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2013年5月 6日 (月)

福田円『中国外交と台湾──「一つの中国」原則の起源』

福田円『中国外交と台湾──「一つの中国」原則の起源』(慶應義塾大学出版会、2013年)

 現在の東アジア情勢を複雑にしている焦点の一つは台湾海峡にある。そして、「一つの中国」という外交原則が中台関係のみならず、日本を含めて双方と関わりを持とうとする国々の態度を難しくしていることは周知の通りであろう。しかしながら、蒋介石政権は「漢賊並び立たず」という時代がかった表現で「一つの中国」を主張していた一方、中国政府の側で「一つの中国」言説が頻出するようになったのは1970年代以降のことだという。

 列強に侵略された屈辱の記憶から主権回復の象徴として「一つの中国」がしばしば語られる。ただし、実際の政治的経緯を見てみると、中国政府にとって「一つの中国」という原則は必ずしもアプリオリな所与ではなく、むしろ国際情勢の中でのせめぎ合いを通してプラグマティックに形成されたものなのではないか? そうした問題意識をもとに、本書は中台及び関係諸国の外交文書を活用したマルチアーカイヴァルの手法によって検証を進め、「台湾解放」の論理が「一つの中国」原則へと変容していく過程を明らかにする。

 国共内戦の延長として中国政府は「台湾解放」を目指していたが、台湾の国府はアメリカのバックアップを受けている以上、おいそれとは手が出せない。戦略的焦点は「台湾解放」から金門・馬祖の「解放」へと向けられたが、アメリカ側の出方が読めず、膠着状態に陥っていた。1954年9月の金門砲撃(第1次台湾海峡危機)にはアメリカ側の意図や中国国内での反応をうかがう情報収集としての側面があったらしい。

 毛沢東は、金門・馬祖を蒋介石の手元に残し、台湾・澎湖と一括して「解放」することを長期目標に据えて先送りした。また、アメリカも蒋介石が呼号する「大陸反攻」に巻き込まれてしまうことを懸念しており、台湾海峡は冷戦構造における境界線の一つとして既成事実化していく。中国の指導者は冷戦構造を利用して、「解放」できないながらも後退もしないギリギリのバランスを保とうとした。だが、それは蒋介石の「大陸反攻」を抑え込むことになった一方で、こうした分断状態は中台という政治主体が並び立つ、いわゆる「二つの中国」が国際社会にそのまま受け入れられかねない風潮も生み出すことになった。

 中ソ対立、インドシナ情勢など1960年代に国際情勢が新たな展開を示す中、毛沢東は「二つの中間地帯論」を提起する。つまり、アジア・アフリカ・ラテンアメリカなどの第一中間地帯、西欧諸国・カナダ・日本など第二中間地帯との関係構築を模索することで米ソの覇権主義に対抗するという方針である。本書では、ラオス連合政府、フランス、旧仏領アフリカ諸国との交渉が分析されるが、いずれも国府との関係をすでに持っており、これらの諸国との外交関係樹立は対応を誤ると「二つの中国」を具現化しかねない恐れがあった。しかし、外交的局面の打開を急いでいた中国は、フランスに対しては譲歩せざるを得なかったものの、ラオスやアフリカ諸国に対しては「唯一の合法政府」としての地位を認めさせることに成功した。こうした交渉の中から中国は「一つの中国」という外交原則を明確にしていく。

 本書では、「台湾解放」の実現が見通せなくなった中、「台湾解放」を諦めないながらも実質的にはそれに代わる論理として「一つの中国」原則が形成されたと捉えている。ただ、「台湾解放」へのこだわりそのものが「一つの中国」意識の暗黙的意思表示なのではないのだろうか? こうした疑問について明確には説明されていないのだが、外交原則としての顕在化には軍事的攻勢から外交的攻勢への転換が伴っている点に注目していると理解していいのだろうか? 

 いずれにせよ、時代を通じて妥協の余地の無い所与の前提と考えられている「一つの中国」論でも、過去の経緯を検証してみると、時代的・国際的条件とのすり合わせの中で徐々に形成されてきたことを実証的に示そうとしたのが本書の特色である。とするならば、現時点で政治交渉を難しくしている原則であっても可変性が皆無とは言えない。環境整備の進め方をどのように工夫するか、そうした政策面での建設的な含意を読み取ることもできるだろう。

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