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2016年1月29日 (金)

【映画】「サウルの息子」

 ナチスの絶滅収容所でユダヤ人のジェノサイドが行われていたとき、収容されたユダヤ人の中から選ばれて殺戮作業の手伝いをさせられていた人々をゾンダーコマンド(Sonderkommando)という。大量虐殺の一部始終を目撃していた彼らもやがて殺される運命にあったが、2,3カ月の延命と引き換えにこの作業に従事していた。
 アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所でゾンダーコマンドとして働いていたサウルはガス室で遺体処理をしていたとき、まだ息のある少年を見かけた。親衛隊の医官はただちに彼の息の根を止めてしまったが、サウルは少年の遺体をユダヤ教の教義に則って埋葬してあげたいと考え始める。遺体を隠し、ラビを探す中、サウルの視点を通して収容所の内情が映し出される。同時に、秘かに蜂起の準備をしていたゾンダーコマンドたちが潰されていく過程も描かれる。
 ジークムント・バウマン『近代とホロコースト』(森田典正訳、大月書店、2006年)は、近代社会を特徴づける組織経営の合理性・効率性こそが道徳感情の無化をもたらし、あたかも工場のように粛々と大量殺戮が遂行された逆説を指摘している。それは、ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』(大久保和郎訳、みすず書房、1969年)で指摘された「悪の陳腐さ」ともつながる。また、自らの収容所体験をもとに書かれたヴィクトール・フランクル『夜と霧』(霜山徳爾訳、みすず書房、1956年/池田香代子訳、みすず書房、2002年)では、こうした極限状態が日常風景となる中、収容者自身も感覚が麻痺してしまう様子が描写されている。殺戮の残酷さ以上に、殺す者、殺される者の双方が感覚を失ってしまうことの方が実におぞましい。
 だからこそ、フランクルは過酷な非人間的状況の中でも尊厳を保ち続けることの大切さを我々に訴えかけていた。サウルが少年の遺体をユダヤ教の儀式によって埋葬することに固執する様子は見ようによっては無意味である。そんな努力をしたところで死者は帰ってこないし、殺戮を止めることもできない。だが、そうした不合理に見える行動の中からこそ、人間としての尊厳を失うまいとする葛藤が垣間見えてくる。
【データ】
原題:Saul Fia
監督・脚本:ネメシュ・ラースロー
ハンガリー/2015年/107分
(2016年1月28日、ヒューマントラスト有楽町にて)

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