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2013年5月12日 - 2013年5月18日

2013年5月14日 (火)

佐藤孝一『「中国脅威論」とASEAN諸国──安全保障・経済をめぐる会議外交の展開』

佐藤孝一『「中国脅威論」とASEAN諸国──安全保障・経済をめぐる会議外交の展開』(勁草書房、2012年)

ASEANはもともと隣国同士で紛争の火種がくすぶっていたので域内諸国間の摩擦を鎮静化することを目的として出発し、またベトナム戦争の飛び火も恐れて、1967年にインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの5カ国で結成された。ただし、互いの疑心暗鬼は消えておらず、ソ連や中国を刺激したくないという思惑もあったため、拘束力の弱い宣言で設立され、目立つ機構化は避けるという形で出発した。ASEANは弱小国の集まりである。しかし、1国では相手にしてもらえなくても域外大国とも集団交渉で協議を進めてきたのが持ち味であり、さらに交渉相手国に応じて国際会議を分離し、会議外交の重層化・多元化という特徴を示すようになっている。

小国の集まりであるASEANにとって、良くも悪くも巨大な存在感を持つ中国の動向には敏感となる。「中国脅威論」に基づいて提起されたテーマは下記に挙げたように様々であるが、こうした課題に直面したASEAN諸国は「弱者の武器」としての会議外交によってどのように抑え込みを図ってきたのか? 本書では具体的なケースが検討されるが、ASEANの会議外交は能力に見合った成果を挙げているものの、大国相手の限界も同時に浮き彫りにされる。

「中国脅威論」として6つの要素が示されているが、ステージごとに考えると、歴史的問題(1940年代~1989年)→南シナ海紛争・SEANWFZ構想(1974~2005年)→経済問題(1993~2007年)→非伝統的安全保障問題(2003~2007年)という時期区分ができる。つまり、当初は政治的紛争が中心であったが、近年では経済や保健衛生など政治的能力・意思では解決のできない分野へと焦点が移りつつあることがうかがえる。

・「中国脅威論」の要素として何が挙げられるか?
①歴史的要素:中国共産党が東南アジア諸国内の共産党を支援した過去。
②軍事的要素:国防費の増大及び国防の近代化。中国軍の海洋進出。中国の武器移転。
③政治的要素:領土・領海紛争。中国における愛国主義の高まり。「大中華」形成への懸念。華人が多いシンガポールは中国との取引が増えるにつれて中国べったりという印象からASEAN内で孤立する懸念。民主主義・人権問題。
④経済的要素:貿易摩擦。「大中華」経済圏の懸念。中国における人口増大及びエネルギー需要の急増。
⑤非伝統的安全保障要素:環境問題。感染症や食品衛生の問題。
⑥規模の要素:巨大さそのものによる圧迫感。

・ASEANレジームの特徴
①拘束が少なく、政策決定は全会一致とする緩やかな会議形態→最大公約数的な要求しか提起できない一方、域外の交渉相手国(中国)を怒らせないようトーンダウンするケースもある。
② 紛争当事者の間の対話の維持と継続を優先させる。
③国際会議を地域協力の促進の基礎とする。
④必要に応じて新たな国際会議を設立して組織の強化と国際環境への適応を図る。
⑤会議の主催国・議長国を加盟諸国が担当。
⑥非公式協議の活用。

(以下は関心を持った箇所のメモ)
・投資額や出稼ぎ労働者の行き先などを考えるとASEANにとって台湾の経済的重要性は無視できない。当然ながら、対中関係で大きなネックとなるが、中国側の「1つの中国」政策に一貫性がないため、ASEAN側は難しい舵取りを迫られる。例えば、シンガポールは要人の台湾来訪に際して中国側に配慮していたが、突如、中国側の態度が強硬になった。陳水扁政権で中台関係が悪化していた頃で、シンガポールに対する反発というよりは、台湾との交流を抑止する手段としてシンガポールを非難した。裏返せば、中台関係が安定していれば、ASEAN諸国の台湾との関係も安定する。

