【メモ】曺喜昖『朴正煕 動員された近代化──韓国、開発動員体制の二重性』
曺喜昖(李泳釆・監訳・解説、牧野波・訳)『朴正煕 動員された近代化──韓国、開発動員体制の二重性』(彩流社、2013年)
・韓国政治における保守派と進歩派の対立は、朴正熙政権に対する評価と密接に連動している。保守派は韓国社会を近代化へ導いた「成功した指導者」として彼の正の側面を礼賛する一方、進歩派からは人権弾圧を行った強権的政権として負の側面が厳しく指弾される。双方が自らの朴正熙政権イメージに合致する一面的な言説ばかりを流通させた結果、分裂した視点が並立してしまっているという。こうした不毛な状況を踏まえ、著者自身は進歩派ではあるが、双方の対立的視点を建設的に取り込みながら朴正熙時代を考察する理論的枠組みを構築しようと試みている。
・近代化へ向けて国家の主導により国民を巻き込んでいく体制を本書では「開発動員体制」と定義づけ、資本主義や社会主義といったイデオロギー上の相違にかかわらず一般的な概念として応用可能な分析視角になり得るという。先進国を念頭に置いて「欠損国家」「欠損国民」という自己認識を持ち、近代化・開発へ向けた民衆の要求に既存の体制が応えられていない状況の中、「正常な状態」へと国家主導で国民が動員される。
・支配の同意的基盤を構成するために動員が行われるが、「強圧」か「同意」かという二者択一のゼロサム・ゲーム的に捉えるのではなく、「強圧」から自発的な「同意」まで幅広いスペクトラムの中で分析しようとするのが本書の特徴である。上からの社会の再組織化によって社会が「近代」化されると同時に、変化を経験した社会は開発動員体制との間に新たな緊張や矛盾を生じさせる。つまり、開発が成功した一方、それがもたらした矛盾で犠牲となった人々の抵抗意識→強圧への反発、民衆の主体化→開発主義の同意創出効果が弱まるというプロセスが見られる。圧縮的な成長を目指したがゆえにもたらされた圧縮的な矛盾が原因となり、成長の力学と危機の力学とが併存する二重性(矛盾的複合性)として朴正熙政権が支持された同意基盤の変動が分析される。
・1950年代は原初的な反共主義が動員の根拠となった。1960年代の朴正熙政権は反共主義を継承しつつ、近代的な開発主義と結びつけることで支配の同意的基盤を拡充する。この「動員された近代化」の中で強圧と同意は二重の相貌として存在した。1972年以降の維新体制では同意的な言説が根拠不足となり、強圧が全面化→同意の分裂の拡大という悪循環が見られるようになった。
・グラムシのヘゲモニー論が援用されている。1960年代の開発動員体制では、開発主義的言説による支配集団の思考の普遍化→産業戦士としての「国民」という集団的アイデンティティ→経済的基盤におけるヘゲモニー。1970年代の維新体制では、開発主義プロジェクトの亀裂→「国民」が分裂し、「民衆の主体化」→階層・階級間の利害関係の接合に亀裂。
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