カテゴリー「映画」の336件の記事

2018年2月20日 (火)

【映画】「リバーズ・エッジ」

【映画】「リバーズ・エッジ」
 岡崎京子の原作を読んだのはいつのことだったろうか。川べりの草むらの中にひっそりと横たわる死体。実存的虚無を抱え込んだ心象風景には、その死体は非日常の象徴のように捉えられる。そうした印象だけ記憶していて、こんなストーリーだったかなあ、と思い返しながらこの映画を観ていた。
 
 過食症のモデル。セックスの身体的実感を通してようやく存在感をつかめる少女。セックスと暴力しかない、からっぽな男。同性愛であることを隠して、好きな相手(男)に気持ちを伝えられず、偽装的に女性と付き合う少年。彼らを、どこか冷めた視線で見つめている主人公。それは、映画の視点でありつつ、冷やかさ自体が一種の空虚感でもある。個々のエピソードは衝撃的ではあるが、原作は90年代の少年少女の心象風景をうまく切り取っていたように思う(それは、私自身が思春期を過ごした年代でもある)。煤煙や排水を吐き出し続ける工場、廃墟のような旧校舎は、殺伐とした心象風景を描き出す格好な道具立てになっているが、この映画ではきれいに撮りすぎているようにも感じた。
 
日本/2018年/118分
監督:行定勲
(2018年2月20日、TOHOシネマズ新宿にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月15日 (木)

【映画】「花咲くころ」

【映画】「花咲くころ」
 1992年、ジョージア(グルジア)の首都・トビリシ。中学校に通う二人の少女、ニカとナティアは無二の親友。大人へと背伸びしたい年ごろ。悪ガキどもからちょっかいを出されたりもするが、権威主義的な教師に退席を命じられると、彼らも含めクラスメートも一緒に外へ飛び出したり、意外と連帯感がある。
 
 トビリシの歴史を感じさせる古びた石造りの街並み。坂の多い街で、年代もののロープウェイも現役だ。郊外に出れば、木々の豊かな緑と小川のせせらぎが、気分をホッとさせる。アパート群は旧ソ連時代のものか。これらを背景に少女たちが闊歩し、にわか雨に見舞われたら、土砂降りの中を駆けていく姿は絵になる。配給の行列に並ぶ喧噪も、少女たちにかかれば楽しそうだ。大人びたナティア、どこか生真面目なニカ、二人ともそれぞれに凛々しく、美しい。
 
 しかしながら、二人とも複雑な家庭事情を抱えていた。ニカの家には父の姿がない。ナティアの父は飲んだくれて、母に暴力を振るっている。そう言えば、街中を歩いているのも女性、子供、老人ばかりで、男性が少ないように見える。いるとしても、チンピラか、銃を抱えた物騒な奴らばかり。人々の会話やラジオから聞こえてくるツヒンヴァリ(南オセチアの首都)、アブハジアといった地名は内戦を暗示している。どこか殺伐とした空気。ナティアは恋人から護身用にとピストルを渡された。
 
 映画の中盤で、ナティアがそれまで付きまとわれていた男に誘拐される。その場にいたニカが止めようとしても力が及ばない。周囲の人は傍観するばかり。略奪婚の風習がいまだに残っていた。内戦、男性優位の伝統──穏やかなように見えた街の中に暴力が日常的に浸透している現実に、ハッと気づかされる。
 
 ナティアは略奪婚の現実をやむを得ず受け入れようとする。彼女は誕生日に実家へ戻り、おばあちゃんがバルコニーにしつらえてくれた食卓で親友のニカと二人向き合い、ワインで乾杯。「ほら、ちゃんと飲めたよ」「私もよ!」──大人になるには、過酷な現実と向き合わなければならない宿命と表裏一体だ。この直後に起こった悲劇はナティアを絶望に陥れる。
 
 映画の終盤、ニカは二つの決断をした。まず、ナティアの持っていたピストルを取り上げ、湖の中に投げ捨てた。ナティアが復讐のため引き金を引くのを恐れたからだ。そして、父が服役している刑務所まで面会に行く。ニカの父は、いつも彼女にちょっかいを出す悪ガキの父親を殺害していた。暴力の連鎖を断ち切るためには、過去を直視しなければならないと思い定めたのだろう。
 
