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2013年5月11日 (土)

平岡昭利『アホウドリと「帝国」日本の拡大──南洋の島々への進出から侵略へ』

平岡昭利『アホウドリと「帝国」日本の拡大──南洋の島々への進出から侵略へ』(明石書店、2012年)

 日本の場合もそうだが、海上における国境紛争は島の領有権をめぐる争いとして具体化する。そうした島々は、人が住むのに適さない荒涼たる小島であることが多い。漁業資源や埋蔵資源を確保するため領海を出来る限り広げておきたいという思惑があるのはもちろんだが、そもそもこうした島々を領有化したきっかけは何だったのだろうか? ある意味、山師の投機的行動が領土拡大のきっかけになったと言えるのかもしれない。

 幕府によって領有されていた小笠原諸島は幕末・維新の混乱の中でいったん放棄されていたが、1876年から再統治されることになった。この時に小笠原へ派遣された人員の一人だった八丈島の大工、玉置半右衛門は開墾事業を進める中、アホウドリの羽毛は高値で売れることに目をつけた。乱獲でアホウドリが減少すると、さらなる富を求めて1906年には南大東島を開拓する。玉置の成功は一攫千金を狙う山師的な人々を駆り立てた。彼らは南鳥島や尖閣諸島をはじめアホウドリのいそうな島を求めて血眼になり、南洋進出の直接的なきっかけとなる。本書では「バード・ラッシュ」と表現されるが、こうした動向は明治後期に盛り上がった南進論とも連動して、志賀重昂や榎本武揚なども支援していた。日本人の密猟者はミッドウェー諸島やウェーク島にまで上陸し、アメリカと外交問題になったばかりか、乱獲に対する批判的な世論がアメリカ側で盛り上がったという。

 彼らの行く先々で、繁殖のサイクルを無視した乱獲が繰り返されるうちにアホウドリはいなくなっていく。他方、こうした島々には肥料の原料となるグアノ(鳥糞)・リン鉱があることが注目された。グアノ・リン鉱を運ぶには運搬船が必要だし、肥料を製造する工場も建設しなければならない。それまでの山師的な投機行動は組織的な経営形態へと転換されていく。玉置は南大東島でサトウキビ栽培を始めたが、その事業が東洋精糖(後に大日本精糖に合併)へ転売されると、島単位で独占資本の所有・経営によるプランテーションが展開された。そこでは会社─八丈島出身者─沖縄出身者という階層構造で事業が行われたらしい。また、東沙島に上陸した西澤吉治はここを西澤島と名づけて大々的な開発に乗り出したため(「西澤島通用引換券」という独自通貨を発行するなど島単位の経済圏を作っていた)、清朝との間で外交問題を引き起こし、西澤は退去することになった。

 第一次世界大戦でドイツ領南洋諸島を日本軍は占領したが、この作戦を実施した海軍軍務局長の秋山真之は西澤島事件の際に西澤と関わりを持って以来、リン鉱の重要性に目をつけていた。秋山を介して結びついた西澤と三井物産の山本条太郎は南洋経営組合を設立、南洋諸島におけるリン鉱の開発を進めたが、一民間企業と海軍との結びつきが批判され、やがてリン鉱事業は海軍直営に移管されることになる。

 著者は人文地理学を専門としており、そもそも無人島へ上陸した動機を解明しようというのが研究のきっかけだったという。山師の投機行動という民間の経済活動が無人島への上陸という形で領土拡張のきっかけを作り出し、それが経営スタイルの変化に応じて国策的南進へと質的に転換していく動態が興味深い。

 無人島への上陸は、水や食糧の補給がままならない当時、単に冒険者的な勇気では済まされない。玉置のような事業経営者はアホウドリ捕殺作業のため労働者を送り込んだが、補給船が来ないまま、事実上、置き去りにされて餓死した事件も起こっている。交代要員を送り込む際に採取された羽毛だけを回収しており、置き去りも意図的だったのかもしれない。そのように死んでいった人々の存在はそのまま忘れ去られていった。日本の国策的南進に先立って、例えば「からゆきさん」など無名の民間人の足取りがあったことも知られているが、そうしたコンテクストの中で見ると、「南進」の歴史に埋もれた「無告の民」の悲劇の一例とも言えよう。

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