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2019年2月 4日 (月)

武田徹『日本ノンフィクション史──ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』

武田徹『日本ノンフィクション史──ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで』(中公新書、2017年)
 
 台湾に住み始めてから思ったのだが、台湾の書店では社会派ノンフィクション的な本が比較的少ない。あったとしても、大半は日本や欧米の作品の翻訳だったりする。そうしたことを台湾人の知人に話そうとしたとき、この「ノンフィクション」を中国語でどう言ったらいいのか、困惑してしまったことがある。ジャンルとしては「報導文學」というのがあり、これはルポルタージュの中国語訳だが、ただ、「文学」となっているので、社会科学的傾向の強いものは含まれないだろう。そもそも、日本語で言う「ノンフィクション」というのもかなり曖昧な概念であり、よく分からない。そうした問題関心から本書を手に取った。
 
 ルポルタージュという場合には、アンドレ・ジイド『ソビエト旅行記』が一つの画期となるようだから、中国語でルポルタージュを「報導文學」とされるのもうなずける。「ノン・フィクション」(非フィクション。以前は「・」をつけて、非の意味が強調されていたらしい)は、英語圏で小説=フィクションとは異なる様々なジャンルの総称として使われていたが、日本ではまた独自な展開を遂げた。
 
 本書は物語分析論を応用しているところに特徴があり、書き手が一人称として登場するか、書き手が俯瞰する形で三人称を用いて語られるかという違いに注目している。ジャーナリズムとして客観報道を心掛けるなら三人称が望ましいだろうが、ただし、ノンフィクションには読み物としての側面もあり、物語をなめらかに構築しようとすると脚色が行われ、場合によっては事実に基づかない挿話が混ざり込んでしまう。一人称で語る世界なら、登場人物それぞれの視点の相違が明確にはなるが、語り手自身が意図的な振る舞いを取ることで物語的作為も生じやすい。事実の叙述と物語性との相剋はノンフィクションの宿命でもあり、そもそも学術文献とは違ってノンフィクション作品には注は付けられない。事実性の担保という点では、本書で沢木耕太郎の発言が引用されているように、「事実に殉じようという意識」(215頁)という語り手の倫理性にかかってくる。
 
 日本のノンフィクションにおいて大宅壮一の存在感が大きいが、集団分業体制(データマンとアンカーマン)のアイデアを出したのも、もともとは大宅だったという。週刊誌が重要な発表媒体になっていた点に、日本におけるノンフィクションに特有な要因の一つがある。新聞社系週刊誌なら記者が動員できるが、出版社系ではそうもいかない。そこで、大宅壮一の弟子筋にあたる草柳大蔵が集団分業体制を持ち込んだという。大宅の弟子筋で言うと、もともと作家志望であった梶山季之が書き手自身を前面に出そうとする一人称的な文体を、対して草柳大蔵がデータ・ジャーナリズムとして三人称的な文体へ向かったという対比が興味深い。
 
 本書では他に映像によるドキュメンタリーの問題やニュージャーナリズムの登場以降の動向も論じた後、最終章では物語化の過程で失われた科学性や細部を取り戻すという点で「アカデミック・ジャーナリズム」に期待を寄せる。また、大宅壮一文庫の検索システムと人類学で活用されているHRAF(Human Relation Area Files)との類似にも注意を喚起している。こうしたあたりから、事実と物語とのゆらぎにノンフィクションを捉えつつ、その上で事実性へこだわっている姿勢がうかがわれる。
 
 私としては二つの点からノンフィクションに関心がある。第一に、私自身は台湾史を調べているが、叙述方法としては学術論文としてよりも、ノンフィクション的な志向性があること。第二に、台湾で発表されたノンフィクション作品を振り返ってみるときに、そのカテゴリー分けや叙述方法を考える上で本書は参照軸となり得る。

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