは環境政策への取り組みがあり、そうした動きをオバマ政権は取り込んだ。オバマ政権は、化石燃料依存から脱却するエネルギー構造転換への投資を雇用創出(例えば、戸別にソーラー・パネル設置・メンテナンス、風力・潮力発電所の建設、断熱化工事など)に結び付けるグリーン・エコノミー政策を推進。
・産業政策と環境政策とでは意見がぶつかりやすいが、その両立を目指す。

ヴァン・ジョーンズ(土方奈美訳)『グリーン・ニューディール──グリーンカラー・ジョブが環境と経済を救う』(東洋経済新報社、2009年)

・著者のヴァン・ジョーンズの名前は上掲NHK取材班の本にも出てくるが、アメリカの著名な社会活動家。オバマ政権のアドバイザーとしてホワイトハウス入りしたらしい。
・本書の主張の一番の特色は、エコの不平等、環境による人種差別という問題意識だろう。劣悪な居住環境、ジャンクフード等による不健康、ハリケーン・カトリーナの被害は黒人や貧困層に集中した。従来の環境運動は富裕層の余暇活動的な側面があった。彼らは生活に困っていないので、熱帯雨林の消滅やホッキョクグマの溺死など外の地球環境問題に関心を寄せる余裕がある。身近な環境問題にも目を向けて、一般の人々全体の生活水準を高めるため、エコ・エリート主義を超えてエコ・ポピュリズムへという問題意識。ただし、両者を対立関係で捉えるのではなく、立場の異なる者同士が協力すべきという視点。マイノリティーや貧困層もグリーンカラー・エコノミーの運動に巻き込んでいく必要を主張。環境政策+経済政策+社会政策というトータルな視点。
・生活に直結する環境問題→エネルギーだけでなく、食物、水、ゴミ、輸送インフラなど様々な問題。
・グリーン投資によって創出される雇用:グリーン・ジョブ→職業訓練→貧困層の生活上の自立につなげる。
・フランクリン・ローズヴェルト政権がニューディールで経済危機を切り抜けたように、グリーンカラー・エコノミー政策でも整合性のとれた包括的プログラムによって官民ともに社会全体で問題解決を図る→政府のリーダーシップが必要。

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2009年8月30日 (日)

ジェラルド・カーティス『政治と秋刀魚』『代議士の誕生』

ジェラルド・カーティス『政治と秋刀魚──日本と暮らして四五年』(日経BP社、2008年)。

 1960年代、語学留学で東京へ来て以来、日本と付き合い続けながら感じたこと、考えたことを振り返る。西荻窪に下宿、もともと魚介類は好きではなかったが、大衆食堂で食べた鯖や秋刀魚が舌に馴染んだという味わい深いエピソードでつづられる出だしがなかなか良い感じだ。社会科学者としての視点から日本社会の価値観の変化という現実に政治が対応できていないことを指摘する一方で、来日したばかりの頃に知った親切で穏やかな日本への愛惜の念も時折ほのかににじむ。地域研究というのはこういうウェットな感性があってはじめて成り立つものだとつくづく感じる。

 “ドブ板”で選挙民のニーズに敏感な党人派と政策立案に長けた官僚派が互いに協力・牽制しあいながら調整のバランスをとってきたことが自民党政治成功の要因だが、こうした調整メカニズムが機能不全に陥っている、日本独自の政党政治の伝統を生かしながらいかに「説得する政治」を構築できるかが課題だと指摘する。自分には不合理で理解できないことであっても、それを安易に文化論に結び付けて逃げてしまうのは良くないという指摘も大切なことだと思う。

 ジェラルド・カーティス『代議士の誕生──日本式選挙運動の研究』(山岡清二訳、サイマル出版会、改版1979年)はもはや日本の政治文化論として古典。自民党新人代議士の選挙運動に密着して、文化人類学的なフィールドワークによって日本の“草の根”政治の分析を試みた博士論文である。本書で分析されている後援会や地方政治家を通した政治家個人への人間関係による集票システムは、『政治と秋刀魚』でも指摘されているように、すでに崩れている。選挙というイベントからは、その社会における人間関係や組織のあり方、それらに通底する価値観が浮かび上がってくる。日本社会の価値観の変化を考える際の参照基準として選挙を位置付けるという観点から読み直してみると、現代なりに面白い論点も浮かび上がってくるのではないか。

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2009年8月29日 (土)

リチャード・J・サミュエルズ『日本防衛の大戦略──富国強兵からゴルディロックス・コンセンサスまで』

リチャード・J・サミュエルズ(白石隆監訳、中西真雄美訳)『日本防衛の大戦略──富国強兵からゴルディロックス・コンセンサスまで』(日本経済新聞出版社、2009年)

 大陸戦略か、海洋戦略か。軍事力か、経済力か。アジアか、ヨーロッパか。大国か、小国か──。議論の手始めとして、近代日本の外交方針をめぐる様々な思想潮流が類型的に整理され、局面に応じてこれまで三つのコンセンサスにまとまったことがあると指摘される。第一に、追いつき追い越せ型の明治コンセンサス=富国強兵。第二に、帝国主義のロジックに乗った近衛コンセンサス=「東亜新秩序」。第三に、アメリカとの同盟を戦略的に選び取ることで軽軍備・経済発展を可能にした吉田ドクトリン。近代日本の対外構想をトータルな見取図として提示し、その枠内において現代の日本が直面している外交的課題を位置づける。思想史的に不正確な箇所もあるが、外交方針をめぐる対立図式の分析にあたって理念型を設定したものと割り切って読めばいいだろう。

 戦後日本の安全保障論争では国際環境への顧慮よりも国内的要因の方が大きな作用を示し、とりわけ平和主義の発言力が強かった。しかし、吉田ドクトリンは、この平和主義世論を口実として保守勢力内の自主防衛論を抑制しつつ、冷戦へ巻き込まれるのを避けて経済中心の政策を実質的に進めるという絶妙なバランス感覚を示した(内閣法制局の憲法解釈による抑制や、防衛庁への他省官僚出向という形での文民統制など制度的側面も指摘される)。本書はこうしたところに日本の戦略文化におけるプラグマティックな連続性を見出す。

 日本の外交戦略に底流するプラグマティックな流れを踏まえ、また、日本国内で防衛論議へのタブーが消えつつあり、対米同盟依存がアメリカの世界戦略に巻き込まれかねない危険と中国の台頭という状況を見据え、次に現われるであろう第四のコンセンサスを「ゴルディロックス・コンセンサス」と呼ぶ。それは各方面にリスク・ヘッジしながら、極端にハードでもソフトでもなく、アジアにも欧米にも偏り過ぎない外交戦略だという。一見、新鮮味に欠ける当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、最も賢明であり、かつ高度な駆け引きの求められる路線であろう。なお、ゴルディロックスとは、「三匹の熊」という童話に登場する女の子の名前で、適度な均衡状態のたとえによく使われる。訳書にこの表現について注がないのは不親切だ。

 なお、戦後日本外交のプラグマティックな自主性に着目した議論としては、添谷芳秀『日本の「ミドル・パワー」外交──戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)も良書である。以前、こちらで取り上げた。

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2009年8月27日 (木)

松田康博編著『NSC 国家安全保障会議──危機管理・安保政策統合メカニズムの比較研究』

松田康博編著『NSC 国家安全保障会議──危機管理・安保政策統合メカニズムの比較研究』(彩流社、2009年)

 政府内において安全保障政策の総合的企画・立案・調整を担当する組織部門の比較研究をテーマとした論文集。アメリカのNSC(National Security Council、国家安全保障会議)が代表的だが、他に韓国、台湾、ロシア、中国、シンガポール、イギリス、日本を取り上げる(ただし、中国には該当する組織部門がなく、安全保障政策形成過程を示すことで比較対照)。それぞれの制度や設立経緯を紹介するだけでなく、運用上の問題にも目配りしている。執筆陣は防衛省防衛研究所の関係者が中心だが、純粋に学術的な内容。Ivo H. Daalder and I. M. Destler, In the Shadow of the Oval Office: Profiles of the National Security Advisers and the Presidents They Served─From JFK to George W. Bush(Simon & Schuster, 2009)という本を読んでいたのだが(途中まで読んでほったらかしだが)、たまたま本書を見かけ、この辺のことをよく知らないので勉強のため手に取った次第。関心を持った点をいくつかメモ書き。

・大統領直属という性格から、法的・制度的な裏付けのないケースが多い。
・研究者などの民間人を政治任用しているケースが多い。また、組織肥大化の傾向あり。
・制度的な問題もあるが、どんな制度であっても、人的要因によってその運用が左右される。
・アメリカの現在のNSCの特徴は、In the Shadow of the Oval Officeでも指摘されているが、チームワーク重視と非公然活動の抑制。かつてニクソン政権の安全保障問題担当大統領補佐官キッシンジャーが国務長官を無視して華々しい外交成果を挙げたが、カーター政権のブレジンスキー補佐官は国務長官と対立して外交活動が頓挫→補佐官は省庁間の誠実な仲介者としてチームワーク作りを行なうことが重要な任務と期待されるようになった。キッシンジャー型の独断専行を嫌ったレーガン政権においてNSCの存在感は低下→表舞台ではない所でNSCが勝手に非公然活動→イラン・コントラ事件→NSCの建て直し、という経緯あり。(なお、In the Shadow of the Oval Officeの著者による要約がForeign  Affairs, January/February 2009に掲載されており、こちらを読めば歴代補佐官の活動を通してアメリカのNSCの歴史が概観できる。着実な調整活動によって政策決定上のリーダーシップを発揮した例としてパパ・ブッシュ政権のスコウクロフト補佐官が高く評価されていた。)
・韓国は金大中・盧武鉉の対北朝鮮“太陽政策”、台湾は中国からの圧力が多元化するようになった→軍事対決というだけでなく、接触・交渉も含めて総合的な安保政策を立案する必要からNSC型組織を重視。
・安保政策を立案する上では、様々な政策分野を一元的に統合する強力なリーダーシップが理想的。その補佐として企画立案・関係省庁の調整にあたるのがNSCの役割。当然ながら、大統領の権限強化が目指されるため、独走しないように常にアカウンタビリティーが必要。
・中国はかつての毛沢東独裁のトラウマがあるため集団指導体制を取っている→NSC型組織を現時点では持っていない。安保政策は中央軍事委員会で決定されており、国家次元で意思統一が図られているのか不透明だと指摘。
・イギリスは議院内閣制だが歴史的に政府・与党一体化しており、首相のリーダーシップがもともと強い。政府・与党(自民党)二元体制の日本とは異なる。
(※なお、民主党のマニフェストを見ると国家戦略局なるものを創設するらしいが、NSCを目指しているということか? そう言えば、安倍政権の時にも日本版NSCを作ろうという動きがあったな)

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2009年7月29日 (水)

ポール・コリアー『戦争・銃砲・投票──危険地帯のデモクラシー』

Paul Collier, Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places, HarperCollins, 2009

・アフリカ諸国など貧困と政治的不安定に苛まれる“最底辺の10億人”(bottom billion)。どんな対策を立てるにしても、まず実施主体となる政府に実効性を持たせることが出発点である。具体的には、国内的・対外的安定(security)と政策への責任(accountability)が国家のインフラとして最低限の要件→しかし、民族的多様性・対立状態(ethnic diversity)のため、公共財の利用が困難→国家再建の前提としてナショナル・アイデンティティの確立が必要。
・紛争終結後、新政権の正統性を確立するため民主的な選挙を実施する→しかし、“最底辺の10億人”の国々はたいてい民族的に多様→アイデンティティ・ポリティクスが激化→選挙はかえって暴力を誘発しやすい(民主的選挙→政治統合→暴力抑制、という経過をたどる先進国とは対照的)。
・紛争終結後の10年間が最も危険→①国連等による平和維持活動、②インフラ整備も含めて経済的支援が必要
・平和維持活動、over-the-horizon-guarantee(いつでも大軍を派遣できる状態を整えておくこと→シエラレオネ内戦で少数のイギリス軍の存在が抑止効果)→費用対効果に見合う成果がある。
・紛争終結後の経済的支援→インフレ抑制→貨幣への信頼を取り戻し、国外に逃げていた資本(capital flight)を呼び戻せる。インフラ整備は雇用創出にもつながる。ところで、土木工事にもスキルは必要→しかし、長引いた紛争でスキルが失われている→訓練が必要→“国境なきレンガ積み職人”が必要!
・独裁者(例えば、旧ザイールのモブツやジンバブエのムガベ)は金が欲しい、しかし、人気取りのため税はかけなくないし、輸出用天然資源も枯渇→お札を刷る→ハイパーインフレ→国民に税と思わせない実質的な増税。
・カラシニコフ銃(安価で操作性も高い)の流入→内戦リスク→国内情勢が不安定化して政権側は軍事費拡大(国外からの援助も流用)→軍拡に隣国が警戒心→地域全体の不安定化→経済にも悪影響(誰も投資しない)→この悪循環をどうするか? 地域的な協力関係を構築して不安定を解消する努力が必要→国家再建のインフラとしてsecurityを確保
(※松本仁一『カラシニコフ』などを参照のこと→以前にこちらで触れた)
・植民地帝国の解体→部族意識とたまたまの国境線→国境線の範囲内に住んでいるという意味では国家(state)だが、同じ国民としての帰属意識(national identity、national loyalty)が共有された国民国家(nation)ではない。ナショナル・アイデンティティが公共財の利用の大前提となる(そうでないと、支配部族が独占してしまう)。先進国における多文化主義(multiculturalism)は、同じ国家への帰属意識を前提とした上での多文化尊重である点に留意。
・アフリカ諸国の大半は、安全保障の点では規模が小さすぎ(部族ごとに独立すると収拾がつかない)、国内的凝集力が生み出せない点では規模が大きすぎる(部族・民族的対立)→ケースに応じて国家統合・連合も必要。
・民族的分裂状態を克服し、国家建設の基盤としてナショナル・アイデンティティ形成の必要(立場が異なっても集団的行動が可能となるように)→指導者のリーダーシップが不可欠(インドネシアのスカルノ、タンザニアのニエレレが成功例。対して、ケニヤのケニヤッタは経済発展には成功したが、キクユ族に依存→死後、キクユ族内で後継者争い→暫定的にマイノリティーであるカレンジン族のモイを大統領に→モイが実権を握り、カレンジン族優位の体制に)。
・デモクラシー確立に向けて暴力を抑制するには? Accountability→公共投資における透明性を確保するには? Security→安全保障を確保するには? 以上3つの問題点について具体的な提言。
・著者の前著『最底辺の10億人』については以前、こちらで触れた。

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2009年7月28日 (火)

R・A・ダール『政治的平等とは何か』

R・A・ダール(飯田文雄・辻康夫・早川誠訳)『政治的平等とは何か』(法政大学出版局、2009年)

・デモクラシーの理念:実効的な参加。投票における平等。社会のメンバーが政策について知る実質的な機会があるか。政策の議題の設定の仕方。
・政治的資源、知識、手腕、動機はいついかなる場でも不平等に配分されている。政治活動に費やせる時間的制約。政治単位の規模のジレンマ。市場経済。国際システムからの制約。深刻な危機(戦争、災害etc.)→政治的平等にとっての障害
・自由・公平・頻繁な選挙。表現の自由。複数の情報源へのアクセス。結社の自律性。→デモクラシーの進展度合をポリアーキー・スコアで測定
・政治的不平等の累積→社会内で特権階層が分化→他の人々は不平等克服の可能性がなくなってしまう
・消費志向型社会→豊かさへの満足ではなく、自分より上位にある者への羨望を動機として常に上昇志向→市民が他者と共に「共通善」を目指す政治社会は可能か?

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2009年7月22日 (水)

上杉隆『世襲議員のからくり』

上杉隆『世襲議員のからくり』(文春新書、2009年)

 議員の当選に必要とされるジバン(後援会組織)・カバン(政治資金管理団体)・カンバン(選挙区内における知名度)が親族間で世襲されている問題。政治資金管理団体を通した政治資金の継承は、事実上、非課税相続ではないかと指摘される。後援会はその選挙区における利権構造をがっちりと組み立てている→議員の引退・死去により地元有力者の間で後継者争いが始まるとこの利権構造が崩れてしまう→血統のシンボル性により親族だとうまく収まる→後援会が世襲を望むという政治風土的構造がある。

 世襲制限の提言に対して、「門地による差別であり憲法違反だ」という反論があるが、そもそも一般人が政界に入る機会の均等が著しく侵害されているのだから、その是正措置は憲法の枠内に収まる。さらに、世襲議員の大半には切磋琢磨の機会がなかった→胆力がない→安倍晋三・福田康夫・麻生太郎のような体たらくになると本書は批判する。選挙区ががっちり固まっている→選挙に悩まされずに長期的な視点で政策に取り組める、という見解も確かにあり得るが、実際には、たとえば麻生太郎とか見てノブレス・オブリージュの感覚がほんのわずかでもうかがえるだろうか?

 さてさて、ようやく衆議院解散。私は政局話が結構好きで、選挙が近くなると、関係ないのに(ていうか、有権者だから関係はあるんだけど、選挙活動には関与しないという意味で)何やらワクワク。開票速報はビールを用意してテレビの前でスタンバイ。スポーツ観戦のノリですな。先日の都議選はなかなか楽しませてもらいました。

 私は、自民党が負けどまるか民主党が勝つかというのはあまり気にしていない(ただし、政権担当能力のある政党が複数存在することによるダイナミズムは必要だから、その点で民主党がきちんと足腰の立つ政党になって欲しいと望んではいる)。以前、こちら(→選挙について適当に)でゴチャゴチャ書いたことがあるけど、選挙結果よりも投票率の方が大事だと思っている。現世超越的なものに統治の根拠が求められなくなった→根拠はどこに?→「民意」というフィクション→既存の統治システムに対して正統性を付与するフィクショナルな仕掛けが選挙(制度内の変革可能性を示して国民の不満をガス抜き)→肝心の有権者が投票に行かなければこの正統性にかげりが出てしまう。それに、投票率高い→無党派が投票行動→組織票の割合が低下して結果の予測不能度が高まる→開票速報がエキサイティング!→ビールがうまくなる(残暑の時候だし)。そうなって欲しいものです。

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2009年7月 1日 (水)

チャールズ・テイラー『〈ほんもの〉という倫理──近代とその不安』

チャールズ・テイラー(田中智彦訳)『〈ほんもの〉という倫理──近代とその不安』(産業図書、2004年)

 タイトルにある〈ほんもの〉とはauthenticityのこと。自分自身にとっての確からしさ、本当らしさ、有意義さ、そういった感覚をこなれた日本語に移しかえようとした苦心の訳語である。先日取り上げたチャールズ・テイラー『今日の宗教の諸相』(岩波書店、2009年→こちら)でもこのキーワードは出てくる。

 現代の我々には、自分たちから超越した“聖なる秩序”の命令に自らの身を捧げようなどという発想はない。むしろ、自己実現にこそ重きが置かれ、超越的価値はうとましいくびきと感じられる。自己実現重視の個人主義は、見方を変えると、誰にも真似のできない他ならぬ自分自身のもの、そこに〈ほんもの〉を求めようとする点で芸術家が創造的感性を求めるのと類似した志向性を帯びている。18世紀のヘルダー以降のロマン主義→神や善のイデアといった超越的価値ではなく、自身の内面から湧き起こる声にこそ従うべき→近代における主観主義的転回→「自分自身に忠実であれ」という自己実現志向は〈ほんもの〉という近代の理想によって裏打ちされている。

 他方で、こうした〈ほんもの〉志向には次の動きが並行している。第一に、個人の組み込まれていた意味付けの地平が失われた→個人の断片化・アトム化、帰属意識の稀薄化。第二に、テクノロジーの進展による合理的思考・道具的理性→各自の“幸福”という目標に向けて物事を設計しなおそうという発想→効率性・計量性の論理で他者を位置付ける。いずれにせよ、〈ほんもの〉は自分だけの実感という受け止め方→バラバラに連帯感を欠いた非人格的社会関係が肯定される。

 しかしながら、完全な独我論はあり得ない。他者との対話やせめぎ合いによって相互の相違に気付いてこそ、アイデンティティ=私らしさ、私にとっての〈ほんもの〉は確証される。アイデンティティ・ポリティクスという形で差異の承認を求めるにしても、無機的な並列というのではなく、一定の関係性の中での位置付けの要求なのだから、むしろもっと広い価値的地平の共有を目指していると言える。他者があって初めて自分が分かる。従って、他者から切り離されたアイデンティティはあり得ない。自分にとっての〈ほんもの〉を求めるアイデンティティは対話的性質によって特徴付けられており、あらゆる前提から切り離された地点に立って純粋に自己決定を行なうという合理性で捉えられた人間モデルは現実にはあり得ない。ここにコミュニタリアニズム(共同体論)からリバタリアニズム(自由至上論)に対する批判のポイントがある。

 「自分に正直でありたい!」とかのたまってある種のワガママを正当化するミーイズム・ナルシシズム、こうした現代社会にありがちな浅はかさも、以上の〈ほんもの〉=authenticityという観点から把握できる。ただし、“保守オヤジ”のように説教したってはじまらない。個人の“自由”は、その置かれたコンテクストによって初めて意味を持つ。各自が自身にとっての〈ほんもの〉を追求、そうした形で自己実現を目指すのは当然のことである。ただし、その切実さは人それぞれ、目先のことに振り回されているだけの場合もあり得るわけで、上っ面に流されかねないところにテイラーは注意を喚起する。そのことを“主観主義へのすべり台”と表現している。個人の自由万能か、それとも共同体の価値復権か──などという不毛な二元論的構図に落としこまず、かと言って、間をとって無意味な折衷論でお茶を濁すでもなく、もっと着実な議論のたたき台を示そうというところに本書の意欲がある。

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2009年6月27日 (土)

チャールズ・テイラー『今日の宗教の諸相』

チャールズ・テイラー(伊藤邦武・佐々木崇・三宅岳史訳)『今日の宗教の諸相』(岩波書店、2009年)

 チャールズ・テイラーは政治哲学の分野では代表的なコミュニタリアン(共同体論者)として知られている。ウィリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相』の読み直しを通して現代社会を特徴付ける個人主義のあり様を考察するというのが本書の趣旨。テーマは宗教で、訳者は科学哲学の人たちだが、私はコミュニタリアニズムへの関心から手に取った。

 ジェイムズは、個人の内的で言語的定式化の難しい感情に注目して宗教的経験を把握しようとした。しかし、それでは宗教的感情の持つ集団的側面を無視してしまっているとテイラーは指摘する。「我々の経験のなかには(一つの意味では)個人的な経験でありながら、それが共有されているという感覚によって大いに高められるような経験が存在する。…一人でいるときにはもつことができないが、連帯しているときにはもつことのできるある種の感情が存在する。経験はそれが共有されているという事実によって、何か別のものに変化するのである」(25~26ページ)。テイラーは、だからと言ってジェイムズの議論を否定してしまうのではない。むしろ、このジェイムズが見落とした盲点にこそ、現代的な問題が伏在しているのではないかと問いかける。

 かつて信仰の原理と政治的・社会的原理とが分かちがたく結びついていた世界から、両者が分離→世俗化の過程と考えるのが“近代”という時代現象を捉える一つの論点である(マックス・ヴェーバー的に言えば“脱魔術化”か)。見方を変えれば、個人の束縛→解放ともなるが、さらに言うと、個人の内的体験のレベルにおける確からしさ、有意義さ、そういった感覚を感じられない外的束縛はすべて不条理で否定すべきものとみなされる。ジェイムズの示した内的体験として宗教感情を捉える視点は、実はこうした意味で現代的な個人主義を正確に把握していたのだとテイラーは指摘する。

 コミュニタリアニズム(共同体主義)対リバタリアニズム(自由至上主義)、個人の自律性重視か、個人が組み込まれた全体性重視か、というような単純な構図にまとめてしまうと、前者は個人の自由を認めないなどと曲解も招きかねないが、本来はそんなに単純な問題ではない。あくまでも視点の取り方の問題であって、(真剣に考えている人ならば)実は両者とも同じ地平を見据えている。テイラーが記す次の箇所には、彼がコミュニタリアンでありつつも、そうした個人における自由というテーマを考える上でのもどかしさが率直に表明されているのがうかがわれて興味深く感じた。

「現代でも依然として、無信仰の世界に何らかの不安の感覚を抱き続けている人々がいる。その感覚とはすなわち、何か大きなもの、何か重要なものが置き去りにされ、ある次元の深遠な願望が無視され、わたしたちを超えたより偉大な実在が締め出されてしまったという感覚である。この不安の感覚にたいして与えられた表現は非常に様々であるが、この不安は存続し、その表現はさらにいっそう多様な形で繰り返されている。しかし他方では、自分が尊厳をもち、自己統制を成し遂げ、成熟した自律的な存在であるという、無信仰と結びついた感覚も人々を魅了し続けており、これから先もずっと魅了し続けるように思われる。」「しかも、この論争にさらに近づいてその具体的な姿をよく観察してみると、大多数の人々は実際には二つの見方双方に惹かれる感じをもっていることが見て取れるように思われる。人々は一方の道を進まねばならないとしても、もう片方の魅力を決して完全には払いのけていない。」(53ページ)

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2009年6月26日 (金)

吉次公介『池田政権期の日本外交と冷戦──戦後日本外交の座標軸1960─1964』

吉次公介『池田政権期の日本外交と冷戦──戦後日本外交の座標軸1960─1964』(岩波書店、2009年)

 安保条約をめぐって揺れに揺れた岸信介政権のあとを受けて、池田勇人政権は経済重視の非政治路線によって国内対立の緩和を図ったというのが一般的な見方だろう。しかしながら、この経済重視、高度経済成長という路線を国際政治の次元から捉え返してみるとまた別の視点があり得るのではないか。

 本書では、第一に、池田政権には自由主義陣営の一員としての立場を守ろうという決意のあったことが指摘される。社会党に政権を渡してしまうと中立化してしまうし、安保騒動でアメリカは日本に猜疑心を抱いていたという。自民党が総選挙で勝利する必要があり、そのために“寛容と忍耐”という態度をとり、憲法改正や再軍備の話題は避け、所得倍増計画を打ち出した。第二に、“敗戦国・被占領国” 意識からの脱却を目指していた。いわゆる“大国”意識→日本も応分の義務を果たすべきという考え方になる。第三に、そうした“大国”意識に基づき、自由主義陣営において日米欧“三本柱”の一角を占めるという自覚→アメリカとの対等なパートナーシップを求めたほか、英仏などヨーロッパとの関係再構築も進められた。

 “大国”意識を持つということは、当然ながら日本も主体的なイニシアチブを発揮して外交政策を展開するということである。具体的には東南アジアにおける反共政策として進められ、本書ではとりわけ対ビルマ政策の分析に重点が置かれる(ビルマでは南機関以来の親日感情が期待できた)。池田はアメリカの軍事偏重に批判的であった。そもそもアジア諸国のナショナリズムにおいて自由主義か共産主義かという二者択一はあくまでも副次的な問題に過ぎない。SEATOのような集団防衛体制への加盟ではなく、むしろ経済的・技術的援助によってアジア諸国の民生向上を促す方が効果的だと池田は考えていた。その際に日本の高度経済成長という“成功物語”そのものが第三世界を自由主義陣営へとアピールする外交的リソースになると捉えていたという本書の指摘が目を引く。

 こうした池田政権の外交戦略が必ずしも十分な成果をあげたわけではないが、その後(とりわけ大平政権や中曽根政権)の外交路線の先駆けになったと位置付けられる。受け身で非政治的にも見られやすい経済重視路線だが、目立たないながらも実はそれ自体が戦略的リソースとなる潜在力を秘めている。その活用の仕方によっては主体的な政治外交上の選択肢を取り得たはずだし(中ソ論争、フランスの独自路線など当時の多極化を考えると、決して非現実的でもなかっただろう)、実際、池田政権は冷戦構造の渦中にあっても日本なりに場の仕切り直しを図ろうとしていた。国際政治の大問題から距離を置いた受け身の戦後日本外交という通説的な捉え方とは異なった視点を示した研究として興味深い。

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2009年6月 6日 (土)

末広厳太郎『役人学三則』

末広厳太郎『役人学三則』(佐高信編、岩波現代文庫、2000年)

 末広厳太郎(すえひろ・いずたろう、1888~1951年)は大正・昭和初期の法学者。有名な「嘘の効用」をはじめとした法学エッセイを集めた本。法治主義の基本原則が軽妙な語り口でつづられている。要するに、すべての人間を公平に扱うため、予め法律というモノサシを決めておく。ところが、対象は人間である。具体的な問題はケース・バイ・ケースで法律の機械的な適用は無理がある。そこで、行政という場面では役人の裁量が要請され、訴訟の場面では“嘘の効用”が必要になる、という趣旨のことが述べられる。

 ところで、本来、法律は役人の専制から人々の自由を守るために存在するのだが、これがかえって形式主義に逃れる口実ともなってしまう。だから、役人の責任意識が重要だ、役人であっても自由があるから責任が生ずると言う(「役人の頭」)。また、訴訟の場面では、法律は動かせない。無暗にゆるがせにしたらそれは法律ではない。ならば“事実”の方を動かせばいい──と言っても冤罪とかを認めるという話ではない。法と現実との間に整合性がないならば、柔軟に“嘘”を使って実際的な解決につなげよう、ということ(「みなす」という形での法運用は普通に行なわれていることだ)。また、裁判官の理屈に傾いた法的公平性重視に対し、素人の“人間性”を取り込んで法の柔軟性を確保しようというのが陪審制度の趣旨だと指摘する(「嘘の効用」)。役人にしても、裁判官にしても、法解釈の技法を身につけるのは当然だが、同時にいわゆる“人間性”を求めてくるあたりはいかにも戦前のリベラルな教養人らしい。“人間性”なるものに私などは悲観的だが、法治主義の原則と現実的な柔軟性との兼ね合いをどうするのかという問題提起はいまだに解きがたいアポリアである。

 “嘘”というテーマでさらに話を広げると、制度というもの自体がフィクションじゃないかという議論も法哲学などにはある。しかし、たとえフィクションであっても手続きを踏んでおれば正統とみなされるというのが基本的な考え方だ。我々は自由である、かのように思う。民意は政治に反映される、かのように思う。その他もろもろの“かのように”の積み重ねによって辛うじて我々の社会生活は成り立っている。フィクションというのは実に大切なのである。こうした立場を西洋哲学史では新カント主義というらしいが、詳しいことは知らない。ハンス・ファイヒンガー〟Die Philosophie des Als Ob〝(“かのように”の哲学)が有名だが、残念ながら邦訳はない。私はドイツ語はダメだが、そのエッセンスを森鴎外が「かのように」という作品で紹介してくれている。興味のある方は参照されたい。

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2009年6月 4日 (木)

柳田國男「大嘗祭ニ関スル所感」

柳田國男「大嘗祭ニ関スル所感」(『柳田國男全集13』ちくま文庫、1990年、所収)

 お米の収穫を祈願するのが天皇のお仕事で、それを新嘗祭といい(勤労感謝の日はこれに由来)、天皇即位後初めて行なわれる新嘗祭を大嘗祭という。柳田國男「大嘗祭ニ関スル所感」は大正天皇の時の大嘗祭に出席した経緯をもとに書かれている。要するに、国威発揚のための即位式と日本の伝統的信仰に基づく大嘗祭とでは性格が全く異なる、対外関係を意識する前者が盛大に行なわれるのは当然だが、後者は身を清めて厳粛に執り行なうべきで、同じように扱うのはおかしい、という趣旨。

「即位礼ハ中古外国ノ文物ヲ輸入セラレタル後新タニ制定セラレタル言ワバ国威顕揚ノ国際的儀式ナルニ反シテ、御世始メノ大嘗祭ニ至ッテハ国民全体ノ信仰ニ深キ根柢ヲ有スルモノニシテ、世ノ中ガ新シクナルト共ニ愈其ノ斎忌ヲ厳重ニスル必要アルモノナルガ故ニ、華々シキ即位礼ノ儀式ヲ挙ゲ民心ノ興奮未ダ去ラザル期節ニ斯ノ如ク幽玄ナル儀式ヲ執行スルコトハ不適当ナリト解セラレタル為ナルベシト信ズ。」「国家ノ進運ガ今日ノ如ク著シキ時代ニハ、即位礼ノ壮麗偉大人目ヲ驚カスベキモノアルコトハ固ヨリ当然ノ儀ニシテ、小官ノ如キハ臣子ノ分トシテ今後百千年ノ後愈々益々此ノ儀式ノ盛大ニシテ有ラユル文明ノ華麗ヲ尽サンコトヲ望ミテ已マザルモ、之ニ引続キテ略々相似タル精神ヲ以テ第二ノ更ニ重大ナル祭典ヲ執行セラルルコトハ単ニ無用無益ト云ウニ止ラズ、或イハ不測ノ悪結果アランコトヲ恐ルルナリ。」(712~713頁)
「…今日最モ其ノ宜シキヲ得ズト考エラルル点ハ即位礼ノ盛儀ヲ経テ民心興奮シ、如何ナル方法ヲ以テシテモ慶賀ノ意ヲ表示セントシテ各種ノ祝宴ニ熱中スル際、引続キテ大嘗祭ノ如キ厳粛ヲ極メ絶対ノ謹慎ヲ必要トスル祭典ヲ挙ゲラルルト云ウ制度ナリ。」(717頁)

