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2020年5月23日 (土)

【七日間ブックカバー・チャレンジ:二日目】 橋川文三『昭和維新試論』

【七日間ブックカバー・チャレンジ:二日目】
橋川文三『昭和維新試論』

  渥美勝という名前を見て、ピンと来る人は少ないだろう。大正期の「思想家」と言ってもいいのかどうか。高学歴ながらもすべてをなげうって放浪生活、「桃太郎主義」を掲げ、「真の維新を断行して、地上に高天原を実現せよ」と辻説法していた、国粋主義的な風来坊──現代の価値観からすれば単に奇矯な人物である。他方で、その風貌にはアッシジのフランチェスコを思わせる穏やかな気品がただよっていたという。橋川の『昭和維新試論』では、例えば石川啄木、高山樗牛、柳田國男、上杉慎吉、平沼騏一郎、北一輝など様々な人物が取り上げられているが、そうした中でも私にとって一番印象深いのが、この渥美勝であった。

  橋川の代表作とされるのは『日本浪漫派批判序説』であろう。若き日の橋川自身が、戦時下の思潮にコミットしていた過去への反省──いや、反省という言い方では言葉が浅い、彼を否応なく引き込んでいった吸引力のようなもの、それを何とか剔抉し、文章化しようとするひたむきな努力が、彼の政治思想史的研究の動機として伏流していた。

  とりわけ橋川による渥美勝の描写が私の心をつかんだのは、どうしたわけだろうか。『昭和維新試論』は後にちくま学芸文庫版や講談社学術文庫版も出たが、私が最初に読んだのは大学一年生のときに購入した朝日選書版である。その頃に読んだ時点では、橋川の存在感が気になってはいても、では自分はなぜ橋川を気にしているのか、それがうまく整理できていなかった。たぶんこういうことなんだろう。橋川は人物の内奥に迫ってその葛藤を描き出しつつ、そこから時代の諸相をみつめる視点を引き出し、そうであるがゆえに政治思想史としても成立している。その筆力に驚嘆すべきものを感じた。それは、他ならぬ橋川自身の内在経験が一つの触媒となって、対象とする人物の心象風景を引き出してくることができたからであろう。

  私自身、その頃からずっと、できるかできないかは別として、人物を描くことに興味があったのだと思う。ある人物を通して時代を描き、その人物が時代の中で格闘している姿を通して、思想的に語り得る何がしかを形にしてみたい。そうした一つの模範として、今に至るまで橋川文三のことがずっと気にかかっている。

  大学生の頃、テーマ的に近い方向性として松本健一の作品も割と読み込んでいたのだが、松本は多作がたたったのか、一つ一つの作品において対象とする人物への迫り方が橋川に比べて軽い(大変失礼だが…)と感じていた。

 


※いま本書は手元にないので、フェイスブックではアマゾンの書影を借用して投稿したが、このブログでは書影を割愛する。

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