・南シナ海の領土紛争には多くの当事国の利害が錯綜しており、とりわけスプラトリー諸島には中国、台湾、ベトナム、マレーシア、フィリピン、ブルネイが関わる。ASEAN加盟国同士でも領土対立があるため一枚岩ではない。当然ながら自国の権益を優先して考えるため、会議外交の持ち味を出しづらく、中国は会議外交に応ずるのではなく二国間交渉を進めようとした。これに応じて、例えばマレーシアは、スプラトリー諸島の定義が定まっていないことに着目し、その範囲を狭く定義し直す中で自らの主張する島嶼はそこから外し、その上で中国の主権を認めるという妥協案で中国側と交渉する意向もあったらしい。また、軍事的に劣勢なフィリピンに対しては他の加盟国も容赦ない態度を取った。他方、フィリピンが領有を主張するミスチーフ礁を人民解放軍が占拠した際(1995年)、中国の外交部はその事実を知らなかったという。2002年、強制力のない「南シナ海における係争当事者間の行動宣言」が合意され、2003年に中国はTAC(東南アジア友好協力条約)に域外国として加盟、「平和と繁栄のためのASEAN中国戦略的パートナーシップ宣言」も出された。これは外相主導の合意→中国では外交部と人民解放軍との連携が密ではないため、人民解放軍を加えると交渉が紛糾する恐れがあった。こうした合意に拘束力は弱いとはいえ、中国を国際的監視の下に置けた意味では成果と言える。中・比・越の共同探査も行われたが、中国が今後も融和的な態度を取るかどうかは分からない。

・SEANWFZ(東南アジア非核兵器地帯)構想は冷戦の東西対立巻き込まれるのを回避するために出された1971年のZOPFAN(東南アジア平和・自由・中立地帯)宣言までさかのぼるが、1983年からインドネシア政府の主導で議論され、1997年に条約として発効した。ただし、条約化しても非力なASEAN諸国では実現するのは難しい。なぜ急いで条約化したのか? まず会議外交の結集点としての役割があるだろうが、SEANWFZ条約に含まれる次の2点、すなわち、第一に加盟国領域だけでなく大陸棚や排他的経済水域まで及び、第二に原子力潜水艦の航行が制限されることを考えると、中国向けのメッセージとしての意味合いもあるのではないかと推測される。南シナ海にのびたU字線は中国の領土拡張の意思、ミスチーフ礁の占拠はその具体的な実施、核実験や台湾危機におけるミサイル演習など軍事力の誇示、さらに台湾危機は台湾への出稼ぎにも影響、こういった要因をASEAN側は脅威と受け止めていた。

・東南アジアの華人が市場原理に基づいて対中投資を進めたとしても、他のエスニック・グループから「大中華経済圏」「中国脅威論」の猜疑心を招いてしまうおそれ。華人が多いシンガポールの政治指導者はASEAN内部での孤立を懸念して火消しに躍起になっていた。また、シンガポール製品の輸出市場を中国に独占されるのではないかという要素も強かった。2002年に締結されたACFTA(ASEAN中国自由貿易地域)は中国からの譲歩も得ており、会議外交の成果。

・非伝統的安全保障問題の一例として、中国で発生したSARSの拡大。WHOは中国を非難したため中国の態度は硬くなっていたが、シンガポールのゴー・チョクドン首相のイニシアティブによってWHOとASEAN首脳会議、ASEAN中国首脳会議が連携し、SARS拡散食い止めに尽力。ASEAN側は会議外交の枠組みを通して中国を説得できたが、中国の責任追及まではできなかった。他に、メコン川の水資源配分に関わる環境問題。食品衛生問題では自らの非を認めることはなく、逆に報復措置→ASEANは会議外交の枠組みで粘り強く交渉。相手のメンツをつぶさない会議外交方式は中国相手には一定の効果。中国国内において悪しき官僚主義や秘密主義で横の連携ができないことによる対策や情報伝達の遅れ、不作為も「中国脅威論」の政治的要素となる。

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2013年5月13日 (月)

仲正昌樹『カール・シュミット入門講義』、大竹弘二『正戦と内戦──カール・シュミットの国際秩序思想』

 カール・シュミットについて浩瀚だが内容的に充実した本を2冊読んだ。私はシュミットに関心はあるものの、専門的な議論を展開するような力量はないので、興味を抱いた部分についてのみメモしておく。