 国家のロジックと伝統のロジック、両者の相違を明確にしようという柳田の姿勢がうかがえる。同様の相違は地方自治の問題でも表面化した。床次竹二郎ら内務官僚の主導で、日本各地の神社、それこそ村はずれの鎮守の杜まですべてを統合し一定のヒエラルキーに整理してしまおうという構想が進められていた。南方熊楠などはこれに反対して逮捕されてしまい、柳田も当然ながら反対で、熊楠に共感していた。この神社統合構想において、地域住民の皮膚感覚に根ざした伝統的信仰のあり方と、国の隅々まで行政の論理を貫徹させようとする中央集権志向と、両者の衝突が鮮明化したと言える。よく指摘されることだが、いわゆる“国家神道”なるものはあくまでも近代の産物であって、“伝統”と見まごう衣装を被りながらも、その内実は似て非なるものであった。エリック・ホブズボームらの表現を借りるなら“創られた伝統”である。いわゆる常民の皮膚感覚に根ざした心情の世界を前にしたとき、政治のロジックはどうしてもすれ違ってしまう。もともと農政官僚として出発した柳田はこうしたズレから眼を背けることができなかった。そこに民俗学への動機があった。だからこそ、民俗学や歴史学ばかりでなく、政治思想史・社会思想史といったコンテクストにおいても柳田の存在感は大きいのである。橋川文三は柳田について次のように記している。

「…彼の考え方は、祖先信仰の中にひそむ民衆心情世界の自覚的研究を通して、まず民間信仰の純粋形態を明かにし、そこで、はじめて正しい神社行政が樹立されねばならないというものであり、たんなる制度化、政治的既成事実化によっては、かえって制度化によって疎外されたアモフルな信仰エネルギーが混乱をひきおこすであろうというものであった。いいかえれば、彼は氏神信仰の心意をつらぬく民衆的生活原理の内省的純化という手つづきを重視したのであり、その意味では民族信仰の「宗教改革」ともいうべき転換をさえ必要と考えていたといえよう。…ともあれその民俗学的研究によって切り開かれた氏神信仰の世界は、おそらく官僚的宗教観にとって想像もつかないほど、混沌とした様相をおびたものであった。」「類型的にいえば、国家官僚の氏神観はその雑多性・猥雑性を無価値な自然状態として、もっぱら行政的規制によって画一化を進めようとする。それに対して、柳田はその雑多性の中に理由を見出し、純粋な地方民衆生活の原理形態を明かにしようとする。前者が絶対主義権力の外発的要求にもとづく地方処理であるとすれば、後者は民衆生活の内発的要求を原理化することによって、かえって国家論理の形態を規制しようとする意味を含んでいる。いわば明治の地方自治制がいわゆる「郷党原理」という擬制的な魂を地方に付与したのに対し、実体としての地方の魂を明かにしようとしたのが柳田の仕事であった。」(橋川文三「明治政治思想史の一断面」『柳田國男論集成』未来社、2002年、253~254頁)

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2009年5月22日 (金)

『吉野作造評論集』

岡義武編『吉野作造評論集』(岩波文庫、1975年)

 大正5(1916)年、『中央公論』に発表された吉野作造「憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず」は、いわゆる大正デモクラシーの代表的論文として名高い。語り口は平易。『中央公論』掲載の吉野の論文は、たしか名編集長瀧田樗陰の筆記になるはずだ。当時、駆け出し編集部員だった木佐木勝が瀧田に随行して吉野の研究室へ行き、帳面と筆を手にした瀧田が袖を捲くりあげ、「先生、さあ、やりますか」とやっているシーンを、何の本だったか『木佐木日記』からの引用で読んだ覚えがある。

 内容は立憲主義、議会主義の概説である。少数者政治は密室政治に陥りやすい、政権交代の緊張感をもたせる→開かれた選挙が必要などの論点は特に真新しいものではないが、見方を変えれば、基本的な考え方は現在でも変わっていないとも言える。以下の箇所では明治憲法の枠内で国民本位の民本主義を正当化する論拠を示しており、美濃部達吉の天皇機関説と相補う。

「我々が視て以て憲政の根柢となすところのものは、政治上一般民衆を重んじ、その間に貴賎上下を立てず、しかも国体の君主制たると共和制たるとを問わず、普く通用するところの主義たるが故に、民本主義という比較的新しい用語が一番適当であるかと思う。」(「憲政の本義~」36ページ)

「いわゆる民本主義とは、法律の理論上主権の何人に在りやということは措いてこれを問わず、ただその主権を行用するに当って、主権者は須らく一般民衆の利福並びに意向を重んずるを方針とす可しという主義である。」(「憲政の本義~」45ページ)

「これを要するに、政治の終局の目的が人民の利福にあるべしという事、これ民本主義の第一の要求である。一見民衆一般の全体の利益に関わりないように見えても、詮じ詰むれば、全般の利益幸福となるというものならば、そは民本主義に悖らない。終局において民衆一般のためになるかならぬかが標準である。」(「憲政の本義~」61ページ)

 民衆を“重んずる”という微妙な言い回しがカギである。民衆自身に政治をやらせたり民衆の要求に迎合したりするのではなく、民衆=多数者の意向を汲み上げながら政治指導者=少数者が政権運営を行っていく、つまり代議政治=間接民主主義であることを強調している(従って、直接民主主義の効率的代用という見解を吉野はとらない)。

「多数政治と言っても、文字通りの衆愚の盲動が政界を支配するようでは、国家の健全なる発達は期せられない。多数者は形式的関係においてはどこまでも政権活動の基礎、政界の支配者でなければならぬ。しかしながら彼は内面において実に精神的指導者を要する。即ち賢明なる少数の識見能力の示教を仰がねばならぬのである。かくて多数が立派な精神の指導を受くる時は、その国家は本当にエライものである。少数の賢者は近代の国家において実にこの役目を勤むべきものである。」「多数の意向が国家を支配するのであるけれども、これを精神的に見れば、少数の賢者が国を指導するのである。故に民本主義であると共に、また貴族主義であるとも言える。平民政治であると共に、一面また英雄政治であるとも言える。即ち政治的民本主義は精神的英雄主義と渾然相融和するところに憲政の花は見事に咲き誇るのである。」「憲政をしてその有終の美を済さしめんとせば、政策決定の形式上の権力は、思い切ってこれを民衆一般に帰し、しかも少数の賢者は常に自ら民衆の中におってその指導的精神たる事を怠ってはならぬ。」(「憲政の本義~」72~73ページ)

「腹の痛い痒いは患者本人に聞かねば分からぬ。しかしどうしてこれを癒すかは医者でなくては分からない。従来の医者は患者を見もせず勝手に投薬したので、遂に民衆はその無責任を憤り医者無用論を唱え、甚だしきは自分で医療のことが分かるような気にも一時はなったのだが、本当のところはやはり医者に頼まなくては分からぬのである。ただ問題はその医者が絶えず誠実に患者と連絡を取って居るか否かに在る。政治におけるまた然りで、従来の政治家が頼むに足らずとして一概にこれを斥けるのは専門の智識なくして勝手に薬を手盛りするようなものである。政治は政治家にまかせる。ただ民衆は厳にその監視を怠らない。これが理想的の状況だ。」(「無産政党問題に対する吾人の態度」219ページ)

 天皇主権と国民本位、二重の政治形式を経た上で実質的にはエリート主義というカラクリが面白い。個々の具体的な政策判断は政治指導者に任せるにしても、ではその指導者が果たして適任なのかどうか。選挙を通して監視の眼を光らせるのが選挙民=一般民衆の役割である。それには専門知識は必ずしも必要ではない。しかし、異なる政派それぞれの意見を聞きながら、そのいずれが説得力を持つのかを見極めるくらいの見識は選挙民に求められる。個別の利害関係で投票するのではなく、大局的に必要な人材を選ばねばならない(各政派の見解を比較考量するのが選挙民の役割なのだから、一般民衆は特定政党に加入してはならず適度な距離をおくべきだとも吉野は主張している)。だからこそ、国民一般の智徳の発達が憲政の大前提だという趣旨の一文を「憲政の本義~」論文の冒頭に置いている(この論点は福沢諭吉たちの啓蒙思想以来、一貫して続いているように思われる)。

「憲政のよく行わるると否とは、一つには制度並びにその運用の問題であるが、一つにはまた実に国民一般の智徳の問題である。けだし憲政は国民の智徳が相当に成育したという基礎の上に建設せらるべき政治組織である。もし国民の発達の程度がなお未だ低ければ、「少数の賢者」即ち「英雄」に政治上の世話を頼むといういわゆる専制政治もしくは貴族政治に甘んずるの外はない。故に立憲政治を可とするや、貴族政治を可とするやの問題の如きも、もと国民の智識道徳の程度如何によって定まる問題で、国民の程度が相当に高いのに貴族政治を維持せんとするの不当なるが如く、国民の程度甚だ低きに拘らず強いて立憲政治を行わんとするの希望もまた適当ではない。」(「憲政の本義~」13ページ)

「民本主義の行わるる事は、それ程高い智見を民衆に求むるという必要はない。…今日の政治はいわゆる代議政治という形において行われて居るのであるが、その結果今日では我こそ人民の利福意向を代表して直接国事に参与せんとする輩は、自然進んで自家の政見を人民に訴え、以てその賛同を求むるという事になる。そこで人民はこの際冷静に敵味方の各種の意見を聴き、即ち受動的にいずれの政見が真理に合して居るやを判断し得ればよい。更に双方の人物経歴声望等を公平に比較し、いずれが最もよく奉公の任を果たすに適するや、いずれが最もよく大事を託するに足るの人物なりやを間違いなく判断し得るならば、それで十分である。」(「憲政の本義~」69ページ)

「立憲政治の妙趣は、人民の良心の地盤の上に、各種の思想意見をして自由競争をなさしむる点にある。いわゆる優勝劣敗の理によりて高等なる思想意見が勝を制し、これが人民の良心の後援の下に実際政治の上に行わるる点にある。」(「憲政の本義~」94ページ)

「ちょうど幸いなことには、今日の政界の組み立ては、政権に与らんとする者が競うて自家を民衆に吹聴し、一人でも多くの味方を作るに非ざればその目的を達し得ぬということになって居る。そこで民衆は政治家の主張をきき、自ら政治的に大いに教育されてその上でゆっくり賛否を決するというのであるから、多数の意向の帰するところが則ち道徳的に最高価値の存するところとなるわけだ。ただ漫然多数なるが故に尊いのではない。多数のうちに最良最高の価値が発現するように組み立てられて居るから尊いのである。デモクラシーが現代新文化の発展に重きをなす所以は一にこの点にある。従って反省なき無組織の多数を擁してここに一つの勢力を作らんとするが如きは、却ってデモクラシーの敵というべきである。」(「普通選挙の実施と日本政界の分布」232ページ)

 吉野の民本主義は議会制民主主義の一つの理念型を示している。この観点から普通選挙・政党政治への支持を表明した。超然内閣が君臨し、政党政治へはまだ移行期にあった大正期において、彼の議論は既存体制に対する鋭い舌鋒として喝采された。しかしながら、当時とは違って選挙による議会制度が形式的には完備した現代日本において考えてみると、吉野の示した政治モデルは、むしろ“国民一般の智徳”の問題に難点を見出すように思われる(吉野は、自由民権運動が挫折した明治期とは異なり、大正の現在において智徳の発達は十分だから立憲主義でいける、だから普通選挙を実施せよ、と主張していたのだが)。

 例えば、財政再建のため増税が必要というロジックを私は正当だと思うが、現在、こうした主張を正面から掲げる政党があったとして、果たして政権をとれるだろうか。吉野の考え方からすれば、政治指導者は国民を説得せねばならないわけだが、実際には言葉を濁さざるを得ない。吉野は国民を“重んずる”という表現を用いたが、ここに込められた国民の“意向を汲み取る”ことと国民に“迎合する”こととの微妙なニュアンスの相違をどのように考えるか。

 他方で、痛みを伴う構造改革が主張された郵政選挙で小泉自民党が圧勝したが、これは主張の是非ではなく、マスメディアを通したドラマ性が耳目を引いた結果であったことは論を俟たない(いわゆるニート・フリーター層が、彼らにとって構造改革は不利になるはずなのに、小泉の「ぶっこわす!」という一言に反応して自民党へ投票した人たちが少なからずいたという指摘を思い起こす)。理屈による説得よりも、感情に訴えるドラマ的な刺戟の方が選挙において効果を持ってしまうこと、この点を考えても“国民一般の智徳”の問題は現代でも危ういなあという感じがする。(と言うよりも、民主主義がある局面で多数派の感情論で突っ走ってしまう危険性は、後天的に組み立てられた政治システムというよりも、人間本性をどのように考えるかというもっと本質的な次元に根ざした問題だという印象が私には強い。これは永遠に解決できない問題でしょう。だからと言って私は議会制民主主義を否定などしていません、念のため。)

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2009年5月10日 (日)

福沢諭吉『学問のすゝめ』

福沢諭吉『学問のすゝめ』(岩波文庫、改版1978年)

 英語のrightという言葉を辞書で引くと、「正しさ」「権利」などの意味がある。「権利」という意味をピックアップすると、対義語的に「義務」という言葉とペアとして捉え、「権利」は個人の要求を正当化する根拠、「義務」は公との関係性、通俗的にはそのようなイメージがあるように思う。しかし、本来、right=“正しさ”の感覚の中で「権利」も「義務」も混然一体不可分のものであって、「権利」と「義務」と概念を区分けするのはあくまでも説明上の便宜に過ぎないのではないか。

 福沢諭吉は『学問のすゝめ』でrightに「権理通義」という訳語をあてている。4字は長いので「権理」「権義」など2字に縮めた箇所もあるが、「権利」という表現は見当たらない。

「人の生るるは天の然らしむるところにて人力に非ず。この人々互いに相敬愛して各々その職分を尽し互いに相妨ぐることなき所以は、もと同類の人間にして共に一天を与にし、共に与に天地の間の造物なればなり。」「故に今、人と人との釣合を問えばこれを同等と言わざるを得ず。但しその同等とは有様の等しきを言うに非ず、権理通義の等しきを言うなり。その有様を論ずるときは、貧富強弱智愚の差あること甚だしく、或いは大名華族とて御殿に住居し美服美食する者もあり、或いは人足とて裏店に借屋して今日の衣食に差支うる者もあり、或いは才知逞しうして役人となり商人となりて天下を動かす者もあり、或いは智恵分別なくして生涯飴やおこしを売る者もあり、或いは強き相撲取あり、或いは弱き御姫様あり、いわゆる雲と泥との相違なれども、また一方より見て、その人々持前の権理通義をもって論ずるときは、如何にも同等にして一厘一毛の軽重あることなし。即ちその権理通義とは、人々その命を重んじ、その身代所持の物を守り、その面目名誉を大切にするの大義なり。天の人を生ずるや、これに体と心との働きを与えて、人々をしてこの通義を遂げしむるの仕掛を設けたるものなれば、何らの事あるも人力をもってこれを害すべからず。」

 人は生まれ落ちた立場境遇も、持って生まれた才覚も異なるかもしれない。しかし、人それぞれ持前の天分に応じて、自分のなすべき職分を果たすべきだし、また、その職分を果たそうにも、いわれのない圧迫を受けたときには敢然と立ち向かうこと、それが福沢の考える個人主義である。ある種の“正しさ”=道理の感覚の中に自身を位置付けたとき、自分のなすべきと思うこと(それは人それぞれだが、「したい」というのとはニュアンスが異なる)を誰から何と言われようともなすべきなのは当然のことで、その際に能動的には「権利」、受動的には「義務」と概念整理できるという程度の違いに過ぎない。

(※「義務」→「天より定めたる法に従って、分限を越えざること緊要なるのみ。即ちその分限とは、我もこの力を用い他人もこの力を用いて相互にその働きを妨げざるを言うなり。かくの如く人なる者の分限を誤らずして世を渡るときは、人に咎めらるることもなく、天に罪せらるることもなかるべし。これを人間の権義と言うなり。」→「自由は不自由の際に存す」という『文明論之概略』の言葉と通ずる)

・「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり。」
・「天理人道に従って互いの交わりを結び、理のためにはアフリカの黒奴にも恐れ入り、道のためにはイギリス、アメリカの軍艦をも恐れず、国の恥辱とありては日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落さざるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。」
・「天理人情にさえ叶う事ならば、一命をも抛て争うべきなり。これ即ち一国人民たる者の分限と申すなり。」「人の一身も一国も、天の道理に基づきて不羈自由なるものなれば、もしこの一国の自由を妨げんとする者あらば世界万国を敵とするも恐るるに足らず、この一身の自由を妨げんとする者あらば政府の官吏も憚るに足らず。」
・「道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこの事なり。」
・「正理を守って身を棄つるとは、天の道理を信じて疑わず、如何なる暴政の下に居て如何なる苛酷の法に窘めらるるも、その苦痛を忍びて我志を挫くことなく、一寸の兵器を携えず片手の力を用いず、ただ正理を唱えて政府に迫ることなり。」
(※「マルチルドム」martyrdom→「痩我慢の説」と通ずる→萩原延壽・藤田省三『瘠我慢の精神──福沢諭吉「丁丑公論」「瘠我慢の説」を読む』を参照のこと)

 天賦人権説、「一身独立して一国独立す」、「痩我慢」、これら福沢の著作に見られるキーワードはright=「権理通義」という考え方を媒介としてすべて一つにつながっている。

 言論の自由を強調した箇所では、「古今に暗殺の例少なからずと雖ども、余常に言えることあり、もし好機会ありてその殺すものと殺さるる者とをして数日の間同処に置き、互いに隠すところなくしてその実の心情を吐かしむることあらば、如何なる讐敵にても必ず相和するのみならず、或いは無二の朋友たることもあるべしと。」と記している。ここにも、本当に道理のある意見であれば、立場の違いを超えて理解しあえるはずだという福沢の確信がうかがえる。

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2009年4月28日 (火)

萩原延壽・藤田省三『瘠我慢の精神──福沢諭吉「丁丑公論」「瘠我慢の説」を読む』

萩原延壽・藤田省三『瘠我慢の精神──福沢諭吉「丁丑公論」「瘠我慢の説」を読む』(朝日文庫、2008年)

 明治新政府に仕えた旧幕臣の勝海舟と榎本武揚。「瘠我慢の説」でこの二人の出処進退を批判して「三河武士の気概を忘れたのか!」と叱咤する福沢の苛立ちは、彼の封建主義批判と比べて違和感があるかもしれない。幕末・明治期、対外的な危機意識を抱いた日本にとって最重要な課題は、とにかく独立を維持することだった。福沢諭吉の有名なテーゼ、「一身独立して一国独立す」。一身独立とは、今風には“個の自立”とも言えようが、ニュアンスがだいぶ異なる。利害打算とは異なる次元でこれだけは絶対に譲れないという自分の中の一線を守って筋を通す、そうした毅然とした態度を福沢は「瘠我慢」と表現している。

「…自国の衰頽に際し、敵に対して固より勝算なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽し、いよいよ勝敗の極に至りて、始めて和を講ずるか、若しくは死を決するかは、立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称す可きものなり。即ち俗に云ふ瘠我慢なれども、強弱相対して苟も弱者の地位を保つものは、単に此瘠我慢に依らざるはなし。啻に戦争の勝敗のみに限らず、平生の国交際に於ても、瘠我慢の一義は決して之を忘る可らず。」
「…瘠我慢の一主義は、固より人の私情に出ることにして、冷淡なる数理より論ずるときは、殆ど児戯に等しと云はるゝも、弁解に辞なきが如くなれども、世界古今の実際に於て、所謂国家なるものを目的に定めて、之を維持保存せんとする者は、此主義に由らざるはなし。」
「内に瘠我慢なきものは、外に対しても亦然らざるを得ず。」(「瘠我慢の説」)

 福沢の政府観は基本的に社会契約説に立っているが、政府が権力を恣に勝手なことをし始めたならば、それに立ち向かわねばならない。西南戦争で賊軍とされた西郷隆盛を福沢は「丁丑公論」で擁護する。出版条例があったので公にはされなかったが、「日本国民抵抗の精神を保存して、其気脈を絶つことなからしめんと欲するの微意」によって書き残した。

「凡そ人として我が思ふ所を施行せんと欲せざる者なし。即ち専制の精神なり。故に専制は今の人類の性と云ふも可なり。人にして然り、政府にして然らざるを得ず。政府の専制は咎む可らざるなり。」「政府の専制、咎む可らずと雖も、之を放頓すれば際限あることなし。又、これを防がざる可らず。今、これを防ぐの術は、唯これに抵抗するの一法あるのみ。世界に専制の行はるゝ間は、之に対するに抵抗の精神を要す。」(「丁丑公論」)

 本書は萩原延壽と藤田省三による対談(と言っても、萩原は病床にあって、その発言は藤田の代読によるが)によって、福沢の「丁丑公論」「瘠我慢の説」の意義を語る。巻末には本文や参考資料も収録されておりとても便利。萩原は、「一身独立して一国独立す」の根幹として、「瘠我慢」→「抵抗」「独立」「私立」の精神を読み取り、藤田は「自己の尊厳」、「国の同権」を支える精神、対決の精神、指導者の責任倫理を指摘する。なお、福沢は「瘠我慢の説」を事前に勝・榎本の両名にも見せて承諾を得ているという。当時のフェアプレイ精神も興味深い(両名からの手紙の返信も本書に収録されている)。

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福沢諭吉『文明論之概略』

福沢諭吉『文明論之概略』(岩波文庫、1995年)から抜き書き。

・欧米諸国について→「ただ一般にこれを見渡して善盛に赴くの勢あるのみにて、決して今の有様を見て直にこれを至善というべからず。今後千数百年にして、世界人民の智徳大に進み、太平安楽の極度に至ることあらば、今の西洋諸国の有様を見て、愍然たる野蛮の歎を為すこともあるべし。これに由りてこれを観れば、文明には限なきものにて、今の西洋諸国を以て満足すべきにあらざるなり。」「今より数千百年の後を期して太平安楽の極度を待たんとするも、ただこれ人の想像のみ。かつ文明は死物にあらず、動て進むものなり。動て進むものは必ず順序階級を経ざるべからず。即ち野蛮は半開に進み、半開は文明に進み、その文明も今正に進歩の時なり。」

・「ある人はただ文明の外形のみを論じて、文明の精神をば捨てて問わざるものの如し。けだしその精神とは何ぞや。人民の気風、即これなり。」

・「自由の気風はただ多事争論の間にありて存するものと知るべし。」

・「都て世の政府は、ただ便利のために設けたるものなり。国の文明に便利なるものなれば、政府の体裁は立君にても共和にても、その名を問わずしてその実を取るべし。」

・「…政府の失策を行う由縁は、つねにこの多勢に無勢なるものに窘めらるればなり。政府の長官その失策たるを知らざるにあらず。知てこれを行うは何ぞや。長官は無勢なり、衆論は多勢なり、これを如何ともすべからず。この衆論の由て来る所を尋るに、真にその初発の出所を詳にすべからず。あたかも天より降り来るものの如しといえども、その力よく一政府の事務を制御するに足れり。故に政府の事務の挙らざるは二、三の官員の罪にあらず、この衆論の罪なり。世上の人、誤て官員の処置を咎る勿れ。古人は先ず君心の非を正だすを以て緊要事と為したれども、余輩の説はこれに異なり。天下の急務は先ず衆論の非を正だすにあり。」

・智徳の発達→精神の自由→「世間に強暴を恣にする者あれば、道理を以てこれに応じ、理に服せざれば、衆庶の力を合してこれを制すべし。理を以て暴を制するの勢に至れば、暴威に基きたる名分もまたこれを倒すべし。故に政府といい人民というといえども、ただその名目を異にし職業を分つのみにて、その地位に上下の別あるを許さず。」「受くべからざるの私恩はこれを受けず、恐るべからざるの暴威はこれを恐れず、一毫をも借らず、ただ道理を目的として止まる処に止まらんことを勉むべし。」

・「そもそも文明の自由は他の自由を費して買うべきものにあらず。諸の権義を許し、諸の利益を得せしめ、諸の意見を容れ、諸の力を逞うせしめ、彼我平均の間に存するのみ。あるいは自由は不自由の際に生ずというも可なり。」

・「…日本は、古来いまだ国を成さずというも可なり。今もしこの全国を以て外国に敵対する等の事あらば、日本国中の人民にて、たとい兵器を携えて出陣せざるも、戦のことを心に関する者を戦者と名け、此戦者の数と彼のいわゆる見物人の数とを比較して、何れが多かるべきや、預めこれを計てその多少を知るべし。かつて余が説に、日本には政府ありて国民(ネーション)なしといいしもこの謂なり。」(※具体的な行動を取るかどうかは別として、国事を自分に直接関わることと受け止める人々が集まってネーション→明治維新の課題はこのネーションの確立にあったと言える)

・「自国の権義を伸ばし、自国の民を富まし、自国の智徳を修め、自国の名誉を耀かさんとして勉強する者を、報国の民と称し、その心を名けて報国心という。その眼目は、他国に大して自他の差別を作り、たとい他を害するの意なきも、自から厚くして他を薄くし、自国は自国にて自から独立せんとすることなり。故に報国心は一人の身に私するにはあらざれども、一国に私するの心なり。即ちこの地球を幾個に区分して、その区分に党与を結び、その党与の便利を謀て自から私する偏頗の心なり。故に報国心と偏頗心とは、名を異にして実を同うするものといわざるを得ず。この一段に至て、一視同仁、四海同胞の大義と、報国尽忠、建国独立の大義とは、互に相戻て相容れざるを覚るなり。」(※福沢はナショナリズムを偏頗心、つまり特定集団に偏った身贔屓の心性として捉えている点に注意。「瘠我慢の説」の冒頭でも「立国は私なり、公に非ざるなり」という一文から始めている。ナショナリズムという集団主義に必ずしも普遍性はない。しかし、現実としてこの心性に基づいて世の中は動いているのだから、これを所与の前提とするしかないという認識が福沢にはあった)

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2009年4月27日 (月)

マックス・ヴェーバー『宗教社会学論選』

マックス・ヴェーバー(大塚久雄・生松敬三訳)『宗教社会学論選』(みすず書房1972年)から抜き書き。なお、有名な『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も本来は『宗教社会学論集』全三巻の中の一篇であり、以下にはその勘所ともいえる箇所もある。

◆「宗教社会学論集 序言」から
・「無制限の営利欲は決して資本主義と同じではないし、ましてや、資本主義の「精神」と同じではない。資本主義は、むしろ、そうした非合理的な衝動の抑制、少なくともその合理的な調節とまさしく同一視さるべきばあいさえありうるのである。」

◆「世界宗教の経済倫理 序論」から
・「…現実の合理化過程のなかに介入してくる非合理的なものは、現世の姿から超現実的な価値がはぎとられていけばいくほど、そうした価値の所有を希求する知性主義の押さえがたい要求がますますそこへ立ち帰っていかざるをえない故郷得あった。統一的な原始的世界像のなかでは、すべてが具体的な呪術であるが、そうしたものはやがて、一方では合理的認識および合理的な自然支配へ、他方では「神秘的」な体験へという分裂の傾向を示すようになる。そして、この「神秘的」な体験のもつ言語につくしがたい内容が、神の存在しない現世のメカニズムと並立しつつ、なおも可能な唯一の彼岸として、しかも事実、そこでは個々人が神とともにいてすでに救済〔の状態〕を自己のものとしているような、そういう現世の背面に存在する捉えがたい国土として、残ることとなったのである。この結論をどこまでも押しつめていくと、個々人はみずからの救済をただ個人としてのみ求めうることになる。」

・「現世を呪術から解放することおよび、救済への道を瞑想的な「現世逃避」から行動的・禁欲的な「現世改造」へと切りかえること、この二つが残りなく達成されたのは──全世界に見出される若干の小規模な合理主義的な信団を度外視するならば──ただ西洋の禁欲的プロテスタンティズムにおける教会および信団の壮大な形成のばあいだけであった。」「宗教的達人が神の「道具」として現世に入りこみ、しかも、彼らからはあらゆる呪術的な救済手段がとり去られていて、そのために、現世の秩序の内部における自己の行為が倫理的にすぐれていることで、いや、それだけで、自分自身がすでに召されて救済の状態にあることを神の前に──つまり、事実に即していえば、自分自身の前に──「証し」しなければならぬ、そういったばあいには、「現世」そのものは、被造物的でありまた罪の容器であるとして宗教的に価値を低められ拒否されてはいるとしても、心理的には、そのことによってかえって、現世における「召命」Beruf〔すなわち、使命としての世俗的職業〕というかたちで神の欲したもう活動をおこなう、そのような舞台としてますます肯定されることになるだけであったろう。というのは、このような現世〔世俗〕内的禁欲主義は、威厳や美とか、美しい陶酔や夢とか、純世俗的な権力や純世俗的な英雄的矜持とかいった諸財を、神の国と競いあうものとして蔑視し追放してしまうという意味では、たしかに現世拒否的であるが、しかし、まさにそのゆえに、瞑想のように現世逃避的ではなくて、神の命令にしたがって現世を倫理的に合理化しようとし、したがってつねに、たとえば古代〔人〕やカトリック平信徒のあいだに見られるような砕かれていない〔生のままの〕人間性の素朴な「現世肯定」よりは、いっそう透徹した意味において、現世指向的であった。まさに日常生活のなかで、宗教的に資質ある者への恩恵と撰びが証明され〔るとし〕たのである。もちろん、日常生活のなかでといっても、それはあるがままのものではなくて、神への奉仕のために方法的に合理化された日常生活の行為においてなのであった。合理的な召命〔すなわち、使命としての職業〕にまで高められた日常生活の行為が、救済の状態にあることの証明となったのである。」

◆「世界宗教の経済倫理 中間考察」から
・神秘家と現世内的禁欲との対比→「…現世内的禁欲は…行為を通じて自己の救いの確証をえようとする。現世内的禁欲は…神の意図を──究極の意味は隠されてはいるが、聖意にしたがう被造物の合理的秩序のなかに現存している、そうした神の意図を実行しようとする。」

・「合理的な経済は、事象的な性質をおびた経営Betriebであって、市場での人間相互の利害闘争のなかから生まれてくる貨幣価格に目標を合わせることになる。貨幣価格というかたちの評価なしには、つまり、そうした利害闘争なしには、どのような計算も不可能だからである。ところで貨幣は、人間生活のなかにみられるもっとも抽象的で、「無人間的な」ものである。そのため、近代の合理的資本主義における経済の秩序は、それに内在する固有な法則性にしたがって動くようになればなるほど、およそ宗教的な同胞倫理とはいかなる関係ももちえないようなものになってくる。しかも、資本主義の経済秩序が合理的に、だから無人間的になっていけばいくほど、ますますそうならざるをえない。というのは、主人と奴隷のあいだの人間的な関係は、人間的な関係であるからこそ、余すところなく倫理的に規制することもできた。が、つぎつぎに変る不動産抵当証券の所有者と、同じようにつぎつぎに変る、だから彼らのまったく知らぬ不動産銀行の債務者との関係は、そのあいだになんらの人間的紐帯も存在しないから、それを──少なくともさきの関係と同じような意味で、また同じような成果を予期して──規制することは不可能となる。にも拘わらず、あえて規制を試みようとすれば…形式的合理性の進展を妨げることになるほかはない。なぜなら、このようなばあいには、形式的合理性と実質的合理性が互いに衝突し合うことになるからである。だからこそ、救いの宗教は…無人間的な、そして、まさにそれゆえに、とりわけ同胞倫理に対して敵対関係に立つことになるような経済的諸力の展開に対して、つねに強い不信の目を向けることになったのである。」