 この映画では、少女たちの青春のきらめきを切り取った映像的美しさと、そこからうっすらと内戦の傷跡が浮かび上がってくるコントラストが見事に描き出されている。
 
 岩波ホールには久し振りに来たが、創立50周年記念らしい。ロビーにこれまで上映されて来た作品のポスターが貼り出されているが、見ているとなつかしくなってくる。私が初めて来館したのは確か1995年で、インドネシア映画「青空がぼくの家」、タイ映画「ムアンとリット」、それからグルジア映画祭として上映された3本のうち「若き作曲家の旅」と「青い山」を観た。そう、グルジア映画と出会ったのは岩波ホールだった。他にもテンギズ・アブラゼ監督「懺悔」もここで観た。
 
 DVDやネットでも映画は観られるが、映画館で観ると、その時どきの自分自身の境遇と結び付いて思い出されてくるので、なつかしさもひとしおに感じられる。
 
2013年/ジョージア・ドイツ・フランス/102分
(2018年2月15日、岩波ホールにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月14日 (水)

【映画】「嘘を愛する女」

【映画】「嘘を愛する女」
 
 商品開発の仕事に夢中なキャリア・ウーマンの川原(長澤まさみ)は、偶然に出会った小出(高橋一生)と同棲している。結婚を考え、小出を母親に紹介しようとしたが、その日に限ってなぜか小出と連絡がつかない。彼はくも膜下出血で倒れて意識不明、病院に搬送されていたのだった。その時になってはじめて彼が名前も身分も偽っていたことが判明する。5年間ずっと愛し続けた相手は一体何者だったのか──? 彼が秘かに書いていた小説を手掛かりに、彼女は瀬戸内へ答えを探りに行く。
 
 東京、小さな村の連なる瀬戸内沿岸、そして「事件」の起こった郊外の一軒家──この映画は基本的にこうした三種類の空間を往来しながら進行している。東京は競争社会。がむしゃらに働かねばならず、親しい同僚も油断はできない。対して、瀬戸内でたまたま立ち寄った居酒屋では川原は素直に本音を語り、リラックスしている様子だ。映画の背景をなす「事件」の起こった一軒家は孤独を表しているのだろう。「事件」後に東京へ来た小出は、不特定多数の中に消えていくことを望んでいた。
 
 小出が目覚めたとして、川原は今後も一緒に暮らしていけるのだろうか。彼女は小出の「嘘」を知った。同時に、小出が小説の中で思い描くフィクションを通して、彼の思いにも気づく。人間関係には仮構を積極的な意志によって築き上げていくという側面がある(だからこそ、映画中で出てくるDNA鑑定で親子関係に安心を求めようとする血縁主義は胡散臭い)。東京という匿名の不特定多数が織りなす空間は「無」にもなれるが、同時にフィクションを意志することで新たな関係性を築き上げる契機ともなり得るだろう。本作のタイトル「嘘を愛する女」はそういうものとして受け止めた。
 
日本/2018年/118分
監督:中江和仁
(2018年2月13日、新宿ピカデリーにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月14日 (日)

【映画】「三度目の殺人」

 こちらに書くのは久しぶり。現在生息中の台南ではまともな映画はなかなか観られないので、用事があって高雄へ出たついでに是枝裕和監督「三度目の殺人」(中文題目:第三次殺人)を観てきた。
 
 多摩川の河川敷で起こった殺人のシーンから始まる。被害者はガソリンをかけて燃やされた。犯人として逮捕された三隅は、弁護士の接見を受けても証言を二転三転させるため、業を煮やした同僚から頼まれて、重盛が弁護を引き受けることになった。前言を次々と翻す三隅の言動に重盛が翻弄されるという形でストーリーが進む。重盛は当初、「真実など興味ない。法廷技術として有利な条件を使って勝てばいい」というシニシズムを基本としていたが、そうした態度も三隅と接触しながら変容していく。
 
 三隅は「空っぽの器」のような存在という設定が本作のカギとなる。彼は相手の体温を感じ取ることで、その気持ちを自らに同化させてしまうという特性を持っていた。従って、殺人は、別人の恨みを感じ取って実行されている。また、証言が二転三転するのも、警察や検察の取り調べ、弁護士の接見、さらには雑誌記者の取材、その都度、相手の望むことを感じ取って話していたからである。
 
