« 2013年10月13日 - 2013年10月19日 | トップページ | 2013年12月1日 - 2013年12月7日 »

2013年10月20日 - 2013年10月26日

2013年10月22日 (火)

与那原恵『首里城への坂道――鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』

与那原恵『首里城への坂道――鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』(筑摩書房、2013年)

 昭和46年、沖縄返還を間近に控えた時期、35年ぶりに沖縄を訪れた鎌倉芳太郎の目に映った光景はどのようなものであったか。あまたの人命が失われた激戦で事実上の焦土と化した沖縄――米軍占領下にあって、その風景は一変していた。沖縄の文化に限りない愛着を抱いていた鎌倉は、変わり果てた姿を目の当たりにすると幻滅してしまうだろうと思い、沖縄行きには複雑な気持ちだったらしい。

 だが、目を背けてばかりはいられない。ひとたび失われた文化を何とか取り戻せないものか。彼はかつて収集して内地へ持ち帰っていた紅型の型紙を地元の博物館に寄贈し(彼は紅型をもとに独自の染織を行なって、人間国宝に認定されている)、さらに50年前、自ら撮影した乾板ガラスの存在を明らかにする。そこにはすでに焼失した首里城をはじめ、沖縄各地の風景や文化財、工芸品がしっかりと収められていた(なお、このガラス乾板はサントリーの支援でよみがえったという。日本でウイスキーを普及する上で、米軍占領下、洋酒に馴染んでいた沖縄市場に着目する思惑があったという背景が興味深い)。古老たちから聞き取った鎌倉のノートは、在りし日の琉球の姿を再現する上でまたとない資料であった。

 沖縄の文化が危機に瀕したのは戦争ばかりではない。1879年の琉球処分以降、明治政府によって「日本化」が推進され、1924年には琉球文化のシンボルとも言うべき首里城が取り壊されそうになった。その報に接した鎌倉は、琉球建築に関心を持つ東京帝国大学教授で建築学者の伊東忠太に働きかけて(伊東は元内相・平田東助の親族)、ギリギリのタイミングで首里城を救った。

 鎌倉は香川県の出身で、東京美術学校を卒業後、美術教師として沖縄に赴任、縁のできたこの地の文化の調査に情熱を傾ける。ある意味で外来者に過ぎない鎌倉だが、彼の熱心な奔走は沖縄の人々の気持ちを動かし、彼のフィールド調査に積極的な協力を得られるようになった。

 本書は、琉球芸術の研究に生涯を捧げた鎌倉芳太郎の軌跡を軸として、沖縄文化研究の歴史を描き出している。派生的な話題も含め、潤沢な情報量は勉強になる。テーマとして地味ではあるが、決して無味乾燥ではない。例えば、建築学者の伊東忠太、民俗学者の柳田國男や折口信夫、音楽学者の田辺尚雄といった近代日本アカデミズムのビッグネーム。伊波普猷、東恩納寛惇、末吉麦門東、外間守善といった沖縄学の大成者たち。そして、有名無名の協力者たち――背景も様々な人々との交流を通して、美しさに感動したり、あるいは時代の悲運に慨嘆したり、そうした息遣いの一つ一つがヴィヴィッドに浮き彫りにされている。沖縄にルーツを持ちつつも、東京で生まれ育ち、沖縄のことをよく知らなかったという著者自身の思いが、外来者ながらも沖縄に魅せられた鎌倉の情熱に共感をもって重ねあわされているからであろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月20日 (日)

【メモ】ジグムント・バウマン+デイヴィッド・ライアン『私たちが、すすんで監視し、監視される、この世界について――リキッド・サーベイランスをめぐる7章』

ジグムント・バウマン+デイヴィッド・ライアン(伊藤茂・訳)『私たちが、すすんで監視し、監視される、この世界について――リキッド・サーベイランスをめぐる7章』(青土社、2013年)

・ソリッドな近代からリキッドな近代への変容を様々な論点から分析している社会学者ジグムント・バウマン。本書は、情報化社会における監視研究で著名なデイヴィッド・ライアンとの対話で構成されている。バウマンの議論では、モダニティ/ポストモダ二ティという区別はとらない。現在はむしろモダ二ティがますます深化している時代であると考え、そうしたモダニティの変容をソリッド/リキッドという表現で捉えている。

・ベンサムが発明した刑務所の監視システムであるパノプティコンに、フーコーが規律権力の観点から着目し、近代社会を考える重要なキーワードとなった。これはソリッドな近代に適合的なモデルであったが、リキッドな近代へと移行するに従い、現代はポスト・パノプティコンの時代であるというのが基本的な認識となる。選択肢を限定して誘導しながら囲い込むコストをかけて監視するのではなく、自発的に監視へと身を委ねる状況がリキッドな近代の特徴として指摘される。リキッドな近代において長期的な見通しはつかず、その中で生きる人々は社会的矛盾も含めてあらゆる問題を個人的な問題として解決することが求められる点が議論の前提。以下に関心を持った論点をメモ。