・「宗教と経済のあいだに見られるこうした緊張関係を原理的にかつ内面的に避けてとおる道で、首尾一貫したものは、ただ二つしか存在しなかった。その一つは、ピュウリタニズムにおける召命〔職業〕倫理のパラドックスである。これは、達人的宗教意識として、愛の普遍主義を放棄してしまうもので、現世における一切の活動をば神の聖意──その究極の意味はわれわれの理解に絶しているが、とにかく見ゆべきかたちで認識可能な神の聖意──への奉仕、また、恩恵の身分にあることの検証として合理的に事象化し、さらに進んで、現世のすべてのものとともに被造物的な堕落の状態にあるために無価値だと考えられている経済的秩序界の事象化をも、神の聖意にかなうもの、義務達成のための素材として承認した。それは究極において、根拠を知りえず、しかもつねに特殊的でしかありえないような恩恵のために、人間すべてにとって自力で到達可能な目標たりうる、そうした救いをば原理的に放棄してしまうことに他ならなかった。こうした反同胞倫理的な立場は、真実のところ、もはや本来の「救いの宗教」ではないであろう。」

・「官僚制的国家機関やそれに組み込まれている合理的な政治人は、不正の処罰をも含むその事務を国家の権力的秩序における合理的諸規則の完璧な意味にしたがって処理していくが、まさしくそうしたばあいには、経済人のばあいと同様即事象的に、つまり「人間を顧慮することなく」、「怒りも執念もなく」、憎しみも、したがって愛情もなしに事務をとりおこなう。」「政治が「即事象的」で打算的なものとなればなるほど、また激情、憤怒、愛情などを欠いたものとなればなるほど、およそ政治は、宗教的合理化の立場からすれば、ますます同胞倫理とは無縁なものと考えるほかはなくなってくるのである。」

・「合理的行為は、経済においても政治においても、それぞれの領域の自己法則性にしたがうものであるように、現世内部における他の合理的行為も、同胞関係とはおよそ無縁な現世的諸条件をば不可避的に自己の行為の手段ないし目標とするほかはないために、どのばあいにも、同胞倫理に対してなんらかの緊張関係に立つことになる。ところが、そうした合理的行為自体がまた、自己の内部に深刻な緊張関係をはらんでいる。〔というのは、こういうことである。〕合理的行為それ自体には、個々のばあいにおける行為の倫理的価値が何によって決められるべきか、成果によってか、それともその行為自体の──なんらかの倫理的規定をもつ──固有な価値によってか、そうした原初的な問題をさえ判定する手段があたえられていない。」

・「…合理的・経験的認識が世界を呪術から解放して、因果的メカニズムへの世界の変容を徹底的になしとげてしまうと、現世は神があたえた、したがって、なんらかの倫理的な意味をおびる方向づけをもつ世界だ、といった倫理的要請から発する諸要求との緊張関係はいよいよ決定的となってくる。なぜなら、経験的でかつ数学による方向づけをあたえられているような世界の見方は、原理的に、およそ現世内における事象の「意味」を問うというような物の見方をすべて拒否する、といった態度を生みだしてくるからである。経験科学の合理主義が増大するにつれて、宗教はますます合理的なものの領域から非合理的なものの領域へと追いこまれていき、こうしていまや、何よりも非合理的ないし反合理的な超人間的な力そのものとなってしまう。」

・「…「文化」なるものはすべて、自然的生活の有機体的循環から人間が抜け出ていくことであって、そして、まさしくそうであるがゆえに、一歩一歩とますます破滅的な意味喪失へと導かれていく。しかも、文化財への奉仕が聖なる使命とされ、「天職」〔「召命」〕Berufとされればされるほど、それは、無価値なうえに、どこにもここにも矛盾をはらみ、相互に敵対しあうような目標のために、ますます無意味な働きをあくせく続けるということになる、そうした呪われた運命におちいらざるをえないのである。」「このような現世の価値喪失は、合理的な要求と現実との、また合理的な倫理と一部合理的で一部非合理的な諸価値との衝突の結果であり、しかもこの衝突は、現世に姿を現わしてくるすべての個別諸領域の独自な特性をそれぞれにきわ立たせることによってますます激化し、また解決不可能なものとなっていく。」「現世の「意味」に関する思索が組織的となり、現世の外的な組織が合理化され、またその非合理的内容の自覚的体験が昇華されたものとなればなるほど、宗教的なるものの独自な内容は、それとまったく並行して、ますます非現世的な性質をおび、あらゆる生の形あるものとはおよそ無縁なものになりはじめる。そして、こうした道を切り拓いたのは、現世を呪術から解放する理論的思考の力だけではなくて、まさしく現世を実践的・倫理的に合理化しようとする宗教倫理の努力にほかならなかった。」

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2009年4月16日 (木)

岩田規久男編著『昭和恐慌の研究』

岩田規久男編著『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社、2004年)

 現在の平成不況における経済政策を考える先行事例として1920~1930年代の昭和恐慌を検討した共同研究。私は数式やグラフをみると頭が痛くなってくるので、そういう箇所はとばしながら通読(日経文化賞受賞作だから専門家の間で論拠の検証はクリアされているはず)、とりあえず読みながらとったメモを箇条書き。

・金本位制は貨幣と金(きん)の兌換を前提→金の自由な国際移動と国内における貨幣供給量とが連動→物価の自動調節機能を期待
・実際には、金流出国と金流入国とは非対称的で、教科書的にはうまくいかない
・WWⅠで各国は金本位制から離脱。戦後、徐々に復帰していたが、日本は関東大震災によるダメージなどのため復帰のタイミングが遅れていた
・浜口雄幸内閣の井上準之助蔵相は金解禁を断行。その背景には「金本位制心性+清算主義」イデオロギー。つまり、金解禁をすれば(グローバル・スタンダード!)、金本位制の自動調節機能によって不健全な状態にある財界の整理が進み(構造改革!)、一時的には苦しいかもしれないが我慢すれば経済の立て直しができる
・経済政策の割り当て問題。マクロ経済の安定と財界整理の問題とでは処方箋が異なる→前者を優先しつつ両方取り組む必要(石橋湛山、高橋亀吉、小汀利得、山崎靖純ら新平価解禁四人組はこの点を理解していた)→しかし、「金本位制心性+清算主義」の人々(マスメディア主流派や井上蔵相)はこの点を混同していた
・人々の経済行動はどんな予想をするかに応じて異なる結果をもたらす→予想の根拠となるゲームのルール=政策レジームを転換したことを人々に信用させる必要がある(デフレ下ではインフレ期待の形成が必要→リフレ政策)
・高橋是清蔵相が金輸出再禁止、国内の経済政策を自律的に展開可能→高橋財政は「二段階レジーム転換」という仮説を提示(金本位制離脱→国債の日銀引き受け)
・経済メディアの問題。経済の長期停滞の打開策を求める世論の期待があった。大新聞などの経済メディアの頭を縛っていた「金本位制心性+清算主義」イデオロギーが世論をあおり、井上蔵相もこれに便乗した。世間知と専門知とが乖離したとき、通俗的に分かりやすい世間知が政府の政策決定に強い影響を及ぼしてしまう問題(小泉自民党の郵政選挙を思い浮かべる)

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2009年4月 9日 (木)

ジョン・J・ミアシャイマー&スティーヴン・M・ウォルト『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』

ジョン・J・ミアシャイマー&スティーヴン・M・ウォルト(副島隆彦訳)『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(Ⅰ・Ⅱ、講談社、2007年)

 ミアシャイマーはシカゴ大学教授、ウォルトはハーヴァード大学教授、共に国際関係論におけるネオリアリズムの理論家として著名である。二人ともリアリズムの立場からブッシュ政権のネオコンが画策したイラク戦争を批判。アメリカはなぜ自らの国益に反する外交政策を強行してしまったのか? そうした問題意識からイスラエル・ロビーがアメリカ政治に及ぼす影響を本書は指摘する。アンチ・セミティックなキワモノ陰謀論とは違ってきちんとした政治学的分析なので、その点は誤解なきよう。

 開放的な議会制度をとるアメリカ政治において利益団体政治(ロビー活動)は一般的に行なわれているが、イスラエル・ロビーもまたこの経路を利用して影響力行使に努めている。リアリズムの観点からすれば、イスラエルが自らの国益追求のため最も効果的な手段を選ぶのは当然のことである。しかし、それが果たしてアメリカ自身の国益にかなうのかどうかが問題である。

 イスラエルへの過度の支援が中東諸国からの激しい反米感情をもたらす一因となっており、戦略的観点からすればアメリカにとって明らかにマイナスである。ホロコーストへと至った反ユダヤ主義→ユダヤ人たちの自前の国を持ちたいという願いは当然のことであるが、しかしながら、パレスチナ問題の実際を見れば、人道的根拠から現在のイスラエルの行動を正当化することはできない。イスラエルだって普通の国である。正しいこともすれば、間違うこともある。同情すべきところ、賞賛すべきところは素直に認め、同時に間違ったことをすれば非難するのは当然のことである。

 ウォルトの提唱するオフショア・バランシング(他地域の問題にアメリカは過度に関与すべきではない、アメリカがパワーを行使するのはその地域におけるパワー・バランスが崩れそうな時にだけ限定すべきという戦略論)の観点では、アメリカはイスラエルからもアラブ諸国からも一定の距離を置く必要があるのに、イスラエルはアメリカを中東情勢へ意図的に巻き込み、結果としてアメリカの国益が大きく損なわれていると考える。そればかりでなく、アメリカがシリアやイランと敵対関係になければ、これらの国とイスラエルとの仲介役を果たすこともできたはずで(カーターがエジプト・イスラエル平和条約の締結に尽力したように)、そうした可能性を奪ってしまっている点で長期的にはイスラエル自身の国益にも反している。カーターがパレスチナ問題でイスラエルを批判すると、イスラエル批判→反ユダヤ主義者とロジックをすりかえた中傷キャンペーンがカーターに対して行なわれたらしい。こうしたやり方が、選挙を気にするアメリカの政治家にとってイスラエル批判をしづらい空気をつくっている。国益を基準とした利害計算に徹する→合理性のない政策決定がもたらす無用な混乱を避ける、というところに本書の眼目がある。

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2009年4月 5日 (日)

ケント・E・カルダー『日米同盟の静かなる危機』、孫崎享『日米同盟の正体──迷走する安全保障』

ケント・E・カルダー(渡辺将人訳)『日米同盟の静かなる危機』(ウェッジ、2008年)

 歴史的・文化的・経済的な背景も政策意思決定のあり方も全く異なる日本とアメリカ。ダレスのつくった非対称的な性格を持つ日米同盟は安全保障と経済とをいわば取引して成立してきたと言えるが、1990年代以降、グローバリゼーションの進展によって弱体化しつつあるという問題意識を本書は示す。本書は“同盟”概念の比較政治史的な考察を踏まえ(イギリス・ポルトガル同盟が600年以上も続いていることは初めて知った)、そのケース・スタディとして日米同盟を検討していると読むこともできる。

 かつて、同盟とはパワー均衡のための戦略的手段にすぎず、用が済めば解消されてしまう程度の短命なものだったが、現代においては経済繁栄や相互依存などを保障する制度的枠組みとしての新たらしい意味も持つようになり長期化している。その長期化の要因について本書は“同盟の自己資本”という分析概念を提示する。9・11以降、日米同盟における軍事協力は強まったが、同盟を包括的に支える経済的基盤や人的な政策ネットワークは弱まり、両国内におけるコンセンサス(日本では安全保障の問題について国内世論の反発が強い)は同盟の当初から欠いたままであることを指摘、具体的な提言へとつなげる。著者はジョンズ・ホプキンス大学エドウィン・ライシャワー東アジア研究所長である。

孫崎享『日米同盟の正体──迷走する安全保障』(講談社現代新書、2009年)

 日米同盟は非対称的と言われるが、アメリカの世界戦略にとって重要な拠点を日本は提供して利益をもたらしており、互いにないものを補い合ってウィン・ウィン関係にもっていくという点では取引は十分に成立していると本書は指摘。近年、日米同盟のあり方が対米追随の方向で変質しつつあり、日本の自衛隊はアメリカの世界戦略の下で応分の危険な負担を強いられることになるだろう、その傾向はオバマ政権になっても変わらないという現状認識を示し、日本独自の道を考えるべきことを主張する。

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2009年4月 1日 (水)

スティーヴン・M・ウォルト『米国世界戦略の核心──世界は「アメリカン・パワー」を制御できるか?』

スティーヴン・M・ウォルト(奥山真司訳)『米国世界戦略の核心──世界は「アメリカン・パワー」を制御できるか?』(五月書房、2008年)

 スティーヴン・ウォルトはハーヴァード大学ケネディ行政学院教授、国際関係論におけるネオリアリズムの理論家として知られる。ブッシュ政権によるイラク攻撃を批判してネオコンとは対立した。リアリズムでは国益優先が議論の大前提だが、未熟な大国という自己認識を踏まえ、アメリカの単独優位を長期的に保つためにこそ、過剰なレトリックに走らず自己抑制が必要だと指摘する。

 アメリカという単独優位のスーパーパワーの存在自体が、友好国であれ敵対国であれ、脅威と受け止められる。他国は、圧倒的に不利な状況下であってもアメリカの足を引っ張る手段を持っている。アメリカはやりたい放題できるかもしれないが、そのかわりコストが高くつき、結果として国益を大きく損ねてしまう。たとえアメリカ自身は主観的には善意だとしても、原則のないパワーの行使は不信感や警戒心を招き、他国は手を組んでアメリカのパワーを抑制する行動に出るだろう。こうした不信感をなくすことによって単独優位の現状を維持するのが長期的にはアメリカの国益にかなう。世界覇権を目指して何でもかんでも口を挟もうとするのではなく、アメリカにとって死活的な局面だけにパワーの行使を限定するオフショア・バランシングの戦略を取るべきだというのが本書の結論である。

 脅威を感じた他国はアメリカのパワーを抑制するためにどのような行動を取るか? 様々な手段があり得るが、アメリカの正当性を否認→孤立させることが基本的な方向性となるだろう。
・バランシング:外的バランシング(古典的なパワー・ポリティクスの考え方)と内的バランシング(自分たちの強みとなる手段を活用してパワーのギャップを埋めようとする。例えば、テロリズム)
・ソフト・バランシング:弱小国が手を組んでアメリカの正当性を否認(例えば、イラク戦争でアメリカは国連決議を得られなかった→大きな制約を課す)
・ボーキング:対立はしないまでも、要求を受け容れない
・バインディング(拘束):国際制度上の枠組みを通してアメリカの正統性を否認
・ブラックメール(恐喝):例えば、北朝鮮

 アメリカのパワーを如何に利用するかという観点から、弱小国側の態度を整理すると、
・バンドワゴニング(追従政策):アメリカが圧倒的な力を見せつけることで弱小国に言うことをきかせる→ネオコンはこれで失敗
・地域バランシング:アメリカのパワーを後ろ盾に地域的な影響力を確保する。例えば、日米同盟
・ボンディング(絆):アメリカとの密接な関係をアピールすることで広い影響力を確保する。例えば、英米同盟
・国内政治への浸透(penetration):アメリカの国内政治は開放的→ロビー活動(例えば、イスラエル・アルメニアなど→アメリカの国益に反する外交政策まで決めてしまうとして本書は批判的)。本書では取り上げられていないが、ボスニア政府がPR会社を使ってアメリカの国内世論を動かしたケースも挙げられるだろう(高木徹『戦争広告代理店』→こちらを参照のこと)

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2009年3月28日 (土)

ピーター・J・カッツェンスタイン『日本の安全保障再考』

Peter J. Katzenstein, Rethinking Japanese Security: Internal and External Dimensions, Routledge, 2008

 日本の安全保障を中心テーマにまとめられた論文集である。タイトルのrethinkingには、日本の安全保障について独自の視点を示すというだけでなく、国際関係論における分析アプローチのあり方そのものを考え直そうという問題意識も込められている。

 暴力の行使に抑制的な態度を取る日本の安全保障政策は、パワー・バランスで考える国際関係的ロジックとは必ずしも整合的ではなく、従ってリアリズムでは説明のつかない部分が残る。著者は『文化と国防──戦後日本の警察と軍隊』(有賀誠訳、日本経済評論社、2007年→こちらを参照のこと)で、日本の“平和国家”という集団的アイデンティティー(自己イメージと言った方が分かりやすいか)が内政面で一定の規範意識を形成しており、これが対外政策決定における抑制要因の一つとなっていることを示した。この分析において、平和主義という価値観の是非は問題にならない。そうした集団的アイデンティティーや規範意識が現実に作用しているという社会的事実そのものに着目し、それはなぜなのかという問いも分析の視野に入れていく。このような立場をコンストラクティヴィズム(構成主義)という。リアリズムもリベラリズムも国家を一つのまとまりある行動単位とみなしがちだが、これに対して国家の内部的な抑制要因も合わせて議論を進めようというスタンスは本書のInternal and External Dimensionsというサブタイトルに示されている。

 リアリズムやリベラリズムは行動主体を単純化して前提とすることで洗練された一般理論を構築できる。本書はそのことにも一定の意義を認めつつも、アプローチ本位(つまり、理論枠組みの中に分析対象をはめ込む視点)ではなく個別の問題意識本位の迫り方が必要だと強調する。とりわけ方法論について体系的な説明を試みる第10章では、リアリズム、リベラリズム、コンストラクティヴィズムの三つを頂点とするトライアングルを示し、ケースに応じてこれらの組み合わせが有効であることを指摘する。そうした立場を分析的折衷主義(analytical eclecticism)という。もちろん、場当たり的でちぐはぐな議論に堕してしまうおそれもあるが、それでも異なるアプローチ相互の対話を通して分析対象そのものへの理解に奥行きを持たせられる点で有益だと主張する。

 テロ対策というテーマで日本とドイツの比較を試みた第7章Coping with terrorism: norms and internal security in Germany and Japanや第9章Same war─different views: Germany, Japan, and counterterrorismといった論文に興味を持った。ドイツの警察はハイテク化されて機動力が高い(それを法的にバックアップできるよう基本法は頻繁に改正されている)のに対し、日本の警察は一般社会とのインフォーマルな協調関係を保つところに特徴があるという。日本の世論は強硬手段に否定的→地道な活動で日本赤軍をジワジワと追い詰めた→海外へ追い出す→日本赤軍が海外で何をしようと知ったこっちゃない。また、対外的安全保障の面でドイツ軍はNATOに組み込まれているのに対し、周辺国と安全保障上の協力関係のない日本は日米同盟に依存している。国内的安全保障ではドイツはホッブズ的、日本はグロチウス的(国内社会における信頼関係を前提としている点で)であり、対外的安全保障ではドイツはグロチウス的、日本はホッブズ的(周辺諸国から孤立している状況の中で対米同盟を戦略的に選択している点で)だと整理される。分析視角の点で、ホッブズ的というのはリアリズムに適合的であり、グロチウス的というのはリベラリズムに適合的だと言えよう。

 なぜ東アジア共同の安全保障的協力関係がないのか? 第8章Why is there no NATO in Asia? Collective identity, regionalism, and the origin of multilateralismによると、まず西欧におけるNATO成立にはアメリカのイニシアチブが大きかった。半世紀前の時点でのアメリカは西欧には親近感があって積極的にコミットする(=集団的安全保障の枠組み)用意があったのに対し、東アジアに対しては価値観レベルでの違和感→共同の枠組みを作ってその中にアメリカが直接関与するなんて発想すらなかった→個別にアメリカ優位の同盟関係を並立させるという形をとった。つまり、アメリカ自身のアイデンティティー意識(自分たち=西欧)が政策決定上の相違をもたらしたのだと指摘される。

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2009年3月22日 (日)

P・J・カッツェンスタイン『文化と国防──戦後日本の警察と軍隊』

P・J・カッツェンスタイン(有賀誠訳)『文化と国防──戦後日本の警察と軍隊』(日本経済評論社、2007年)

 戦後日本における警察及び軍隊のあり方を考えてみるとき、暴力的手段の行使には極めて抑制的な態度を取ってきたことが一番の特徴として挙げられるだろう。これはなぜなのか? 文化的規範が安全保障政策に及ぼした影響の分析が本書のテーマである。

 リアリズム(パワー・ポリティクス)は、合理的計算に基づいて振舞う国家がパワーの最大化を図ろうとする点を前提として置き、いかにそのバランスをとるかという視座から国際関係を把握する。リベラリズムは、国際関係の中で定式化された一定の規範に従って国家が協調的に振舞う側面に注目する。いずれにしても国家という政治的アクターを単一のまとまりとみなし、その外的環境への態度の取り方から説明しようとしている。

 対して、本書が踏まえているコンストラクティヴィズム(構成主義・構築主義)では、国家というアクターの中から行動を規制している内部的な規範の形成過程が重視される。つまり、国際システムにおける政治力学への適応というよりも、国内における政治的・社会的・文化的な相互作用を通して制度化された規範に基づいて安全保障政策が形成されたという観点から本書は日本政治を分析している。制度化というのはつまり、当たり前のこととして自明視された規範意識が国民の間に共有されることにより、その枠組みの中で政策決定の選択肢がおのずと絞り込まれてくることを指す。

 具体的には、“平和国家”“通商国家”といった自己イメージ(集団的アイデンティティ)。それは良い悪いという価値判断の問題とは次元が異なり、規範として作用している時点で一つの社会的事実となっていることに着目される。歴史的経緯(敗戦、原爆、日米関係など)、調整型の民主主義(多数派の自民党は野党の意向を無視して政策強行はできず、広い意味でのアイデンティティ規範のあったことがわかる)、社会的規範と法的規範との相互作用(たとえば、警察は市民の視線に敏感なこと、憲法第九条の問題)などの面で、国内的に競合する要因のせめぎ合いを通して規範としてのコンセンサスが形成されていた。

 原書は1996年に刊行されており、時代背景として若干古さを感じさせる点もあるが、コンストラクティヴィズムの分析アプローチによる事例研究として興味深い。

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2009年3月18日 (水)

ジョセフ・ナイ『国際紛争』『ソフトパワー』『リーダーパワー』

 ジョセフ・S・ナイ(田中明彦・村田晃嗣訳)『国際紛争 理論と歴史』(第6版、有斐閣、2007年)はハーバード大学の講義に用いられた国際政治史・理論のテキスト。主要な理論枠組みを整理した上で、第一次世界大戦から現在に至るまでの国際紛争を具体例として分析の応用を示してくれる。どの視座をとるかによって事象の捉え方が様々に異なってくるのが実感され、複眼的な思考の訓練としても格好の良書だと思う。

 静態的なパワーポリティクスに立つリアリズムや国際協調の理念性に偏るリベラリズムとは異なり、理念と現実との相互作用の中から政治的事象が形成されてくるプロセスを重視するコンストラクティヴィズム(構成主義)の立場からはソフトパワーという概念が重要となる(“理念”と言っても望ましい結果ばかりでなく、たとえばエスニックなシンボルの動員によって紛争が激化するケースもあるが)。

 ソフトパワーという言葉は上掲『国際紛争』にも散見されるが、ジョセフ・S・ナイ(山岡洋一訳)『ソフトパワー──21世紀国際政治を制する見えざる力』(日本経済新聞社、2004年)はそれを具体的に論じている。他国をいかに動かすか? ハードパワーが軍事・経済力など物理的な影響力の行使、いわば“アメとムチ”によって誘導を図るものであるのに対し、ソフトパワーは他国も含めて共通の政治課題を設定し、そこに向けて他国にも自発的に望ませる形で味方につけていく影響力だと整理できる。文化(→他国をひきつける魅力)、政治的価値観、外交政策(→正当性の確保)といった要素がある。

 たとえばイラク戦争においてアメリカは、テロ・核の抑止、さらにはアメリカの存在感が侮られてはならないという動機から武力行使に踏み切った点でハードパワーを使った。ただし、ネオコンの中東民主化構想にはソフトパワーとしての側面もあった。しかし、武力行使の正当性への疑問からアメリカのソフトパワーは弱められた。単独行動主義はソフトパワーにとってマイナスだという教訓をナイは引き出す。

 ハードパワーであっても、“強国”というイメージそのものが魅力としてソフトパワーに転化することもあり得る。アルカイダの主張は一部の人々にソフトパワーとしての力を持った。日本の場合には、劇的な成長によって経済大国となったこと自体が一つのソフトパワーとなっている。他方、周辺諸国との歴史認識問題は、この論争の具体的な是非は別として、そうしたギャップのあること自体が日本のソフトパワーを弱めている。

 本書の登場によってソフトパワーという言葉が先走っている観もあるが、ハードパワーとソフトパワーはどちらが良い悪いという性格のものではない。状況に応じて組み合わせるべきで、それをナイはスマートパワーと呼ぶ。ソフトパワーの行使において肝要なのは、一定の魅力ある政治課題を設定することにより他国をひきつけることで、それはヴィジョンを提示する側のリーダーシップの問題とつながる。

 ジョセフ・S・ナイ(北沢格訳)『リーダーパワー──21世紀型組織の主導者のために』(日本経済新聞出版社、2008年)はそのリーダーシップ概念を政治という場面において論ずる。一方的な命令ではなく、リーダーとフォロワーとの関係性が重要であることは経営学・組織論の方でよく論じられているが、国際政治の場面においてはフォロワー側の文化的・政治的・社会的状況がリーダーの提示するヴィジョンに見合うかどうかが問題となる。つまり、フォロワー側の状況も見極めながらハード・ソフトを問わずあらゆるリソースを活用しなければならない。その点で、状況を把握する知性、つまりリーダー・フォロワー双方の置かれているコンテクストを読み解く能力がリーダーシップの核心に位置付けられる。

 ナイはオバマ政権の駐日大使に内定している。2007年に超党派でまとめられた対東アジア政策についての提言、いわゆる「アーミテージ=ナイ・レポート」(The U.S.-Japan Alliance: Getting Asia Right through 2020→アーミテージとナイの連名で公表されており、こちらで読める。なお、アーミテージはブッシュ・ジュニア政権のパウエル国務長官の下で国務副長官、ナイはクリントン政権で国防次官補)にざっと目を通した。

 ポイントは、①民主制・市場経済・言論の自由などの価値観を日米は共有しており、かつ日本は今後も経済大国であり続ける→日米同盟を基軸とすべき。②中国は国内的に不安定→共産党は支配正統化のためナショナリズム、またエネルギー問題→対外的な影響力を模索している。だからと言って、日米同盟による中国封じ込めという話ではない。むしろ、中国が暴発しないよう共通の価値基盤の中へと取り込み、中国も含めたトライアングルの関係にもっていく、そうすることで東アジアの安定化を図ろうという点に主眼が置かれている。ナイを駐日大使に起用したということは、中国をソフトパワーによって取り込んでいこうという外交方針をオバマ政権は持っていると言えるのだろうか。

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2009年3月16日 (月)

ジャクリーン・ノヴォグラッツ『青いセーター:つながっている世界で貧富の格差の懸け橋となる』

Jacqueline Novogratz, The Blue Sweater: Bridging the Gap between Rich and Poor in an Interconnected World, Rodale, 2009

 著者は現在、Acumen Fundという非営利の投資ファンドCEOを務めている。もともとチェース・マンハッタン銀行に勤務していたが、海外に出て社会貢献できる仕事をしたいと非営利組織に飛び込み、アフリカに派遣された。現場で奮闘し、その体験を踏まえてAcumen Fundを設立するまでの経緯がつづられる。タイトルの『青いセーター』とは、アメリカで捨てた青いセーターを着ている少年にルワンダの首都・キガリで偶然出くわしたことに由来する。古着が援助として送られていたわけだが、目に見えないところでも世界はつながっていることをほのめかしている。

 アフリカの現場に飛び込んだ当初、彼女の“熱意”が必ずしも現地の人々に受け容れられるわけでもなく、失意の中、家族のもとに帰ることもあった。しかし、めげずに奮闘、ルワンダでマイクロファイナンスの手法を使い、女性中心のパン屋さんを軌道に乗せることに成功する。そのプロセスで、返済の義務を説いたり(未返済者を見逃すと真面目に返済した人は嫌気がさす)、簿記の収支のシステムを納得させたり、約束の遵守、品質管理など経済活動の基礎中の基礎から取り組んでいくところが興味深い。何よりも、男性優位の伝統的社会の中で、自前の経済的基盤をつくることで女性たち自身が尊厳を回復していく。

 アフリカでの経験を踏まえてマネジメントの手法をMBAで習得しようとアメリカに戻っていた1994年4月、彼女はルワンダからのニュースに青ざめた。あの忌まわしい大虐殺──。その後、ルワンダに戻った彼女はかつてパン屋さんだった建物を訪れたが、そこには見知らぬ人が暮らしていた。生き残った何人かに会って話を聞く。あの時の仲間たちのうち、ある者は殺され、あるいは家族を失い、そして、ある者は殺す側にまわっていた…。

 しかし、ルワンダの復興とともに、生き残った女性たちは再び活動を始める。ジャクリーヌと仲間たちのまいた種は無駄にはなっていなかった。彼女はアメリカに戻ってAcumen Fundを設立。こちらはマイクロファイナンスとは異なり、インフラ整備のための大規模事業にも積極的に投資を行なっていく。その具体的活動も紹介される。

 貧困国への一方的な援助が、現地の状況を無視して非効率・無意味であるばかりでなく、腐敗の温床となるなどかえって状況を混乱・悪化させてしまっているという問題意識はたとえばジェフリー・サックス(鈴木主税・野中裕子訳)『貧困の終焉──2025年までに世界を変える』(早川書房、2006年→こちらで触れた)、ポール・コリアー(中谷和男訳)『最底辺の10億人』(日経BP社、2008年→こちらで触れた)などで示されている。援助に依存させるのではなく、その国の経済的自立を促す。そのために市場経済を適切に確立させることが基本ラインとなる。彼らの議論はマクロ視点だが、それでは、現場ではどんな取り組みがなされているのか、それを具体的に知りたいという人に本書はおすすめできる。

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2009年3月15日 (日)

ムハマド・ユヌス『貧困のない世界を創る──ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』、他

ムハマド・ユヌス(猪熊弘子訳)『貧困のない世界を創る──ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』(早川書房、2008年)

 マイクロクレジットという金融システムを考案・実践した功績によってバングラデシュのグラミン銀行及びその創設者ムハマド・ユヌスは2006年度ノーベル平和賞を受賞した。マイクロクレジットとは貧しい人々が貧困から抜け出し経済的に自立できるよう、無担保、ただし5人ほどでグループをつくって連帯責任をとってもらう形式で行なう小規模融資のこと。融資対象には女性が多い。男性は浪費してしまうのに対し、女性は家事・子供の養育などに気を使わねばならないのできちんと活用するからだ。援助とは異なり返済は当然ながら義務付けられる(貸倒率は低い)。返すという前提があるからこそ自尊心をもって自分の仕事に取り組む動機となっている。

 こうしたマイクロクレジットも含め、ユヌスはソーシャル・ビジネスという考え方を提唱する。資本主義という社会構造は前提で、投資→費用・収益→利潤という企業運営形態は変わらない。ただし、従来型の企業観が利潤の最大化を動機とするのに対し、ソーシャル・ビジネスはその利潤の部分が社会的貢献に置き換えられる。コストは回収せねばならないが、だからこそ援助とは違って自律的な活動ができる。

 自分の手で何かを作り上げたい欲求、自分の成果を承認してもらいたい欲求、自分が何らかの役割を果たしているという自尊心、そうした広い意味での“表現”欲求が人間には本来的にある。だから、創意工夫に努力して他者とは違った自分らしさを出そうとする。そうした“表現”欲求が経済活動という形でうまく制度化されているところに資本主義の長所がある、そのように私は考えている。金銭的評価というのはそうした数ある“表現”欲求の中のあくまでも一部であって、すべてではない。社会的貢献というのも企業活動の動機として十分あり得ると思う。それはいわゆる慈善活動とは異なる。貧しい人であってもその人なりにもって生まれたものがあり、それがうまく活用されていくよう促していく、そのきっかけづくりとしてマイクロクレジットの役割を見出そうとしているユヌスの考え方に私は共鳴できる。

 『ムハマド・ユヌス自伝』(早川書房、1998年)も手もとにあったはずなのだが、行方不明。蔵書をちゃんと整理しなきゃなあ…。

 坪井ひろみ『グラミン銀行を知っていますか──貧困女性の開発と自立支援』(東洋経済新報社、2006年)はグラミン銀行の仕組みについて具体例を通して解説してくれる。平易で読みやすい。

