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2013年8月4日 - 2013年8月10日

2013年8月 8日 (木)

中見真理『柳宗悦──「複合の美」の思想』

中見真理『柳宗悦──「複合の美」の思想』(岩波新書、2013年)

 柳宗悦のプロフィールについては今さら説明の必要もないかもしれない。『白樺』派の一人で宗教哲学の研究者として出発、独自の探求のうちに民芸運動へと乗り出し、帝国日本の枠組みにおいて周縁化された植民地、とりわけ朝鮮文化へ愛着を示したことでも知られている。

 彼の思想の特徴は、文化的多元性とお互いの敬意に基づく「複合の美」を求める姿勢にあったと言えるだろう。それは宗教的心情や美的感覚にとどまらず、社会観・世界観に至るまで彼の中で一貫している。著者の専門は国際関係思想史であるが、そうした「複合の美」に着目しながら柳の生涯と思想を描き出し、そこから非暴力的な平和主義を汲み取ろうとするところに本書の眼目が置かれている。

 明治以降の近代化の過程で西欧への模倣に努めてきた日本のあり方に柳は批判的であった。東洋と西洋、それぞれが自らの独自性を示して相互の敬意を図っていく必要がある。では、西洋ではない、日本に独自のものとは何か? このような問いそのものは近代日本思想史を通観すれば頻出するもので、特に珍しいわけではない。ただ、柳の場合に目を引くのは、日本文化の美なるものを探ろうとしても、見当たるのは中国や朝鮮の模倣ばかりという困惑である。そうした懊悩の末に彼が見出したのが木喰仏であり、民芸であった。日常生活の中で普通に用いる器具にこそ、民族の心がじかに表われる。無名の工人が無心に作り続けた工芸には日常生活に根ざした信仰心が込められていると考え、「信」と「美」の一致を見出そうとしたのが柳の直観であった。

 彼が「民芸」として「発見」した日本の民族文化に独特な美があるとすれば、日本以外の民族にもそれぞれの美があるはずである。日本の美が西欧文化の圧倒的な影響力で消えてしまわないように願うならば、同時に日本が植民地支配を行っている地域の文化も尊重しなければならない。そうした思いから柳は、沖縄、アイヌ、朝鮮、台湾など日本による同化政策の圧力にさらされている地域の文化の行く末に危機感を抱いていた。

 神の意志という表現を用いるかどうかは別として、この世に存在するあらゆるものにはそれぞれの意義がある。『相互扶助論』を著したクロポトキン、「一切のものの肯定」を説いたホイットマン、「一枝の花、一粒の砂」にも「底知れない不思議さ」を見出したウィリアム・ブレイク、こうした思想家たちから強い影響を受けた柳の発想の根底には、あらゆる存在が相互に協力し合う中で自らのテンペラメントを開花させていくという考え方があった。グローバリズムが地球上の多様な文化を単一の色に染め上げて画一化してしまうことであるとするならば、そのような無味乾燥さは柳にとって最も耐え難いことである。

 どんな民族も、どんな個人も、それぞれがかけがえのない有意味な存在としてこの世界が構成されているという確信が柳の「複合の美」の前提となっている。そうした着想は、例えばハンナ・アレントの次の指摘を想起させる。

「…世界は複数の観点(パースペクティヴズ)が存在するときに限って出現するのだ。つまり世界は、いついかなる時でも、こんな風にもあんな風にも見られる場合に限り、初めて世俗的事象の秩序として現れるということである。もしある民族や国民が、または世界におけるそれ独自の位置──その由来はともあれ、簡単には複製されえない位置──から発するユニークな世界観を持っているある特定の人間集団が、絶滅させられるなら、それは単に一つの民族なり国民なりが、あるいは一定数の個人が死滅するということではなく、むしろ私たちの「共通世界」の一部が破壊されるということであり、今まで現れていた世界の一側面が二度と再び現れえなくなるということなのである。それゆえ、絶滅は一つの世界の終わりというだけではなく、絶滅を行う側もまた道連れにされるということでもあるのだ。厳密に言えば、政治の目的は「人間」というよりも、人間と人間の間に生起して人間を越えて持続する「世界」なのである。…互いに何かしら個別的な関係を持ち合いながら世界に存在する民族の数が多ければ多いほど、それらの間に生起する世界の数もますます多くなるし、世界はますます大きく豊かになるだろう。ある国家の中に世界を──すべての人々に公平に見え隠れする同一の世界を──見るための観点の数が多くあればあるほど、その国家は世界に対してますます意義深く開かれたものになるだろう。他方で、万が一地球に大地殻変動が起きて、あとにはたった一つの国家しか残されなくなったとしたら、そしてその国家内の誰もがあらゆることを同一の観点から理解して、互いに完全に意見を一致させながら暮らすようになったとしたら、世界は、歴史的‐政治的意味では、終焉したことになるだろう。…掛け値なしの意味で、人間は世界が存在するところでしか生きてゆけないし、また世界は、掛け値なしの意味で、人類の複数性というものが、単一の種の単なる数的増加以上のものであるところでしか、存在しえないのである。」(ハンナ・アレント[ジェローム・コーン編、高橋勇夫訳]『政治の約束』筑摩書房、2008年、206~207ページ)

