對馬辰雄『ヒトラーに抵抗した人々──反ナチ市民の勇気とは何か』
對馬辰雄『ヒトラーに抵抗した人々──反ナチ市民の勇気とは何か』(中公新書、2015年)
国民的熱狂に沸き、監視の目が張り巡らされたナチズム体制下、命を賭して反ヒトラー運動に身を投じた人々がいた。例えば、映画「白バラの祈り」 で描かれた白バラ学生運動、トム・クルーズ主演の映画「ワルキューレ」 で焦点が当てられたシュタウフェンベルク大佐のヒトラー暗殺未遂(7月20日事件)などはよく知られているが、そればかりではない。地位や思想的背景も異なりながら、ナチズム体制によって遂行されつつある国家的犯罪に対して、良心に照らして疑念を抱き、自らの責任において行動した人々について、本書は有名無名を問わず取り上げている。
ある者はユダヤ人を助け、ある者は戦争終結を目指してヒトラー暗殺を図った。今でこそ、こうした人々の示した勇気は称讃されている。ところが、反ヒトラー活動を「叛逆」とみなすナチスの宣伝がドイツ国民の隅々まで浸透していたため、戦後直後にあっては一般市民レベルでそうした感覚的印象がなかなか消えず、本来なら栄誉を受けるべき処刑された抵抗者たちの遺族はしばらくそのことを隠さねばならなかったという。連合国としても、「罪深きドイツ」というイメージを維持した方が占領政策上好都合であったため、ナチスとは異なって良心ある「もう一つのドイツ」を示そうとした抵抗者の事績を公表することは許されなかった。奇妙な共犯関係の皮肉。
占領終了後、国防軍内の反ヒトラー派やインテリ抵抗者などに関しては徐々に名誉回復が進んだ。しかし、「ローテ・カペレ」(赤い楽団)と呼ばれた市民ネットワークは、冷戦という時代状況の中、反共の観点から無視された。この「ローテ・カペレ」とはゲシュタポの命名により、実際には共産主義者ばかりでなく様々な出身背景の人々が集まっていたのだが──。1939年11月8日に一人でヒトラー暗殺を計画した指物師のエルザーについては、「教養のない者には大した理念などなかったはず」という偏見から名誉回復が遅れてしまったという。ナチ宣伝の残滓、冷戦という時代状況、非教養層に対する偏見──こういった要因で無視されてきた抵抗者の事績が洗いなおされていったプロセスは、歴史評価の難しさを改めて突き付けてくる。
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