 重盛は、三隅はある少女を守るためにその父を殺害したのではないかと疑う。その少女も、三隅を救うために証言を希望していた。だが、少女が証言すれば、検察はその信憑性を崩すため、ありとあらゆる質問を浴びせかけてくるだろう。少女が傷ついてしまうのを重盛は恐れた。その心配が三隅にも伝わったのだろう、彼は殺人を一切否認するという形で裁判を混乱させ、少女が傷つくのを防いだ。その結果、彼は死刑判決を受ける。その後、重盛が、三隅は少女を守るため荒唐無稽な犯行否定をしたのではないか?と尋ねたところ、三隅の答えは「そうだとしたら素晴らしいですね」とまるで他人事のようだった。おそらく、彼はその都度他人の気持ちに同化しただけなので、そもそも記憶がないのかもしれない。
 
 最終的には、真実は分からない、という古典的なオチになる。「藪の中」的なストーリー構成だが、三隅というトリックスターを導入することで、裁判関係者の彼に対するコメントを通して司法をめぐる様々な論点が浮き彫りにされていくという工夫がこらされている。死刑の是非。犯罪は社会が生み出すのか、生まれつきなのか。真実への信頼と、逆に重盛のようなシニシズム。さらには、生命の選別等々、倫理的な話題にまで及ぶ。こうした論点の変化に応じて、三隅の犯行動機についても、快楽殺人から人助けまで大きな振幅が示される。
 
 三隅という人物の善悪を超えた凄みは、役所広司の良くも悪くも特色のない表情だからこそ、うまく表現し得ている。
 
(2018年1月13日、高雄大遠百・威秀影城にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月 9日 (月)

【映画】「灣生畫家 立石鐵臣」

「灣生畫家 立石鐵臣」

  1941年7月、太平洋戦争の勃発が間近に迫った時期、台北で『民俗台湾』という雑誌が創刊された。1937年には日中戦争が始まって戦時体制が強まりつつあり、台湾では「皇民化運動」が展開されていた。「日本人」として皇国に心身ともに捧げることが当然視された時代状況下、台湾の民俗文化の記録・保存を目的とした雑誌の存在は、それだけでも当局から睨まれてもおかしくなかった。雑誌の刊行を継続することがまずは至上命題。検閲の目を逃れるためには時に国策に迎合する言辞もちりばめなければいけなかったが、いずれにせよ、日本人であるか台湾人であるかを問わず、台湾の文化や歴史に愛着を持つ人々が手探りしながら協力し合って、このささやかな雑誌は1945年1月号まで続いた。

  『民俗台湾』をひもとくと、「台湾民俗図絵」をはじめとしたイラストがひときわ目を引く。的確に対象を捉えつつ、ぬくもりがあって、時にユーモラスなこれらのカットを描いたのは、台湾生まれの日本人画家・立石鐵臣。台湾生まれの日本人のことを「湾生」という。

  立石鐵臣は1905年、台北に生まれた。父の転勤に伴って日本へ帰国。絵画には早くから興味を持ち、才能を示していた鐵臣は国画会に入選するなど若手画家としてのキャリアを着実に積んでいた。1934年、台湾へ戻る。生まれ故郷・台湾の風光を描きたかったからだ。「ちょっと台湾へ行ってきます」というさり気ない言い方が、いかにも彼のパーソナリティーを彷彿とさせる。

  立石は1934年に台湾人を中心に設立された台陽美術協会の創立メンバーになった。台北放送局に勤務していた兄・立石成孚の家に寄寓し、台北帝国大学の生物学者・素木得一の研究室で標本画を描く仕事をしながら、細密画の描法を自ら会得する。また、台北の文壇で勢力を持っていた作家・西川満に頼まれてイラストや装幀も手掛けるようになり、そうした中で後の『民俗台湾』同人たちとも知り合った。

  1945年、日本の敗戦により、台湾は中華民国に接収された。日本人は原則的に日本へ送還されることになっていたが、特殊技能を持つ日本人はしばらく留め置かれた。これを「留用」という。立石も「留用」されて台湾省編訳館に勤務する。ここでは日本統治時代に蓄積された学術的成果を整理・翻訳する作業が行われていた。編訳館には魯迅の親友だった許壽裳など日本留学経験のある開明的な中国知識人が派遣されてきており、彼らは「留用」された日本人にも誠意をもって接してくれたという。私個人としては、こうした形で日本人、台湾人、中国人が協力し合う時期が束の間なりともあったということに関心が引かれているが、1947年の二二八事件等によって時代状況は瞬く間に険悪化していく。編訳館は閉鎖され、許壽裳は暗殺されてしまった。編訳館の閉鎖後、鐵臣は「留用」された日本人の子弟が預けられていた小学校の教員をして、生徒から慕われていたらしい。1948年、最後の引揚船に乗って基隆を離れるとき、埠頭には見送りの台湾人がたくさん集まっていて、「蛍の光」が聞こえてきたという。

