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2019年1月29日 (火)

フィリップ・ロス『プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが…』

フィリップ・ロス(柴田元幸訳)『プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが…』(集英社、2014年)
 
 1940年、もしもアメリカ大統領選挙でリンドバーグがフランクリン・ローズヴェルトを破って大統領に当選していたら──?
 
 チャールズ・リンドバーグ(1902-1974)は大西洋単独無着陸横断飛行や北太平洋横断飛行を成功させた空の英雄として有名であり、その著書『翼よ!あれがパリの灯だ』は映画化もされた。他方で、彼がドイツへ渡ってゲーリングから勲章を授与され、第二次世界大戦中にはナチス・ドイツ支持の論陣を張っていたことも、現代史に関心のある人々にはよく知られた事実である。
 
 フィリップ・ロスは、自分自身の幼年時代と思しき主人公の視点を通して、リンドバーグが共和党候補として出馬して当選した仮想世界を舞台に、アメリカのユダヤ人社会が動揺する様子を描き出している。アメリカにはもともと、外交的には孤立主義を選ぶ傾向が強かった。前年の1939年にはナチス・ドイツがポーランドを侵攻して第二次世界大戦が始まっており、戦争に引きずり込まれかねないという不安に対して、リンドバーグは「自分ならヒトラーと話をつけられる」と主張して国民から圧倒的な支持を受け、ローズヴェルトの三選を阻止した。
 
 フィリップ・ディック『高い城の男』は、アメリカが第二次世界大戦に敗れて、ナチス・ドイツと大日本帝国によって分割占領、傀儡国家が樹立されたディストピアを設定していたが、本書『プロット・アゲンスト・アメリカ』は戦争中におけるリンドバーグの当選によってファッショ化するアメリカを描いている。タイトルは、アメリカに対する陰謀(plot)とも読めるし、現実のアメリカとは異なる筋書き(plot)が進んだとも解釈できる。この作品での仮想世界は1942年で終わっているが、回想の形を取っており、表現の端々から戦争末期にはローズヴェルト政権が復活し、戦後のロバート・ケネディ暗殺のエピソードにも触れられているので、リンドバーグ政権は歴史の一時的ねじれとされており、再び現実の歴史に戻っていくことがうかがわれる。
 
 アメリカがファッショ化するという設定は、実際にあり得ないことでもなかっただろう。例えば、当時の共和党陣営にはリンドバーグを担ぎ出そうとする動きもあったらしい。あるいは、三宅昭良『アメリカン・ファシズム』(講談社選書メチエ、1997年)で論じられているように、ルイジアナ州知事ヒューイ・ロングはポピュリスティックな政治手法で台頭し、ローズヴェルトを脅かす勢いを示していた(ただし、暗殺された)。ロングは映画「オール・ザ・キングスメン」のモデルとしても知られる。リンドバーグの副大統領候補には元民主党左派出身のウィーナーを設定しているあたりにも、例えば労働党出身でイギリス・ファシストの指導者となったモーズリーや、フランス社会党出身でヴィシー政権首相となったピエール・ラヴァルといった左派出身者がいたことを想起させ、ディテールの設定もよく練られているように思った。
 
 訳者解説によると、ロス自身は1940年代という時代への関心から執筆したのであって、こうした政治シミュレーションそのものを目的としているわけではないらしい。ただ、2016年にトランプが大統領に当選してしまったという、それこそ小説的な展開が実際に起こってしまったことを考え合わせると、荒唐無稽とは言えない不思議なリアリティーすら感じられてくる。

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