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2020年4月21日 (火)

岡田晴恵・田代眞人『感染症とたたかう──インフルエンザとSARS』

岡田晴恵・田代眞人『感染症とたたかう──インフルエンザとSARS』(岩波新書、2003年)

  

 

 新型コロナウィルスが世界中で流行する中、2003年に大流行したSARS(タイプは異なるがやはりコロナウィルス)について振り返る必要があろうと思い、17年前に刊行された本書を手に取った。特に「第4章 SARSの流行と対応──新たな感染症に挑む国際社会」には2003年時点でのSARSに関する経緯が整理されている。もちろん個々の知見には古くなっている部分もあるのだろうが、未知の新興感染症に出会ったときにおける現在進行形の戸惑いは、現在の新型コロナウィルス禍とも共通する経験である。

 

 

 SARS(重症急性呼吸器症候群)は200211月頃から中国の広東省で流行していたと言われる。その頃から原因不明の新型肺炎が発生しているという噂があったが、中国側の隠蔽により実態が分からない状態だった。それが世界各地へ拡大するきっかけとなったのは、香港のホテルに宿泊したたった一人の人物である(スーパースプレッダー)。広東省の病院でSARS患者の治療にあたっていた医師が2003221日にその香港のホテルに入り、その後、自身もSARSと診断されて香港の病院で亡くなった。そのホテルの同宿者から12名の感染者が現われ、それぞれが飛行機で海外へ出たことからSARSが世界中へ拡大することになる。そのホテルの感染者は、最初に発症した広東省出身の医師と同じフロアの宿泊客だけだったという。実は、同時期に同ホテルの別のフロアに日本人の団体客も宿泊しており、もしその人たちにも感染していたら、日本がSARSの最初の流行地域の一つになったのは間違いない。同年5月にはSARSに感染した台湾人医師が関西方面へ来ていたが、関係者から関連情報が日本の検疫所に連絡されていたにもかかわらず、対応が遅れていた。この時は幸いにも二次感染者は現われなかったが、いずれにせよ日本でSARSが流行しなかったのは全くの僥倖に過ぎなかったと言える(151-162頁)。

 

 

 SARSへの対応においては、「患者発生や感染者が確認されたさいの初動対応が鍵となる。感染患者の足取りをすばやく把握して公表し、患者と接触した可能性のある人に対しては必要な連絡・対応に関する情報を周知させ、必要な場合には適切な対応・措置を勧告して、感染の拡大を防止することが重要となる。もしも初動対応の機会を逃せば、感染は拡大して多数の患者が発生することになり、もはや感染ルートの追跡調査・把握は不可能となる。その場合には、北京で行われたように広い地域全体を封鎖し、大勢の住民を隔離して行動を制限するなどの厳しい強制的手段をとらざるを得ないであろう」(164頁)。

 

 

 「有効な初動対応のためには、すみやかに感染者の足取りを把握する必要があり、そのさいには、感染患者の行動などに関する情報の公開も必要となる。個人の人権とプライバシーが尊重され、情報公開によって生じうる誤解、風評、偏見、差別を未然に防止し、経済的・社会的損失を最小限に抑えることは、当然十分に考慮されねばならない。しかし一方では、社会における感染拡大を阻止し、多くの人々の健康を感染の危険から守ること、さらに国内外への感染の波及を未然に防いで国際的責任を果たすためにも、公権力による必要最小限の行動制限や、自由を拘束する措置命令が必要でもあろう。ベトナム、香港、シンガポール、カナダ、台湾などでは、厳しい罰則規定を含む強制的な隔離命令・行動制限などの強い行政措置がとられ、それなりに効果が評価されている。しかしその反面で、個人の人権やプライバシーは大幅に犠牲となっている。」「行政と国民間の相互信頼を基盤とした良識ある成熟社会であれば、行政側が十分に透明性をもった情報公開と行政対応への協力依頼を行えば、あえて強制せずとも、自主的な行動自粛や適切な対応に対する理解が得られ、国民の社会的責任が果たされるのではないだろうか。」「一方、行政の依頼に応じた場合の費用負担や、経済的損失などに対する補償制度も考慮される必要がある」(165頁)。

 

 

 「今回出現したSARSの流行にさいしては、病原体の特定はすみやかに行われたものの、予防方法や治療方法、また十分に信頼しうる検査方法がなかったことなどから、基本的には十九世紀の手法、すなわち感染患者の隔離と疑わしい人の検疫に頼らざるを得なかった。最新の医学は、新興感染症であるSARSに対しては、未だ無力であり、旧来の手法でもSARS制圧が可能であったとの評価もある。いずれにしても、隔離と検疫は感染症対策にとって依然として必要かつ有効な手段であることをSARSは示唆している」(194-195頁)。

 

 

 「SARSの予防に関しては、現時点では積極的手段は存在しない。感染予防や発症・重症化阻止に有効な医薬品は見つかっておらず、ワクチン開発も、実用化までには最短でも二~三年はかかる。したがって、SARS感染者の発生を予防することは、今冬(注:本書刊行は200312月)には期待できない。流行期には患者との接触を避け、手洗いの励行やN95マスクの着用などの消極的手段で対応せざるをえないであろう」(203頁)。

  

 未知の感染症については当然ながら予防法も分からないわけで、隔離や検疫といった十九世紀以来の古典的な手法に頼りながら時間を稼ぐしかない。その点では、初動対応のタイミング、情報収集、隔離や行動制限の指示が重要となってくるが、本書では行政の権限と私権とのバランスにも注意が払われている。とりわけ、現在、日本でも議論の焦点となっているが、「行政の依頼に応じた場合の費用負担や、経済的損失などに対する補償制度も考慮される必要がある」という指摘が重要であろう。そして、リスク・コミュニケーションという点では、「行政側が十分に透明性をもった情報公開と行政対応への協力依頼を行えば、あえて強制せずとも、自主的な行動自粛や適切な対応に対する理解が得られ、国民の社会的責任が果たされるのではないだろうか」とも指摘されている。

 

 

 実のところ、現在我々が慌てふためいている新型コロナウィルスへの対応をめぐって、基礎中の基礎とも言うべきポイントは、17年前に刊行された本書の中ですでに指摘されている。私は現在、台湾に住んでおり、コロナウィルス対応をめぐって日本と台湾とを比較する視点で考えているが、台湾の場合には、初動対応の早さ、情報収集(早い段階で人・人感染の可能性を掴み、WHOにも通報していたが、無視された)、隔離・行動制限の強い行政措置(隔離者には一定の補償金が給付される)、その一方で常に積極的な情報開示を通して国民とコミュニケーションを取る姿勢など、本書で示されているポイントは愚直に実行されている。台湾にはSARSの深刻な経験がある一方、日本では直接的な災禍に遭わなかったので緊張感がなかったと言ってしまえばそれまでだが、そうではあっても、本書のように早くから警告は発せられていたわけで、なぜ日本の現政権の対応がかくもお粗末なのかと慨嘆せざるを得ない。

 

 

 さらに、本書では国際的な研究ネットワークが一致協力して、SARS病原体の究明にあたり、短期間で成果を上げたことも紹介されている。その研究ネットワークではWHOが重要な仲介的役割を果たしていた。ところが、現在の情勢はどうか。WHOの失態が目につき、台湾からの情報提供を無視するなど、政治的理由から情報の国際的共有もままならない状況を見ていると、現状に対して悲観的な気持ちになってしまう。

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