  日本へ帰国して以降、彼の画風は抽象的なものになっていく。例えば、眼球が宙に浮いているような「虚空」(1950年)──もともとのタイトルは「孤独」だったという。彼が見ていた心象風景はどのような経過をたどって変化したのだろうか。台湾体験は戦後の彼の軌跡にどのような影響をもたらしたのだろうか──。藤田監督は上映後のスピーチの際、初期の画風と戦後の画風との際立った違いが気にかかり、その中間に位置する台湾時代を探ってみたいと思った、という趣旨のことを語っておられた。立石は自らのことについて直接的に語ることは少なく、絵画を通して語っている。そして、残念ながら、台湾時代に描いた作品の多くは台湾に残してきて、そのまま行方不明になっている。明確な答えはなかなか見えてこないが、むしろ観客一人一人が彼の軌跡がはらんだ意味を考えて行く上で、このドキュメンタリー作品は貴重な手がかりを示してくれている。

  立石が描いた「台湾民俗図絵」のカットは、現在の台湾でも、例えば小物のデザインなど、ふとしたところで見かけることがある。利用した台湾人自身も、その来歴を知らないのかもしれない。また、戦後、日本へ戻った立石は生計を立てるため図鑑や教科書のイラストもたくさん描いており、我々も気づかないところで、実は立石の絵を見ていた可能性は高い。世に知られようと知られまいと、そんなことには頓着せず、立石はとにかく絵を描き続けていた。

  台湾人からすれば、日本統治時代の台湾史は最近まで学校で教えられることがなく、ある意味、足元のことなのに未知の世界も同然であった。また、日本人からすれば、日本統治時代の台湾は、日本と密接な関係があったにもかかわらず、現在は外国であるがゆえになかなか知る機会がなく、これもまた別の意味で未知の世界である。この「湾生画家 立石鐵臣」というドキュメンタリー作品は、日本人の藤田修平監督、台湾人の郭亮吟監督という二人によって共同制作されており、日本人と台湾人、それぞれ異なる探求の視点がうまくかみ合いながら、立石鐵臣という一人の画家を通して日台関係のある一面も見えてくる。私自身も台湾現代史の勉強を続ける上で色々な示唆を受けており、もっと多くの方に観ていただけるよう上映機会が増えることを願いたい。

  作品中には立石鐵臣のご家族や、『民俗台湾』の立役者であった池田敏雄夫人の黄鳳姿さんなどの貴重な証言が含まれている。『民俗台湾』の印刷を請け負っていた、やはり湾生の岡部茂さんや、考古学者の宋文薫さんは今年、惜しくも相次いでお亡くなりになってしまった。謹んでご冥福をお祈りしたい。

  また、5月21日から東京・府中市美術館にて「麗しき故郷「台湾」に捧ぐ──立石鐡臣展」も開催される。
 

(2016年5月7日、「台灣國際紀錄片影展」、台北・光點華山電影にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月23日 (水)

【映画】「我們的那時此刻」

楊力州監督によるドキュメンタリー《我們的那時此刻》(私たちのあの時・この時)について、別ブログにて(→こちら)。大阪アジアン映画祭でも「あの頃、この時」というタイトルで上映された様子(→こちら)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月22日 (火)

【映画】「リップヴァンウィンクルの花嫁」

【映画】「リップヴァンウィンクルの花嫁」
 岩井俊二監督の新作「リップヴァンウィンクルの花嫁」がなぜか台湾で先行上映されており(日本では3月26日より開映)、長年、岩井作品を見続けてきた者として観に行かないわけにはいかない。いま住んでいる台南では上映していないので、隣の高雄までわざわざ足を運んで観てきた。
 
 派遣教員の仕事をクビになった七海(黒木華)は、SNSで出会った夫との新婚生活も破綻。両親も離婚寸前で、帰るところはない(実家は3・11大地震の被災地であったことがほのめかされる)。仕事も居場所も失って途方に暮れる彼女の前に、やはりSNSで知り合った安室(綾野剛)が現われ、不思議なアルバイトを紹介される。
 
