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2013年6月16日 - 2013年6月22日

2013年6月20日 (木)

リ・ハナ『日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩』

リ・ハナ『日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩』(アジアプレス出版部、2013年)

 日本で暮らす「脱北者」の話──となると、何か重そうで身構えてしまうかもしれない。ところが、本書でつづられているのは、異国の環境、気負い立った大学生活に馴染めない女子大生の悩み。もともとはブログを書籍化したものである。「脱北者」の問題はどうしても北朝鮮の政治体制における負の側面の象徴として政治的言説に絡め取られやすい。しかし、友達に相談するような自然体は、こうした次元とは関係なく、彼女も自分も身近なところで一緒に暮らしている者同士なんだという気持ちにさせてくれる。

 著者は中朝国境の町、新義州に生まれた。両親は日本生まれ、祖父母は韓国・済州島の出身。帰国事業もそろそろ下火になりつつあった1970年代の後半に一家は北朝鮮へ移住した。日本での学生生活を謳歌していた父は嫌がったが、両親に押し切られ、やむなく同行したのだという。医科大学を卒業して医者となった父だが、北朝鮮での生活には早くから幻滅しており、体をこわして40歳代の若さで亡くなった。その後、親戚が罪を犯したため農村への強制移住が決定(北朝鮮には前近代的な連座制がある)、絶望した母は子どもたちを連れて中国へと向け命がけで国境の川を渡る。脱北に成功はしたものの、公安に見つかったら北朝鮮へ強制送還されかねない。中国東北地方で転々と生活するうちに家族ともはぐれてしまった。不安におびえ、生活に追われ、将来も見えない日々。やがて来日し、関西の大学に通うことになった。なお、来日の経緯は公にすると差しさわりがあるようで、詳細は語られていない。

 折に触れて様々な人々の助けがあった一方、やはり個人レベルでは解決のできない問題も大きい。彼女の場合、幸いにしてUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の奨学支援プログラムによって大学に進学できたが、難民として異国にある人が自前で生活できるよう環境整備を進める上で公的な支援が望まれる。

 「私は脱北者です」とカミングアウトするのもなかなか難しい。韓国籍を取得したものの、胸を張って「韓国人です」とも言いづらい。自分は一体、どこの国の人間なんだろう?──戸惑いがいつも脳裏から離れない。北朝鮮の過酷な抑圧体制は確かに悲惨である。他方、そうした中でも日々の生活には喜びや悲しみがあり、甘く切ない思い出があった。生まれ育ち、気持ちに馴染んだ故郷はやはり忘れがたいものだろう。いつの日か、彼女が大手を振って故郷へ戻れる日が来るのだろうか? その可能性は少なくとも近い将来には見込めないだけに、なおさらのこと、この日本で一生懸命に生きて欲しいと思う。

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2013年6月18日 (火)

先崎彰容『ナショナリズムの復権』、白川俊介『ナショナリズムの力──多文化共生世界の構想』

 戦後日本においては一般的に言って、ナショナリズムの評判は芳しくない。ネイションという枠組みによって人々を結集・動員するものとみなされ、それは内にあっては個人の持ち味を押し殺し、外に向けては好戦的な挑発をしかねないという懸念があるからだろう。しかし、そもそもナショナリズムをどのように捉えるのか、その定義自体が極めて論争的である。むしろ着眼点の置き方によっては建設的な意義を汲み取ることもできるのかもしれない。

 先崎彰容『ナショナリズムの復権』(ちくま新書、2013年)は、アレント、吉本隆明、柳田國男、江藤淳、丸山真男などのテクストを読み解きながら「ナショナリズム」にまとわりつく誤解を解きほぐそうとする。ナショナリズムをめぐって解かれるべき誤解の一つとして、ナショナリズムは宗教ではない、という論点が示されているが、本書では死生観とナショナリズムとの関わりもテーマとなっているだけに、宗教と疑似宗教との相違について論じられていないのが気になった。

 保守主義思想の要諦は、長い年月にわたって繰り返されてきた試行錯誤が凝縮した“智慧=伝統”に立脚してこそ人は生きていけるという考え方にある。ところが、時間的には歴史とのつながりが断たれ、空間的には横の関係が分断された中、人はその場の不安を紛らわそうと、まがいものの思想にも飛びつきやすくなる。

 歴史とのつながりを失ったとき、私たちは場当たり的な価値を世界すべてに通用する「普遍的価値」だと信じては裏切られる。孤独になると、不安を解消しようとして「強大なもの」にすがりつきたくなる。だが、それではいけない。地に足の着いた判断基準の回復、そこにナショナリズムの復権という問題意識の照準が向けられている。佐伯啓思『倫理としてのナショナリズム』(NTT出版)は経済思想の観点からグローバリズム批判をする中でナショナリズムに着目していたが、そうした方向性を本書は日本思想史の文脈で思索を進めていると言えるだろうか。

 白川俊介『ナショナリズムの力──多文化共生世界の構想』(勁草書房、2012年)は、欧米の政治理論研究におけるリベラリズム批判の議論を受ける形でナショナリズムに注目している。