 日本でも社会的格差、雇用問題が深刻になっている中、こうしたマイクロクレジットの考え方が応用できないのか? 菅正広『マイクロファイナンスのすすめ──貧困・格差を変えるビジネスモデル』(東洋経済新報社、2008年)はそうした問題意識を念頭に置きながらマイクロファイナンスの仕組みを解説、日本で活用する際に考えるべき論点を整理してくれる。

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2009年3月 2日 (月)

猪木正道『ロシア革命史──社会思想史的研究』

猪木正道『ロシア革命史──社会思想史的研究』(中公文庫、1994年)

 著者の猪木正道は河合栄治郎門下のリベラリスト。日本の敗戦直後、1946年に本書は書き上げられている。当時はロシア革命史について研究しようにも党派的なパンフレットの類いしかなかったという。猪木は、マルクス“思想”のしっかりした読解を踏まえた上で、そうした党派的に平板化されたマルクス“主義”の問題点を内在的に批判していく視点を持っている。

 土着か、それとも西欧化か?という葛藤は現在に至るもロシア思想史を特徴づける基本ラインだと言える。本書によると、レーニンは西欧マルクス主義とは異なるロシア特殊の条件を踏まえ、①工業化以前の段階→農民層重視の革命戦略、②ツァーリズムによる苛烈な弾圧→対するに少数精鋭的戦闘集団の形成(→中央集権化志向→異論者への弾圧)、③民主主義の社会的条件が未成熟→革命独裁の正当化、こうした形で、西欧思想直訳的(ロシア社会民主労働党のメンシェヴィキ、穏健リベラルのカデット)でもなく、土着性依存(ナロードニキ→社会革命党)でもなく、独自の革命戦略をとり得たところにボルシェヴィキのレーニン主義が成功した要因があったと指摘される。本書はレーニンの柔軟な政治感覚を高く評価しつつも、これはあくまでもロシア特殊の事情に基づく政治戦略だったのであり、“マルクス・レーニン主義”と称してそのまま日本に持ち込もうとする傾向に対しては疑問を呈している。

 革命の勃発から一国社会主義の形成に至る政治過程の説明・評価については現在の研究水準からすると色々と問題もあるだろう。ただし、ロシア革命がおこる前史としての思想史的系譜の整理は簡にして要を得ており、この部分はいま読んでも有益だと思う。

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2008年12月16日 (火)

村井哲也『戦後政治体制の起源──吉田茂の「官邸主導」』

村井哲也『戦後政治体制の起源──吉田茂の「官邸主導」』(藤原書店、2008年)

 明治以降、日本の政治機構が常に直面してきた問題として「官邸主導の不在」という論点が挙げられる。明治憲法体制における国務と統帥の分離、国務大臣単独輔弼(首相は横並びの国務大臣の一人にすぎない)→制度面における権力分立的性格→当初は藩閥・元老、後には政党勢力の人的ネットワークによって補われていた。

 ところが、1930年代以降、元老・政党とも求心力を失い、挙国一致内閣が次々と現われたが、いずれも様々な思惑を持つ勢力の寄り合い所帯に過ぎなかった。経済危機・対外危機への対応として、行政国家化・統制経済化・戦時体制化が進む中、政治的求心力の確立が求められたが、近衛文麿をトップに据える大政翼賛会は結局骨抜きされて失敗。注目されるのが、企画院である。全体的な政策統合を目指す総合官庁として設立、軍部や官僚の中堅層、いわゆる“革新派”が中心となった。しかし、この総合的性格は明治憲法体制の権力分立的性格とは相容れないため各方面から反発が強く、また企画院自体が自律化・肥大化→かえって「官邸主導」を阻害。企画院は解体されたが、政治的多元性は克服されず、結局、戦争を終わらせるにあたって天皇の「聖断」に頼らざるを得なかったことは象徴的である。

 戦後の占領前半期、GHQ内部でもGS、G2、ESSとそれぞれに思惑が異なっていたが、日本の各官庁もそれぞれと結びついていわゆる「クロス・ナショナルな連合」という形で権力分散的な状況を呈していた。こうした中、吉田茂はGHQからの矛盾に満ちた要求を受け容れていくためにも「強力な安定政権」確立の模索を始める。反吉田派牽制のため、経済安定本部内部の統制経済派やマルクス主義的な学者グループと接近して彼らを媒介とした社会党との連立を模索、これができなくなると保革二元論によって保守勢力の結集を目指す。また、当初は安本の総合政策機能に注目していたが、かつての企画院と同様に安本もまた自律化・政治化し始めたため、各方面から反発を受けて力が弱められた。その後は次官会議を掌握して、各省分立的だった「クロス・ナショナルな連合」の分断も図る。

 とりわけ吉田が意をくだいたのは、外相官邸連絡会議という私的な会合における人的ネットワークであった。つまり、安定した政権運営のため政策統合的な調整が必要だが、他方で安本やかつての企画院のように総合官庁として制度化してしまうと、それ自体が自律化・政治化→「官邸主導」を阻害してしまうおそれがある。そこで、分立的な官僚機構を前提としつつ、その上に吉田が立って各省庁と個別につながる。その結節点として非制度的な人的ネットワークを活用しようとした。ここには、明治憲法体制下で秘かに力を発揮していたインフォーマルな人的関係による政治調整も想起される。

 このように吉田の確立した政治スタイルは、その後吉田がいなくなってからも、官僚と政党勢力(=自民党)との非制度的な相互浸透という形で残った。「戦後政治体制」を1990年代まで続いた官僚主導、政党=自民党主導の並存した二元体制と本書は定義し、これは吉田による非制度的な運営ルールに起源を持つと指摘する。様々な政治勢力のせめぎ合いを詳細に分析、そこから一定の政治運営ルールが醸成されてくる様子を浮き上がらせていくところが興味深い。

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2008年12月11日 (木)

金野純『中国社会と大衆動員──毛沢東時代の政治権力と民衆』

金野純『中国社会と大衆動員──毛沢東時代の政治権力と民衆』(御茶の水書房、2008年)

 文化大革命の捉え方にも色々とあるようだが、本書は、政治構造という外部条件だけでなく、一般の人々が歴史的過程の中で内面化した価値観、身体化された行為様式などの内在要因も視野に入れながらトータルで考えなければならないという問題意識に従って分析を進める。大衆動員に向けては、①組織インフラ、②個人を統合していく強力なシンボル(=毛沢東)、③社会変革を正当化するイデオロギー、といった条件が必要となるが、これらは文革に先立って、建国前後の反革命分子摘発から三反五反運動、反右派闘争、大躍進運動、社会主義教育運動と続く中で醸成されていたという。

 ここで注意すべきなのは、大衆動員には強制→黙従という抑圧的側面だけでなく、人々からの自発性も無視し得ないこと。その点で、社会主義イデオロギーの道義的生活規範化という論点に興味を持った。社会主義の難解な議論なんて一般庶民には分からない。むしろ、集団と個人、質素と贅沢、勤勉と怠惰、謙虚と自惚れ、こうした二項対立によって前者を肯定、後者を否定するロジックとして受け容れられた。批判集会での身内の動員、社会全体の軍事化(国民皆兵)、とりわけ階級闘争の重視→中道は許されない(小康思想の批判)→政治から距離を置くこと自体が許されない。自分の身を守るため、「革命」の大義の下、他人を暴力的に批判するモラリティーが定着した。こうして、一般の日常生活全体が政治舞台化された。

 党中央における路線対立→毛沢東が権力保持するための政治粛清が文革のきっかけではあっても、いったんインプットが入ってしまうと増幅的に作動する土壌が出来上がっていた。そもそも「反革命」「右派」といったレッテル自体が曖昧かつ恣意的なもので、その時々の状況に応じて政治的立場は流動的となる。批判・被批判の関係がクルクル逆転、身を守るため、自らの“革命性”を誇示するアピール競争が激化し、社会全体を巻き込んだ政治運動はますます急進化、党中央でもコントロールが難しい多重動員状態を呈することになる。ただし、国家が社会を完全に掌握したわけでも、私的領域が消滅したわけでもない。こうした政治運動は波状的で、それは将来の予想のつかない不安定さを意味したが、他方で社会に周期的な緩みももたらし、一つのガス抜きになっていたとも指摘される。

 本書で分析された事例は都市社会が中心で、農村も含めた検討はこれからの課題とのこと。大衆動員というキーワードを軸として政治と一般の人々の生活レベルとの相互作用を分析した政治社会学的研究として、建国期から文革期まで一貫したストーリーが組み立てられており、興味深く読んだ。

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2008年12月10日 (水)

カール・マンハイム『保守主義的思考』

カール・マンハイム(森博訳)『保守主義的思考』(ちくま学芸文庫、1997年)

・伝統主義的生活態度→進歩主義という契機→保守主義の成立(「この原初的保守主義的体験は、それが存在している生活空間のうちにすでに異種の生活態度と思考方法とが出現し、それに対するイデオロギー的防御において自己をはっきりとうち出さなければならないというときに、反省的となり、その特性を意識するようになる」[87-88ページ])

・進歩主義は可能的なものを求め、保守主義は具体的なものに固執する。歴史体験のあり方も含めた世界観が、各社会層の根本志向として凝集核→階級的に成層化した社会でのみ、伝統主義は保守主義に転化し得る(「具体的なものと抽象的なものとのこの対立は、そもそも体験の、環境の対立であって、思考の対立はただ第二次的なものであり、しかもこの論理的対立の近代的形態のなかには、ひとつの政治的根本体験が付着しているということを証示することによって、二つの体験典型がいかに鋭く社会的に機能化されているかという重要な点が明らかになる。近代世界の形成には、現存の組織を解体しようと努めるもろもろの社会層が存在することが必要である。彼らの思考は必然的に抽象的であり、可能的なものによって生きる。これに反して、保持と停滞化とに努める者の思考と体験とは具体的であり、既存の生活組織を踏み越えない」[50-51ページ]。「歴史体験の二つの仕方が次第に分極化し、社会的に異なった(潮流の異なった場所に立つ)層によって彼らの体験志向のなかに取り上げられたという独特の現象が問題なのである」[55-56ページ])

・進歩主義の平等主義に保守主義は反発、個人の自由と公のものとがぶつかる可能性→質的な自由、つまり立場的に異なる個人それぞれの内面的なものとして自由を捉え、外的関係としては秩序原理へ服すべきと考える→有機的共同体(民族精神)の中の個人という考え方

・質的自由としての内面性→生き生きとしたものを求める→ロマン主義→生の哲学
・歴史的な古い思考や体験の厚みにロマン主義は意味を求める→保守主義は、ロマン主義と結びつくことで生気を取り戻し、近代的基礎付けの次元へと高められた。
・「一度書き上げられたらそれっきりの形式」としての概念、しかし現実の存在や思考過程は流動的という矛盾→ロマン主義的保守主義者は、啓蒙主義的な思考パターンを固定したものとして捉え、これへの批判として、自分たちの思考パターンを動的なものとして提示しようとする。ただし、これによって「啓蒙主義の理性信仰が破壊されるのではなく、変容されるにすぎない」。「理性の活動、思索的活動に対する信仰は放棄されてない。思考のひとつのタイプ、すなわち、ひとつの原理から演繹する、固定した概念要素を単純に組み合わせる啓蒙主義思考だけが拒否されるのであって、ただこの啓蒙主義的思考に対して、できるだけ可能的な思考の平面が拡大されるのである。またその場合に、ロマン主義は(実際は無意識的に)、すでに啓蒙主義的世界意欲が完成しようと企てた、世界の首尾一貫した徹底的合理化という、かの路線を、よりラディカルに、そして新しい手段をもって、継承し先へ進める。」「なにが合理的であり、なにが非合理的であるかは、そもそも相対的である。あるいは、より正しくは──われわれはまずそれを明らかにしなければならないのであるが──両概念は相関的である。啓蒙主義的に一般化し、そして固定した体系化的な思考の支配する段階では、合理的なものの限界がこの〔合理的〕思考の限界と同一視され、これからはみだす一切のものは非合理的なものとして、生として、また啓蒙主義の立場からすれば、克服できない残滓として解釈されたが、「動的思考」の思想によって合理的なものの限界は一段と押し広げられ──そして、それによって啓蒙主義自体がみずからの手段をもってしてはそもそも解決しえなかったであろう、啓蒙主義的課題をロマン主義的思考は解決した」とされる(186-187ページ)。

・「世界を認識適合的な洞察する立場としては、生の哲学は、絶対化された合理性に魅せられている思考潮流に対する対抗者として、すべての隠蔽され合理化されている外被をとりはらい、しかも意識はただ単に理論的見地の模範だけを指向するものではないということをたえずわれわれに教える点で、含蓄の多いものである。それは「理性に適合的なもの」、「客観化されたもの」をたえず相対化し、部分化する」(211ページ)。

・マルクス主義もヘーゲル弁証法哲学の流れをくむ点で動的である。ただし、「内面化された「生の哲学」にとっては、この動的基盤が純粋「持続」、「純粋体験」などのごとき前理論的なものであるのに反して、ヘーゲルが「一般的」「抽象的」思考を相対化する基盤は、ある精神的なもの(高次の合理性)であり、プロレタリア的思考にあっては階級闘争および経済に中心がおかれた社会過程である。この方向をとってヘーゲルの流れはここで客観性に転位したのであった。」→「ブルジョワ的・自然法的思考に対する両面からの反対の現実概念でさえも、この思考に対する反対において形成されたものであり、運動性と動学とをその正確とした生概念がここに出現しそしてこの〔反ブルジョワ合理主義という〕起源とはっきりしたつながりをもちつつ、二重の形態をとって、生の哲学とマルクス主義との両現実概念が展開したということ」を指摘(216-217ページ)

 私は知識社会学についてきちんと勉強したことはないのですが、
・所与の生活環境に対してそれまで無自覚だった伝統主義的生活態度が、進歩主義的理念の登場によって、それとの対照によって自覚化され、一つの思想的立場を取るようになったときに保守主義が成立した。
・両者の思想的相違は、各自の置かれた環境的体験と結びついており、社会階層分化と連動している。
・保守主義はロマン主義と結びつき、概念的論理重視の進歩主義に対して、動態的な生き生きとしたものを求めた。これは、理論偏重傾向を常に相対化できる点では有益な視点をもたらす。
・この動的思考意欲という点では、形態は違えどもマルクス主義と共通しており、両者ともに20世紀においてブルジョワ的自由主義を挟撃する形になった。
取りあえず、マンハイムの議論からは以上の点を押えておけばいいのでしょうか。特定の思想的立場にコミットするというのではなく、それぞれの思考枠組みの因って来たるところをトータルで理解して、俯瞰できる立場にいったん自分を置いてみることで、議論の不毛なこわばりを解きほぐしていこうというところに知識社会学の勘所がありそうです。

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2008年12月 6日 (土)

吉田徹『ミッテラン社会党の転換──社会主義から欧州統合へ』

吉田徹『ミッテラン社会党の転換──社会主義から欧州統合へ』(法政大学出版局、2008年)

 リーダーシップ、というと、“カリスマ”的・属人的な性質に還元して権力関係を一方向的に捉えてしまう向きもある。だが、本書で言うリーダーシップとは、リーダーとフォロワーとの相互作用の中で一定のヘゲモニーが確保されていく双方向的な関係概念として用いられている。フランス社会党の政策転換においてミッテランの果たした役割を明らかにすることが本書の目的だが、こうしたリーダーシップ概念に基づくため、彼自身のパーソナルな資質は捨象され、党内政治力学の機能的な分析に焦点が合わされている。

 第五共和制におけるドゴール派優位の下、様々な思想的背景を持った勢力の寄り合い所帯として出発した野党・社会党。ミッテランは、「社会主義プロジェ」という共有原理に基づきながら政権交代という目標に向けて各派閥の均衡点に自らの立ち位置をおくことで求心力を発揮した(「取引的リーダーシップ」)。しかし、政権獲得の後、経済情勢の悪化に直面する。政権幹部は緊縮策をとるのに対して、一国社会主義的な政策志向を持つ党内の“古代人”は反発。すでに大統領という制度的な権力の座にあったミッテランはEMS(欧州通貨制度)離脱という新しい政策価値を提示して、双方の対立関係を別の次元に向けて解消しようとするが(「変革的リーダーシップ」)、現実的な政策知識を持つドロールやモーロワなどのフォロワーはついてこず、失敗。経済的要因を重視するアプローチからは、この時のEMS残留という決断は経済情勢の悪化に押されてのこととされるが、対して著者は、それでは1981~83年までグズグズしていたことの説明がつかない、むしろ従来型の「取引的リーダーシップ」の非決断によって遅れていたのだと指摘する。

 いずれにせよ、ミッテランは「取引的」「変革的」、二つのリーダーシップで失敗した。彼はこれ以降、特定のフォロワーをあてにはせず、状況に応じて政治的リソースを流動的に組み替えながらさまよう「選択操作的リーダーシップ」に切り替えたのだという。その際の理念的な道具として浮上したのが欧州統合というテーマである。ミッテランは欧州統合の立役者として評価される。しかし、それは政治的求心力確保のための手段なのであって、彼自身が当初から欧州統合という理念を持っていたわけではない。その意味ではあくまでも結果論に過ぎないと著者は指摘する。

 リーダーシップという一つの関係性概念を軸にすえた政治分析モデルを駆使した研究としてとてもおもしろい。日本の野党(旧社会党や現在の民主党)についても同様の分析視角を通したらどんな議論ができるのだろうか? フランスと日本とでは政治風土が違うと言ってしまえばそれまでだけど、むしろその政治風土的相違が浮き彫りになればいいわけだし、比較政治論としてちょっと興味ある。

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2008年11月28日 (金)

エドマンド・バーク『フランス革命についての省察』

エドマンド・バーク(中野好之訳)『フランス革命についての省察』(上下、岩波文庫、2000年)

 他に、半澤孝麿訳(みすず書房、1997年)も私の手もとにあるし、中公クラシックスで水田洋訳が出ているのも知っているが、なぜ敢えて中野訳の岩波文庫かというと、電車の中で読むのに簡便というだけの理由。水田訳は見てないけど、避ける方がいいでしょう。水田訳(岩波文庫)のホッブズ『リヴァイアサン』なんて直訳調があまりにひどくて読むのに苦労した覚えがある。

 エドマンド・バークの保守主義思想で肝心な点は、第一に、人間の本性も、その人間の織り成す社会も複雑極まりない。従って、単純な一般論で社会構想をでっち上げても必ず無理が生じてしまうということ。第二に、国家社会という場において、一人の人間は孤立して存在するのではなく、祖先から子孫へと受け渡される連鎖の中にある。「あらゆる学問、あらゆる芸術の共同事業、すべての完徳における共同事業である。この種の共同事業の目的は、数多の世代を経ても達成されないから、それは単に生きている人々の間のみならず、現に生きている者とすでに死去した者や今後生まれる者との間の共同事業となる」(上、177~178ページ)。一人の人間の限られた脳髄で考えられることなど高が知れている。ある一時代における思いつきですべてをひっくり返してしまうと、先人の試行錯誤の繰り返しの中で積み上げられてきた叡智=伝統が失われてしまう。“進歩”の名の下で過去を全否定、先人の残してくれた叡智を破壊してしまい、“理性”という人間の思い上がりででっち上げた代物がかえって抑圧的な体制を生み出しかねない、そうした危険をフランス革命に見出したところにバークの批判がある。「憤怒と狂乱は、慎慮と熟考と先見性が百年かけて築き上げるものを、ものの半時間で引き倒すだろう。古い体制の誤謬と欠陥は、目に映り手で触れられる。それらを指摘するのには、大した能力は要らない。」それに対して、「今まで試みられなかった物事には困難が生起しないし、批評は現実に存在していないものの欠陥の発見にはほとほと困惑する。かくて、性急な熱狂と眉唾ものの希望が想像力のあらゆる領野を支配して、それらは、何の見るべき抵抗も受けずにここで活躍する」(下、64~65ページ)。

 だからと言って、社会的な矛盾を放置していいわけではない。「古い体制の有用な部分が保存され、新しく付加された部分が既存の部分へ適合される時にこそ、強靭な精神力、着実で忍耐強い注意力、比較し結合する多面的な能力、そして便法をも豊かに考え出す知性の秘策が発動さるべきである。それは二つの対抗し合う悪徳の結合した力、つまり一切の改革を拒否する頑迷さと、他方で現存する一切のものへの嫌悪や倦怠を感ずる軽薄さとの、不断の構想に傾注さるべきである」(下、65~66ページ)。伝統墨守でもなければ、軽薄な進歩崇拝でもない。皮膚感覚に馴染んだ常識的なバランス感覚に基づいて改良を進めていくということ。当たり前すぎて結論はつまらないが、この地味さの背景には伝統に基づく叡智への信頼という強靭な骨がある。だから、ぶれない。

 保守主義は自律的に思想として成り立っているわけではない。エドマンド・バークのフランス革命批判が政治思想としての保守主義の出発点と位置付けられていることから分かるように、あくまでも“進歩主義”への反措定として現われた思想的立場である。伝統とは長い時間の蓄積を通して皮膚感覚になじんだもので明瞭に論理化することはできず、言葉として定式化された時点で皮膚感覚から遊離したものになりかねない。だからこそ、「~ではないもの」という反措定としてしか現われざるを得ない。保守主義の本領は懐疑にある。フランス革命にしても、その後の社会主義にしても、“理性”と“進歩”の幻想の下、明晰でスッキリした論理を用いつつ、それが明晰であればあるほど単純化→本来的に語り得ぬものを抑圧→生身の感覚を失ったお題目=イデオロギー→異質なものの排除という暴力、こうした危険への洞察が保守主義思想の持ち味である。

 いわゆるポストモダン思想が、語りつつ、語られざる何ものかへの眼差しを忘れず、固定的な言説によって人間がかえって縛られてしまう逆説を解きほぐそうというところに特徴があるとするなら、その点では意外と保守主義思想と共通する面もあると言える。もちろん、保守主義の言う伝統やらコモンセンスやらが体制化してしまうことをポストモダンは否定し、もっと存在論的なレベルで語られざる深みへと進む点では明らかに違う。ただし、“理性”という大義名分による言説化→反転して人間への抑圧となりかねない危険、ここへの洞察という点ではそれほど距離はない。もう一つ言うと、自称保守が国家やら民族やらという大仰で泥臭い、手垢にまみれた言葉を使って語り、それが大義名分化すること自体にこうした逆説がはらまれている可能性もある。保守主義と一言で言っても、良質なものもあればまがいものもあるので要注意。

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2008年11月25日 (火)

日本政治を新書で読む

 飯尾潤『日本の統治構造──官僚内閣制から議院内閣制へ』(中公新書、2007年)は、政党政治家と官僚とが渾然一体となって政策形成を行なってきた戦後日本の政治構造を擬似的・変則的な議院内閣制であったと捉える。いわゆる55年体制において政権交代はなかったが、①省庁別に関係利益団体と接点をもって個別問題ごとに民意集約機能を果たしていた省庁代表制、②大きな政策方針転換については審議会を利用、③自民党内の派閥抗争を通した擬似政権交代で国民のカタルシス解消、④野党との取引により与党外の社会的利益も集約、これらの柱に支えられる形で、自民党一党優位でありながらも首相を空虚な中心に据えた分散的な政治文化において、この変則的な議院内閣制は一定の実績を挙げてきたという。

 経済が右肩上がりであった頃は政策項目を増やしても財源的に支障はなかった。しかし、現在、限られた財源の中では政策課題の実行にあたり、配分関係のトレードオフが必要である。政策決定の強力な権力核が必要であり、それは当然ながら民主政としての正統性を持つものでなければならない。飯尾書は首相権限の強化という点で議院内閣制が本来持っているはずの一元代表制としての性格に着目する。教科書的には司法・立法・行政の三権分立が政治構造のスタンダードと思われているが、議院内閣制は立法と行政とが一体となっているところに特徴がある。ここに権力核の強化と民主政的正統性を両立させるカギがあり、従来型に代わる政治システムの可能性を見出そうとしている。

 野中尚人『自民党政治の終わり』(ちくま新書、2008年)は、こうした戦後政治体制を自民党の組織ネットワークに焦点を合わせて分析している。議員の後援会組織や業界団体を通して草の根レベルまで触手がおろされており、この組織化によって世の中の利害に対応するという形で民意の集約・調整機能を果たしてきたボトムアップ、コンセンサス重視型のシステム=「自民党型の戦後合意」システムと捉える。これは中選挙区制下での自民党議員同士の競争によって活性化されると同時に、野党を取り込むチャネルも持っていた。洗練された政治モデルとは言いがたいが、イデオロギー的に柔軟な政治運営を通して広範な利益集団を包摂できた点で、実は高度な民主性を達成していたと評価される。

 従来、官僚主導という観点から政治批判を行なう議論がよく見られたが、飯尾、野中ともに官僚を戦後政治システム内の柱の一つとして位置づける枠組みを提示している。従来型の論点としては、たとえば辻清明『日本の地方自治』(岩波新書、1976年)は、地方自治体における機関委任事務の多さや旧内務官僚的な牧民思想などを挙げて、官僚主導の中央集権が戦後になっても依然として続いていると問題提起をしていた。対して村松岐夫『日本の行政──活動型官僚制の変貌』(中公新書、1994年)は、省庁間においても、中央‐地方関係においても(機関委任事務という形で地方レベルまで各省庁割拠は根を張っているが)一定の競争関係があって決して一方向的なものではなく、そのバランスとして政策過程を把握できるとする。ただし、この省庁代表制がセクショナリズムとして逆機能を見せていることを指摘、行政改革の必要を論じている。飯尾、野中、村松ともにトップ機能の強化という方向に論点を進めていく。

 強力な権限を持った首相としてはやはり小泉純一郎に注目せざるを得ない。竹中治堅『首相支配──日本政治の変貌』(中公新書、2006年)は、1993年の細川政権成立から2005年の郵政選挙までの政治史的流れを概観・総括した上で、首相権限の強力な新たな政治システム=2001年体制(2001年に小泉内閣が発足)が成立したと主張する。橋本行革による内閣府の権限強化という下準備がすでにあって、小泉はこれを活用し、同時に世論の支持によって与党内でトップダウンの決断ができるという条件を備えることができた。選挙の顔としての人気が権力に直結するようになったと言える。大嶽秀夫『日本型ポピュリズム──政治への期待と幻滅』(中公新書、2003年)はポピュリズム型政治家の一人として小泉を取り上げてはいるが、まだ郵政選挙前の分析なのでピンと来ない。内山融『小泉政権──「パトスの首相」は何を変えたのか』(中公新書、2007年)では、小泉のパトスによる強力な政治的求心力に基づくトップダウン型政策決定は、国内の経済問題については竹中平蔵の采配もあってうまくかみ合っていたが、外交案件については成功しなかったと評価されている。他方、新書ではないが信田智人『官邸外交』(朝日選書、2004年→参照)は田中真紀子がらみのゴタゴタで外務省が機能不全に陥ったという要因も相俟って、外交も首相のトップダウンで進める方式が定着したと指摘している。

 内山書は、小泉のパトスを前面に押し出す政治手法によってこれまで政治に関心のなかった層が掘り起こされたことは評価しつつも、ロゴスが軽視されている点に危うさを見出している。そういえば、郵政選挙の後、いわゆるニート層の中で、小泉の進める新自由主義的な政策は彼らにとってむしろ不利であるはずなのに、「ぶっこわせ!」という感情レベルで反応して自民党への投票行動が見られた、と教育社会学の本田由紀が指摘していたのを思い出した(ただし、本田は“ニート”という表現のむやみな多用を批判している)。なお、小泉ものとしては他に御厨貴『ニヒリズムの宰相小泉純一郎論』(PHP新書、2006年)があるが、私は未読。

 選挙の顔としての人気が首相の条件となりつつある点では、柿﨑明二『「次の首相」はこうして決まる』(講談社現代新書、2008年)が、政治部記者として見たここ最近の永田町の動きをたどりながら、政治家たちが世論調査に左右されている姿を描き出しているのが興味深い。一見、喜劇的ですらあるのだが、民主政の本来を考えるなら相当に深刻な問題だ。

 伊藤惇夫『民主党──野望と野合のメカニズム』(新潮新書、2008年)は、民主党の内部を熟知した立場(著者は元民主党の事務局長)から人脈的・組織的特徴をまとめている。政権交代可能な政治勢力を目指している割には、あまりパッとした印象を受けないのだがなあ…。かつての55年体制における万年野党であった社会党については原彬久『戦後史のなかの日本社会党──その理想主義とは何であったのか』(中公新書、2000年)がある。自民党の系譜については、新書ではないが、冨森叡児『戦後保守党史』(社会思想社・現代教養文庫、1994年/岩波現代文庫、2006年)と北岡伸一『自民党──政権政党の38年』(読売新聞社、1995年/中公文庫、2008年)の2冊が学生の頃に読んで面白かった記憶がある。最近、両方とも復刊されているのでおすすめできる。

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2008年11月22日 (土)

押村高『国際正義の論理』、マイケル・ウォルツァー『戦争を論ずる』他

 国境外の出来事について日常的に“知る”ことが可能となった現在、飢餓やジェノサイドをはじめ深刻な人道問題を他人事として放置できるのか?という問いが政策決定上の要因として無視できなくなっている。以前、このブログでもソマリア、ルワンダ、ダルフールの問題を取り上げたことがあるが、究極的なアポリアにぶつかってしまうのが軍事力の扱い、人道的介入の問題だ。

 軍事力=絶対悪とみなす傾向がかつて日本の進歩的左翼に顕著に見られたが、現在、そうした絶対平和主義は少なくとも国際法・国際政治学などの分野では稀だと言える。人道目的の武力行使が必要であることについては一定のコンセンサスが得られている。ただし、“平和”という大義名分の下で恣意的な侵略行為を正当化しかねない危険は常に存するわけで、武力行使を可能にする要件を厳しくするのか、それとも緊急対応できるよう緩くすべきなのか、そうした要件設定の幅をめぐって議論がかわされているのが現状である。最上敏樹『人道的介入』(岩波新書、2001年→参照)や押村高『国際正義の論理』(講談社現代新書、2008年)を読むと、安易な結論を下すことの出来ない難しさにもどかしい戸惑いを禁じ得ない。

 押村『国際正義の論理』を読んで興味を持ったのは次の二つの論点。第一に、“戦争の違法化”が本当に“正義”にかなうのか?というカール・シュミットの問題提起(90~93頁)。第一次世界大戦後、ケロッグ=ブリアン協定によって戦争違法化の努力が進められたが、戦勝者が中心となって規範化を行なってしまうと、戦争という一時的・偶然的出来事による戦勝国・敗戦国の図式が固定化されてしまう。戦勝国の論理が国際法という普遍性を身にまとう→規範の絶対性のゆえに反発もより強く、苛烈な闘争状態に陥るおそれがある、という(同じ頃に書かれた近衛文麿「英米本位の平和主義を排す」という論文を思い浮かべた)。

 第二に、格差原理を国際社会にまで広げて適用するのをためらったジョン・ロールズの議論(170~176頁)。彼のいわゆる“公正としての正義”論は主権国家の枠内においての社会政策の義務化を意図している(後述)。だが、他国にまで社会正義の名の下で踏み込んでしまうと、相手国内におけるコンセンサスの秩序を揺るがしてしまうおそれがある。主権国家の多元性を所与の条件としている以上、格差原理の適用はあくまでも国内限定で、国境の外に広げることは正当化しがたい、という。私はロールズ『万民の法』は未読だが、『公正としての正義 再説』でも自分の議論はあくまでも自分たちの社会に限定されるという趣旨の但し書きがされていたように記憶している。

 ともすると、世界政府のような統一体の中で一元的な法体系→警察的抑止が可能となればいいと夢見たくなることもある。しかし、シュミットやロールズの議論をみるにつけ、思惑の異なる様々なロジックがせめぎ合う中で辛うじて危ういバランスを保とうとしている国際法のダイナミズムそのものに興味がひかれてくる。

 国益追求のため没価値的に戦争を肯定するリアリズムに対して、人道目的限定でルールを定めた上でなら手段として武力行使を容認する考え方を正戦論という。正戦論は決して戦争を肯定してはいない。ただ、現実に人間は戦争をしている。武力を抑止できるのは武力以外にない。この端的な事実に我々は一体どのように向き合えばいいのか? マイケル・ウォルツァー『戦争を論ずる』(風行社、2008年)は、こうした正戦論の立場による論考を集めている。