 一時期、ポストコロニアルやカルチュラル・スタディーズの流行に伴い、一見良心的に見える言動ではあっても、その中に潜む“植民地的暴力”を暴き立てる研究が目立ったことがある。粗探し、とまでは言わないが、はじめに結論ありきの恣意的な欠席裁判は建設的な仕事とは思えなかった。柳宗悦もカルスタ的な研究動向で俎上にあげられていたが(本書、12~13ページ)、本書はそうした論調とは一線を画している。私自身は『民俗台湾』に集った人々に関心を持っているが、彼らに対しても同様に向けられたカルスタ的な批判への違和感はこちらに記した。

 なお、台湾で工芸運動を起こした画家の顔水龍は柳宗悦から影響を受けている。顔はもともと柳の著作を読んでいただけでなく、柳が1943年に来台し、『民俗台湾』同人の金関丈夫や立石鉄臣に連れられて台南へ来訪した折に顔が柳を案内してから個人的な関係も持ち、戦後になっても二人の交流は続いていた。

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2013年8月 4日 (日)

【メモ】曺喜昖『朴正煕 動員された近代化──韓国、開発動員体制の二重性』

曺喜昖(李泳釆・監訳・解説、牧野波・訳)『朴正煕 動員された近代化──韓国、開発動員体制の二重性』(彩流社、2013年)

・韓国政治における保守派と進歩派の対立は、朴正熙政権に対する評価と密接に連動している。保守派は韓国社会を近代化へ導いた「成功した指導者」として彼の正の側面を礼賛する一方、進歩派からは人権弾圧を行った強権的政権として負の側面が厳しく指弾される。双方が自らの朴正熙政権イメージに合致する一面的な言説ばかりを流通させた結果、分裂した視点が並立してしまっているという。こうした不毛な状況を踏まえ、著者自身は進歩派ではあるが、双方の対立的視点を建設的に取り込みながら朴正熙時代を考察する理論的枠組みを構築しようと試みている。

・近代化へ向けて国家の主導により国民を巻き込んでいく体制を本書では「開発動員体制」と定義づけ、資本主義や社会主義といったイデオロギー上の相違にかかわらず一般的な概念として応用可能な分析視角になり得るという。先進国を念頭に置いて「欠損国家」「欠損国民」という自己認識を持ち、近代化・開発へ向けた民衆の要求に既存の体制が応えられていない状況の中、「正常な状態」へと国家主導で国民が動員される。

・支配の同意的基盤を構成するために動員が行われるが、「強圧」か「同意」かという二者択一のゼロサム・ゲーム的に捉えるのではなく、「強圧」から自発的な「同意」まで幅広いスペクトラムの中で分析しようとするのが本書の特徴である。上からの社会の再組織化によって社会が「近代」化されると同時に、変化を経験した社会は開発動員体制との間に新たな緊張や矛盾を生じさせる。つまり、開発が成功した一方、それがもたらした矛盾で犠牲となった人々の抵抗意識→強圧への反発、民衆の主体化→開発主義の同意創出効果が弱まるというプロセスが見られる。圧縮的な成長を目指したがゆえにもたらされた圧縮的な矛盾が原因となり、成長の力学と危機の力学とが併存する二重性(矛盾的複合性)として朴正熙政権が支持された同意基盤の変動が分析される。

・1950年代は原初的な反共主義が動員の根拠となった。1960年代の朴正熙政権は反共主義を継承しつつ、近代的な開発主義と結びつけることで支配の同意的基盤を拡充する。この「動員された近代化」の中で強圧と同意は二重の相貌として存在した。1972年以降の維新体制では同意的な言説が根拠不足となり、強圧が全面化→同意の分裂の拡大という悪循環が見られるようになった。

・グラムシのヘゲモニー論が援用されている。1960年代の開発動員体制では、開発主義的言説による支配集団の思考の普遍化→産業戦士としての「国民」という集団的アイデンティティ→経済的基盤におけるヘゲモニー。1970年代の維新体制では、開発主義プロジェクトの亀裂→「国民」が分裂し、「民衆の主体化」→階層・階級間の利害関係の接合に亀裂。

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