・ソリッドな近代におけるパノプティコン的管理→「工業化のプロセスの理想が、事前に設計された通りの動きを繰り返し、その状態を維持する、定常的な機械のパターンに基づいて発想された時代以降、人々を管理することは本来、非常にやっかいな仕事でした。それには細心の綿密で持続的でパノプティコン的な監視が必要であり、管理するものとされるもの双方の創造的な衝動を打ち消すような、単調なルーティンを課す必要がありました。それが退屈の原因となり、常に公然たる衝突につながる恐れのある煮えたぎる怒りを掻き立てました。またそれは「ものごとを仕上げる」上でコストのかかる方法でもありました。すなわち、仕事に従事している被雇用労働者の潜在能力を活かすのではなく、彼らを抑えつけ、働かせ、悪い影響から間乗るための貴重な資源を必要としたのです。」(97ページ)

・リキッドな近代では?→「今では自己規律を期待され、規律を生み出す物質的・心理的コストを負担しているのは、管理規律の対象とされる人々です。彼らは自ら壁を築き、自らの意志でその中にとどまることを期待されています。アメ(あるいはその約束)がムチに取って代わったこと、つまり、誘惑や魅力がかつての規範的な規制機能に取って代わり、欲望を喚起し、高めることが、費用がかさむ上に、異議申し立てを呼び起こす監視に代わったことに伴って、監視塔は(望ましい行動を引き出し、望ましくない行動を除去することを目的とした残りの戦略と同様に)民営化される一方、壁の建築を許可する手続きは規制緩和されています。その犠牲者を追いかける代わりに、隷従の機会を追い求めることは今では自発的(ヴォランタリー)な仕事になっています」(99ページ)。「問題の専門家たちは、ルーティンを束ねる退屈さを監視する時代遅れの管理者というよりも、非常に変化しやすい欲望のパターンや、それらの不安定な欲望によって駆り立てられる行動の追跡者やストーカーです」(100ページ)。

・「近代」とは、イレギュラーなものを除去しながら偶然性を「理性」の管理下に置き、ある終局的な目標の完成を目指そうとした時代→「完成への取り組みには、物事を完全なものにするための計画表に収められない多くのものを根絶したり、拭い去ったり、取り除いたりする作業が欠かせません。破壊と創造は不可分のものでした。つまり、不完全なものを破壊することが完成への地ならしの条件であり、その必要十分条件でした。モダニティの物語と、とりわけその二〇世紀の結末は、創造的な破壊の物語だったのです」(109ページ)。その究極的な具現化がナチズムとコミュニズムであった。

・ナチズムによるホロコーストでは、絶滅されたものと絶滅を実行した者との間の距離感によって「道徳的な中立化」がもたらされた。そのため、問題は技術的なものへと純化され、ホロコーストが粛々と実行されたという点でまさに「近代」の矛盾が露呈した出来事であった(こうした議論については、ジグムント・バウマン『近代とホロコースト』を参照→こちら)。情報技術の発達による「遠隔性、遠隔化、自動化」の進展はこうした「道徳的な中立化」をいっそう促している。「「遠隔性、遠隔化、自動化」を促す技術の進歩のもっとも重大な帰結は、私たちの行動が道徳的な制約からしだいにまたとめどなく解き放たれていくことでしょう。「われわれはそれを行なうことができる、だからそれを行なう」という原則が私たちの選択を支配するようになると、人間の行為とその非人間的な結末について道義的な責任が前提とされなくなったり、それが効果的に実施されなくなってしまうのです。」(114~115ページ)

・「私たちはみな「法令上の個人」ですが、私たちのほとんどが、「事実上の個人」の身分にはほど遠いと考えています(知識や技能や資源の不足のため、あるいはただ単に、私たちが直面している「諸問題」が独力では解決不能であり、多くの人々の一致協力による集合的な形でしか「解決」できないがゆえに)。しかし、私たちは、いわゆる「世論」によっても、私たち自身の(たとえ、社会的に準備されたものであっても)良心によっても、社会的期待(私たちによって内面化されている)と私たちの実践能力のギャップを埋められそうもありません。自尊心やあがないの希望を否定されて、逃れられない、取り戻せない資格剥奪の状態におかれているという、この深くて屈辱的な意味は、「自発的な隷従」(電子的・デジタル的な監視への私たちの協力)の現代版へのもっとも強力な起動力だと思います」(184~185ページ)。こうした問題意識を示した上で、なおかつ行為主体にとっての希望はどのようなものかと問いかけている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年10月13日 - 2013年10月19日 | トップページ | 2013年12月1日 - 2013年12月7日 »