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2013年7月19日 (金)

【メモ】リチャード・C・ケーガン『台湾の政治家:李登輝とアジアのデモクラシー』

Richard C. Kagan, Taiwan's Statesman: Lee Teng-hui and Democracy in Asia, Naval Institute Press, 2007

・李登輝へのインタビューや関係者の証言も踏まえて書かれた伝記である。著者はアメリカ・ミネソタ州のHamline University名誉教授で、台湾大学留学中に彭明敏や殷海光などと知り合い、その後も民主化運動や人権問題に関わったため国民党から睨まれた経験を持つらしい。本書は羅福全(陳水扁政権の元駐日代表)たちから勧められて執筆したとのことで、当然ながら台湾独立派に同情する視点が顕著に見られる。アメリカは日本と同様、中国の「一つの中国」政策への配慮から台湾に対して冷淡であり、「李登輝は台湾海峡を緊張させるトラブルメーカーだ」と発言する国務省高官もいたが、そうしたアメリカの台湾政策には批判的である。

・伝記的な事実関係については日本語で出ている李登輝関係書の方が詳しい。ただ、視点の置き方の違うところに関心を持って読んだ。例えば、李登輝の思想的背景。彼は日本統治期の若い頃、岩波文庫など日本語の翻訳書を通して西洋世界の思想や知識を得たことを常々語っている。とりわけドイツの哲学や文学(ゲーテとニーチェがとりわけ好きだったようだ)、社会主義関係、あるいは自己超克を目指して禅やキリスト教など宗教関係へ目を向ける読書傾向はいわゆる旧制高校的な教養主義に特徴的である。こうした点で日本では彼の「親日」的な部分が強調されるが、本書ではむしろ、中国・台湾以外の広い世界へ目を向けることで「国際人」と自己規定するきっかけになった点が強調される。

・李登輝は1960年代にコーネル大学へ留学して農業経済学で博士号を取得する。当時のアメリカの大学では学生運動が活発で、学生たちが積極的に政治問題を議論している姿を目の当たりにしたことは、彼の民主主義観に影響した(彼自身は国民党のスパイを恐れて政治的発言には気をつけていたが)。また、コーネル大学は農業問題で行政機関へ具体的な助言を行うプログラムを実施しており、李登輝自身も自らの知識を実地に応用したいという希望を抱いたことは、後に国民党へ招かれた際に入党した理由の一つになっている。

・本書では李登輝の思想的特徴を禅とキリスト教の混淆として捉えている。迷ったときや挫けそうになったとき、神に祈って、自らの使命への確信を深める。また、言葉によって固定的に表現された概念の迷妄を打ち砕く思考習慣は禅の影響だと指摘される(東洋的神秘主義を「禅」の一言でまとめてしまうのは大雑把であるが)。そうした思考習慣から「一つの中国」をはじめとした国民党イデオロギーも相対化された。李登輝は多くを語らずにいきなり行動するので知人たちはみな驚き、総統に就任後、国民党内の熾烈な権力闘争を戦い抜いたが、無言のまま絶妙な間合いを掴むところは得意の剣道みたいだとたとえられる。

・李登輝はデモクラシーを、生成変化しつつある具体的な動きを実現させるシステムだという独特な捉え方をしているが、それも「禅」的だという。ただし、彼は東洋的な価値に偏重した捉え方をしようとしているのではなく、「アジアは西洋とは違った価値観がある」として儒教道徳を称揚したリー・クワンユーに対しては権威主義的抑圧を正当化するだけだと批判的である。むしろ、古い権威的な政治道徳を引きずったままの中国に向けて台湾はデモクラシーを発信していけると自負を抱いている。

・李登輝は「新台湾人」という表現を用いた。特定の族群によって打ち立てられたネイションではなく、様々な来歴の人々が避難してきたこの台湾という島で精神的紐帯を築き上げつつある「共生の共同体」。様々な人々が自らの潜在的可能性を自覚し、東西の様々な思想が交錯しつつ発展していく場として台湾を捉える発想には、西田哲学の「場所の論理」が影響しているという。

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