 親戚が少ない婚家が挙式に当たって体面をつくろうため呼ぶサクラのアルバイトを七海はやってみた。かき集められた年齢も違うバイト仲間たちと偽装家族を演じたところ、お互い初対面であるにもかかわらず何となく楽しげ。七海も久しぶりに笑顔を見せる。そうした仮想の家族は、破綻した新婚生活、離婚寸前の両親と対比されると、家族なるものの脆さを強調しているかのようにも見えてくるが、むしろこれは家族という関係性の可変性、代替可能性を示していると捉えられる。バイトで知り合った真白(Cocco)はガンに冒されて死期が迫っていたが、七海はそのことを知らず、彼女と仮想の婚姻を結び、死のその時までずっと寄り添っていた。心中したと勘違いした安室が、屈託なく目を覚ました七海を見て驚くシーンはコミカルだが、愛する者を失って自分ひとり生き残っても自責の念にかられる必要はないというメッセージであろうか。
 
 安室という胡散臭いが、どことなく信頼もできそうな不思議な二面性を持った「何でも屋」のキャラクターが面白い。七海の新婚生活が破綻するよう画策したのは実は安室なのだが、彼女にアルバイトを紹介して助けてやるのもまた彼である。物語を展開させるトリックスターの役回りを果たしているが、彼の意図はよく分からない。いや、そもそも予想外の展開に彼自身驚いている節もあるが、それでも自然に流れのままに泳いでいく。あるいは、不条理な運命そのものを体現しているのか。運命はときに残酷だが、ときに温かく手を差し伸べることもある。ウブで間抜けな七海は、自分を気まぐれに翻弄する不条理に泣きながら、意外と芯の太さも見せ、誠実な態度でしぶとく自分の人生を築き直していく。
 
【データ】
監督・原作・脚本:岩井俊二
2016年/日本/180分
(2016年3月15日、高雄大遠百・威秀影城にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月 9日 (火)

【映画】「バーバリアンズ──セルビアの若きまなざし」

【映画】「バーバリアンズ──セルビアの若きまなざし」
 セルビアの首都ベオグラード郊外の工場地帯で鬱屈した日々を送る若者たち。そうした一人のルカは学校には行かず、毎日不良仲間とつるんでいる。父は行方をくらませて一家は生活保護を受けている。恋人は地元サッカーチームのスター選手にとられ、仲間とつるんでも気が紛れない。2008年2月、ちょうどコソヴォがセルビアからの独立を宣言した頃で、テレビは連日、関連報道で騒ぎ立てている。
 将来への希望が見いだせず、アモルファスな苛立ちを持て余して、刹那的な行動に身を委ねるしかない。そのはけ口は様々──サッカーを応援するフーリガン、ネット上でのガールハント、そしてコソヴォ独立反対のデモ。暴徒化したデモ隊はアメリカ大使館へ突入したばかりでなく、商店街の略奪まで始まる。ルカが「アメリカ大使館へ行こう」と言うのに対し、仲間は「そんなことより、スニーカーを盗ろうぜ!」という反応。憂さ晴らしの略奪と政治的ナショナリズムとしてのデモ参加とが、彼らにとって鬱屈のはけ口として選択可能な等価値なものであることが示されている。
 デモ隊に参加した若者たちの「コソヴォはセルビアの聖地!」というシュプレヒコールと、サッカーの応援歌は似ている。ルカは元カノには冷たくあしらわれ、父親には見捨てられた。ある事件のためフーリガン仲間から殴られたが、敢えてサッカースタジアムに戻り、自分を殴った仲間たちと一緒に声を張り上げて応援歌を歌うしかない。将来に希望がなく、愛情や友情といった直接的な関係も失って疎外感に苛まされている若者にとって、最後にすがりつけるのは集団行動にしかないということか。こうした描き方は、やり場のない苛立ちや疎外感がナショナリズムを形成していく過程を浮き彫りにしているように見える。
【データ】
原題:Varvali(Barbarians)
監督・脚本:イヴァン・イキッチ
2014年/セルビア、モンテネグロ、スロヴァニア/87分
(2016年1月8日、渋谷・シアターイメージフォーラムにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月 8日 (月)

