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2016年3月20日 - 2016年3月26日

2016年3月23日 (水)

【映画】「我們的那時此刻」

楊力州監督によるドキュメンタリー《我們的那時此刻》(私たちのあの時・この時)について、別ブログにて(→こちら)。大阪アジアン映画祭でも「あの頃、この時」というタイトルで上映された様子(→こちら)。

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2016年3月22日 (火)

【映画】「リップヴァンウィンクルの花嫁」

【映画】「リップヴァンウィンクルの花嫁」
 岩井俊二監督の新作「リップヴァンウィンクルの花嫁」がなぜか台湾で先行上映されており(日本では3月26日より開映)、長年、岩井作品を見続けてきた者として観に行かないわけにはいかない。いま住んでいる台南では上映していないので、隣の高雄までわざわざ足を運んで観てきた。
 
 派遣教員の仕事をクビになった七海(黒木華)は、SNSで出会った夫との新婚生活も破綻。両親も離婚寸前で、帰るところはない(実家は3・11大地震の被災地であったことがほのめかされる)。仕事も居場所も失って途方に暮れる彼女の前に、やはりSNSで知り合った安室(綾野剛)が現われ、不思議なアルバイトを紹介される。
 
 親戚が少ない婚家が挙式に当たって体面をつくろうため呼ぶサクラのアルバイトを七海はやってみた。かき集められた年齢も違うバイト仲間たちと偽装家族を演じたところ、お互い初対面であるにもかかわらず何となく楽しげ。七海も久しぶりに笑顔を見せる。そうした仮想の家族は、破綻した新婚生活、離婚寸前の両親と対比されると、家族なるものの脆さを強調しているかのようにも見えてくるが、むしろこれは家族という関係性の可変性、代替可能性を示していると捉えられる。バイトで知り合った真白(Cocco)はガンに冒されて死期が迫っていたが、七海はそのことを知らず、彼女と仮想の婚姻を結び、死のその時までずっと寄り添っていた。心中したと勘違いした安室が、屈託なく目を覚ました七海を見て驚くシーンはコミカルだが、愛する者を失って自分ひとり生き残っても自責の念にかられる必要はないというメッセージであろうか。
 
 安室という胡散臭いが、どことなく信頼もできそうな不思議な二面性を持った「何でも屋」のキャラクターが面白い。七海の新婚生活が破綻するよう画策したのは実は安室なのだが、彼女にアルバイトを紹介して助けてやるのもまた彼である。物語を展開させるトリックスターの役回りを果たしているが、彼の意図はよく分からない。いや、そもそも予想外の展開に彼自身驚いている節もあるが、それでも自然に流れのままに泳いでいく。あるいは、不条理な運命そのものを体現しているのか。運命はときに残酷だが、ときに温かく手を差し伸べることもある。ウブで間抜けな七海は、自分を気まぐれに翻弄する不条理に泣きながら、意外と芯の太さも見せ、誠実な態度でしぶとく自分の人生を築き直していく。
 
【データ】
監督・原作・脚本:岩井俊二
2016年/日本/180分
(2016年3月15日、高雄大遠百・威秀影城にて)

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2016年3月20日 (日)

王明珂《華夏邊緣:歷史記憶與族群認同》

王明珂《華夏邊緣:歷史記憶與族群認同》允晨文化、1997年
 
 約20年前に刊行された少々古い研究書ではあるが、大学院の授業で「これは必読書だよ」と言われ、慌てて図書館で借り出して通読した。著者の王明珂は中国辺境民族史を専門としており、中国でフィールドワークを行った成果も本書に反映されている。本書刊行時には台湾の中央研究院歴史語言研究所研究員、現在は院士。
 
 「華夏」とはすなわち中国人アイデンティティーと言ったらいいだろうか。「民族」概念の可塑性を理論的前提として、つまり様々な条件がせめぎ合う中で「民族」なるものが指し示す内容も不断に変化していることを踏まえて、中国人アイデンティティーの起源及び拡大の力学を考察しようとするのが中心テーマである。「中国人」なる概念がそもそも可塑的であるため、古代史において中原と辺境民族とが交錯したボーダーラインに注目し、民族学や考古学の知見を援用しながら議論が進められている。最終章が台湾の族群をめぐる議論に充てられているが、本書刊行当時の台湾社会におけるまさにホットな話題がこの研究テーマに影響を与えていたであろうことは想像に難くない。考察対象は異なるにせよ、アイデンティティーの可変性は私自身の研究テーマともつながってくるので、思わぬ収穫だった。
 
 本論とは直接には関係ない細かなことでメモ。学者は歴史の再構築を行う際に民族間の優劣をつけたがる、という文脈に付けられた注で江上波夫『騎馬民族国家』に言及している(75頁)。そこで、騎馬民族が日本へ来たという学説は、農耕民族である中国人に対する優越性を示そうとしている、と言っているのだが、果たしてそうなのだろうか? 第一に、当時の日本人は農耕民族という自己規定を持っていたわけで(天皇は稲作の祭祀者)、騎馬民族が祖先であったことを以て優越性を示そうという発想などあったはずがない。第二に、大陸の外来民族が天皇家の祖先であったとする学説は、万世一系の皇国イデオロギーを相対化する役割を果たすので、民族間の優劣という問題にはつながらない。他方で、第三に、騎馬民族説は喜田貞吉の日鮮同祖論の焼き直しという指摘もあり(鈴木公雄『考古学入門』東京大学出版会、1988年)、見ようによっては大東亜共栄圏イデオロギーに利用される可能性もあったわけだが、それは農耕民族/騎馬民族という対比とは別次元の問題である。
 
 彝族や羌族の間で、日本人と共通の祖先を持つという伝承があることは本書で初めて知った(363~366頁)。地元の研究者には語彙や風習に見られる共通性からそうした同祖論についての研究論文もあるようだ(周錫銀〈中国羌族古代文学与日本名著《古事记》之比较〉《羌族研究》第一輯、1991年:97-101 ただし、私は未見)。本書の著者は次の二点を指摘する。第一に、ひょっとしたら日本人研究者がかつてここまで来たことがあって、その時に酒の席の雑談で「君たちは日本人と似ている」といったことを軽い調子で言ったのかもしれない(戦前期日本の研究者が日本人のルーツを求めて満蒙や北アジア史研究を手掛けていたことにも注意が促される)。ただし、仮にそうした出来事が過去にあったとしても、日本との同祖論が一般的に広まった理由は何なのか? 第二点として、改革開放後、日本の優れた製品が流入するのを目の当たりにして、日本イメージへの憧れから日本人との血縁関係を強調する民族意識が出てきたのかもしれないと指摘されている。以上のことについて日本にも研究論文はあるのだろうか?

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