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2019年2月 1日 (金)

松沢裕作『生きづらい明治社会──不安と競争の時代』

松沢裕作『生きづらい明治社会──不安と競争の時代』(岩波ジュニア新書、2018年)
 
 ある時代の特徴というか、イメージの捉え方は、振り返ろうとしている現代の我々自身の問題意識の取り方によって大きく違ってくる。明治時代のイメージはどうであろうか。例えば、司馬遼太郎『坂の上の雲』の場合、明治のポジティブな健全さが強調されていた。それは昭和の軍国主義と対比する作者自身の執筆動機や、この作品が受け入れられた時代状況との関わりから解釈されるべきであろう。
 
 本書では逆に、「生きづらい」というネガティブな時代状況に注目しながら明治社会の諸相が描き出される。江戸から近代社会への急激な社会変動は、後世の我々からすればドラマチックで興味深く見えるが、当事者の身になれば、先の見通せない不安に耐えがたい思いをしていたかもしれない。江戸時代の村における助け合いの仕組みはこの社会変動で解体され、立身出世に向けて自助努力が促される。他方で、努力や勤勉を強調する「通俗道徳」(江戸時代からすでに流布していた)は、貧困層や弱者に「怠け者」のレッテル貼りをする。そもそも明治新政府は歳入不足から社会保障に回すお金はない。恤救規則への批判は、現代日本社会で見かける「生活保護」バッシングと二重映しになってくる。女性の立場は弱く、身売りされたり、女工としての待遇も悪かった。
 
 本書では各章ごとに下記に掲げる論点を取りながら、現代社会でも見聞きされる社会問題とうまくリンクされており、身近なところから想像力を働かせやすい構成となっている。初学者向けの概説書としてよく工夫されている。
 
第一章 突然景気が悪くなる──松方デフレと負債農民騒擾
第二章 その日暮らしの人びと──都市下層社会
第三章 貧困者への冷たい視線──恤救規則
第四章 小さな政府と努力する人びと
第五章 競争する人びと──立身出世
第六章 「家」に働かされる──娼妓・女工・農家の女性
第七章 暴れる若い男性たち──日露戦争後の都市民衆騒擾
 
 本書でとりわけ強調されるのは、「通俗道徳」に見られる自己責任言説に明治の一般民衆もはまりこみ、自縄自縛に陥っている姿である。そうした様相を描き出すことは同時に、歴史を一つの鏡としながら、「通俗道徳のわな」にはまらないよう、それを見抜く眼力を磨き上げようという読者へのメッセージにつながっている。

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