 ウォルツァーはコミュニタリアニズムの代表的論客として知られている。ジョン・ロールズの公正としての正義論は、アトム的個人を前提→無知のヴェール→自分が不利益を被る可能性→不利益を最小限に食い止めようという動機が働く→配分的社会政策を正当化できる、という論理構成をとる。これに対して、何を不利益と感じるのかはその人の属する共同体の価値観によって異なってくる、抽象的な“負荷なき”個人など現実にはあり得ず、ある共同体における価値意識が共有されていてはじめて他者への配慮があり得る、と批判したのがコミュニタリアニズムである。特定の共同体の価値意識を排他的に称揚するというのではなく、様々なレベルにおいて共同体が共存することを模索しており、その共存の調整原理が“寛容”だとされる(マイケル・ウォルツァー『寛容について』みすず書房、2003年)。エスニシティの多元性を特徴とするアメリカ社会において、コミュニタリアニズムはマイノリティ擁護の論陣を張った。

 正戦論とコミュニタリアニズムとの関わりでいうと、「緊急事態の倫理」という論文に興味を持った。ウォルツァーの議論では、祖先から継承される生活様式の維持、そこにおいて一人の個人は共同体に分かちがたく組み込まれている、ということが前提となっている。彼の議論はマイノリティ擁護という点ではリベラル左派だが、時間軸における共同体と個人との一体性を重視する点では保守主義的である。日本の論壇における政治図式とは必ずしも重ならないので要注意。

 価値観のそれぞれ異なる共同体の多元的共存が破られる状態、“寛容”が成り立たない状態、たとえばナチスによるホロコーストのような最高度の緊急事態においては、個人を前提とした功利計算による考え方では対応できない。第一に、無辜の民を守るために自らの命を投げ出すリスクを負わねばならない。第二に、自分たちの共同体の絶滅の危機を回避するための反撃において、相手側の非戦闘員を巻き込む可能性を排除できない。その際、無辜の民を殺す可能性のある政治判断を行なう指導者は、自らの「汚れた手」の罪悪を自覚せねばならない。自分というものを超えたレベルで共同体に価値的なコミットメントをしていなければ、命を投げ出すリスクと「汚れた手」の引き受け、プラスマイナス両面における道徳的強靭さに耐えることはできない、という。

 緊急事態において通常の功利計算的な権利概念は乗り越えられるという考え方はカール・シュミットの例外状態の議論も想起させる。例外は、我々が普段目を背けて考えようとしない問題を明瞭に突きつけてくる。だからこそ、例外がすべてを説明する、とカール・シュミットは言っていた。正戦論は戦争についての現実的な認識とそれを何とかしようという理想主義的な情熱とが絡まり合っており、そこにはらまれた逆説からは政治のより本質的な問題が浮かび上がってきて目が離せない。

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2008年11月 5日 (水)

若林正丈『台湾の政治──中華民国台湾化の戦後史』

若林正丈『台湾の政治──中華民国台湾化の戦後史』(東京大学出版会、2008年)

 本年度アジア・太平洋賞大賞受賞作。書店に並び始めた時点で買い求めてはいたのだが、なにぶん分厚い本なので断続的に読みつぎ、時間がかかってしまった。著者には『台湾──変容し躊躇するアイデンティティ』(ちくま新書、2001年)や『蒋経国と李登輝──「大陸国家」からの離陸?』(岩波書店、1997年)など一般向けの著作もあるが、これらで示された論点も網羅し、“中華民国台湾化”というキーワードを軸に戦後台湾を動かしてきた政治力学を詳細に分析。台湾ナショナリズム・中国ナショナリズムそれぞれの質的変容をたどりながら、原住民族や客家なども含めた多文化主義の進展を捉え返していく。

 台湾はおおむね親日的とされる。その通りではあるのだが、それを日本による植民地時代への郷愁と結びつけて語ってしまうと妙な具合になってくる。清→日本→アメリカという“帝国”において周縁化されてきた国際関係的位置。省籍矛盾→族群政治→多文化主義という国内的政治力学。こうした現在進行形の台湾独得な政治的コンテクストの中でいわゆる親日的なものも現われているわけだが、台湾への親近感を語る日本人でもこうした背景を理解していない人が意外と多いように思う。いわゆる親日感情には、国民党支配へのアンチとして国民党以前への高評価がシーソーのように傾いた点が無視できないし、他方で、台湾における抗日運動評価にも、国民党による押し付けイデオロギーに対して本省人の主体性を強調する立場からの異議申し立てという側面があった。

 いずれにせよ、この小さな島国には、国内的にも国際関係的にも複雑な政治力学が幾重にも絡まりあっており、一面的な理解を許さない。私などはそうした複雑さに一つのドラマを見出して興味が尽きないのだが。本書は浩瀚かつ緻密な研究書ではあるが、だからこそ、現代台湾について基本的な見取り図を身につけるには、まず本書を一読するのがむしろ近道であろう。

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2008年9月24日 (水)

ジークムント・バウマン『近代とホロコースト』

ジークムント・バウマン(森田典正訳)『近代とホロコースト』(大月書店、2006年)

 アイヒマン裁判を傍聴したハンナ・アレントが、ナチスによるホロコーストのおぞましさと、その実行責任者であったアイヒマンのあまりに凡庸な人物像とのギャップから“悪の陳腐さ”という表現を使ったことはよく知られている(『イェルサレムのアイヒマン』新装版、大久保和郎訳、みすず書房、1994年)。こうしたアレントによる問題提起に対して、バウマンは社会学の立場から考察を行なう(彼自身もユダヤ人であり、またゲットーから生き残った妻ヤニーナの手記を読んだことが本書執筆の動機となっているらしい)。彼はユダヤ人問題の歴史的特殊性としてホロコーストを片付けてしまうのではなく、“合理性”を特徴とする近代文明そのものが構造的に内包している問題が、ホロコーストという極限状態を通して浮かび上がったのだという論点を示す。

・“官僚制”を理念型とする組織の第一の特徴は分業性。いま自分が取組んでいる仕事が最終的にどのような結果をもたらすのか分からない、仮に分かっていても自分には関係ない、そのように思える距離感→目の前にいない者に対して同情はわかないし、憎しみもない。道徳的麻痺。ホロコーストにおいて必要だったのはユダヤ人に対する敵意ではなく、道徳的睡眠剤。
・第二の特徴は効率追求。自分に与えられた仕事を効率よくこなすこと自体に職業的達成感→最終的にもたらされる結果への道徳的責任が、自分が果すべき当面の仕事への技術的責任に置き換えられる。各自が自分の仕事に一所懸命に取り組む→殺人組織そのものが自己展開。
・このように、行為と(最終的な)目的との分離→すべてが量的な問題に還元される→ユダヤ人という対象の非人間化(※アイヒマンがいみじくも言ったように「一人の死は悲劇だが、百万人の死は統計上の問題に過ぎない」)。
・組織経営の効率性によって現代の我々は大きな利便性を得ているが、それが使い方によってはホロコーストを可能にしてしまうし、また制度内在的にホロコーストの出現を食い止める手段を我々は持っていないという不安。「合理性が行動の能率的調整手段として成功するための根本条件は、道徳性の抑圧であった。また、そこからは、日常的な問題解決行動を完璧な形でおこなうために使われる一方で、合理性にはホロコースト型の解決行動を生む能力があることもはっきりする。」(39ページ)
(※いま公開中の映画「わが教え子、ヒトラー」では第三帝国の“官僚制”が戯画化されているが、こうした視点を踏まえるとそのブラック・ユーモアぶりが際立つ)

・つまり、非合理的な価値が目的であっても、いったんインプットされてしまうと、それを合理的かつ大規模に遂行してしまう組織。その目的価値となった人種主義理論や衛生思想すらも当時にあっては“科学的”とされていた。“より良い”社会をつくるための社会工学としての大量虐殺。バウマンは“造園文化”という表現を使う。何が害虫・雑草であるのかを選別した上で理想的社会へ向けての技術的アレンジとしてホロコースト。

・以上の手段としての“合理的”組織行動にユダヤ人自身も組み込まれていた。アイヒマン裁判において、ユダヤ人協会の上層部が社会的地位の低いユダヤ人をナチスに引き渡すことで自分たちの延命を図っていたことが明かされたが(ドキュメンタリー映画「スペシャリスト」で怒号の飛び交うシーンがあったし、アレントはこの問題を敢えて取り上げたためにユダヤ人社会の中で孤立することになってしまう)、それも目的合理性を持った行動。「ユダヤ人たちは生き延びるための合理的目的に従った行動をとりながら、自ら抑圧者の手中に飛び込み、抑圧者の行動を容易にし、そして、自らに破滅をもたらしたのだ。」「自らの決定的利益に反するものであっても、あえてそうした行動を行為者にとらせる官僚組織の近代的・合理的能力である。」(157~158ページ)

・「人類の記憶に残るもっとも驚異的な悪は秩序の消滅でなく、秩序による安全で、完璧で、絶対的な支配の結果として現れることが、突然、明瞭となった。それは理性を失った暴徒の所業でなく、制服を着用し、従順で折り目正しく、規則に従い、指示を一字一句守る男たちの仕業であった。この男たちも制服を脱げば、けっして悪い人間ではない。彼らもわれわれと同じようにふるまう。彼らにも愛する妻がおり、大事にする子どもがおり、そして、悩めるときには助け、慰める友人がいる。制服に袖をとおした瞬間、彼らは殺し、ガス中毒死させ、銃殺に立ち会い、誰かの愛する妻である女、誰かの大事にする赤ん坊の子どもを含む、何千人をもガス室に送るという信じがたい行動にでる。…ホロコーストとその実行者にかんする知識から得られる戦慄の結論は、「これ」が場合によってはわれわれにも起こるかもしれないということでなく、われわれもこれをおこないうるということである。」(197~198ページ)

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2008年9月22日 (月)

カール・シュミット『パルチザンの理論』

カール・シュミット(新田邦夫訳)『パルチザンの理論──政治的なものの概念についての中間所見』(ちくま学芸文庫、1995年)

・スペインでナポレオン軍に対して行なわれたゲリラ戦争→非正規的な戦争→パルチザンの理論の出発点。
・古典的な国際法:戦闘員と非戦闘員の区別、交戦権を持った主権国家同士のルールを持った戦争。主権国家の動員する正規軍の条件は、責任を負う指揮官、制服等の目印、武器の公然携帯、戦争法規の遵守。
・パルチザンはこうした枠づけの外にいる。制服がない→非正規性。盗賊とは違う→政治的性格。神出鬼没の遊撃性。土地的性格。

・非正規な闘争者としてのパルチザン→戦闘員の権利と特権なし。通例の法によれば犯罪者であり、略式な刑罰および報復的措置で除去され得る。「正規の軍隊が、厳格に訓練され、軍人と市民とを正確に区別し、制服を着用する相手のみを正確に敵とみなせばみなすほど、正規の軍隊は、相手側において制服を着用しない一般住民までもが闘争に参加した場合には、ますます敏感に、また神経質になる。そのさい軍人は、苛酷な報復、銃殺、人質、村落破壊という手段で反応し、そのことを詭計に対する正当防衛と考える。正規の、制服を着用する相手が敵として尊敬され、血なまぐさい闘争においても犯罪者との区別が明確化されればされるほど、逆に非正規の闘争者は犯罪者としてますます苛酷に取り扱われる。このすべては、軍人と市民とを、戦闘員と非戦闘員とを区別し、また敵をそのようなものとして犯罪者と宣告しないという珍しい道徳的な力を育て上げた、古典的なヨーロッパ戦争法の論理からの当然の帰結であった」(77~78ページ)
(※こうした形で、日中戦争やヴェトナム戦争などにおいて一般市民の虐殺が行なわれたわけです)

・古典的な国際法は主権国家を主役として戦争を枠づけ→20世紀以降、戦争から枠づけがなくなり、革命的な政党が主役の戦争となった。
・パルチザンの基本的立場は、本来、自分たちの土地から侵略者を撃退することなのだから防御的→相手はあくまでも“現実の敵”(はねかえして引き下がってくれればそれで済む敵)であって、“絶対的な敵”(殲滅すべき敵)ではない。
・しかし、レーニンはこの概念の重点を、戦争から政治へ、すなわち友と敵との区別へと拡大。
・戦争は政治の継続であるというクラウゼヴィッツの公式→簡潔なパルチザンの理論、レーニン、毛沢東によって拡大される。レーニンがクラウゼヴィッツから学んだのは、「友と敵とを区別することは、革命の時代においては、第一次的なものであり、また、戦争および政治をも規定するものである」という認識。「絶対的な敵対関係の戦争と比較して、古典的なヨーロッパ国際法の、承認された規則にしたがって行なわれる枠づけされた戦争は、決闘申込みに応じうる騎士の間の決闘と同じである。レーニンのような、絶対的な敵対関係によって鼓舞された共産主義者には、このような種類の戦争は、単なるゲームであると思われたのは当然であった。」「絶対的な敵対関係の戦争は、いかなる枠づけも知らない。絶対的な敵対関係をきわめて明確に作り上げることが、その戦争に意味と正義とを与えるのである。…すなわち絶対的な敵は存在するのか、またそれは具体的に誰なのか?…敵を識ることが、レーニンの巨大な衝撃力の秘密であった。…すなわち現代のパルチザンは本来的に非正規なものになり、またそれによって既存の資本主義的秩序の最強の否定になり、そして敵対関係の本来的な執行者に適したものになった、ということにもとづいていた」(110~113ページ)→友・敵関係において、革命イデオロギーに基づいて“絶対的な敵”を認識。
・レーニンの革命性に、毛沢東は土地的基礎付け(農村に基盤を置く)を行なった。

・技術工業的発展により核兵器等の絶滅兵器の登場→相手を絶滅し得る→相手に対して絶滅に値する道徳的無価値な存在と宣言せねば自分たちの正当性を確保できない→相手を“絶対的な敵”と規定。

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2008年9月21日 (日)

ハンナ・アレント『政治の約束』

ハンナ・アレント(ジェローム・コーン編、高橋勇夫訳)『政治の約束』(筑摩書房、2008年)

 アレントが計画していたが結局未完に終わってしまったという「政治入門」の草稿を中心に再編集した論文集。編者序文にある、アレントがセミナーで学生たちに語ったという次の言葉が印象的。「理論は要りません。一切の理論を忘れてください」。すぐに言葉をついで「それは私たちが考えることをやめるという意味ではない、なぜなら思考と理論は同じものではないからです」。

・過剰な暴力→自分たち自身を破滅させかねないのに、それでも政治とは何なのか?
「原子爆弾が発明されてこの方、私たちの不信感は、政治と政治が行使しうる暴力手段が人類を滅亡させるかもしれないという、著しく正当な恐怖に基づいている」(184ページ)。政治とは手段の領域で、その目的は政治の外部にあるという考え方→「本来そうした考え方は、政治にとって周縁的な、どちらとも決めがたい問題──すなわち政治を守るために時として必要になる野蛮な暴力とか、政治的自由が実現される前に最初に確保されねばならない生命維持のための糧食とか──なのだが、いまや生活(=生命)の維持と組織化を第一の目的とする手段として暴力を用いることによって、すべての政治的活動力の中心に躍り出たのである。危機は、いまや政治的領域が、かつては唯一それ自身を正当化するように思えたものを脅威に晒しているという点にある。このような情況では、政治の意味をめぐる問いそのものが変わってしまう。今日その問いは「政治の意味とは何か?」では、まずありえない。政治に脅かされていると感じている世界中の人々にとって、自他に向けて発するはるかに適切な問いは次の通りだ。「政治はいまなお何らかの意味を持っているか?」」(182ページ)。

・複数性→多様な視点、その前提として自由
古代ギリシアのポリスにおける討論→「…決定的な要素は、人が議論を一変させたり主張を覆したりすることができりょうになったということではなく、話題をさまざまな側面から──すなわち政治的に──偽りなく見る能力を身に着けたということであり、またその結果として、人々は現実世界から与えられる多数の可能な観点を引き受ける仕方を理解して、まったく同一の話題がそれらの観点から考慮されうるようになり、それらの観点において、それぞれの話題が、それぞれ同一であるにもかかわらず、非常に多様な見解のもとに見えてくるということである。…同一の事柄を多様な立場から見る能力は人間世界の内部に在り続けるのだ。つまり、それは生まれつき(by nature)持っている立場を、同一の世界を共有している他の誰かの立場とやりとりすることに尽きるのである。…説得を通して他者に影響を与えること、それこそポリスの市民が互いに交流するやり方だったが、そのためには、精神的にも身体的=物理的(フィジカル)にも自分自身の立場や視点に絶対的に縛られてはいない、ある種の自由が前提とされていたのである。」(199ページ)

・複数性=世界→政治の意味
(※以下の引用は長くなりますが、とりわけ感銘を受けながら読んだ箇所です)
「…ある事柄は、それがすべての側面で現れ認識されうる限り、感覚的世界と歴史的‐政治的世界の双方においてリアルであるというのがほんとうなら、リアリティをさらに真実らしくさせ、たしかに長続きさせるためには、個人や民族の複数性、そして立場の複数性がつねに存在しなければならない。言い換えるなら、世界は複数の観点(パースペクティヴズ)が存在するときに限って出現するのだ。つまり世界は、いついかなる時でも、こんな風にもあんな風にも見られる場合に限り、初めて世俗的事象の秩序として現れるということである。もしある民族や国民が、または世界におけるそれ独自の位置──その由来はともあれ、簡単には複製されえない位置──から発するユニークな世界観を持っているある特定の人間集団が、絶滅させられるなら、それは単に一つの民族なり国民なりが、あるいは一定数の個人が死滅するということではなく、むしろ私たちの「共通世界」の一部が破壊されるということであり、今まで現れていた世界の一側面が二度と再び現れえなくなるということなのである。それゆえ、絶滅は一つの世界の終わりというだけではなく、絶滅を行う側もまた道連れにされるということでもあるのだ。厳密に言えば、政治の目的は「人間」というよりも、人間と人間の間に生起して人間を越えて持続する「世界」なのである。…互いに何かしら個別的な関係を持ち合いながら世界に存在する民族の数が多ければ多いほど、それらの間に生起する世界の数もますます多くなるし、世界はますます大きく豊かになるだろう。ある国家の中に世界を──すべての人々に公平に見え隠れする同一の世界を──見るための観点の数が多くあればあるほど、その国家は世界に対してますます意義深く開かれたものになるだろう。他方で、万が一地球に大地殻変動が起きて、あとにはたった一つの国家しか残されなくなったとしたら、そしてその国家内の誰もがあらゆることを同一の観点から理解して、互いに完全に意見を一致させながら暮らすようになったとしたら、世界は、歴史的‐政治的意味では、終焉したことになるだろう。…掛け値なしの意味で、人間は世界が存在するところでしか生きてゆけないし、また世界は、掛け値なしの意味で、人類の複数性というものが、単一の種の単なる数的増加以上のものであるところでしか、存在しえないのである。」(206~207ページ)

 編者序文によると、アレントは、ある事件について考えることは“それを思い出すこと”であり、忘却は私たちの世界の有意味性を危険に曝すことになる、とも語っていたという。もちろんホロコーストが念頭に置かれているわけだが、ユダヤ人に限らず、どんな民族もどんな個人も、それぞれがかけがえのない有意味な存在=複数性として世界を構成しているというメッセージとして理解できるだろう。

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2008年9月19日 (金)

ジョルジョ・アガンベン『例外状態』

ジョルジョ・アガンベン(上村忠男・中村勝己訳)『例外状態』(未来社、2007年)

・カール・シュミットの有名なテーゼ「主権者とは例外状態に関して決定を下す者」→『政治神学』の記事参照。
・公法と政治的事実とのあいだ、また法秩序と生とのあいだにある、この無主の地の探究が本書の目的。
・グアンタナモに捕らえられたタリバーンの兵士→戦争捕虜でもなく、囚人でもない→事実としての無限定な拘留者であるに過ぎない、という問題点。例外状態は、政治システムに統合できない人々の物理的除去を可能にしてしまいかねない。合法的内戦、世界的内戦。
・例外状態について公法学者たちは検討してこなかった→政治の問題と考えた。「必要は法律をもたない」という格言。
・「近代の例外状態は、事実と法=権利とが合致するような未分化の領域を創り出すことによって、例外それ自体を法秩序のなかに包摂しようという試み」(55ページ)。「法秩序の外にあり、しかしまた法秩序に属している。これこそは例外状態の位相幾何学的な構造」(70ページ)
・例外状態→法的規範と現実的な強制力とを分離、アノミー(規範の弛緩・欠如した状態)→法的規範の保留、無効→むき出しのありのままの現実を規範化してしまう。
・「…例外状態というのは、そこにおいて適用と規範が互いの分離を提示しあい、ある純粋な法律‐の‐力によって、その適用を停止されていたある規範を実現する──すなわち、適用を停止することによって適用する──ことがなされるようなひとつの空間が開かれている状態である。このようにして、規範と現実の不可能な結合、そしてその結果としての規範的な領域の創出が、例外という状態において、すなわち、それらの連関を前提することをつうじて、操作されるのである。このことは結局のところ、ある規範を適用するためにはその適用を停止し、ひとつの例外を創り出す必要があるということを意味している。いずれにせよ、例外状態は、論理と実践が互いを決定不能状態にし、ロゴスをもたない純粋の暴力がいかなる現実的指示対象ももたない言表内容を実現するふりをしている、ひとつの閾の存在を印づけているのである。」(82ページ)
・例外状態は独裁ではなく、法の空白。イタリアのファシズム体制も、ドイツのナチズム体制も、いずれも現行憲法(アルベルト憲法、ヴァイマル憲法)を存続させたまま、法的には定式化されなかったが、例外状態のおかげで合法的憲法と並立する第二の構造物をつくり上げた。「法学的観点からこのような体制を正当化するのには「独裁」の用語はまったくふさわしくないし、そのうえ、今日支配的となっている統治パラダイムの分析にとっても、民主主義‐対‐独裁という干からびた対立図式は道をまちがったものと言わざるを得ない。」(97ページ)

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2008年9月18日 (木)

カール・シュミット『政治的なものの概念』

カール・シュミット(田中浩・原田武雄訳)『政治的なものの概念』(未来社、1970年)

 箇条書きメモ。カール・シュミットの議論に賛成するかどうかは別として、盲点に容赦なく切り込んでくるところが刺激的で興味は尽きません。

・政治現象固有の指標は何か? 有名な“友‐敵”概念。「政治的な行動や動機の基因と考えられる、特殊政治的区別とは、友と敵という区別である。…それが他の諸標識から導き出されるものではないというかぎりにおいて、政治的なものにとって、この区別は、道徳的なものにおける善と悪、美的なものにおける美と醜など、他の対立にみられる、相対的に独立した諸標識に対応するものなのである。…政治上の敵が道徳的に悪である必要はなく、美的に醜悪である必要はない。経済上の競争者として登場するとはかぎらず、敵と取引きするのが有利だと思われることさえ、おそらくはありうる。敵とは、他者・異質者にほかならず、その本質は、とくに強い意味で、存在的に、他者・異質者であるということだけで足りる。…友・敵といったような特殊な対立を、他の諸区別から分離し、独立的なものとしてとらえることができるという、この可能性のなかにすでに、政治的なものの存在としての事実性、独立性があらわれているのである。」(15~17ページ)

・「敵とはただ少なくとも、ときとして、すなわち現実的可能性として、抗争している人間の総体──他の同類の総体と対立している──なのである。敵には、公的な敵しかいない。なぜなら、このような人間の総体に、とくに全国民に関係するものはすべて公的になるからである。敵とは公敵であって、ひろい意味における私仇ではない。…政治的な意味における敵とは、個人的ににくむ必要はないものであり、私的領域においてはじめて、「敵」、すなわち自己の反対者を愛するということも意味をもつのである。」(18~19ページ)

・“敵”概念があるかぎり、戦争は常に現実的可能性をもつ→重大事態をふまえての結束だけが政治的→例外事態も含めて常に決断が必要→“主権”をもつ単位(例外状況における決断については、カール・シュミット『政治神学』の記事を参照のこと)

・異常事態において規範なし→対外的には国家の交戦権は自国民に死の覚悟、敵の殺戮という二重の可能性を命じる。対内的には内敵宣言。生殺与奪の権。

・ある個人なり国家なりが、自分たちに敵などいない、と宣言して武装解除しても無意味→「もしも、一国民が、政治的生存の労苦と危険とを恐れるなら、そのときまさに、この労苦を肩代わりしてくれる他の国民が現れるであろう。後者は、前者の「外敵に対する保護」を引き受け、それとともに政治的支配をも引き受ける。このばあいには、保護と服従という永遠の連関によって、保護者が敵を定めることになるのである。…一国民が、政治的なものの領域に踏みとどまる力ないしは意志を失うことによって、政治的なものが、この世から消え失せるわけではない。ただ、いくじのない一国民が消え失せるだけにすぎないのである」(59~61ページ)

・あらゆる政治理論は、性悪説にせよ性善説にせよ、何らかの形での人間本性を前提している。

・“自由主義”“平和主義”と言っても、非好戦的なのは用語法だけにすぎない。「…このいわゆる非政治的な、さらには一見反政治的でさえある体系は、既成の友・敵結束に奉仕するか、さもなければ新たな友・敵結束にいきつくものなのであって、政治的なものの帰結からのがれることなど不可能なのである。」(102~103ページ)

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2008年4月13日 (日)

カール・シュミット『政治神学』

カール・シュミット(田中浩・原田武雄訳)『政治神学』(未来社、1971年)

 「主権者とは、例外状況にかんして決定をくだす者をいう」(11ページ)

 本書冒頭に置かれた、カール・シュミットの有名なテーゼである。

 主権とは国家の最高権力であるという教科書的な説明は抽象的なトートロジー(同義反復)にすぎず、意味をなさない。「自然法的な確実さで機能し、さからうことの不可能な、最高の、すなわち最大の権力などというものは、政治的現実のなかには存在しないのである」(26ページ)。たとえば、国民主権という。しかし、これはあくまでも“民主主義”というフィクショナルな体制に正統性を仮構するための用語法であって、政治的現象のリアルなあり様を説明したことにはならない。

 既存の法体系が全く想定していない緊急事態に直面したとき、当然ながら、法の枠外からのすみやかな決定が迫られる。この時点にあって、何らかの決断を下した具体的な誰か、その者こそが主権者だと言える。「法生活の現実にとって肝要なのは、だれが決定するか、である。内容の正しさを問うのとは別に決定権の所在を問う必要がある」(23ページ)。

 粛々と物事が進む日常の中では問題の核心は自覚されず、そもそも考えるべき必要すら誰も感じない。例外状況という日常の破綻にこそ根源的な問題意識を突きつけられると喝破したところにシュミットの慧眼がある。「例外は通常の事例よりも興味深い。常態はなにひとつ説明せず、例外がすべてを説明する。例外は通例を裏づけるばかりか、通例はそもそも例外によってのみ生きる。例外においてこそ、現実生活の力が、くり返しとして硬直した習慣的なものの殻を突き破るのである」(23ページ)。

 こうした例外状況に際しての主権者による決定は、あたかも神学における神の“奇蹟”に似ているとシュミットは言う。

「現代国家理論の重要概念は、すべて世俗化された神学概念である」(49ページ)。

 ところが、ハンス・ケルゼンをはじめとする規範主義的な法律学は、この“奇蹟”を排除しようとしていると彼は批判する。ケルゼンの議論は、人的な恣意性を徹底的に取り払うことによって自然科学のように純粋な統一性・整合性を持つものとして法的現象を把握しようとするところに特徴がある(純粋法学)。シュミットの見地からすると、それは、構築された体系と矛盾するものはすべて無視することでかろうじて成り立っているにすぎず、本来の難問と向き合おうとはしない安易な態度だということになる。

 「およそ政治理念はすべて、人間の「本性」についてなんらかの態度決定をするものであって、人間が「生まれつき善」なるものか、「生まれつき悪」なるものかのいずれかを前提とする」(73ページ)。

 ルソーにしても、あるいは無政府主義者たちも、性善説を前提として予定調和的な理想社会を思い描く。そうした人間の本来の性質を国家権力がゆがめているのだと批判する。他方、カトリシズムに立脚するドノソ・コルテスやドゥ・メーストルたちは、原罪を負った人間が為し得る悪に恐れおののき、それを防げるのは神の“奇蹟”だけだと考える。具体的には、無謬性を本質とされる教会的秩序における命令という形で人間の悪を抑え込むことを求める。

 しかしながら、このように人間観において対極的な両者は、秩序を生み出す契機としての決定者に何らかの権威者を想定している点で実は同じ構図をとっている。すなわち、「バブーフからはじまって、バクーニン、クロポトキン、オットー・グロースにいたる無政府主義教説はすべて「民衆は正しく、そして当局は腐敗するもの」という公理を中心に展開される。これに対し、ドゥ・メーストルは、まさに逆に、「当局は、それが存続しさえすれば、それ自体善である」と言明する」(72ページ)。つまり、前者にあっては“民衆”が、後者にあっては神の権威が絶対なのである。

 そしてまた、両者は共にブルジョワ的自由主義を否定する。なぜならば、「自由主義なるものは、政治的問題の一つ一つをすべて討論し、交渉材料にすると同様に、形而上学的真理をも討論に解消してしまおうとする。その本質は交渉であり、決定的対決、血の流れる決戦を、なんとか議会の討論へと変容させ、永遠の討論によって永遠に停滞」させてしまうからである。「討論の対極は、独裁である。いかなるばあいにも極端な事例を想定し、最後の審判を期待する、ということが、コルテスのような精神での決定主義には含まれている。それゆえ、コルテスは、一方で自由主義者を軽蔑すると同時に、他方、無政府主義的社会主義は、不倶戴天の敵としてではあるがこれを尊敬し、それに悪魔的偉大さを認めるのである」(82~83ページ)。

 例外状況という具体的にリアルな局面における決断は絶対である。果てしない議論によって問題を先送りしたり、利害対立者の条件を出し合って妥協したりする余地は一切ない。ドノソ・コルテスは神の奇蹟を願ったが、時代はすでに変わった。神の権威も、王権神授説的な君主制の持つ正統性もすでに崩れ去り、民衆の意志が王座にはい上がろうとしている。決断を正当化すべき根拠はどこにもない。どうすればいいのか? 無から作り出される絶対的決断、すなわち独裁しかない──そのようにシュミットは結論付ける。

 本書に併録されているカール・レヴィット「シュミットの機会原因論的決定主義」という論文では、シュミットは決定という形式に焦点を合わせてはいても、決定される政治的内容については無関心だと指摘されている(121ページ)。決定という作用の結果として現われる政治体制は、ファシズムでも、あるいは自由主義や民主主義でも、どちらでもあり得る。いずれであっても代替可能、すなわち価値的な優劣を剥ぎ取ったレベルでシュミットは政治現象を見つめているとも考えられる。はっきり言ってしまえば、ニヒリズムだ。私自身は別にファシストでも独裁礼賛者でも何でもないが(一応、自己規定としてはシニカルなリベラリストだと思っている)、こうしたニヒリズムには非常に興味がひかれる。

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2008年4月12日 (土)

マイケル・ウォルツァー『寛容について』

マイケル・ウォルツァー(大川正彦訳)『寛容について』(みすず書房、2003年)

 民族、宗教的共同体、地域共同体、その規模や性質は様々であれ、人は何らかの具体的な人間関係の中に生れ落ちる。その中で育まれることは、生きていく上での足場をつくりあげることができるだろうし、他方、束縛に嫌気がさすかもしれない。プラス・マイナスいずれにせよ、共同体的な価値意識から純粋に自立した個人モデルは現実にはあり得ない。コミュニタリアニズムは別に個人の自由を否定しているわけではなく、リバタリアニズムの内包する空想的な観念性が人間の生身の関係性を無視しているところに矛先を向けていると考えるべきだろう。

 共同体的関係は現実としてあるし、否定するべきでもない。しかし、民族紛争にせよ宗教対立にせよ、一定の価値観にそってグループ分けされた人々が互いの誤解や無理解から争い合ってきた事例は歴史上枚挙に遑がない。異なる来歴を持つ集団がいかに平和的に共存できるのか。本書は“寛容”(toleration)というキーワードを軸に概括的な考察を行なう。無関心的・排他的な共存というよりも、互いに積極的に関わり合いながら調整を進めていくという点に著者の主眼は置かれている。

 五つの類型が挙げられる。①多民族帝国。古代ペルシアやローマから、オスマン帝国、ソ連など。本書では例示されていないが、ハプスブルク帝国も好例だろう(→「ハプスブルク帝国について」の記事を参照のこと)。②国際社会。内政不干渉を原則とする主権国家の共存。③多極共存・連合。ベルギー、スイス、キプロス、レバノンなど、いくつかの民族が対等な立場で一つの国家を形成している場合。④国民国家。内部に自立的な共同体を形成することは許されないが、個人のライフスタイルの違いを守る権利として価値観の多元性は擁護される。⑤移民社会。具体的にはアメリカ。

