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2013年7月 5日 (金)

楊海英『植民地としてのモンゴル──中国の官制ナショナリズムと革命思想』

楊海英『植民地としてのモンゴル──中国の官制ナショナリズムと革命思想』(勉誠出版、2013年)

 ナショナリズムがいびつな形をとったとき、対外的には攻撃的な排外主義が煽られ、国境線の内部ではマイノリティーへの抑圧として表われる。近年の中国における愛国主義の昂揚は尖閣問題、南沙問題等にも顕著に見られ、日本においても、それこそ日中友好を願う人々の間ですら懸念は広がっている。

 他方で、こうしたナショナリズムは中国内部の民族的マイノリティーに対してどのように暴力的な作用を示しているのか。本書は、内モンゴル自治区出身のモンゴル人民族学者という立場から中華ナショナリズムの問題点を抉り出そうとしている。

 かつて日本軍が大陸へ侵略したとき、満洲国や蒙古聯合自治政府といった形で内モンゴルを事実上支配していたことがある。その意味で、内モンゴルは日本と中国の両方から植民地化を経験した。「日本刀をぶら下げた奴ら」という表現がある。日本が設立した学校で近代的教育を受けたモンゴル人を指す(例えば、楊海英『墓標なき草原──内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』岩波書店、2009年→こちらを参照)。漢人の支配者からは抑圧しか受けなかった一方、少なくとも近代化の恩恵を伝達した点で日本人に対してモンゴル人は相対的には好意的だったらしい。ただし、そうした「親日」的傾向が、「解放」後になると共産党政権によるモンゴル人知識人粛清の根拠になってしまった。この点で国民党が台湾で引き起こした二二八事件と構図として共通すると指摘される。いずれにせよ、このような形で日本も責任を負っている以上、見過ごしてしまうわけにはいかない。

 失われた伝統文化を何とか再構築したい。そうした思いは民族学者としての仕事の動機となる。だが、そもそも内モンゴルで民族的伝統文化が失われてしまったのはなぜなのか。「解放」という大義名分で隠蔽された下、実質的には漢民族による抑圧や殺戮によってモンゴルの伝統文化が抹殺されてきたし、それは現在進行形でもある。そうした暴力から目を背けてきた点で、民族学者は中国政府と暗黙の共犯関係にあったと手厳しい。

 著者の中国人に対する糾弾の激しさには驚かされる。場合によっては学者としての一線を越えていると思われるかもしれない。しかしながら、『墓標なき草原──内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(岩波書店、上下、2009年;続、2011年→こちらで取り上げた)で具体的に描写されている暴力の凄惨さを想起すれば、こうした怒りもやむを得ないだろう。

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