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2016年2月7日 - 2016年2月13日

2016年2月 9日 (火)

【映画】「バーバリアンズ──セルビアの若きまなざし」

【映画】「バーバリアンズ──セルビアの若きまなざし」
 セルビアの首都ベオグラード郊外の工場地帯で鬱屈した日々を送る若者たち。そうした一人のルカは学校には行かず、毎日不良仲間とつるんでいる。父は行方をくらませて一家は生活保護を受けている。恋人は地元サッカーチームのスター選手にとられ、仲間とつるんでも気が紛れない。2008年2月、ちょうどコソヴォがセルビアからの独立を宣言した頃で、テレビは連日、関連報道で騒ぎ立てている。
 将来への希望が見いだせず、アモルファスな苛立ちを持て余して、刹那的な行動に身を委ねるしかない。そのはけ口は様々──サッカーを応援するフーリガン、ネット上でのガールハント、そしてコソヴォ独立反対のデモ。暴徒化したデモ隊はアメリカ大使館へ突入したばかりでなく、商店街の略奪まで始まる。ルカが「アメリカ大使館へ行こう」と言うのに対し、仲間は「そんなことより、スニーカーを盗ろうぜ!」という反応。憂さ晴らしの略奪と政治的ナショナリズムとしてのデモ参加とが、彼らにとって鬱屈のはけ口として選択可能な等価値なものであることが示されている。
 デモ隊に参加した若者たちの「コソヴォはセルビアの聖地!」というシュプレヒコールと、サッカーの応援歌は似ている。ルカは元カノには冷たくあしらわれ、父親には見捨てられた。ある事件のためフーリガン仲間から殴られたが、敢えてサッカースタジアムに戻り、自分を殴った仲間たちと一緒に声を張り上げて応援歌を歌うしかない。将来に希望がなく、愛情や友情といった直接的な関係も失って疎外感に苛まされている若者にとって、最後にすがりつけるのは集団行動にしかないということか。こうした描き方は、やり場のない苛立ちや疎外感がナショナリズムを形成していく過程を浮き彫りにしているように見える。
【データ】
原題:Varvali(Barbarians)
監督・脚本:イヴァン・イキッチ
2014年/セルビア、モンテネグロ、スロヴァニア/87分
(2016年1月8日、渋谷・シアターイメージフォーラムにて)

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對馬辰雄『ヒトラーに抵抗した人々──反ナチ市民の勇気とは何か』

對馬辰雄『ヒトラーに抵抗した人々──反ナチ市民の勇気とは何か』(中公新書、2015年)
 国民的熱狂に沸き、監視の目が張り巡らされたナチズム体制下、命を賭して反ヒトラー運動に身を投じた人々がいた。例えば、映画「白バラの祈り」 で描かれた白バラ学生運動、トム・クルーズ主演の映画「ワルキューレ」 で焦点が当てられたシュタウフェンベルク大佐のヒトラー暗殺未遂(7月20日事件)などはよく知られているが、そればかりではない。地位や思想的背景も異なりながら、ナチズム体制によって遂行されつつある国家的犯罪に対して、良心に照らして疑念を抱き、自らの責任において行動した人々について、本書は有名無名を問わず取り上げている。
 ある者はユダヤ人を助け、ある者は戦争終結を目指してヒトラー暗殺を図った。今でこそ、こうした人々の示した勇気は称讃されている。ところが、反ヒトラー活動を「叛逆」とみなすナチスの宣伝がドイツ国民の隅々まで浸透していたため、戦後直後にあっては一般市民レベルでそうした感覚的印象がなかなか消えず、本来なら栄誉を受けるべき処刑された抵抗者たちの遺族はしばらくそのことを隠さねばならなかったという。連合国としても、「罪深きドイツ」というイメージを維持した方が占領政策上好都合であったため、ナチスとは異なって良心ある「もう一つのドイツ」を示そうとした抵抗者の事績を公表することは許されなかった。奇妙な共犯関係の皮肉。
 占領終了後、国防軍内の反ヒトラー派やインテリ抵抗者などに関しては徐々に名誉回復が進んだ。しかし、「ローテ・カペレ」(赤い楽団)と呼ばれた市民ネットワークは、冷戦という時代状況の中、反共の観点から無視された。この「ローテ・カペレ」とはゲシュタポの命名により、実際には共産主義者ばかりでなく様々な出身背景の人々が集まっていたのだが──。1939年11月8日に一人でヒトラー暗殺を計画した指物師のエルザーについては、「教養のない者には大した理念などなかったはず」という偏見から名誉回復が遅れてしまったという。ナチ宣伝の残滓、冷戦という時代状況、非教養層に対する偏見──こういった要因で無視されてきた抵抗者の事績が洗いなおされていったプロセスは、歴史評価の難しさを改めて突き付けてくる。

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2016年2月 8日 (月)

【映画】「不屈の男──アンブロークン」

【映画】「不屈の男──アンブロークン」
 主人公のルイ・ザンペリーニは1936年のベルリン・オリンピックに陸上競技でアメリカ代表として出場した経験を持つ。第二次世界大戦が始まると爆撃手として出征したが、搭乗していた爆撃機が洋上に不時着、40日以上も漂流したあげく、拾い上げられたのは敵国日本の艦船だった。送られた先は大森俘虜収容所。彼が出場を熱望していた1940年の東京オリンピックは第二次世界大戦勃発のため中止となったが、捕虜として「念願の地」にたどり着いたことになる皮肉。収容所長の渡辺伍長に目を付けられたルイは連日、虐待を受ける。
 アンジェリーナ・ジョリーが監督した第二作目。事前に「反日」映画云々といった話もネット上で出回っていたが、観た感じではそんなことない。エンディングでは実在のルイが80歳になって日本で走った際の映像が映し出され、(取ってつけた感があるにせよ)基本的には日米和解のストーリー立てになっている。
 幼い頃、「汚いイタリア移民」といじめられた過去。漂流の過酷な時間。そして、捕虜収容所での虐待。どんな苦難にもめげずに耐え抜いた姿を描き出すのがこの映画の狙いだろう。彼を執拗にいたぶる渡辺伍長がいかにもなおっさんなら惨たらしさが際立ったのだろうが、この映画で起用されたのは美青年(MIYAVIという人)なので、舞台が捕虜収容所ということもあって大島渚監督「戦場のメリークリスマス」での坂本龍一とデビッド・ボウイの密やかな同性愛関係を想起した。ルイの不屈な忍耐力が、いびつな権力欲を振りかざす渡辺伍長をたじろがせる、というのが「アンブロークン」の本来の趣旨なのだろうが、渡辺伍長のルイに対するサディスティックに倒錯した同性愛感情のような印象を受けた。直江津捕虜収容所に移送され、渡辺伍長から離れられたと思いきや、昇進した渡辺軍曹がまたまた現れ、ルイが卒倒しそうになるシーンは、ストーカーから逃れられずヘナヘナ…という感じ。
原題:Unbroken
監督:アンジェリーナ・ジョリー
2014年/アメリカ/137分

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