 “共同体”の線引きは多様なレベルであり得るし、また“寛容”の対象を個人に置くのか、集団に置くのかに応じて議論のあり方も大きく変わってくる。“共同体”と“寛容”というキーワードで考えるとき、大きな論点は二つ出てくる。第一に、共同体同士の争い。この場合、上記で示された共存のための調整に工夫をこらすことになる。第二に、ある共同体が内部の構成員に対して圧迫を加えた場合、それこそ、ジェノサイドのような看過しがたい人権抑圧が行なわれたとき、外部の者はどうすればいいのか? 上記②の内政不干渉原則に立つ場合、放っておくという態度も、これはこれで広い意味での“寛容”の原則内に収まってしまう。

 マイケル・ウォルツァーはアメリカの代表的なコミュニタリアン(共同体論者)。マイノリティーとの多元的共存を訴え、彼らの立場の弱さと経済的格差とが結びついてしまわないよう再配分政策を主張するなど、もともとリベラル左派の知識人として知られていた。ところが、イラク戦争に際しては、ためらいながらもブッシュ政権を支持した。彼の関心は人権擁護にあり、国益重視の保守派とは一線を画す。その点では、マイケル・イグナティエフのような“リベラル・ホーク”(リベラルなタカ派)に近い(→マイケル・イグナティエフ『軽い帝国』の記事を参照のこと)。私自身はブッシュ・ドクトリンを支持するつもりなど毛頭ない。ただし、人権抑圧阻止のための軍事力行使という逆説をはらんだ議論にも真摯な問題意識があることには留意しておかねばならない(→映画「ホテル・ルワンダ」ソマリア問題についての記事を参照のこと)。

 先日、ダライ・ラマ14世来日時の記者会見の模様をテレビで見た。あくまでも非暴力主義堅持、北京オリンピック支持を表明することで、中国政府の強硬策と同じ土俵にはのらず、むしろ彼らの非難がいかに見当違いであるかを際立たせたことは非常に賢明で、感銘を受けた。「私は悪魔ではない。中国政府の言うことを真に受けたイノセントな人々から誤解されているのが悲しい」という発言には、共産党支配の体制下、言論統制の行なわれている社会の問題を考えさせられる。チベット問題ひとつを見ても、中華人民共和国は決して寛容な社会とは言いがたい。実利重視の日本の財界人が上記②の立場からチベット問題を無視するのは理解できる。しかし、常々人権の普遍性を根拠に論陣を張ってきた進歩派の人々から中国政府に対する強硬な非難の声が聞こえてこないことには奇妙な矛盾と胡散臭さを感じてしまう(もちろんアピールは出しているようだが、所詮申し訳程度に過ぎない)。

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2008年4月10日 (木)

カール・シュミット『現代議会主義の精神史的地位』

カール・シュミット(稲葉素之訳)『現代議会主義の精神史的地位』(みすず書房、1972年)

 議会が必要とされる論拠としてはおおまかに言って次の二点が挙げられる。第一に、あらゆる人間が同意できるような普遍的な“真理”=法の定立を目指して開かれた討論を行なう場。議員は自らの良識だけに従い、精神的にも実際活動的にも独立した立場にあらねばならない(不逮捕特権の根拠)。第二に、利害調整のための交渉と妥協の場。この場合、目指すべきは多数派を形成することで、“真理”なんてまどろっこしいものはどうでもいい。

 議会政治の現実態はおそらく後者であろうが、利害調整の技術的な問題だけが必要ならば、極論すれば議会制度でなければならないという格段の理由はない。「実用的ならびに技術的な理由から人民の代りに人民の信頼する人たちが決定を行うとすれば、唯一人の信頼される人でも人民の名において決定を行うことができるのである」(本書、46ページ)。

 議会政治において“真理”の探究などという言い分がすでにフィクショナルな建前にすぎないことを我々はよく知っている。政治の場面では具体的、現実的な決定の積み重ねがあるだけで、我々の頭上はるか高みにあって従うべき基準などもはや存在しない。

 代って個々の人々の要求が基準になる、と言えばいかにも民主主義らしくて聞こえはいいが、それは、その場しのぎに移ろう感情的な代物にすぎない。だが、束になれば抗い難い強烈な力となる。善悪是非の問題ではなく、声高に強力であるがゆえに政治的運営の基準となる──大衆民主主義の内包するこうしたニヒリズムの現実をカール・シュミットは冷厳に見据えた上で議論を組み立てる。理想論ではどうにもならないドロドロした局面を暴き立てるかのような舌鋒に彼の妖しい魅力がある。

 ルソーの『社会契約論』では、政治的運営を行う者=統治者と統治を受ける者とが完全に一体となった直接民主主義の政治モデルが語られる。ここに牧歌的な理想社会を見出す人は昔から多い。しかしながら、私自身、それを否定はしないまでも、どうしてもストンと腑に落ちない点がわだかまっていた。“一般意志”の問題である。少数意見者の扱いはどうなるのか? ルソーの答えはこうである。

「ある法が人民の集会に提出されるとき、人民に問われていることは、正確には、彼らが提案を可決するか、否決するかということではなくて、それが人民の意志、すなわち、一般意志に一致しているかいなか、ということである。各人は投票によって、それについてのみずからの意見をのべる。だから投票の数を計算すれば、一般意志が表明されるわけである。従って、わたしの意見に反対の意見がかつ時には、それは、わたしが間違っていたこと、わたしが一般意志だと思っていたものが、実はそうではなかった、ということを、証明しているにすぎない。」(ルソー『社会契約論』桑原武夫・前川貞次郎訳、岩波文庫、1954年、149~150ページ)

 つまり、少数意見はそのこと自体が間違っているのだから一般意志に従え、ということだ。統治者=被治者の完全な同質性を前提としたルソーの政治モデルにおいて、異質なものは存在が許されない。ルソーの“一般意志”論こそがファシズムを生み出したという議論にはそれなりの根拠がある。そもそも、ロベスピエールにしても、ポル・ポトにしても、彼らがルソーの心酔者であったがゆえに大粛清・大虐殺が引き起こされたことが想起されよう。

 民主主義は、直接的に表現された、誰にも抗い難い“人民の意志”のみを唯一の基準とすべきことを要求する。シュミットは、こうしたルソー思想の危うい逆説を踏まえた上で次のように記す。

「民主制においては、平等な者たちの平等性と平等な者たちに属する者の意志とがあるだけである。これ以外のすべての制度は、何らかの形において表現された人民の意志に、その固有の価値と原理とを対置させ得ないところの、本質のない社会的=技術的補助手段に転化してしまう。」「技術的な意味にとどまらず、また本質的な意味においても直接的な民主主義の前には、自由主義的思想の脈絡から発生した議会は、人工的な機械として現われるのに反して、独裁的およびシーザー主義的方法は、人民の喝采によって支持されるのみならず、民主主義的実質および力の直接的表現であり得るのである。」(本書、24~25ページ)。

 “人民の意志”は直接的・本能的なものであって、議会での討論などというまどろっこしい手続きは、彼らにとってうそ臭く感じられる。ファシズムもボルシェヴィズムも、言論の自由や価値観の多元的共存を否定する点において反自由主義であるが、自らを“人民の意志”の代弁者と自負する点においては必ずしも反民主主義ではない。

 シュミットはロシア革命に触れてこう言う。その原因は、「暴力行使の新たな、非合理主義的な動機が共に働いていたということ、すなわち極端なるものから反対のものに転換するところの、ユートピアを夢みる合理主義ではなく、合理的な思考一般に対する新たな評価、討論に対するあらゆる信念を排除するとともにまた教育独裁によって人間を討論に習熟せしめようとすることをも拒否するところの、本能と直感に対する新たな信念が共に働いていたということに存するのである」(89ページ)。

 さらにジョルジュ・ソレルやバクーニンを引き合いに出しながらシュミットは次のように述べる。

「偉大なる熱狂、偉大なる道徳的決断および偉大なる神話は、推理や合目的的考量から生まれるのではなく、純粋な生の本能の深みから生まれるのである。熱狂した大衆は直接的な直感によって神話的イメージを創造する。このイメージこそは彼らの活力を推進せしめ、殉教への力ならびに暴力行使への勇気を彼らに与えるのである。ただこうしてのみ、一民族ないし一階級は世界史の動力となる。こういうものを欠く場合には、いかなる社会的、政治的な権力といえども維持され得ず、またいかなる機械的な装置も、歴史的生の新たな潮流が解き放たれるときにはその防波堤となることができないのである。したがってすべては、今日どこに神話に対するこの能力とこの生命力とが実際に活きているかを、正しく見ることにかかっている。これらの能力は、近代のブルジョワジー、すなわち金銭と所有についての不安のために堕落し、懐疑主義、相対主義、議会主義によって精神的に損なわれている社会層においては、もちろん発見されないであろう。」(本書、91ページ)

 本書が刊行されたのは1923年。ワイマール共和政の行き詰まりを予見するかのようなシュミットの議論はしばしばナチズムを正当化したとして論難され、その評価の振幅は激しい。シュミットの研究者があとがきなどで「彼は反動思想家であり、反面教師として学ばねばならない」と言い訳めいたことを記しているのをよく見かける。

 議会制度にしても、民主主義にしても、建前としての表面的なロジックだけで自己完結しているわけではない。形式面では見えてこないリアルな局面においては、もっと別のファクターが働いているのではないか。そうした可能性に思考をめぐらせてくれる点で、シュミットのポレミカルな論点は私には非常に刺戟的で興味が尽きない。

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2008年4月 7日 (月)

レオ・シュトラウス『ホッブズの政治学』

レオ・シュトラウス(添谷育志・谷喬夫・飯島昇蔵訳)『ホッブズの政治学』(みすず書房、1990年)

 本書を読んで私が興味を持ったのは次の二点。

 一つ目。「万人の万人に対する闘争」という自然状態において死の恐怖にさらされる中、自己保存を図るため各自の自然権を統治者にあずけて社会契約が行なわれたとするのが一般的なホッブズ思想の説明であろう。

 しかし、それは単に功利的・打算的な動機によるものではない。シュトラウスによると、ホッブズは人間を駆り立てる様々な情念の中でも、虚栄心に着目したのだという(「かれはすべての情念を虚栄心のもろもろの変様として把握し、そして理性を恐怖と同一視するのである」183ページ)。

 つまり、人間は虚栄心にとらわれ、虚栄心が暴走して理不尽な行動を取ることがある。そうした虚栄心を解きほぐし、理性的な振る舞いへと立ち返らせるきっかけとなるのが死の恐怖なのである。「現実世界の抵抗を自分自身の肉体に感知することによって人間はかろうじてこの夢想の世界から覚醒し、正気に帰ることができる。要するに、『損傷経験』を通して人間は理性的になるのである」(24ページ)。

 情念は人間を行動へと駆り立てる動因ではあるが、同時に、自分は死ぬかもしれないとはたと気づく瞬間がなければ、己の弱さに向き合うことはない。情念からいったん離れた立場に立つことで、自らの置かれた状況を冷静に客観的に認識するきっかけをつかむことができる。「虚栄心は人間を盲目にする力であり、恐怖は人間を啓蒙する力」である(162ページ)。人間の行動の対自的把握を通して政策立案につなげるのが政治であるとするなら、虚栄心→死の恐怖→理性的認識というホッブズの示した視点に近代的政治学の原点は求められる。この場合の虚栄心には、現代的観点からするならいわゆる政治的イデオロギーを含めて考えるべきであろう。

 二つ目。シュトラウスは「ホッブズにとって基準となる信念は、近代に特有なものである──いやむしろわれわれとしてはこういいたい。その信念こそが近代的意識の最下、最深の層にほかならない」(7ページ)と言う。近代的意識の最深層とは何を指すのか? 訳者解説によると、シュトラウスは「前進」という人間の「自己意識」をホッブズの中に見出したのだと指摘される。「最も愉快なものは、さらにはるか遠くの目標へ向かっての前進であること、享受それ自体には本質的に不満足が内在していること、そして不満足の激痛なしにはいかなる快適なものも存在しないこと」、「ホッブズは『より激しい』ものをより善いものとして特徴づけるのである」。つまり、他人との優劣の比較を通して、さらに前へ、さらに前へと進もうとする意識である(166~167ページ)。こうした進歩の幻想もまたひとつの虚栄心だと考えるならば、これを相対化し解体することが政治哲学の役割だと言える。

 シュトラウスは序文でこう記す。「わたくしは、近代的思惟が、前近代的思惟に対して決定的に進歩を成し遂げたという、その自信ないしは確信を喪失してしまったことを確認した。またわたくしは、近代的思惟がニヒリズムか、あるいは実際上それと同じことだが、狂信的な蒙昧主義かに転化するさまを目の当たりにしたのである」。本書が1930年代、ナチス台頭を目の当たりにしながら亡命ユダヤ人の手によって書かれたことを考え合わせると、ホッブズという古典の研究にも奥深い含蓄が感じられる。

 レオ・シュトラウスは1899年、正統派ユダヤ人家庭に生まれた。ヤーコビの認識論に関する研究でハンブルク大学より哲学博士号を授与され、1922年にはフライブルク大学でフッサールやハイデガーから影響を受ける。1932年までベルリンのユダヤ主義研究所に在籍する一方で、コジェーヴ、レーヴィト、ガダマーなどと交流。ナチスの台頭と共にイギリスへ渡り、ホッブズ研究に取り組む。その後はアメリカのシカゴ大学で政治哲学の講義を行ない、いわゆる“シュトラウス学派”を形成した。この流れには『アメリカン・マインドの終焉』で知られるアラン・ブルームがいる他、ポール・ウォルフォヴィッツなどネオコンにも一定の影響を与えたと指摘する人もいる。

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2008年2月 8日 (金)

経済的合理性についてメモ

(2,3年くらい前に書いたメモです。あくまでも自分の考えを整理するためのものだったのでかなり大雑把ですが、看過しがたい誤解がありましたらご指摘ください。)

 経済についての議論が論壇で主流となっていること自体に、現代という時代の一つの精神史的特徴が表われているようにも思える。そこにおいては、①経済的合理性を持った人間が、②多様な選択肢が与えられる中で、③主体的な責任を持って選び取る、こうした条件を以て“自由”とみなす考え方が前提とされている。これを純粋に抽象化した思想的立場を政治哲学ではリバタリアニズム(libertarianism=自由至上主義)という。

 ①に対しては、そもそも人間に合理性などあり得るのか?という疑問が出てくる。ホモ=エコノミクス(homo economicus)という人間モデルは、現実の人間像を写し取ったものではなく、あくまでも経済動向を分析・予測するための方法的仮設に過ぎない。現実の人間の予測不可能で複雑な行動の襞を読み込むのはほとんど不可能に近いわけだが、それでも、(a)マスのレベルでは一定の傾向性が見られる、(b)それを大雑把にでも措定することで計算可能性→予測可能性を擬制する、というのが経済学の基本的な考え方である。
 しかし、経済学に重きを置いた議論が主流となるにつれ、プロクルステスのベッドとも言うべき次のような倒錯が生じた。複雑な人間像を描くと収拾がつかなくなるから次善の策としてホモ=エコノミクスが措定されたという学的成立の経緯をひっくり返してしまい、むしろ経済活動をスムーズにするためにこそ、人間は論理化できない感情的な襞を捨てて合理的であらねばならないという独特な社会風潮が表われてきた。それは、かつては封建的な因習を打破せねばならないという進歩主義の主張であったが、近年は経済的な新保守主義が取って代わり、進歩派・左派はその行き過ぎを批判するというスタンスに回っている。これは日本国内の問題というだけでなく、アメリカ発のグローバライゼーションと密接に連動しており、そこに内包されている経済的人間観の世界一律な押し付けに対する反発として世界各地で摩擦を引き起こしている。
 なお、藤原正彦『国家の品格』は、こうした極端なまでの論理合理性が人間の情緒における奥行きを損なってしまうことへの危機意識をテーマの一つとしている。本書には感情的な決め付けが目立って説得力に乏しいという欠点があるにしても、これがベストセラーとなった背景としては、合理的人間モデルを当然視する考え方への、一般の人々からの潜在的な反発が伏流しているものと考えられる。

 ②に対しては、次の疑問がある。ホモ=エコノミクスに込められたニュアンスとして、すべての人間に選択肢の可能性=情報が均一に与えられているはずだ、という前提がある。しかし、情報に接する機会それ自体が非対称的なのだから、均衡を軸とした経済モデルは実際には成立していないという指摘がある(たとえば、ジョゼフ・スティグリッツ)。
 情報があまりに多すぎても、人間の思考の処理能力を考えると、事実上選択はできないという問題がある。結局、経験則として積み重ねられた先入見に基づいて取捨選択しながら、つまり選択肢の広がりを自ら狭めることでようやく判断を可能とする条件が整えられると言える(西部邁、金子勝という対極的な二人が指摘していた)。そうした先入見を社会思想史的な文脈で言うと、世代を超えた試行錯誤により文化規範として各人に染み渡った行動習慣、すなわちイギリス経験論・保守主義における“伝統”概念である。この意味での“伝統”を破壊するものとしてグローバライゼーションへの反発は強い。

 ③に対しては、そもそも“主体性”なるものがどのようにして形成されるのか、という問題がある。たとえば、最近の社会格差論でもここが問題となっている。つまり、“主体性”は放っておけば自然と備わるものではなく、その人の置かれた生育環境に応じて、意欲の持ち方自体が大きく影響を受けてしまうことが指摘されている。その生育環境の基礎は家庭にある。ところで、近年、社会学者の研究により、社会的ステータスが親から子へと世代間再生産され、社会的階層の固定化傾向が見られることが指摘されている(佐藤俊樹、苅谷剛彦、本田由紀などの議論を参照)。
 つまり、生育環境の階層分化→“主体性”や“創造性”、“意欲”等の情緒面も含めた全人的形成環境における格差が固定化→たまたまどの家庭に生れたかにより、その後の人生経路における格差が出てくる、こうした悪循環に陥ってしまう。
 問題の立て方は二つあり得る。第一に、格差固定化を防ぐために機会の均等を保証するための対策を考えること。これはほとんど不可能であるが、各論は別として原則論としてはあらゆる人々から同意を得られるだろう。
 第二に、格差はやむを得ないとみなし、その納得のシステムを考えること。問題なのは、“実力主義”や“自己責任”というフィルターを通すことで、質的な格差が、あたかも本人の努力によって得られたかのような虚構が当然とみなされてしまうことである。それによって、失敗したのは自分の責任なのだから仕方ないとされて弱者切捨てが正当化されてしまうし、またノブレス・オブリージュ(高貴な者には責任がある)の感覚も失われてしまう。
 “実力主義”や“自己責任”論において、実力を発揮し、選択の責任を取る“主体”はどのようにして形成されるのか、という問いが発せられることはない。自明の前提とされているため、突き詰めると精神論で終るだけである。やる気になればすべての人間にあらゆる機会が保証されているというというのはあくまでもフィクションに過ぎない。現実の良くも悪くも多様な人間性と、“自由”や“平等”という本来ならばあり得ない近代的理念=フィクションとの整合性は、その矛盾を留保しているからこそ成り立っているのである。そこを暴き出してしまうと、“自由”概念は事実上無意味なものとなってしまう。
 フィクションが悪いわけではない。かつてハンス・ファイヒンガーが指摘したように、“かのように”という前提を疑わずに共有することで我々の社会は成り立っているとも言えるのだから。しかし、そうしたフィクションが破れたとき、社会的な様々な取り決めごとを正当化する根拠は何もなくなってしまう。その破綻の一端が、社会格差論を通して浮かび上がっているのかもしれない。

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2008年1月28日 (月)

アマルティア・セン『アイデンティティに先行する理性』

アマルティア・セン(細見和志訳)『アイデンティティに先行する理性』(関西学院大学出版会、2003年)

 ひょっとしたら不利益を被るのは自分かもしれない──個人主義を前提としつつも“無知のヴェール”という仮設によってこうした可能性に注意を促すことにより社会的不利の幅を出来る限り小さくしようというのがロールズ正義論のざっくりしたところ。しかしながら、そのような想像力がはたらくこと自体、一定の共同体的結びつきが暗黙のうちに存在しているからではないのか、その意味で個人主義的自由主義では社会的公正は維持し得ないのではないか、というのがコミュニタリアニズムからの批判であった。センはそれを認めつつも、しかしながら共同体外におけるコンテクストにおいて正義論は有効だと反論する。

 確かにコミュニタリアンの言うように、自らの共同体への帰属意識は構築するのではなく、すでにあるものを “発見”するということなのかもしれないし、それは自由に選ぶことは出来ないのかもしれない。しかし、現実的な選択肢として限定されているとはしても、選択の余地はゼロだと断定してしまうのは、自らのアイデンティティへの態度の取り方を熟考する責任を放棄してしまうことだ。「すべての支配的なアイデンティティ──国家組織あるいは国民の一員──に服従させてしまえば、多様な人間関係が持っている力や幅広い関係性が見失われてしまう」(本書、46ページ)。

 帰属意識を固定化・単純化する議論に対してセンが批判の矛先を向けるのには彼自身の生い立ちが背景にある。つまり、インドとパキスタンが分離独立した際、それまでガンディーに導かれていた“インド人”意識が崩れ、ヒンドゥー教徒・ムスリムそれぞれに細分されたアイデンティティをもとに血みどろの抗争が繰り広げられるのを目の当たりにしたからである。先日取り上げたバウマンのコミュニティ批判にしても、やはりバウマン自身の亡命ユダヤ人(ポーランド→イギリス)としての背景がある。センも認めるように何らかの形での共同体的帰属意識を否定することはできない。同時に、それが政治的過激主義の温床となり得ることを考え合わせると、多元的なありようを模索する必要がある。

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2007年10月 7日 (日)

藤原保信『自由主義の再検討』

藤原保信『自由主義の再検討』(岩波新書、1993年)

 現代社会は資本主義と議会制民主主義とを二つの柱として成り立っており、いずれも個人の自由を保障することを基本原則としている点で自由主義と呼び得る。本書はそうした自由主義の背景に功利主義を見出し、古代ギリシアのプラトン・アリストテレスから現代のリバタリアン・コミュニタリアン論争まで西欧政治思想史の流れを踏まえながら、功利計算に基づく自由主義の限界を検討しようと試みる。個人化の進展による人間疎外という状況に直面し、人間本来のあり方としての類的紐帯の回復を目指したマルクスに共感しつつ、社会主義の欠陥に触れた上で、結論としてコミュニタリアニズムの立場を打ち出している。

 マキャベリ・ホッブズ以後の近代思想の特徴を端的にまとめるなら、個人を単位とした機械論的な社会モデルと言えるだろう。つまり、人間は快楽を追求し、苦痛を回避しつつ自己保存を図る存在として把握され、こうした人間観を出発点として社会契約説も市場社会の論理も導き出された。

 社会をアトム的個人に細分化する趨勢は封建社会の桎梏から人間を解き放ち、その権利を保障する上で大きな役割を果たした。ところで、プラトンは『国家』において、人間の魂を理性的部分、気概的部分、欲求的部分の三つに分けたことはよく知られている。個人中心の社会モデルにおいては、プラトンが最下層に位置づけていた欲求的部分に他の二つの部分は従属することになった。つまり、享楽的な世俗性を全面的に肯定する形で価値のヒエラルヒーが転倒したと言える。

 世界は大きなコスモスであり、人間はその中に包摂されている、それがプラトン的な世界観であった。ところが、人間をアトム的に細分化してその寄せ集めとして社会を構想するようになったとき、善悪の判断は個々人の行為の比較考量の問題と単純化され、その意味で社会の問題ではなく、あくまでも各自の主観の問題に過ぎないとみなされた。各自の自然的な欲求、より洗練された表現で言うと“選好”がまず前提とされ、その総和イコール社会善と考えるようになった。その仕組みを法則的に解明するのが社会科学であり、個別の矛盾点を調整するのが政治の役割となった。

 しかしながら、以上で想定されている自己充足的な“自我”モデルが果たして実際にあり得るのか。自由主義の前提となっている人間観に対し「負荷なき自我」、社会関係から「遊離した自我」として疑問を呈したのがコミュニタリアニズムである。コミュニタリアニズムは人間をナラティヴ(物語的)な存在として捉える。つまり、ある言語共同体に帰属し、過去・現在・未来をつなぐ中に自らを位置づけ、共同体内の他者との対話を通じて不断に自己解釈を繰り返していく。そこから“共通善”としての規範意識が一定の客観性を帯びることになるという。

 以下は私見。個人主義と“自律”の感覚は不可分なものだが、“何か”との結びつきを自覚できない人間にとって“自律”は極めて困難である。自分が踏みしめている立脚点が分からないとき、そもそも何のために生きるのか、目標を立てようがない。そうした者は自らの存在意義を無理やりにでも作り上げようとして、過激政治運動や新興宗教など、アイデンティティ・ポリティックスの罠にはまりやすくなるように思われる。そうしたことを考えたとき、人間をナラティヴ=自己解釈的な存在と捉える本書の視点に私は共感する。つまり、時間軸として過去・現在・未来という流れの中に、空間軸として一定の社会関係の中に自らの立ち位置を見出すことは、それを一種のものさしとして、常に自己を客観化する、すくなくとも一つの契機となる。その点で、藤原の意図にはそぐわないかもしれないが、私自身としては歴史感覚としての“伝統意識”や共同体としての“ナショナリズム”に肯定的である。もちろん敢えて“”をつけたことから分かるように様々な留保をつけた上でのことだが。

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2007年9月 2日 (日)

上杉隆『官邸崩壊』

 第二次安倍政権の閣僚名簿に与謝野、高村、町村といった名前を見て、不覚にも(?)頼もしく感じたのは私としては奇妙な経験であった。よくよく考えてみると特に感心するような人事でもない。それだけ、第一次政権のぶざまな体たらくが目に余ったということだ。

 上杉隆『官邸崩壊──安倍政権迷走の一年』(新潮社、2007年)は参院選惨敗に至る政権内部の混乱した人物模様を描き出している。どこまで信憑性があるのか確認する術は私にはないが、報道記者や議員秘書を務めた著者の経歴からすると、独自のネットワークも駆使して肉薄しているのだろう。

 安倍晋三という人物個人に対して私は悪意を持っていない。著者も彼の優しい性格を折に触れて書き留めている。しかし、カリスマ的な小泉の跡目をつぐのに力不足だったことは否めない。側近たちの“勘違い”ぶりが政権の傷口をますます広げてしまう醜態を、これでもか、これでもかとばかりに活写される筆致をたどっていると、唖然とするのを通り越して、何やら不可思議な喜劇を見ているような気分になってくる。

 もちろん、側近たちの個人としての力量不足、経験不足がたたっているのは確かだろう。しかし、それ以上に、小泉が従来的な自民党政治を徹底的にぶち壊すことで作り出された例外状況に対応するのは、彼らでなくとも難しかったようにも思われる。それだけに、安倍政権をテーマとしているにも拘わらず、小泉の特異さが浮き彫りになってくるのがちょっと不気味ですらある。

 小泉という人の確信犯的なニヒリズムは政治家としての基準にはならない。本書を読みながら最も印象付けられたのは、安倍首相も含めて、登場人物の誰もがいたって凡人であることだ。政策立案能力という点では、たとえば塩崎前官房長官のような切れ者もいる。しかし、彼らが真に国を憂えているようには思えない。口で美辞麗句を並べるのは誰だってできるが、態度は自ずと表われる。

 かつてマキャヴェリは、フィレンツェという国家の生き残りを図るためあらゆる手段を取らねばならないという強い意志のもと、その前提として自国をめぐる内外の状況をリアルに把握すべく、善悪是非という倫理的判断を相対化させた。政治現象のリアルな認識を求めたという点でマキャヴェリは近代政治学の始祖と目されることになった。しかし、彼にとってそれは、他ならぬ“国家のため”という極めて切迫した動機が一切の楽観を許さなかったからである。つまり、切実な愛国心こそが権謀術数主義を生み出したのである。

 安倍側近たちに戦略は事実上皆無であった。楽観的な判断によって政権の傷口を広げ、個人的な功績争いに浸っているようなゆるい官邸の空気。そのこと自体、切迫した愛国心が欠如した他ならぬ証拠である。

 付け加えると、偉そうにいう私自身は日本が滅んでも構わないと思っている。ただし、その時は一蓮托生、逃げ出さずに心中するつもりでいるが。しかし、“正統保守”を自称する政治家たちがこんなたるい心構えであってはまずいだろう。

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2007年8月 2日 (木)

菊池理夫『日本を甦らせる政治思想──現代コミュニタリアニズム入門』

 1980年代から主に英語圏を中心とした政治哲学では、リバタリアニズム(libertarianism)とコミュニタリアニズム(communitarianism)という二つの立場の間で交わされた議論が大きな軸となった。大雑把に言うと、リバタリアニズムとは個人の自由を最大限に保障すべきという主張で、市場原理主義もここに含まれる。対して、その弊害を指摘し、伝統やコミュニティーのつながりを重視する議論を提起したのがコミュニタリアニズムだとまとめられる。

 菊池理夫『日本を甦らせる政治思想──現代コミュニタリアニズム入門』(講談社現代新書、2007年)は、“共通善”を求める政治思想としてコミュニタリアニズムを特徴付けた上で、「家族と教育」「地域社会」「経済政策と社会保障」「国家と国際社会」といった様々な位相においてこの政治思想がどこまで応用可能なのかを論じている。コミュニタリアニズムの大きな概略図をスケッチしており、入門として手頃な本だ。

 コミュニタリアニズムに対しては、①コミュニティーにおける絆を重視→個人の自由を束縛するのではないか? ②“共通善”という名目で個人に犠牲を強いるのではないか?といった批判がある。だが、この思想が一つの立場として打ち出された事情として、リバタリアニズムが内包する①負荷なきアトム的個人というフィクションへの疑問、②自由放任経済の行き過ぎ、といった問題への批判の提起を発端としていたことを考えれば、むしろ両者の指摘を総合して歩み寄るという行き方をするのが常道なのだろう(リベラル・コミュニタリアニズム)。あまり面白みのない結論になってしまうが。

 リバタリアニズムvs.コミュニタリアニズム、“自由”重視vs.“共同体”重視、と単純な対立軸にまとめてしまえば分かりやすいが、その分、説得力は乏しくなる。どんな思想でも、一部分だけを切り取って誇張すれば何でも言えてしまう。

 たとえば、リバタリアンがバイブルのように崇拝するハイエクにしても、無条件に“自由”を称揚していたわけではない。ハイエクの自由論の背景として、人間の知性には限界があるという自覚があった。だからこそ、先人が試行錯誤を通して汲み取ってきた智慧を“伝統”として踏まえ、個人の“自由”の足場として“共同体”が必要だと指摘し、単純なアトム的個人モデルを“偽の個人主義”として否定している(ハイエク「真の個人主義と偽の個人主義」『市場・知識・自由』田中真晴・田中秀夫訳、ミネルヴァ書房、1986年)。

 リバタリアンにコミュニタリアン、仮にそれぞれが極論を唱えたとしても、そうすることで論点の掘り起こしを図り、政治をめぐる大きな議論に一層の磨きをかける。そうした意味での役割分担を通して貢献しているという自覚が必要だ。これも一種の“共通善”を求める営みとするなら、私もメタなレベルで自覚的なコミュニタリアンだと言えるだろう。

 なお、リバタリアニズムについては森村進『自由はどこまで可能か──リバタリアニズム入門』(講談社現代新書、2001年)が入門書としてよくまとまっている。他に蔵研也『リバタリアン宣言』(朝日新書、2007年)というのもあるが、あまりに質が低いので私は以前にこのブログで酷評したことがある(「リバタリアン宣言」及び「リバタリアン宣言についてもう一度」を参照のこと)。

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2007年7月27日 (金)

選挙について適当に

 私は国政選挙の開票特別番組が大好きで、投票日当日は真夜中までテレビにかじりついてチャンネルをカチャカチャ変えている。それこそ、選挙権のない中学生のときからだ。夕方を過ぎる頃にはジュースやお菓子を、今はビールとおつまみをそろえてスタンバイ。野党が得票をのばすと手を打って面白がる。別に自民党が嫌いなわけではない。それどころか、色々と問題があっても自民党が一番まともな政党だとすら思っているのだが、票を投じたことは一度もない。天邪鬼なもんで。

 選挙は大好きでも、投票を通じた民意の反映などという原則論を素朴には信じていない。投票のたびに思い出すのはルソー『社会契約論』にあるこんな言葉。「イギリス人は選挙キャンペーン中は自由である。しかし、選挙が終わった途端にすべては奴隷となる」。ルソーの口ぶりは非難がましい。だが、議会制民主主義とはそもそも社会体制の革命を防止するために設計されている。人々の不満をガス抜きするためのアブソーバーに過ぎない。そして、それはそれで悪いこととは私は思っていない。

 “政治”の定義は色々とあるが、一つの要素として支配・被支配の関係が挙げられる。明示的にせよ、黙示的にせよ、複数の人間が集まれば必ずこの関係が現われるが、力ずくで行なわれれば専制と呼ばれ、当事者の同意があればリーダーシップと呼ばれる。選挙とは、“民主主義”という名目の下、この支配関係に正当性を与える手続的なセレモニーである。

 二十世紀初頭の社会学者ロベルト・ミヘルスは“寡頭制の鉄則”を指摘した。彼はドイツ社会民主党の分析を通して、“民主的”といわれる政党であればあるほど、むしろ党幹部の専制的指導力が強くなるという逆説を剔抉し、政治学史に独特な位置を占めている(ミヘルス(南・樋口訳)『現代民主主義における政党の社会学』木鐸社、1990年)。

 民主主義とは、一面において個人主義とイコールである。封建時代の桎梏を脱し、自由の空気を味わいつつある近代人にとって、自分以外の誰かに支配されるということは、たとえ実害がなかったとしても、そのこと自体がプライドを傷つける。だが、政治は、一定の支配関係を形成することで秩序を守らなければならない。この矛盾をどのように考えるか?

