鈴木健太・百瀬亮司・亀田真澄・山崎信一『アイラブユーゴ1 ユーゴスラヴィア・ノスタルジー大人編』
鈴木健太・百瀬亮司・亀田真澄・山崎信一『自主管理社会趣味Vol.1 アイラブユーゴ1 ユーゴスラヴィア・ノスタルジー大人編』(社会評論社、2014年)
ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国が崩壊してからもう20年以上経つ。クロアチア、スロヴェニア両共和国の独立、さらにボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争と文字通り血で血を洗う凄惨な民族紛争が続いたため、今ではユーゴといえば偏狭なナショナリズムがもたらした悲劇の地というイメージが強い。社会主義体制の崩壊とそこから湧き出た民族紛争。20世紀の悲劇がこのユーゴでまさに縮図となって現れ出たと見ることもできるだろう。
しかしながら、本書の立場はあくまでも「共産趣味」。と言ってもピンとこない人もいるかもしれないが、どんな政治体制の中でも人々の日常生活は連綿と続いている。ありし日の社会主義体制下におけるそうした生活光景からレトロでノスタルジックな感覚を見出し、ある種の愛おしみをもって振り返ってみようというのが基本的な趣旨。渋面作って政治的に生真面目な問題を語るわけではないが、かといって決して不真面目ではない。執筆陣はユーゴ崩壊後に研究を始めた若手世代であり、距離をおいて見られるからこそ、特定の政治的イシューには偏らない等身大のユーゴスラヴィアを描き出すことができる。
「大人編」と題したこの第1巻では、「政治」「ティトー」「社会」「対外関係」という4つのテーマでまとめられている。項目ごとに読み切りのエッセイが並べられており、豊富なカラー写真がいっそう興味を掻き立てる。ユーゴは1948年にソ連と対立してコミンフォルムから追放されて以来、西側とも一定の関係を持ち、国内体制的にも社会主義体制の割には比較的に自由で豊かという一面も持っていた。ミニスカートの女性が闊歩する写真も収録されているが、そうした社会背景からみれば不思議ではない。ティトーの奔放な女性関係とか、取り違えられた労働英雄といったゴシップネタもたっぷり。晩餐会で昭和天皇と対面するティトーの写真も紹介されるなど、日本との関係にも言及されている。
一つ一つの項目を読んでいくと、多民族状況を反映した事情もあちこちから垣間見られる。真面目に現代史を勉強したい人にとっても、読みやすくかつ有用な参考書となるだろう。ユーゴスラヴィア現代史という、日本人にとってあまり馴染みがなく地味なテーマであるにもかかわらず、このように人目を引く形に仕立て上げた手腕には感心する。
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