 異なる価値観を持つ者同士がいかに共存を図っていくのか、そのための社会構成原理を模索するのがリベラリズムの基本的な発想である。特定の価値観の押しつけになってはいけない。そこで、リベラル・デモクラシーは中立的な政治システムを構想し、そこにおいては理性的な個人が成員として想定される。ところが、リバタリアン・コミュ二タリアン論争から浮かび上がったように、「負荷なき個人」という抽象的な人間モデルは現実にはあり得ない。どんな人間であっても生まれ育った社会や文化の色合いが根深く刻み込まれており、そうした要因を切り離して抽象的に判断できるわけではない。

 本書の立脚点であるリベラル・ナショナリズムはコミュ二タリアニズムの側に立つ。異なる価値観の共生に向けて模索を続ける点ではリベラリズムが前提となるが、他方で「負荷なき個人」はあり得ないという批判をむしろ肯定的に捉え直す。つまり、自由・平等・民主主義といったリベラルな価値に基づく政治制度は、その担い手たる人々の間に連帯意識があってはじめて安定的に機能する。こうしたナショナルな連帯意識こそがリベラリズムの前提になるという洞察をもとに、ネイションの「棲み分け」による世界の構想を示す。

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2013年6月16日 (日)

【雑感】張良澤・作、丸木俊・画『太陽征伐──台湾の昔ばなし』

張良澤・作、丸木俊・画『太陽征伐──台湾の昔ばなし』(小峰書店、1988年)

 少々古い絵本だが、「世界の昔ばなし」シリーズの1冊。前半は原住民族の伝説を、後半は平地の漢民族の伝説を昔話風にリライトしている。台湾の主だった伝承を手軽に知ることができる。

 昔、二つの太陽があった。昼夜を問わず照り続けるため、疲れ果てた人々は、片方を弓矢で射落とそうと考えた。選ばれた勇者たちは、はるかかなた、太陽を求めて歩き続けるが、中途にして力尽きて倒れていく。太陽征伐の使命は次の世代に引き継がれ、ようやくにして射落とすことに成功した──本書の表題作は、台湾原住民の一つ、タイヤル族に伝わる伝説である。

 この話は、以前に読んだ黄煌雄《兩個太陽的臺灣:非武裝抗日史論》(台北:時報出版、2006年)という本で知っていた(→こちらで取り上げた)。黄煌雄は蒋渭水の評伝も書いており、サブタイトルから分かるように、日本統治時期台湾における民族運動史をテーマとしている。「二つの太陽」という表現には、日本という支配者=政治勢力と、台湾在住漢民族という被支配者=社会勢力と二つの太陽が台湾には輝いている、しかし二つの太陽が並び立つことはできず、いずれかが射落とされなければならない、という意味合いが込められており、これは賀川豊彦が台湾について原住民の神話を引きながら書いた文章に由来するそうだ。賀川は何度か台湾へ伝道旅行に出かけているから、その折に「太陽征伐」の伝説を耳にしたのだろうか。「太陽征伐」のモチーフそのものは、北米インディアンなどの伝説にも見られるらしい。

 パスタアイ(矮人祭)はサイシャット族に現在も伝わる祭礼だが、肌が黒く、背丈の小さな先住民・タアイにまつわる。彼らは農耕など先進的技術を教えてくれたが、悪さも過ぎたため、あるとき、皆殺しにされてしまった。タアイの霊を慰めるために行われるようになったのがパスタアイだと言われている。色黒の小人を皆殺しにしたという伝承は台湾各地にあり、例えば、そうしたヴァリエーションの一つが伝わる小琉球の烏鬼洞を私も以前に訪れたことがある(→こちら)。

 娘が鹿と婚姻を結び、それを知った父親が鹿を殺してしまったというアミ族の説話は、柳田國男『遠野物語』にも見えるオシラサマの伝承と似ている。ちなみに、台湾の人類学的調査で知られる伊能嘉矩は遠野の出身である。蛇足ついでに書くと、藤崎慎吾『遠乃物語』(光文社、2012年)は、台湾から戻った伊能と、『遠野物語』の語り部となった佐々木喜善の二人を主人公にイマジネーションをふくらませた小説である。

 台湾各地にある城隍廟に入ってみると、背高ノッポとおチビさんの二人組みの神像が印象に強く残る。七爺八爺、ノッポの七爺は謝将軍、背の低い八爺は范将軍、という。二人はもともと親友同士だったが、ある日、橋のたもとで待ち合わせたとき、七爺は事情があって戻って来れなかった。やがて大雨で川が氾濫し、友は必ず戻ると信じていた八爺はそのまま溺れ死んでしまった。そのことを知った八爺は責任を感じて自殺してしまう。こうした二人の関係は信義の象徴として神に祭り上げられた。七爺がアッカンベーしているのは首吊りしたから。八爺の顔が赤黒いのは水死したから。そう言えば、黄氏鳳姿『七爺八爺』という作品があったが、私はまだ読んでいない。黄氏鳳姿は日本統治時代の台湾でその文才を池田敏雄によって見出され、綴方教室で有名な豊田正子と同様の天才少女として知られるようになった人。

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