 二十世紀における法哲学・憲法学の泰斗ハンス・ケルゼンは、投票による代表制を通じて“民意”という抽象的な権威を形成し、具体的な誰かに支配されているわけではないと有権者が納得する、そうした一連のフィクショナルな手続きとして議会制民主主義を擁護する(ケルゼン(西島訳)『デモクラシーの本質と価値』岩波文庫、1966年)。

 フィクションというのは非常に大切だ。我々は自由である、かのように思う。民意は政治に反映される、かのように思う。その他もろもろの“かのように”の積み重ねによって辛うじて我々の社会生活は成り立っている。こうした立場を西洋哲学史では新カント主義というらしいが、詳しいことは知らない。ハンス・ファイヒンガー〟Die Philosophie des Als Ob〝(“かのように”の哲学)の邦訳はないが、このエッセンスを森鴎外が紹介してくれている(森「かのように」、『阿部一族・舞姫』新潮文庫、1968年、所収)。

 日本で普通選挙法が制定されたのは1925年。当時、高畠素之という思想家がいた。マルクス『資本論』を邦語で初めて全訳したことで知られるが、翻訳と同時にマルクスを批判して国家社会主義を提唱。戦後の左翼全盛の歴史学界ではほぼ黙殺に近い扱いを受けた。高畠はその頃、シニカルで辛口の社会時評でも名前を売り出しており、議会制度についても容赦なく本質を衝く。彼はドイツ語が堪能で、ミヘルスやケルゼンもしっかりと読み込んでおり、議会制度とは指導者支配を有権者多数による政治とみせかける擬制であると喝破した上で次のように述べている。

「羊頭狗肉、言い換えれば、羊の皮を着た狼である。国民の自我意識が或る程度まで進むと、こんな手練手管も支配上の必要不可避な条件となって来る。必然の悪だ。」「議会政治、政党政治は、斯くの如き羊頭狗肉の実を示す限りに於いてのみ存在の意義を有つ。」「節制あるデモクラシー国民は、デモクラシーの本分的限界を忘れないから、議会政治を葬る必要をも感じない。デモクラシーをオートクラシーの仮面として利用する国民のみが、議会政治を無難に維持し得るのである。」(高畠「議会政治の正体と将来」、『論・想・談』人文会出版部、1926年、所収)

 自民党が負けようが、民主党が勝とうが、たいした問題ではない。どちらが政権を担当したところで、妥協の積み重ねを通して国民誰もが満足できない、だけど不満をできるだけ軽減する、そうした形で政治は進む。そういうものだ。肝心なのは、選挙を通して政治に関与している、かのようなフィクションにどれだけ国民が馴染んでいるかどうかだ。選挙というフィクションそのものに対する正当性を測るという意味で、選挙結果なんかよりも投票率の方がはるかに重要だと私は思っている。

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2007年7月 5日 (木)

佐藤優『地球を斬る』

佐藤優『地球を斬る』(角川学芸出版、2007年)

 私自身も含めて一般読者の多くにとって外交問題、インテリジェンスの問題は直接には関係してこない。国際情勢の裏事情を知ったところでやじ馬的興味に終わるだけ。しかし、自分が普段なじんでいるのとは様相の全く異なる言説空間の中で頭を動かしてみるのは貴重な思考訓練となる。

 相手があって初めて外交という営みが必要とされる。本書は『フジサンケイビジネスアイ』紙で2006年に連載された時事コラムに現時点での検証と解説キーワードを付して構成されている。具体的な国際問題を取り上げながら、相手から様々な形で出されてくるシグナルの気付き方、そして相手の内在的ロジックの読み取り方を、いわば練習問題をこなすように分析してくれる。個々の分析の正否はたいした問題ではない。著者がどんな場合にどんなロジックを武器として活用しているのかを追体験すること自体が知的ゲームとして刺激的だ。

 相手を理解不能な狂信者と決めつけて思考停止に陥ってしまうようでは、その時点ですべてが終ってしまう。理解可能なカギを見つけ出し、それをきっかけに相手の内在的論理をたぐりだしていく必要がある。北朝鮮については、敗戦直前の日本国民の精神状況を思い起こせば想像的理解は困難ではない。イスラム世界での自爆テロリストを経済合理性で分析するところなど面白い。

 相手の内在的論理を個別に把握した上で、それが国際情勢の大きな枠組みの中でどのように位置づけられるのか。視点を柔軟に移動させ、複層的な理解を組み立てながら、より認識の精度を高めていく。著者によると、こうした認識方法はヘーゲルから学んだそうだ。

 どんな仕事でもそうだが、人は所与の条件の中でもがくしかない。そこに文句をつけたところで無意味だろう。相手の内在的論理を捉えるには、結果として出てきた言動は自分の理解を超えているかもしれないが、自分に与えられたのとは異なる条件の中で相手も相手なりの筋を通そうとしている、そうした想像力を凝らした敬意が不可欠となる。このように緊張感のはらんだ無言のダイアローグは翻って、それでは自分は自分に与えられた条件の中で自分なりの筋を通しているのかという謙虚な自己反省にもはねかえってくる。これは人生論としてばかりでなく、政治的に言うならナショナリズムの多元性を保証する倫理に直結する。こうした意味での倫理が著者の佐藤優という人物のめぐらす思考の根底に一貫しており、そこに私は魅力を感じている。

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2007年6月26日 (火)

田中克彦『「スターリン言語学」精読』

田中克彦『「スターリン言語学」精読』(岩波現代文庫、2000年)

 6月24日(日)のNHKスペシャルで「新シルクロード 激動の大地をゆく 第4集 荒野に響く声 祖国へ」を放映していた。社会主義イデオロギーのたががはずれ、民族的アイデンティティーへの渇求に時代状況を大きく揺るがす力が秘められていることを思い知らされてすでに久しい。父祖の地へ戻ろうとする中国のカザフ人。戦乱の中、誰にも頼ることの出来ないチェチェン人。帝政時代に先祖がえりするコサック。何よりも、中央アジアに強制移住させられた朝鮮族の老人がハングルをびっしりと書きつめたノートを拠り所に生きてきたというのが非常に印象的だった。

 民族問題はすなわち言語問題でもある。本書は旧ソ連における言語政策の背景を教えてくれる。あのスターリン?と及び腰にならなくてもいい。グルジア語を母語とし、ロシア語という非母語を使いながら権力への階段を上った彼の政治的キャリアは民族問題担当人民委員から始まっている。当然ながら、言語問題にも敏感であった。

 ざっくり言って、本書の要点は二つ。第一に、民族自決をめぐる西欧マルクス主義とロシア・マルクス主義との態度の違い。第二に、言語の位置付けについてのマルクス主義理論における整合性(要するに、〈土台─上部構造〉論の図式において言語はどちらに位置するのかという問題。物質的な生産力の発展段階に応じて法制度や社会的意識や文化も変わるというのが唯物史観のアウトラインだが、言語=文化と考えれば上部構造。しかし、封建時代も革命後も言語は本質的に変わっていない、だから上部構造ではないし、階級性もないというのがスターリンの立場)。

 西欧において言語とはすなわち“論理”であると考える傾向が強いらしい。文法構造やボキャブラリーの異なるそれぞれの言語は、いわば“純粋論理”の外被に過ぎず、コミュニケーションの便宜を図るためには多様である必要はない。エンゲルスの表現を借りれば「民族のくず」の言語など消えたっていい。早くから国民国家が成立していた西欧の社会主義者たちは少数民族に対して意外と冷淡であった。

 しかし、少数民族を多く抱え込んだ中東欧では民族問題を軽視するわけにはいかない。オーストリア・マルクス主義のオットー・バウアーは民族問題を念頭に置いて社会主義の多様性を主張した。より深刻に現実問題に直面したのがソビエト連邦であり、その中でもスターリンは敏感な反応を示していた。

 言語という観点で西欧マルクス主義の立場をまとめると、発展の遅れた少数民族は「歴史を担う」大民族に融合することになる。対してスターリンは、少数民族も母語を使ってこそ「精神的能力の自由な発展」が期待できるという立場を取った。こうした考え方の違いに、著者は「搾取するヨーロッパ」と「搾取される非ヨーロッパ」という対比をすら読み取る。

 スターリンはこう記している。

少数民族は、民族的結合体のないことに不満なのではなく、母語をつかう権利がないことに不満なのである。彼らに母語をつかわせよ、──そうすれば不満はひとりでになくなるであろう。
少数民族は、人為的な結合体のないことに不満なのではなく、自分自身の学校をもたないことに不満なのである。彼らにその学校をあたえよ、──そうすれば、不満はあらゆる根底をうしなうであろう。(本書、63ページ)

 一国家・一民族・一言語という西欧的国民国家の原理(この事態そのものがフランス革命等で強制的に実施された同化政策の産物である。田中克彦『ことばと国家』(岩波新書、1981年)を参照)に対し、スターリンは、一つの国家には複数の民族、複数の言語を含み得るという立場であった。これは民族自決権を踏まえた連邦制の根拠となる。同時期にウィルソンの十四か条でも民族自決の原則が謳われたが、あくまでもヨーロッパに限定されるというダブルスタンダードを露呈する結果となった。これに対してソ連は世界各地の民族主義運動を支持する立場を打ち出したが(民族の固有性を認めることはマルクス主義の公式的立場から外れるにも拘わらず)、それは単に戦略的に西欧資本主義と対抗するというだけでなく、こうしたスターリンの言語政策も背景にあったと言えるのだろうか?

 ただし、現実に起こったことを考えると、旧ソ連の体制において民族自決が原則通りに保証されたわけではない。はじめに書いた朝鮮族の老人は母語を使うのを禁じられたからこそ、人知れぬ所でノートを見ながら母国の歌を歌うしかなかった。また、複数の言語共同体をつくることは分割統治という政治的妙手の格好な手段ともなる。

 田中克彦『言語からみた民族と国家』(私が読んだのはかなり前で、岩波書店・同時代ライブラリー、1991年。現在は岩波現代文庫に入っているようだ)では中央アジアのトルコ系共和国の成立事情が言語という観点から論じられていたように記憶している。カザフ人、ウズベク人、キルギス人、トルクメン人、アゼルバイジャン人はもともと同じトルコ系の言語を話す。ところが、革命後に成立した共和国ごとに別々に正書法が定められて、本来は方言的な差異に過ぎなかったものが公定言語としての違いとして際立たせることになり、それが国家的な帰属意識にもつながったという。

 母語→国家を求める、というベクトルと同時に、国家→母語を求める、という方向へ進むベクトルもあり得る。言語的アイデンティティーと政治的アイデンティティーの双方向的なダイナミズムは、その置かれた状況的コンテクストに応じて全く違った役割を果たす。ここの機微を慎重に見極めないと民族問題を考えようとしても致命的な誤解をしてしまいそうで、途方にくれる。

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2007年6月22日 (金)

宇野重規『トクヴィル 平等と不平等の理論家』

宇野重規『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社選書メチエ、2007年)

 十九世紀という時代背景を踏まえてトクヴィル(Charles Alexis Henri Clerel de Tocqueville、1805~1859)の思想を読み解きながら、デモクラシーをめぐる基本論点に踏み込んでおり、興味深く読んだ。

 デモクラシーの進展は平等化の徹底をも意味する。かつてのアリストクラシー(貴族的身分制度)では地位の不平等は自明なこと。誰も疑問に思うことはなかった。デモクラシーが進展するにつれて、これまでの支配・服従関係を正当化してきた権威は不自然なものとみなされ、否定される。しかし、これは単に身分上の格差がなくなったということではなく、人々の想像力が変質したからである。言い換えると、社会制度がかわっても不平等はなくならないが、不平等の性格が変化したと言える。デモクラシーの社会にあってはむしろ人々は他者との違い=個性に敏感となり、これを他の者に承認するよう求めるようになった。

 デモクラシーが進展するにつれて人々を結びつけていた紐帯はほどかれてしまう。個人として析出された孤立状態が“個人主義”と呼ばれる。これは、自分の利益だけをごり押しする利己主義を意味するのではなく、他者への関心が希薄となったところに特徴がある。個人主義という態度において自分自身は至上の存在である。だが、平等という原則によって他者の優越を認めないことは、同時に自分の優越も認められないこと。このようなアンバランスは政治的次元ではどのように表われるのか? 同等であるはずの誰かによって支配されるのはイヤだが、非人格的な“多数者”に従うことにはためらいを感じない。

 また、デモクラシーにおいては個々人の意見を何らかの形で反映させた上で政治運営を行なうのが原則となる。そこで、一人一人がすべて自分で判断せねばならないのが建前となるが、人に全知全能の判断など下せるだろうか? 無自覚のうちに何らかの根拠を求めてしまう。特定の権威に寄りかかることはない代わりに、“多数者の意見”を素直に受け入れるようになる。

 デモクラシーが “多数者の圧政”となりかねないところにブレーキをかける仕組みをトクヴィルはアメリカ社会に見出した。キーワードは“宗教”と“結社”。

 アメリカ大統領は就任にあたり聖書に手を置いて宣誓する。選挙でキリスト教右派が見せつける強大な集票力からも分かるように、アメリカ社会には今でもキリスト教が深く根を下ろしている。政教分離を近代社会の条件と考える我々にとって驚きだ。さすがに聖職者を政治に関与させたり宗教的マイノリティーを迫害するようなことは否定されるが、少なくとも宗教色を政治から排除することはない。政教分離の厳格化を特徴とするフランスからやって来たトクヴィルにとって、これはむしろ好意的に受け止められた。“個人主義”的な思考を文字通りに実践するなら「いま・ここ」という局限的な観点でしかものを考えることはできない。長期的観点で社会の運営を考えるためには、一人一人が「いま・ここ」から離れて想像力を働かせねばならない。熱狂的な献身までは求めないものの、デモクラシーを健全に運営するには、デモクラシーの外部に何らかの一貫した基準が必要である。そうした意味でトクヴィルはアメリカ社会の宗教的空気に好意的だったと言える。

 砂粒のようにバラバラとなった個人を放っておいたら、判断基準を失った彼らは“多数者の声”にあっと言う間に絡めとられてしまう。自己の殻の中に閉じこもりがちな彼らを具体的に目鼻の見える他者と結びつける“結社”は、そうした“多数者の声”への付和雷同に抵抗する砦となる。つまり、抽象化された世論とは違う価値観があり得ることを“結社”単位で示し、“多数者の声”を相対化することができる。

 平等化の進展によって、かえって自己の外部に根拠を見失ってしまった“個人主義”。そこにトクヴィルはデモクラシーの脆弱さを見出し、そうした欠点を補うものとしてアメリカ社会から“宗教”と“結社”という要素を汲み取った。その要点は、個人主義において人々が判断の根拠を見失ったがゆえに“多数者の声”に従属してかえって社会が画一化されかねないという逆説に対し、常に“多数者”を相対化していくダイナミズムがデモクラシーの健全な運営に必要なことを示すことにあった。ここで注意すべきなのは、トクヴィルは彼自身の祖国であるフランスが抱えた問題との対比の中でアメリカ社会を観察していたということであり、“アメリカ”的なものと“デモクラシー”とは分けて考える必要がある。 

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2007年6月16日 (土)

島田裕巳『公明党vs.創価学会』

 新聞を開いたら公明党の参議院議員が離党するという記事が載っていた。細川政権成立前後から最近の郵政選挙まで与野党を問わず離党騒ぎはごくごく当たり前の光景だが、そうした中でも公明党(もしくは共産党)の現職議員が離党するのは極めて異例だ。夏の参院選に向けて公認がとれなかったのが理由らしい。

 以前、たまたま古本屋で藤原弘達『創価学会を斬る』(日新報道、1969年)をみつけて目を通したことがある。いわゆる言論出版妨害事件、公明党の竹入義勝が田中角栄を通じて出版差し止めの圧力をかけたといわれるあの事件で話題となった本だ。丸山眞男のファシズム論の枠組みを用い、閉鎖的な大衆動員システムとして創価学会を捉えていたように記憶している。丸山のファシズム論では小学校教員や在郷軍人などの“擬似インテリ”が国民を扇動する役割を果たしたとされる(丸山眞男『現代政治の思想と行動』「ファシズムの思想と運動」)。創価学会を創立した牧口常三郎や戸田城聖も小学校の教員だったわけで、この理論に適合的。もっとも、丸山理論は日本政治を考える上で貴重なたたき台となったとはいえ、いまではそっくりそのまま鵜呑みにしている論者など少ないが。

 ここのところ、島田裕巳は創価学会の研究を進めている。『創価学会』(新潮新書、2004年)、『創価学会の実力』(朝日新聞社、2006年)と続き、三冊目の本書『公明党vs.創価学会』(朝日新書、2007年)では東大の御厨貴研究室の協力を得て政治分析に踏み込んでいる。

 本書で第一に興味深いのは、公明党は自民党批判をしながら政界進出したにもかかわらず、その基盤は本来保守的であるという指摘だ。

 高度成長期、都会に出てきた農村の次男坊、三男坊。労働組合や共産党ですら組織化できなかったよるべない彼らに互助的なコミュニティーをつくり上げたことは創価学会の果たした役割として否定すべきではないだろう(いわゆる“折伏”は、コミュニティー内部の結束を強める一方で、周囲の非学会員にとっては非常に迷惑ではあったが)。彼らは、都会では創価学会員となり公明党を支持したが、農村に残っていれば自民党の支持者のままだったはずだ。その意味で、自民党、とりわけ田中派と創価学会が結びつくのはむしろ自然であったという。つまり、体質的には保守的だが、都会における社会的弱者としては革新志向。そうした二重性に、公明党は自民党と連携するのか、野党と共闘して社公民路線でいくのかという動揺があったとまとめられる。

 創価学会は現世利益を求める。住民相談という形で個別の問題解決をするのが公明党の議員の仕事で(他の政党ももちろん個別相談に応じるが、公明党の活動が際立っている)、その点では地方議会が出発点であったことにもこの党の性格がよく表われている。言い換えれば、政策的な理念よりも、個々の具体的な利益配分の問題として福祉の充実を訴えることに重点が置かれていた。

 本書の捉え方で第二に特徴的なのは、創価学会と公明党とが別組織である点を強調していることだ。言論出版妨害事件をきっかけに政教分離に反するのではないかという風当たりが強くなり、しぶしぶ両者は別組織であり政教分離の原則には反していないというポーズをとらねばならなくなった。組織系列的な人事を別立てにしたので、この分離は実際に進んだらしい。そのため、公明党は学会から選挙支援を受ける、そのかわり学会は公明党議員の働きを監視するという緊張関係がうまれた。こうしたダイナミズムがむしろ選挙戦で強みを発揮するようになった。その一方で、現実路線を取ろうとする公明党執行部と創価学会との間で意見のズレも目立つようになり、この点では、共産党のような一元的なヒエラルキーはないという(ただし、タイトルで「vs.」と強調するほどのものとは思えないが)。

 創価学会・公明党の問題は単に政教分離の原則論にあるわけではない。小選挙区制においてはわずかな票の移動でも当落が決まってしまう。公明党の現有議席数は中選挙区時代に比べて激減したものの、個々の選挙区でキャスティングボートを握るのは学会票。選挙協力で自民党に恩を売ることは、ある一つの宗教団体が政権の枠組みを左右しているとすらいえる。

 ただ、もう一つの考え方もある。自民党とのバーター取引で公明党議員も票をもらっている。つまり、創価学会以外のところから票をもらうことが常態化すると、公明党が創価学会からの独立性を高めるという可能性も指摘される。

 創価学会は組織として安定してきた。もはや新興宗教とは言えないだろう。会員の生活も豊かになり、かつてのようなアグレッシブな折伏をする者はもういない。会員のライフスタイルも多様化してくると、現時点では人的ネットワークの付き合いで習慣的に公明党に投票してはいるが、将来は無党派化することも考えられる。また、選挙における創価学会婦人部の活躍ぶりは有名だが、池田大作の後を考えると、彼女らの忠誠心を集められるだけのカリスマ的な後継者が見当たらないことからも学会のヴァイタリティー低下を予想させる。 

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2007年6月15日 (金)

政治家ネタで二冊

 政治ゴシップものは意外と嫌いではない。床屋政談にふけるほど暇ではないが、酒の肴がわりに読むにはちょうどいい。

 ここのところ、出版界での佐藤優の目立ちぶりが尋常ではない。『国家の罠』を一読して以来心酔している者として歓迎してはいるが、少々食傷気味のきらいがないでもない。私としては、ナショナリズムを軸とした日本近代思想の読みかえやキリスト教神学について正面から取り組んだ本を期待しているのだが、どうしたって準備に時間がかかるだろう。マスメディアを使って勝負をかけている佐藤としては、とにかく世論から忘れられない、飽きられないのが肝心だ。彼の視点の取り方や知識の蓄積はどんなテーマにも応用をきかせているので、粗製濫造には目をつぶり、新刊に気付き次第チェックしている。

 そういうわけで、佐藤優・鈴木宗男の対談『反省──私たちはなぜ失敗したのか?』(アスコム、2007年)を早速読んだ。一言でいえば、外務省の内部がここまで腐っているのに何も手を打てなかったのを反省しています、という趣旨。いわゆる“ムネオハウス”問題のあたりでは当時追及側にいた元共産党・筆坂秀世も飛び入り参加。内容としては、以前に佐藤が『週刊新潮』や『月刊現代』などで書いていた暴露ものの延長線上にある。ゴシップといってしまえばそれまでだが、その話題をきっかけとして政治や外交の微妙な機微を語っているのが面白い。外務省の悪口満載だが、谷内正太郎・事務次官を高く評価して希望をつないでいるのが目を引いた。

 村上正邦・平野貞夫・筆坂秀世『参議院なんかいらない』(幻冬舎新書、2007年)も読みようによっては面白い。自民党参院のドン、小沢一郎の智慧袋、共産党の論客とそれぞれ立場の異なった元参議院議員三人による座談。前半は過去の出来事を振り返りながら政治放談。後半では、参議院議員として仕事をしながら直面した問題意識を踏まえて参議院改革案を提示する。予算は衆議院にまかせ、参議院は決算で独自性を持たせるという提案は興味深い。

 だが、私が本当に面白いと思ったのはこの本の内容ではなく、村上・平野・筆坂という三人が顔をそろえて一冊の本を作ったこと。平野は引退しただけだが、村上はKSD事件で逮捕された。筆坂はセクハラ疑惑で辞職に追い込まれ、後に離党。失脚した身ではあっても彼らは泣き言をもらさない。

 その人の実際がどうであるかよりもイメージ的なものが当落に直結してしまう風潮が強まっている中、疑惑をかけられて失脚した政治家が復活するのは至難の業だ。“国策捜査”はむしろそれを狙って、政治的なパージを汚職にすりかえるという方法を取っている。鈴木宗男が復活できたのは、一つには佐藤優のおかげもあるだろう。佐藤が示した“国策捜査”という論点をきっかけに、本来ならば表面化しない事情で足をすくわれた可能性に我々は注目するようになった。

 「盗人にも一分の理」なんていうと語弊があるかもしれないが、宗男側にも言い分がある。かつてならマスコミは政界の悪を追及するという姿勢で歯牙にもかけなかっただろう。しかし、佐藤が展開する議論の説得力は、彼いうところの“思考する世論”に非常なインパクトを与え、「盗人」側の言い分も聞いてみようかという雰囲気をつくった。読書家の間でも関心を持って読む人々が現われる。売れる。従って、出版社は失脚した政治家の本を出しても十分に採算がとれる。

 最近、本書の村上正邦や筆坂秀世にせよ、あるいは民主党の山本譲司にせよ、失脚した政治家たちが興味深い本を出している。敗者にも主張する舞台が保障されている点で健全なことだ。単に憲法の条文に言論の自由が規定されていることと、マスコミを通して反論の機会が得られることとの間には天と地ほどの開きがある。おおげさな言い方かもしれないが、そうした雰囲気づくりという点で、佐藤優は日本の民主主義を成熟させるのに大きな貢献をしているように思う。

 松岡利勝農水相にしても、死ぬ必要はなかった。政治家としての生命は絶たれたかもしれないが、考え方を切り替えればこうした人々のように違う舞台で発言できる可能性もあったはずだ。

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2007年5月26日 (土)

吉田文彦編・朝日新聞特別取材班『核を追う──テロと闇市場に揺れる世界』

吉田文彦編・朝日新聞特別取材班『核を追う──テロと闇市場に揺れる世界』(朝日新聞社、2005年)

 現時点で核兵器を保有しているのは、米英仏ロ中の五大国のほか、インド、パキスタン、北朝鮮。イスラエルの核保有も公然たる秘密である。一度核兵器を保有した国が廃棄したケースとして南アフリカがあるが、これは極めて特殊な事例だ。アパルトヘイトを廃止して黒人政権の誕生が間近となっていた時期のことで、「黒人に核を渡してたまるか」という白人側の恐怖心が背景にあった。ブラジル、韓国、リビアにも核開発計画があったが断念。イラクは1980年代の初めに核研究施設がイスラエル空軍の爆撃を受けて壊滅、核開発能力は事実上なくなった。現在はイランが焦点となっており、ブッシュ政権は強硬な制裁案を打ち出したばかり。

 2004年、パキスタンのカーン博士を中心とする核関連物資や技術を取引する国際的ネットワークが明らかになった。イラク戦争の最中に核開発計画をあきらめたリビアからアメリカが情報提供を受け、パキスタン政府に圧力をかけたものと記憶している。自前の開発能力がなくとも裏ルートを通じた核兵器の調達が可能であることが示され、世界中に衝撃を与えた。

 核兵器保有の動機には大国意識を満たすというナショナリスティックな側面が否定できない。フランスや中国のように冷戦構造の中で埋没しかねない自国の戦略的主導権を確保しようという場合もあれば、インドやイランのように地域大国としての自負心から国民によって熱烈に支持されている場合もある。いずれにせよ、一つでも核保有国もしくは疑惑国が出現すれば、核保有への動機は近隣に連鎖的に広がる。インドの核実験はパキスタンの核保有を促し、イスラエルやイランの核開発疑惑は中東情勢全体に暗い影を落としている。

 このような核保有連鎖の可能性を踏まえて日本の立場を捉えなおしてみると、国際環境のレベルと日本国内での議論とでは大きなギャップがあることに改めて驚かされる。1964年に中国が初の原爆実験を行なった。翌年、当時の池田勇人首相はアメリカのラスク国務長官に、自分の閣内にも少数派ながら核武装論者がいると漏らしたという(中曽根元首相によるとそれは池田自身だったようだ)。また、次の佐藤栄作首相はライシャワー駐日大使に、日本は核兵器を作れるレベルにある旨を語っている。こうした流れを受けてか、ジョンソン大統領は“核の傘”の提供を確約し、日本もこれを受け入れた。1975年の三木・フォード会談で公式に明かされ、1976年になってようやく日本はNPT(核拡散防止条約)を批准した。

 並行して日米間で沖縄返還の交渉が進められていたが、アメリカ側は返還後も核兵器配備の継続を求めていた。しかし、日本国内の世論を考えると核付き返還には大きな反発が予想される。そこで、いわゆる“非核三原則”が佐藤首相によって示されたが、これはあくまでもアメリカに対するシグナルであって、佐藤自身は将来的な核保有の可能性まで縛るつもりはなかったようだ。ところが、国内感情の後押しによってこの“非核三原則”は一人歩きを始め、日本の国是となる。さらに核政策の四本柱、すなわち①非核三原則、②核廃絶・核軍縮、③アメリカの核抑止力依存、④核エネルギーの平和利用が掲げられた。しかし、核軍縮を求めながらもアメリカの“核の傘”に依存するのは矛盾ではないのか? 平和利用とは言うが、原子炉施設は容易に軍事転用が可能であり、核拡散防止にはつながらないのではないか? こういった矛盾をはらんでおり、実は日本の包括的な核政策理念は明らかになっていない。

 核兵器が全廃された状況こそ最も危険だという逆説がしばしば指摘される。物理的に核兵器がなくなったとしても、人類が一度知ってしまった核兵器開発のノウハウまで完全消滅させることはできない。誰かが極秘に核兵器を作ってしまったら彼が世界の独裁者となってしまう。核兵器廃絶を求める理想には気持ちとしては共感できるにしても、こうしたリアリズムを覆すだけの論拠は少なくとも私には見つからない。

 従って、核兵器の存在を前提とした上で国際的な管理システムをいかに有効なものとするかに議論の焦点は絞られる。そのためにNPTの枠組みがあるわけだが、この条約に内在する五大国優位に対して加盟国内外から強い不満がくすぶっている。五大国が核兵器数の削減や今後の実験停止などの姿勢を示してこうした不満をなだめることが手始めに必要であろう。

 “核の傘”に基づく抑止の論理は冷戦構造の遺物であり、ここからの脱却を主張する見解がある。しかし、北朝鮮をはじめ不安定要因を近隣に抱える以上、“核の傘”が日本にとって本当に有効なのかどうかを検証する必要はあるにしても、少なくとも選択肢から外すわけにはいかないのではないか。

 近年顕著となっているアメリカの単独行動主義には、核拡散防止という一般的な目的を踏み越えて、アメリカ独自の基準で一方的に“善悪”を決め付ける傾向がある。これによってかえって相手国の不満を高め、交渉を難しくしている側面がある。その一方で、現実的に考えると、核拡散防止システムの運用にアメリカのイニシアチヴは不可欠である。アメリカを現在の単独行動主義からまとめ役へと姿勢を転換させるよういかに促していくか、ここがカギとなりそうだ。

 日本の役割として、被爆体験を語り継ぐことによって国際世論に訴えかけていくべきという考え方がある。その努力は必要であり、少なくとも先進国の知識階層に向けては大いに効果があるだろう。しかしながら、インド、パキスタン、イラン、イスラエルをはじめ目前に紛争を抱えて政治的な感情が異様なまでに昂ぶっている人々に対してはあまり効果は期待できないのではないか。こうした国々では、「日本は核兵器を持っていなかったからアメリカにやられたんだ」という反論がかえってくることがあるらしい。

 本書は核政策をめぐる様々なレベルでの議論や各国それぞれの事情を詳細にレポートしている。核兵器にまつわる最新事情をサーベイするにはうってつけの一冊である。

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2007年4月25日 (水)

信田智人『官邸外交』

信田智人『官邸外交──政治リーダーシップの行方』(朝日新聞社、2004年)

 外交における首相の役割というのはもともと大きく、重要な外交案件は当然ながら首相の判断が必要であった。首相はいわば“第一外相”、外相は“第二外相”という役回りだったと言えるが、いずれにしても外務省の立案した政策を踏まえていた。こうした従来のスタイルを“首脳外交”と呼ぶならば、対して近年では“官邸外交”の傾向が強まっている。

