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2018年2月11日 (日)

藤原辰史『トラクターの世界史──人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』

藤原辰史『トラクターの世界史──人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(中公新書、2017年)
 
 私自身は東京に育ったため、トラクターをじかに見る機会は皆無であったが、それでも小さい頃、テレビでトラクターのコマーシャルを頻繁に見かけていた記憶はある。私にとって馴染みがありそうでないちょっと不思議な存在であった。19世紀末にアメリカで発明されたそのトラクターが、20世紀の歴史においてどのような役割を果たしたのか、本書はその多面的な様相を知らしめてくれる。
 
 トラクター導入による生産性の向上、労働力の節約がもたらす影響は当然ながら、トラクターと戦車との技術的同一性が農民と兵士との機能的同一性をもたらしたという意味で、トラクターと戦車は双生児であったという指摘は、技術と動員の観点から重要だろう。また、運搬手段のモータリゼーションは石油の需要を高めた。
 
 単に技術史というだけでなく、文化史の面でもトラクターは意外と重要である。1930年代、トラクターが普及し始めた頃、スタインベック『怒りの葡萄』では災いの象徴とされていた一方、同時期のソ連では農業集団化のシンボルとなり、エイゼンシュタインの映画「全線」では肯定的に描写されていた。日本は「満洲国」でトラクターの導入を図り、映画「新しき土」にも登場するが、ただし実際にはあまり普及せず、むしろプロパガンダの道具として利用される程度だったという。いずれにせよ、農業の機械化・近代化を視覚的に表現した素材としてトラクターは文学・映画等を考える上でも無視できない。
 
 トラクターの導入により、人間と「土の世界」とが切り離されていく状況をどう考えるか、これは現代でも有効な問いであり、また、戦時下の日本で政府による機械化の推進と、それに反発する精神論的な農本主義者との対立も、思想史的に掘り下げて検討してみると面白そうである。

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