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2018年2月22日 (木)

大嶋えり子『ピエ・ノワール列伝──人物で知るフランス領北アフリカ引揚者たちの歴史』

大嶋えり子『ピエ・ノワール列伝──人物で知るフランス領北アフリカ引揚者たちの歴史』(パブリブ、2018年)
 
 ピエ・ノワール(pied-noir)とは、直訳すれば「黒い足」という意味だが、北アフリカにいたヨーロッパ系住民を指す。アルジェリアがフランス植民地だった時期、彼らは自らを「アルジェリア人」と考えていたが、1962年にアルジェリアが独立すると、それはアルジェリア国籍保持者を意味するようになったため、「ピエ・ノワール」という呼称が定着していったという。ただし、本書「はじめに」で詳しく説明されているようにその意味合いは多義的で、本書では植民地アルジェリアのほか、フランス保護領だったモロッコやチュニジアも含め、フランス本土への引揚者と広義に捉えて、関連する人物111人のプロフィールを紹介している。
 
 意外な人物が結構含まれているのに驚いた。アルベール・カミュ、アルベール・メンミといったあたりは想定していたものの、思想家ではジャック・デリダ、ルイ・アルチュセール、ジャック・アタリ、政治家では元首相のドミニク・ドヴィルパン、左派のジャン=リュック・メランション、俳優のダニエル・オートゥイユ、ジャン・レノ、それからファッション・デザイナーのイヴ・サン=ローランの名前も見える。日本風景論で著名な地理学者オーギュスタン・ベルクの父親で人類学者のジャック・ベルクもピエ・ノワールだという。
 
 紹介される人物のプロフィールをみていくと、独立反対の強硬派と反植民地主義との相剋が垣間見え、それはフランス現代政治における右派と左派の対立にもつながってくる。コラムの形でアルジェリア独立戦争に関わる背景も解説されており、1961年10月17日事件のことは初めて知った。アルジェリアに残留した「緑の足」、フランス軍に協力した「ハルキ」といった事項にも興味がひかれる。
 
 私自身は一応、台湾史を専門としているが、「大日本帝国」崩壊における脱植民地化と引揚というテーマから、世界史的な比較検討を行うにあたり、本書はフランスとマグレブ世界との関係という事例を知る上で格好な手引きとなるので、ありがたい。例えば、「ピエ・ノワールという呼称が1962年から広く使用されるようになると、当初は蔑んだ呼び方だったにもかかわらず、本土に移住した者たちは自らをピエ・ノワールと呼ぶようになる」(本書17頁)という指摘は、かつて日本「内地人」が台湾生まれの日本人を半ば軽蔑的に「湾生」と呼んでいたものが、戦後になるといつしか台湾生まれの人々自身がある種のノスタルジーをもって「湾生」を自称するようになったことと重なる。
 
 台湾、朝鮮半島、旧「満洲国」など中国大陸から引き揚げた人々の戦後体験というテーマはまだまだ開拓される余地がある。例えば、朝鮮半島からの引揚者に関しては、朴裕河『引揚げ文学論序説──新たなポストコロニアルへ』(人文書院、2016年)が文学というジャンルに限定的ながらも様々な人物を挙げて検討を加えている。『ピエ・ノワール列伝』のように引揚者の網羅的な人物リストがあると便利だと思う。

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