 “官邸外交”とは、外務省では対応しきれない政治判断、総合政策調整を官邸主導で行なうことを指す。本書はとりわけ官邸のスタッフである官房長官、副長官、副長官補といった人々の役割に焦点を合わせ、インタビューもふんだんに活用しながら緻密な実証分析を行なっており、説得力のある研究成果を示している。

 官邸主導の外交というスタイルはもともと中曽根政権や竹下政権の頃から徐々に進められていたが、外務省の管轄範囲を超えた経済摩擦の収拾に限られていた。ところが、近年になってメインの外交課題についても官邸が対応する場面が増えた。これには、橋本行革によって行なわれた官邸機能強化も下地となりつつ、やはり小泉前首相の存在が大きい。

 一匹狼的な小泉にはもともと自民党内での基盤がない。彼は党内の根回しをしてからという従来的な政治手法を取るつもりなど初めからなく、まず連立与党との協議を先行させ、既成事実を作ってしまう。野党の民主党が安全保障政策については現実路線を取って歩み寄ったことも幸いした。何よりも圧倒的な支持率というバックアップがあったため、トップダウン式の政策決定が定着した。また、田中真紀子外相の引き起こした混乱のため、官邸直結で外交を進めなければならなくなったという偶然の要因も作用している。こうした状況下、拉致問題やイラク問題など困難な課題に対し首相自身によって政治リスクを賭けた外交判断を下すという環境ができあがった。

 世論というのは常にうつろうもので、しばしば感情的な傾向を帯びる。外交案件について国民が正しい判断を下せるとは限らないし、また、迅速な対応を迫られる事態も想定されるため、一元的なリーダーシップが必要となる。ただし、現代日本は民主主義によって立つ国である以上、国民の理解を得る努力を怠ってはならない。説明責任を果たすのはやはり首相の役割であり、そうした点でも重要な外交政策決定では官邸主導が望ましいと言えよう。

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2007年4月15日 (日)

佐藤優『国家と神とマルクス』

 今日の夕方、友人から携帯にメールをもらい、佐藤優の最新刊『国家と神とマルクス──「自由主義的保守主義者」かく語りき』(太陽企画出版、2007年)が出たのを知った。早速買い求めて通読した。本書は、佐藤が雑誌や新聞に執筆した論考を集めている。中には、民族派系の『月刊日本』に掲載された「日本の歴史を取り戻せ」や、新左翼系の『情況』でのインタビュー記事「国家という名の妖怪」など、普段は目にする機会のない媒体に発表されたものも含まれている。論点があちこちとんで雑な感じもするが、それだけに彼の思考の途中経過がうかがわれて面白い。

 私が関心を持ったポイントをいくつかメモとして走り書き。初めに、「日本の歴史を取り戻せ」から。保守主義とは伝統に根ざしたものである。しかし、日本は日本の伝統から保守主義が語られるのと同時に、アメリカはアメリカなりの、中国は中国なりの、それぞれの立場での保守主義があるわけで、その点では本来、多元的なものである。ところが、昨今の保守論壇をみると、どうも議論が硬直していて、右派の持ち味であったはずの寛容さが失われている。そこで、佐藤は蓑田胸喜を取り上げ、“唯一の正しい日本”という蓑田のドクトリンはむしろ西欧近代的な言説であることを示し、注意を促す。これに対して、北畠親房『神皇正統記』を読み解きながら、多元的な意見の並立を許容する政治システムとして“権威”と“権力”の分離を日本の伝統として指摘し、これを担保する結節点として、力はなくとも“権威”の担い手である“皇統の連続性”に焦点を当てている。

 次に、「国家という名の妖怪」から。まず、藤原正彦『国家の品格』(PHP新書、2005年)の捉え方について。私自身はこれを駄本だと考えている。ただし、論理以前に情緒が大切であり、その情緒は文化風土の中で育まれるという、藤原が昔から主張してきた勘所については好意的に受け止めていた。感情的なナショナリズムから世間的にこの本が受け止められて、藤原が本来言いたかったことが意外と浸透していないのではないかと懸念していた。佐藤は、「語り得ぬことについては沈黙せねばならない」というヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の末尾をしめくくる有名な一文を引き合いに出しながら、論理の世界と、論理では表わせない世界との区別として理解しており、全く同感である。

 それから、国家の超越性について。世俗化の傾向が強まる中、宗教は人間の生き死にの対象とはならなくなってきた。かわって、生き死にをかける対象としての超越性を国家に求めるようになってきている。そうした認識を踏まえて、「結局、我々は何らかの病気にかかっているので、病気から完全に逃れることはできないのだと思います。だからどういう病気になるかが問題なのだと思います。できるだけ他者に危害を加えない比較的ましな病気になるしかない。それぐらいしかないと思う(笑)。/私のかかっているキリスト教という病気は、他者に危害を加えることがときどきある。私がかかっているもう一つのナショナリズムも他者に危害を加える危険な病気です。だからその危険性をできるだけ、自己の利害得失から切り離して認識しておくことが必要と考えています。」(本書、226頁)という行き方は説得的に感じた。

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2007年4月 6日 (金)

島田裕巳『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』

島田裕巳『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』(亜紀書房、2007年)

 私は中沢新一、島田裕巳のどちらに対しても特に悪意は持っていない。本書を読む前からも、読んだ後も。島田が展開する中沢批判を理解しつつも、同時に中沢への興味がむしろ強まっていくという奇妙な読み方を私はしていた。島田なりに中沢の思想を整理するのを見ながら、何やらデモーニッシュに怪しい魅力が中沢にはあることをかえって印象付けられたからだ。

 実のところ、私は中沢のあまり良い読者ではなかった。最近では『精霊の王』(講談社、2003年)や『アースダイバー』(講談社、2005年)を興味深く読んだものの、他の著作ではたいてい途中で脱落してしまう。彼の晦渋でまわりくどい言い回しで示されたイメージにひかれつつも、どこか感性が違うせいか、読みながら気分がのらないのだ。それでも気になるという微妙な距離感があった。

 中沢という人にはちょっと不思議な印象を以前から持っていた。感覚の深みを鋭く見つめているように思って感心したこともあれば、逆に何と陳腐なことを言っているのかとあきれたり。その落差というか、振幅の激しさそのものに興味がわいていた。島田は中沢についてこう指摘する。中沢は宗教学者ではなく、いまだにチベット密教の修行者の世界から抜け出していないこと。誤解をおそれて相手に応じて発言のニュアンスを変えていること。彼をどう評価したらいいのか戸惑った印象からも私は納得できるように感じた。

 島田の批判は、必ずしも中沢を標的にしなくとも成り立つように思われる。たとえば、『虹の階梯』(私は未読。平河出版社、1981年。中公文庫、1993年)で中沢が描き出したヴィジョンを俎上にあげている。中沢はヴィジョンだけを示して、そこに至る方法論は書かなかった。その方法論を修行という形で麻原が編み出した。だから、オウム真理教に信者が集まった、という。しかし、そうしたヴィジョンにひかれる人々がそもそも潜在的にいたわけだ。彼らは『虹の階梯』がなくても別の形で同じものを求めたのではないか。

 本書で核心をなす議論は“霊的革命”と“リセット願望”とのつながりを指摘したあたりにある。現実の世界を変革すべきもの、否定すべきものと捉え、その忌むべき現実世界を破壊するカタルシス──。中沢が示したそうした傍観者的に身勝手な破壊願望に、テロを正当化する危うさを島田は見出している。

 “リセット願望”は私にとって他人事ではない。阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件と大惨事が立て続けに起こる中、私はまだ学生だった。友人との雑談で、「こんなことおおっぴらには言えないけど、今度は何が起こるんだろうって期待感があるよね」と互いに話し合ったのを覚えている。あるいは9・11のとき、「アメリカ、ざまーみろ!」と身が震えたことも思い出す。

 無論、良識的な立場からは間違った態度であることは重々承知していた。だから、人前でこんな発言をすることには後ろめたさがあった。しかし、こうした感覚が理屈以前にわきおこったことも事実なのである。島田の言う傍観者的で身勝手な“リセット願望”は、中沢に限らず、オウムに限らず、そして私自身にも限らず、多くの人々が心中に感じたのではないか、ただポリティカルな配慮から軽々しく口には出さなかっただけなのではないか、そうした疑いを抑えられない。

 島田の議論はポイントをきちんとおさえていると思う。ただしそれは、中沢個人に責任を帰している点においてではない。中沢個人なんて別にたいした問題ではない。我々の社会の抱える問題、とりわけ安定しているかのように見える社会が内包したニヒリスティックな破壊衝動、そこを中沢をたたき台にして照射しようとしている点で真摯な問題提起を試みているものと私は受け止めている。

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2007年3月27日 (火)

ベネディクト・アンダーソン講演「ナショナリズムのゆくえ」

 ベネディクト・アンダーソンが慶應大学の三田キャンパスで講演を行なった。『想像の共同体』(邦訳・増補版、NTT出版、1997年)はすでに政治学の古典として定評を受けている。一昨年に翻訳の出た『比較の亡霊』(邦訳、作品社、2005年)を途中まで読んでほったらかしていたのを思い出し、講演を聴く前に読破してやろうと思い立ったのだが、約600ページという浩瀚なボリュームのハードルはなかなか高い。こちらは気長に読むことにして、とりあえず聴きに行った。

 タイトルは「ナショナリズムのゆくえ」(“Can Nationalism Still Change?”)。近代におけるナショナリズムの位置づけを歴史的な観点から大きく捉えかえしながら、現在の動向を探るという趣旨である。質的にも構成としてもさすがに充実した内容で、テープ起こしすればそれなりの本になりそうだ。慶應義塾大学出版会から連続講演会の記録がよく出されているから、そういう形で出版されるのだろうな。

 アンダーソンはナショナリズムの展開を三段階に分けて把握している。第一段階は、18~19世紀にかけてアメリカ大陸で湧き上がった独立運動。いわゆるアメリカ独立戦争(独立宣言は1776年)だけでなくラテンアメリカ諸国の動向も世界史的には重要である。いずれも君主政の廃止、共和政の確立を目指した点に特徴を求めていた。

 第二段階が19世紀のヨーロッパ(オスマン帝国支配地域も含む)。この段階では、大国に抑圧されているという自意識を持った人々が自分たちの文化を見つめなおし、ある意味でロマンティシズムとも言うべき高揚感を伴った点に特徴がある。

 第三段階は第二次世界大戦後の反植民地闘争である。植民地支配を受けた人々が、そのまさに支配を受けていた植民地行政の枠組みをもとに人工的にナショナリズムを組み立てたというもがきは『想像の共同体』で指摘されている通りである。

 こうしたナショナリズムの捉え方にはそれほどの新味は感じなかったが、女性解放やマイノリティーの位置づけというテーマとの関わりに目を配りながら話を進めていたのが印象に残った。たとえば、ゲイやレズが社会的に許容されつつあることを取り上げ、これには女性参政権の実現と同じロジックがあると指摘する。つまり、同じアメリカ人なのだから女性にも参政権をあげるべきだ。同様に、ゲイやレズであっても、同じアメリカ人なのだから異なる扱いをしてはいけない、という感じに。

 今回の講演では“ポータブル・ナショナリズム”というキーワードを出してきたのがおもしろい。インターネットなど通信メディアの技術的な向上が、異郷に移住した人々にもたらす影響を次のように論じていた。かつては移住先のメディアを通して情報にアクセスするしかなかったので、その地へ同化するきっかけとなった。ところが、現在ではネットを通して四六時中どこにもアクセスできるようになった。生れた国の情報も容易に入手できるので移住先への同化を促す圧力は弱まっている。その結果として、移住先でのアイデンティティーと生国とのつながりを維持したアイデンティティーとが切り離された形で両立される。どこにも持ち運び可能なナショナル・アイデンティティー、すなわち“ポータブル・ナショナリズム”である。

 アンダーソン自身はこのような事態にあまり好意的ではないような口ぶりだったが、いずれにせよ越境のしやすさとナショナリズムというテーマが彼の現在の主要関心事のように窺われた。『想像の共同体』では出版とナショナリズムとの関係が論じられていたが、メディアの技術的進歩を踏まえてさらに深めた議論をこれから展開しそうで興味深い。

 この講演会は「変わりゆくナショナリズムとアジア」という連続講演会の二日目。慶應義塾創立150周年記念事業の一環らしい。アンダーソンの講演に先立ち朝鮮半島研究の小此木政夫がスピーチしていた。福沢諭吉の脱亜論で言うアジアとは地理的観念ではなくあくまでも古い体制のシンボルとしての意味で、金玉均や兪吉濬たちを援助したことからも分かるように近代化をすすめた上でのアジアの連帯をむしろ彼は考えていた、と福沢擁護の論陣を張ったのもご愛嬌。会場は満遍なく埋まっていた。私がこの大学に通っていた頃には無味乾燥にだだっ広い階段教室だったが、最近改装されたらしく、いかにも大ホールらしい雰囲気になっていたのは少し驚いた。
(2007年3月27日、慶應義塾大学三田キャンパスにて)

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2007年3月 3日 (土)

蔵研也『リバタリアン宣言』についてもう一度

 先日、蔵研也『リバタリアン宣言』についてコメントしたところ(http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_17ed.html)、そのページだけ急にアクセスが集中し始めた。いぶかしく思って調べたところ、著者がホームページ上で私のコメントを引きながら反論していた(反論と言っても、「普通の人を馬鹿にするから政府が必要になる」とか「そういう人生哲学なのだ」といった感じで論理が破綻していたが)。http://www.gifu.shotoku.ac.jp/kkura/rev_lib_manifesto.htm

 「教養がない」「勉強不足だ」と私が書いたことに過敏に反応しているようで、カタカナ術語やら学者の名前やらを並べ立てて“私は勉強不足ではありませんよ”とアピールしている。この人は本当に何もわかっていないのだなあと驚いた。知識の問題ではなく、“自由”を論じてもそこに奥行きの広がりが見えてこない点で、この人の思考の質そのものにクエスチョンをつけているんだけどね。

 本書では、著者自身が盲導犬協会に寄付をしていることを以て、リバタリアンは決して利己主義者ではない、と言う。少なくともそう受け止められる箇所がある。はっきり言って噴飯ものだ。所詮そんなのは、心の奥底にひそむ“自分は良いことをしている”という傲慢さの表われに過ぎないのに、そうした機微がこの人には分からない。そもそも、そういうことは人には言わずにやるべきものと思うのだが、倫理観の違いなのでおいておこう。

 私が気にかけているのは、“自由”と“秩序”とがいかに両立するのかという論拠が本書では明示されていないことだ。寄付云々は誰が考えたって通用する話ではないだろう。そこで、人の内面に刻み込まれた価値規範を大切にすることで外的強制とは違った内発的な秩序を期待するコミュニタリアニズムや、利己心を前提としつつも自身が不利益を被る可能性への想像的配慮を重視するロールズ的な“公正”論、さらにはオーソドックスな社会契約説モデルに対してのリバタリアンからの批判を期待したわけだ。これは政治哲学の核心と言ってもいいくらいで、紙幅の制限は言い訳にならない。

 本書の著者は、ホームページ上での反論の仕方をみると礼儀正しい。おそらく個人的に付き合う分には良い人なのだと思う。しかし、書籍という形で市場に出てきた場合、著者の人柄は関係ない。内容的なクオリティーだけが勝負である。一般読者は決して馬鹿ではない。リバタリアニズムが思想として日本社会に受け容れられるかどうかとは関係なく、単純に議論の質という点で本書は市場から淘汰されるであろう。

 あとがきに、リバタリアニズムの伝道者になるとか書いてあるが、“自由”という固定観念(非常にアイロニカルな言い回しだが)にとり憑かれたカルトみたいで、ちょっと不気味だ。本書には他にも突っ込み所が満載だが、あまり関わり合いたくないのでこれでやめておく。

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2007年2月23日 (金)

蔵研也『リバタリアン宣言』

蔵研也『リバタリアン宣言』(朝日新書、2007年)

 リバタリアンの議論には思考実験としての刺戟があって興味を持っているのだが、本書はつっこみがあまい。はっきり言って愚書である。教養のない学者が本を書くとこんなブザマな代物が出来上がるという典型的な例だ。

 それから、現代の社会哲学的なコンテクストにおいて“自由”を論じているにも拘わらず、コミュニタリアニズムやロールズの“公正としての正義”論に言及がないのも奇妙なことである。巻末の参考文献一覧を見る限り、著者は勉強不足のように思う。

 アトム的個人を前提とし、その集積体として人間社会を捉え、資源配分の効率の問題として国家の必要・不必要を論じるのが本書の骨格となっている。個人に許されるべき裁量に制限をかけている点で、国家に頼る社会設計は“道徳的”ではないとされる。

 よく分からないのだが、この著者は何を以て個人の“自由”と想定しているのだろうか? たとえば、こういう問題がある。効率の論理に従った経済学的な考え方で人間行動を捉えようとする場合、意思決定に際して参照すべき情報が質・量ともに均質であることを前提とし、その上で競争モデルが構築される。しかし、複雑化した社会においては、①情報へのアクセスのしやすさによって出発点で格差が生じる、②情報量があまりに膨大なので個人では処理しきれない、といった問題が出てくる。従って、個人の意思決定がスムーズに行なわれることはあり得ないという意味で、“自己決定”を保障すべき前提が担保できない。このような“情報の非対称性”という問題に対し、リバタリアンはどのように考えるのだろうか?

 著者の議論の背景には、あらゆる選択肢を検討した上で自分の責任において選んだのだから、結果について引き受けるのは当然だ、という倫理観がある。この考え方自体はまっとうだと思う。しかし、出発点の段階から選択肢が限られているとき、こんな楽観的な“自由”論を展開されたところで、“公正”の観点から果たして説得的と言えるだろうか? 

 ハイエクの思想の理解があまいのではないか? ハイエクの自由主義の背景としては、“知”に溺れやすい人間の傲慢を戒め、社会設計において人間のでっち上げた不自然な理屈が暴走することへの懸念がある。その具体例として、ファシズムや共産主義が俎上にのせられた。しかし、彼の全体主義批判で示された問題意識は、単に制度の問題に限られるものではない。ある特定の理論が“正しい”とみなされ、その理論を社会全体に一貫させようと考え始めた時点で、実は人知の傲慢が表われている。そして、効率モデルに基づく自由“原理”主義もまたその傲慢の罠にはまっていると言える。

 身を切るように切実な試行錯誤を通して勝ち取られた“自由”は何にも代えがたく貴重だ。しかし、本書の著者のように、机上ででっちあげた理屈だけで“自由”を論じているのは、そのこと自体がハイエクの思想からすると戒めるべき傲慢さの表われであろう。こうした逆説が本書の著者に理解できるだろうか?

 “自由”を効率の問題に還元して考えること自体、別の観念の奴隷となっていると言えないだろうか。我々は、我々の欲求を、我々自身の“意志”に基づいて作り出しているのではない。効率的な経済システムで運営される社会にあっては、むしろこのシステムの方が各自の中に欲求を映し出していく。“自由”を求める主体が各自の内面にあってその集合体として社会が組み立てられているのではない。まず、社会があって、その中で“自由”を求める(と錯覚している)我々自身の価値観が規定されている。

 効率モデルの中で個人の“自由”を徹底させたところで、システムから発せられた指令が個人というゲートを通過して再びシステムに還っていく、そうした循環を純化させるだけのことであろう。個人はシステムに吸収されて個性をますます失い、従属化されていく。こうした逆説が本書の著者には理解できるだろうか?

 本書の基本的な主張は、笠井潔『国家民営化論』(光文社・知恵の森文庫、2000年)と変わらない。笠井の場合には、自己責任における自殺も認めるため安楽死を制度化せよという主張からも分かるように、人間の生き死にも含めてどこか突き放してしまう、ニヒルで確信犯的なすごみが魅力であった。これに比べると、本書の著者は平板でつまらない。その人の人生観のにじみ出てこない“自由”論など、そもそも論ずべき価値すらない。また、先に述べたように著者の勉強不足は明らかで、学説整理という点では森村進『自由はどこまで可能か』(講談社現代新書、2001年)の方をおすすめする。

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2007年1月27日 (土)

進藤榮一『東アジア共同体をどうつくるか』

進藤榮一『東アジア共同体をどうつくるか』(ちくま新書、2007年)

 本格的な地域統合に途をつけた先駆例としては、現在のところEUしか見当たらない。本書は、「歴史政策学」というスタンスに立ち、EU統合の過程から地域統合に必要な条件をいくつか類推的に引き出す。それを議論の叩き台として踏まえた上で、東アジア独自の地域統合の道筋を模索する。

 EUの場合、かつてのソ連共産主義という脅威への対処から同盟関係が生まれ、同時に第二次世界大戦の反省から、域内での紛争を物理的にも防止しようという意図も含意されて経済統合が進められた。著者によると、東アジア共同体の場合には、共通の脅威としてアメリカ一極支配による「カジノ資本主義」が想定されるという。その上で、東アジア統合の可能性について、膨大なデータや先行研究の成果を渉猟しながら緻密な議論を行なっている。煩瑣な論点にまであちこち飛び回り、新書という体裁にしては読みづらい本ではあるが、東アジア共同体の成立根拠について一定の枠組みを示している点では有益であろう。

 しかし、これほど能弁に語りながらも、説得力に欠けるという印象は最後まで拭えなかった。

 第一に、安全保障上の枠組みを考える上で議論を濁している部分がある。中国脅威論に対しては一定の紙幅を割いてきちんと根拠を示した反論を行なっており、傾聴に値する。しかし、肝心の北朝鮮について軽くスルーしてしまうのは問題だろう。食糧危機による負の悪循環には触れているものの、核問題についての著者の見解が不明瞭で、北朝鮮を東アジア共同体に取り込めるかどうか、その可能性については全く論じていない。

 第二に、東アジア共同体全体でまとまったアイデンティティーのあり方について考える上で、多様な文化的差異の中でどのように共通項を築き上げるかという問題を避けて通ることはできない。しかし、政治・経済的な枠組みについてはデータをいちいち挙げて緻密な議論を展開してきたのとは打って変わって、こちらについては理念先行、抽象的な話でお茶を濁すだけ。惨めなほどに内容が薄い。

 都市中間層のライフスタイルが脱国境的に拡がっていることを指摘して地域共同体の一つの基盤になるだろうと言う。ライフスタイルの越境的な均質化は確かだろうが、それは東アジアという地域に限るものではない。欧米も含めての拡がりの中で、都市中間層は、自国内の貧困層よりも、他国の中間層の方に親近感を持つことがつとに指摘されている。これはむしろ域内で階層的な断絶を生み出すことになり、東アジア共同体全体としてのアイデンティティー形成を阻害する要因になるのではないか?

 「儒教文化」を東アジア共通の文化的基層として取り上げ、フランシス・フクヤマの言う「社会的信頼」(Trust)やロバート・パットナムの「社会関係資本」(Social Capital)と結びつけて論じている。社会関係資本が重要であることは全く同感だ。しかし、経済的効率化があらゆる局面で進展している中、「儒教文化」も含めた伝統的価値意識は崩され、個人同士を結びつける紐帯がなくなりつつある、従って社会関係資本が機能しなくなりつつあることがむしろ現代の問題なのではないか? パットナム『孤独なボウリング』(邦訳、柏書房、2006年)の問題意識は社会関係資本の衰退に向けられており、それは他ならぬ日本にとっても切実な問題ではないのか? そもそも「儒教文化」などという括り方自体、大雑把で説得力ゼロ。社会的・文化的背景をステレオタイプで決め付けてしまう安直な物言いには本当にイライラする。

(2007年1月23日記)

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2007年1月15日 (月)

中岡望『アメリカ保守革命』

 昨年のアメリカ中間選挙の結果を受け、ブッシュ政権へのネオコンの影響力は低下した。9・11同時多発テロからイラク戦争に至るまでマスメディアにも盛んに登場したネオコン──その思想的な核心がどこにあるのか、実は私はいまだにピンときていない。政策の誤りをあげつらうのはたやすい。しかし、彼らを駆り立てた動因が何であったのか、そこをしっかりと押さえておかなければ建設的な批判はできない。

 そうした中、本書は戦後アメリカ政治史の文脈におけるネオコンも含めた保守主義の系譜が整理されており、一つの見取り図を得たという点で有益であった。

 一般的に保守主義の思想的な特徴としては次の点が指摘される。第一に、神の前において人間の賢しらを戒め、進歩主義的な観念論を偽りごととして批判する。それは、戦後政治においては反共・反リベラルとして特徴付けられる。第二に、政府機能は縮小させ、かわって各人の家族や共同体への帰属意識を重視する。第三に、経済的な自由競争、自己責任原則を主張する。ただし、これらが一律に主張されるわけではなく、宗教的倫理重視の伝統主義者と経済的自由重視のリバタリアンとが絡み合っている。

 アメリカでは、F・D・ローズヴェルト政権のいわゆるニューディール政策によってリベラルが政治の主流となりつつあった。そうした趨勢に対して戦後、保守主義思想は自前の立場を主張し始める。いわゆる保守主義革命は三段階に分けられ、第一段階は1950年代、理論構築の時期。第二段階は1960年代半ばからで、保守主義者は共和党に入って政治活動を開始した。そして、1981年に誕生したレーガン政権への参加が第三段階となる。

 しかし、レーガン政権への参加に伴う人事抗争、さらにはソ連という共通の敵が消滅したことにより、保守主義者内部の争いが表面化した。具体的には、キリスト教右派などポピュリスティックな人々を中心とするペイリオコン(Paleo-Conservatism=旧保守)と、インテリ中心のネオコン(Neo-Conservatism=新保守)とに分裂したのである。

 両者は次の点で相違する。第一に、ペイリオコンとは異なり、ネオコンは宗教的倫理観を最優先課題とは考えない。たとえば、ネオコンの中に同性愛者がいたらしいが問題にもならなかったという。ペイリオコンには生まれながらの伝統主義者が多いのに対し、ネオコンには左翼からの転向者が多いという出自の違いもある。

 第二に、ペイリオコンの主張が極めて情緒的であるのに対し、ネオコンは政策科学的な理論武装をもとに論陣を張った。たとえば、ペイリオコンは福祉国家を悪しきものとして一方的に排斥するだけである。しかし、ネオコンは統計データを分析して比較考量し、福祉政策によって依存者が増えるというマイナスよりも、福祉政策を撤廃したときの生活困窮者の問題の方が深刻であるならば、福祉政策路線を継続させるというリアルな対応を取る。こうした政策ブレーンとしての有用性がレーガン政権以降ネオコンが重用された理由である。

 第三に、国際政治への対応として、ペイリオコンは伝統的な孤立主義を主張する。共産主義は倒れたのだからこれ以上アメリカは世界にしゃしゃり出てゆく必要はない。これに対してネオコンは、国際秩序の形成にアメリカは責任を持つべきであり、そのためには軍事介入も躊躇してはならないと考えている。

 ネオコンにはユダヤ人やカトリックが多く、その世界観には一神教的・十字軍的な使命感が垣間見られると指摘される。イラク戦争の理由を石油利権等の分かりやすいファクターで説明しようとする議論がたまに見られるが、そんな単純な問題ではない。こうした思想的な側面からさらに掘り下げた説明を私は最も期待していたのだが、紙幅の制限のためでもあろう、本書ではなかなか難しいようだ。

 アーヴィング・クリストル(Irving Kristol)がネオコンの理論的なキーパーソンとなるらしい。しかし、彼も含めてネオコンのスタンスを一貫的に主張した理論書はないという。ちなみに息子のウィリアム・クリストル(William Kristol)はホワイトハウス入りして政策立案で大きな役割を果たした。

 独善的な理念の暴走を戒めるというのが保守主義思想の真髄であったはずだ。そこから考えると、ネオコンというのは、まとっている衣は保守主義であっても、根本的にどこか異質な部分がある。その異質さを浮き彫りにした研究があれば是非とも読んでみたい。

【取り上げた本】

中岡望『アメリカ保守革命』(中公新書ラクレ、2004年)

(2007年1月3日記)

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2006年12月19日 (火)

国末憲人『ポピュリズムに蝕まれるフランス』

【民主主義の祖国が抱える葛藤】

 シラク後をめぐるフランス大統領選挙の役者もそろそろ出揃いつつあるようだ。今回は国末憲人『ポピュリズムに蝕まれるフランス』(草思社、2005年)を取り上げよう。

 本書の題材となっているのは前回、2002年のフランス大統領選挙。大方の予想を裏切って決選投票に進出した極右・国民戦線のルペンに対し、保守派と左翼がスクラムを組んでシラク再選が決まった。

 「民主主義に敏感なフランスの感性が証明された」──選挙結果を受けてこうした論評が新聞をにぎわせた。しかし、本当にそうなのか? 本書は、“ポピュリズム”という政治学的には定義の極めて難しいキーワードを軸として、フランス革命以来「民主主義の祖国」としての誇りを抱いてきた国家が直面している混乱、具体的には選挙による代表制と政教分離という2つの柱が破綻をきたしている現状を報告する。

 テーマは非常に興味深い。ただし、本書は関係者を取材してまわった感触を通り一遍に叙述するだけで終わっており、現場を見て歩いた者ならではの考察が示されていないのが少々物足りない感じがした。

【フィクションとしての選挙】

 制度というのは一つのフィクションである。20世紀初頭の異端的な社会学者ロベルト・ミヘルスがつとに指摘していたように、民主主義という衣をかぶってはいても、実際の政治運営が字義通り「民主的」に運営されるなんてことはまずあり得ない(森博・樋口晟子訳『現代民主主義における政党の社会学』木鐸社、1973年)。

 フランスもまた例外ではなく、「民主主義」というたてまえとは裏腹に、実際に国家の舵取りを行っているのはごく少数のエリート層である。この奇妙な矛盾は薄々気づかれていながらも、選挙による政権交代という手続きを通すことで覆い隠されてきた。

 しかし、社会が成熟することで政治的争点がかつてのイデオロギー対立から身近な問題へと細分化されるにつれ、保守派と社会党との違いが見えなくなった。つまり、政治に変化が期待できなくなり、その分、保守派も社会党もトップはエリート校出身者でほとんどが占められているという事実が際立つようになってきた(保守派の中でもサルコジ内相に人気があるのは、彼がエリート出身ではないからだ)。

 倦怠感・閉塞感が漂う中、欺瞞であろうともこのシステムによって今までの社会運営がなされてきたことへの挑発的な気持ちが社会全般に行き渡るようになる。それが、極右というスタンダードから外れた勢力への得票という形で表れたと言えるだろう(無論、移民政策、治安対策などの問題も倍加的に影響を与えている)。

【政教分離という原理の矛盾】

 「政教分離」もまたフランスをはじめ近代社会を成り立たせてきたフィクションである。以前、イスラムの信仰を持つ少女がスカーフをつけて公立学校に通うことが政教分離に反するのではないかという論争が過熱したことがある。ここからいくつかの問題が露わになった。

 第一に、他者への寛容を目的とするはずの「政教分離」という原則が、結果としてイスラムに対して「不寛容」な態度を取ることになったという逆説的な事実である。

 第二に、これは本書を読んで初めて知ったのだが、実はこのスカーフの少女は生まれながらのムスリムではなかった。両親はフランス生まれのユダヤ人で、彼女は自分の意志でイスラムに改宗していたのである。彼女に何があったのかは分からない。特別な政治的背景が見られるわけでもない。思春期によぎる戸惑いの中、たまたまイスラムに魅かれたというだけのことなのかもしれない。

 問題なのは、あくまでも彼女の個人的な事情に過ぎないことが、「政教分離」という政治的論争の枠組みに無理やり押し込められ、彼女の思惑を超えた所で世論が大騒ぎすることになった経緯である。

 フランスの場合、ユグノー戦争以来繰返された宗教対立により、こうした問題への過敏なまでの反応があるのはやむを得ないのかもしれない。しかし、「政教分離」という原則論ばかりが暴走することのはらむ逆説的な意味を問い直すことは必要であろう。

 選挙による代表制と政教分離。いずれも日本にとっては欧米から輸入した観念に過ぎない。本家本元のフランスで陥っている混乱は、もし日本だったらどのような視点に立って考えることができるのか。そこを念頭に置きながら読むと興味深い。

【著者プロフィール】
朝日新聞記者。1963年岡山県生まれ。87年「アフリカの街角から」でノンフィクション朝日ジャーナル大賞優秀賞を受賞。同年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社入社。パリ特派員(01‐04年)などを経て外報部次長。この間ルワンダ内戦、イスラム過激派テロ、パレスチナ紛争、イラク戦争などを取材。連載「テロリストの軌跡」で02年度日本新聞協会賞を受賞。他の著作に『自爆テロリストの正体』(新潮新書、2005年)。

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