篠田英朗『平和構築入門――その思想と方法を問いなおす』
篠田英朗『平和構築入門――その思想と方法を問いなおす』(ちくま新書、2013年)
第二次世界大戦後、国家同士の戦争は減少している一方、紛争は主に内戦という形で燃え上がるケースが目立っている。ポストモダン系の思想、もしくは経済的な新自由主義の立場からは主権国家の限界がしばしば語られる。しかしながら、国民の生命の安全を守る役割、社会契約説における最低限の義務すら果たすことの出来ない「脆弱国家」においては、むしろ国家としての機能をいかに構築するかが根本的なテーマとなる。社会契約説的な考え方からすれば、国家があってこそ人権を守り得る。それゆえにこそ、平和構築は同時に国家構築のプロセスと重なってくる(なお、アフリカの紛争地帯を調査したポール・コリアーは、紛争予防のためにインフラとしての国家を構築する必要を指摘している。Paul Collier, Wars, Guns, and Votes: Democracy in Dangerous Places, HarperCollins, 2009→こちら)。
ガバナンスの能力を欠いた「劣った」人々をパターナリスティックに保護してやる、という考え方に対して本書は強く戒める。紛争多発地帯では20世紀後半に独立した国々がほとんどで、政治・経済・社会のあらゆる面で基本的なインフラを欠如させたまま独り立ちを強いられた点では、すでに長い時間をかけてインフラを蓄積させてきた先進国との間に出発点から格差があった。何よりも、国際秩序が一体化しつつある中、その一部で生じた綻びは構造的な問題であり、まさにその国際秩序の中で生きる我々自身にとって決して他人事とは言えない。内政不干渉等の原則によって主権国家同士の関係を律してきた従来の国際社会観より一歩進んで、各国家の内部においても人権など普遍的な価値規範の遵守を求める「新しい国際立憲主義」が20世紀末になって現われたと本書では指摘される。著者の『「国家主権」という思想──国際立憲主義への軌跡』(勁草書房、2012年→こちら)では、ある地域で国家が責任を果たすことができない時に国際社会による介入を社会契約説の考え方を援用しながら正当化する論点が示されていた。
無辜の人々が殺されていく緊急事態を目の当たりにしたとき、軍事介入という選択肢を否定しさることはできない。人道的介入の是非をめぐっては議論が尽きないが、軍事介入を行う大国の政治的思惑や、介入した結果として生ずる新たな混乱への警戒感がある一方、ルワンダのジェノサイドを国際社会が傍観したことへの当事者の絶望感も深かった(例えば、Roméo Dallaire, Shake Hands with the Devil: The Failure of Humanity in Rwanda, New York: Carroll &Graf Publishers, 2005→こちら、Paul Rusesabagina, An Ordinary Man, Penguin Books, 2007→こちら)。平和構築にあたっての軍事力行使は単純に善悪で割り切れる問題ではない。同様のことが紛争後にもあり得る。例えば、ルワンダ紛争を逃れて多くの人々が流れ込んだ隣国ザイールの難民キャンプで人道援助活動が行われた。実は、そこに他ならぬルワンダの虐殺者が多数逃げ込んでおり、結果として人道援助活動が犯罪者を保護する形になってしまったのだという。内戦終結後のルワンダ政府軍はこれを非難して攻め込み、実力で難民キャンプを解体、報復で多くの人々が殺害されたばかりか、その過程でザイールのモブツ政権が崩壊、コンゴ紛争が激化した。
動機は人道的なものであっても、どのような結果が得られるのか見通しがつかない。そうした複雑な矛盾は、平和構築活動のあらゆる局面に見出される。本書は、政治、軍事、法律、開発、人道といった分野ごとに平和構築が直面する課題を描き出しており、理念と現実との解き難いアポリアを整理して考えるのに必要な論点を提示してくれている。
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