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2013年7月15日 (月)

【映画】「台湾アイデンティティー」

「台湾アイデンティティー」

 台湾の人々にとっての1945年は、日本とはまた違った意味を持つ。戦争の終わり。束の間の解放感。やがて来る幻滅──「日本人」として教育されてきたにもかかわらず日本からは見捨てられ、新来の統治者である国民党政権の下では二二八事件や白色テロで沈黙を強いられた。いずれの「国家」にも自らをアイデンティファイできない矛盾。台湾の作家、呉濁流は日本の植民地統治下でひそかに書いた小説で「アジアの孤児」と表現したが、そうした状況は戦後の台湾史にも当てはまる。

 映画「台湾アイデンティティー」はいわゆる「日本語世代」の台湾人6人へインタビューを重ねた記録である。

 黄茂己さんは戦時中、日本の高座海軍工廠で働いた。戦後、台湾へ戻って教員となったが、白色テロに怯えた日々を回想する。張幹男さんは独立運動への関与を疑われて火焼島(緑島)の政治犯収容所へ送られた。釈放後、旅行代理店を立ち上げ、働き口のない元政治犯を積極的に受け入れる。火焼島へ送られる前に一時的に収監されていた台北近郊、新店の監獄まで取材班は案内されるが、つらい記憶が蘇ってくるようで、その後、体調を崩してしまったらしい。

 呉正男さんは陸軍の航空通信士として北朝鮮で敗戦を迎え、ソ連軍の捕虜となって中央アジアでの強制労働に従事。日本へ戻り、横浜の中華街で銀行に就職する。長年、日本で暮らし、帰化申請をしようとしところ、役所の人から「帰化申請が却下される場合もあります」と言われた。単に役人としての形式的な発言だったのかもしれない。しかし、本人としては、軍歴もあり、日本語も流暢で日本人と変らないのだから、喜んで受け入れてくれて当然と考えていたため失望し、結局、帰化申請はやめてしまった。「残留日本兵」としてインドネシア独立戦争に参加した宮原永治(台湾名:李柏青、インドネシア名:ウマル・ハルトノ)さんは、「何人として死ぬんですか?」という問いに、自分はインドネシア人だ、と答える。呉正男さんはソ連に抑留されていたので二二八事件に際会することはなかった。宮原永治さんはインドネシアへ進出した日本企業の現地駐在員として働いていたとき、一度だけ台湾へ帰郷したが、家族から「すぐに帰れ」と言われ、それ以降、戻っていない。戒厳令下、いつ連行されるか分からなかったからだ。

 ツォウ族の高菊花さんは、父・高一生の思い出を語る。高一生は原住民の自治を主張していたため国民党から睨まれ、銃殺された(高一生については、《台湾百年人物誌 1》[玉山社、2005年]所収の「高山船長、高一生」を私的に訳出してあるので参照のこと→http://docs.com/PJC2)。残された家族に対しても嫌疑が解かれることはなく、菊花さんは生活のため高雄へ出て歌手となったが、特務による執拗な尋問が続いた。親族の鄭茂李さんは穏やかな人だが、二二八事件に参加している。当然ながら、その後はつらい思いをした。話を聞きながらもらい泣きする監督に鄭茂李さんが「泣かないでください」と涙ながらに声を掛ける姿が印象的だった。

 「時代が悪かった」「これも運命だよ」──こうした言葉をどのように受け止めたらいいのか。つらい仕打ちを噛み締めながら、懸命に生きてきた。同時に、不条理な運命に翻弄されて命を落としていった身近な人々への思いもここには込められているはずだ。

 人はゼロの地点から生きているわけではない。歴史は現在の我々と良くも悪くもつながっている。そのつながりを見失ったとき、自分自身がいま生きているこの世界を見つめる眼差しもあまりに貧弱なものとなってしまうだろう。歴史学者の周婉窈(台湾大学教授)は高一生を追悼した文章で、国民党の統治下で抹殺された歴史の空白とそれによってもたらされた精神的喪失の重大さに驚き、高一生をはじめ失われた数多の人々の思い出を取り戻すことの大切さを説いている(周婉窈〈高一生、家父和那被迫沈默的時代──在追思中思考我們的歷史命題〉《面向過去而生》[允晨文化出版、2009年]→http://docs.com/PHH7に私的に訳出した)。

 戦時下に青春期を過ごした台湾人について、周婉窈は「ロストジェネレーション」と表現している(《海行兮的年代──日本殖民統治末期臺灣史論集》允晨文化出版、2003年→こちらを参照のこと)。日本の植民地統治下で一所懸命に学んだ日本語は1945年を境として敵性言語となった。日本語を公的な場で使うわけにはいかない一方、台湾人が抑圧された国民党の権威主義体制への反発は、日本語に一つの拠り所を求める心理的作用をもたらした。彼らが敢えて日本語で語る言葉には、暗い時代を生き抜いてきた様々な思いが刻み込まれている。その体験的意味は、我々日本人が当たり前のように日本語を用いるのとは明らかに異なっている。日本語を使うからと言って安易に「親日」というカテゴリーで括ってしまうわけにはいかない記憶の余韻、そうした深みまで何とか耳を澄ませられるように努力したい。

 インドネシアの宮原永治さんが「あなたには想像も出来ないだろうけどね」と吐き捨てるようにつぶやいた言葉が耳に痛い。確かに共感できるなんて考えるのはおこがましいかもしれない。だが、「日本語世代」は相当な高齢であり、彼らの話を聞き取るのに残された時間は限られている。「台湾人生」「台湾アイデンティティー」に続き、第3作目の企画も進行中と伝え聞くが、是非成功させて欲しいと願う。

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