【映画】「不屈の男──アンブロークン」

【映画】「不屈の男──アンブロークン」
 主人公のルイ・ザンペリーニは1936年のベルリン・オリンピックに陸上競技でアメリカ代表として出場した経験を持つ。第二次世界大戦が始まると爆撃手として出征したが、搭乗していた爆撃機が洋上に不時着、40日以上も漂流したあげく、拾い上げられたのは敵国日本の艦船だった。送られた先は大森俘虜収容所。彼が出場を熱望していた1940年の東京オリンピックは第二次世界大戦勃発のため中止となったが、捕虜として「念願の地」にたどり着いたことになる皮肉。収容所長の渡辺伍長に目を付けられたルイは連日、虐待を受ける。
 アンジェリーナ・ジョリーが監督した第二作目。事前に「反日」映画云々といった話もネット上で出回っていたが、観た感じではそんなことない。エンディングでは実在のルイが80歳になって日本で走った際の映像が映し出され、(取ってつけた感があるにせよ)基本的には日米和解のストーリー立てになっている。
 幼い頃、「汚いイタリア移民」といじめられた過去。漂流の過酷な時間。そして、捕虜収容所での虐待。どんな苦難にもめげずに耐え抜いた姿を描き出すのがこの映画の狙いだろう。彼を執拗にいたぶる渡辺伍長がいかにもなおっさんなら惨たらしさが際立ったのだろうが、この映画で起用されたのは美青年(MIYAVIという人)なので、舞台が捕虜収容所ということもあって大島渚監督「戦場のメリークリスマス」での坂本龍一とデビッド・ボウイの密やかな同性愛関係を想起した。ルイの不屈な忍耐力が、いびつな権力欲を振りかざす渡辺伍長をたじろがせる、というのが「アンブロークン」の本来の趣旨なのだろうが、渡辺伍長のルイに対するサディスティックに倒錯した同性愛感情のような印象を受けた。直江津捕虜収容所に移送され、渡辺伍長から離れられたと思いきや、昇進した渡辺軍曹がまたまた現れ、ルイが卒倒しそうになるシーンは、ストーカーから逃れられずヘナヘナ…という感じ。
原題:Unbroken
監督:アンジェリーナ・ジョリー
2014年/アメリカ/137分

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月29日 (金)

【映画】「サウルの息子」

 ナチスの絶滅収容所でユダヤ人のジェノサイドが行われていたとき、収容されたユダヤ人の中から選ばれて殺戮作業の手伝いをさせられていた人々をゾンダーコマンド(Sonderkommando)という。大量虐殺の一部始終を目撃していた彼らもやがて殺される運命にあったが、2,3カ月の延命と引き換えにこの作業に従事していた。
 アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所でゾンダーコマンドとして働いていたサウルはガス室で遺体処理をしていたとき、まだ息のある少年を見かけた。親衛隊の医官はただちに彼の息の根を止めてしまったが、サウルは少年の遺体をユダヤ教の教義に則って埋葬してあげたいと考え始める。遺体を隠し、ラビを探す中、サウルの視点を通して収容所の内情が映し出される。同時に、秘かに蜂起の準備をしていたゾンダーコマンドたちが潰されていく過程も描かれる。
 ジークムント・バウマン『近代とホロコースト』(森田典正訳、大月書店、2006年)は、近代社会を特徴づける組織経営の合理性・効率性こそが道徳感情の無化をもたらし、あたかも工場のように粛々と大量殺戮が遂行された逆説を指摘している。それは、ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』(大久保和郎訳、みすず書房、1969年)で指摘された「悪の陳腐さ」ともつながる。また、自らの収容所体験をもとに書かれたヴィクトール・フランクル『夜と霧』(霜山徳爾訳、みすず書房、1956年/池田香代子訳、みすず書房、2002年)では、こうした極限状態が日常風景となる中、収容者自身も感覚が麻痺してしまう様子が描写されている。殺戮の残酷さ以上に、殺す者、殺される者の双方が感覚を失ってしまうことの方が実におぞましい。
 だからこそ、フランクルは過酷な非人間的状況の中でも尊厳を保ち続けることの大切さを我々に訴えかけていた。サウルが少年の遺体をユダヤ教の儀式によって埋葬することに固執する様子は見ようによっては無意味である。そんな努力をしたところで死者は帰ってこないし、殺戮を止めることもできない。だが、そうした不合理に見える行動の中からこそ、人間としての尊厳を失うまいとする葛藤が垣間見えてくる。
【データ】
原題:Saul Fia
監督・脚本:ネメシュ・ラースロー
ハンガリー/2015年/107分
(2016年1月28日、ヒューマントラスト有楽町にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