 仲正昌樹『カール・シュミット入門講義』(作品社、2013年)は、『政治的ロマン主義』『政治神学』『政治的なものの概念』の3冊を精読する講義形式。補完的に『パルチザンの理論』『大地のノモス』『陸と海と──世界史的考察』なども取り上げ、邦訳では分かりづらい箇所は適宜、ドイツ語原書にあたって丁寧に読みくだかれていく。シュミットの問題提起は何だったのかを明確にした上で、彼の組み立てたロジックを講義受講者(=読者)と一緒に読み解いていく構成だから、読み手自身の問題意識に応じて読むと理解しやすいだろう。

 論敵や批判対象との議論の要点が整理されているので、思想史的な背景におけるシュミットの位置付けが明確となる。そこから、現代思想の論点と共通する部分まで見えてくるのが面白い。例えば、
・「政治的ロマン主義」への批判、つまり価値観的な判断を保留して議論の実質を先送りしている言論状況への批判という点では、ドイツ・ロマン主義とポストモダン思想(エクリチュールの戯れ!)とで共通する。
・ケルゼンなど法実証主義は中立性・客観性を標榜するが、そもそもなぜ法が成立したのかという核心に触れることはできない。中立性という装いの背景にも実際には何らかの価値観が潜んでおり、そうした欺瞞をひきはがそうとする点でシュミットとポストモダン左翼の立ち位置は共通している。
・「友/敵」概念が明確にされていた頃は戦争が枠づけされ、際限なくエスカレートしていくのが防止された。ところが、普遍的正義を標榜すると、相手を「正しい敵」とみなすのではなく、道徳的な意味での無法者として断罪することになり、それがかえって果てしない闘争につながってしまう。こうしたシュミットの論点は、現代におけるアメリカ的普遍主義に対する批判と共通する。

 シュミット思想の主要論点はヴァイマール共和政の機能不全という具体的な政治状況を目の当たりにする中から研ぎ澄まされており、シュミット研究もおおむねこの時期に集中する傾向がある。そうした中、大竹弘二『正戦と内戦──カール・シュミットの国際秩序思想』(以文社、2009年)は彼の国際秩序思想に注目する中で、ヴァイマール以前の初期から戦後の晩年にいたるまでシュミット思想の特徴や変化を総体的に捉えた力作である。本書を論評する力量は私にはないが、「普遍性」に対する論争的性質に着目している箇所に関心を持った。私の関心に応じて以下にメモだけしておく。

・シュミットの視座には、法概念や言説規範をめぐる闘争という特徴がある。つまり、言説を支配する者こそが政治的支配をも獲得すると考えたとき、理念的で普遍性を志向する規範主義は、むしろ概念を通した帝国主義支配としての力を持つ。しかしながら、保護と服従の直接的な関係に政治支配の具体性があるとすれば、概念的規範を通じた「間接権力」は、保護の責任を持つ政治的主体が見えないという欠点をさらけ出す。ドイツは西欧自由主義を受け入れることで精神的な自立性を失ってしまっており、自前の概念的規定を持つことこそが政治的自立につながると彼は考えていた。

・人間のあらゆる行為において何らかの事態に直面したときの一回的な応答をいかに考えるかという問題意識がシュミットの思考の基本にある。政治的実践における、普遍的なものには回収され得ない具体的な一回性、それをいかに取り戻すのか? 『政治的なものの概念』でシュミットが「友/敵」結束に着目したのは、抗争という具体的なコンテクストの中に「政治」の本質が見えてくるという洞察であったが、戦後のシュミットはパルチザンの土地的な性格に注目した。冷戦状況下、土地に根ざしたパルチザンも闘争上の支援を得るため米ソなど「利害ある第三者の関与」が必要不可欠となる。ところが、そうした「第三者」と関わりを持つと、パルチザンの土地的・具体的一回性という闘争の性質が、イデオロギー対立という抽象性・一般性の中に絡めとられてしまう困難。

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