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2013年5月 5日 (日)

下斗米伸夫『ロシアとソ連 歴史に消された者たち──古儀式派が変えた超大国の歴史』、中村逸郎『ろくでなしのロシア──プーチンとロシア正教』

下斗米伸夫『ロシアとソ連 歴史に消された者たち──古儀式派が変えた超大国の歴史』(河出書房新社、2013年)

 ロシア革命前後の時期、宗教的・オカルト的な雰囲気が政治史の随所に見られることはよく知られているが、本書が注目するのは古儀式派である。ボルシェヴィキ指導層でも、例えばカリーニン、ルイコフ、キーロフ、モロトフ、グロムイコ、スースロフなど多くの人々に古儀式派との関連がうかがわれるという。レーニンはボンチ=ブルエビッチを通して古儀式派との連携を模索したこともあったし、彼がテロを避けて晩年をすごした屋敷は古儀式派の村にあった(そこではプーチンの祖父が料理人をしていた)。ところが、マルクス主義的な無神論のため、そうした記録はたいてい抹消された。本書は史料的制約を補いながら論証を進め、宗教という観点からソ連史を描きなおす。

 1666年、ロシア正教会のニーコン総主教は儀式をギリシャ風に統一する改革を行った。当時はオスマン帝国によって1453年に東ローマ帝国が滅ぼされ、1683年には第2次ウィーン包囲が行われるという時代状況にあり、オスマン帝国の進撃を抑えるために新興勢力ロシアを利用しようというギリシャ系聖職者たちの目論みがニーコン改革の背景にあった。キリスト教世界全体の危機感から彼らはカトリックとの連携も深め、カトリックの影響が強いウクライナをロシアに統一させようとする構想も浮上する。つまり、対外的にはイスラム勢力の拡大を防ぐためロシアの大国化が期待され、ロシア内部においては正教会の国家に対する優位を確立しようとする思惑から儀式改革が実施された。

 ところが、ニーコン改革に対して伝統派が猛反発し、正教会から分離した彼らは古儀式派(分離派)と呼ばれる。さらに17世紀のピョートル大帝による西欧化改革によって伝統的政治機構が解体され、ロシアがユーラシア全域に向けて拡大するに伴い、正教会は帝国の拡張と多民族化をイデオロギー的に支えることによって帝政との一体化を進める一方、ロシア人の自己疎外という状況も現れる。国家に従わない古儀式派は弾圧され、ロシア社会において正教会や国家に抵抗する心性を生み出していった。ピョートル改革によってもたらされた政治機構を「アンチクリスト」とみなし、それへの抵抗精神が宗教的メシアニズムと結びついて革命、ニヒリズム、共産主義につながったとベルジャーエフは捉えていた。

 国家から疎外されていた古儀式派の人々は生きていくため自前の経済活動を行わなければならなかったが、その中から実業面での成功者も現われた。古儀式派の終末論的世界観は現世否定のエートスをもたらし、それがマックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で指摘されたのと同様の経済倫理として作用していたというのが興味深い。また、古儀式派は教会スラブ語を典礼で用いていたので識字率が比較的高かったという。こうして成長した古儀式派資本家は革命派に資金提供をした。また、革命派は古儀式派の地下出版ネットワークと協力関係にあった。古儀式派も様々な宗派に分かれていたが、ソビエトという共同体組織も私有財産を否定して共同生活する宗派に求めることもができるらしい。

 もちろん、古儀式派がそのまま共産主義革命に流れ込んだわけではなく、複雑な動向がそこには絡まりあい、同床異夢の関係にあった。スターリン時代に集団化政策が進められると、古儀式派もつぶされていく(ただし、第二次世界大戦でドイツ軍に攻め込まれた、いわゆる「大祖国戦争」において、愛国主義を鼓舞するため古儀式派への抑圧は緩和され、動員が図られた)。帝政時代にはロシア正教会に従わなかったため、ソ連時代には無神論イデオロギーによって古儀式派は抑圧されてきたが、ソ連崩壊によるロシアとウクライナとの分離は、ニーコン改革以前の状態に戻ったことになる。古儀式派自身が政治的影響を与えたかどうかは分からないが、ロシアという版図の枠組み、伝統と近代の葛藤、帝政期からソ連崩壊に至るまでの様々な問題が古儀式派を補助線として引いてみると浮かび上がってくる。

 中村逸郎『ろくでなしのロシア──プーチンとロシア正教』(講談社、2013年)は現代ロシアと正教会との関係に焦点を当てている。ソ連崩壊後、宗教的自由は認められたものの、ロシア正教会は信者数の低迷で財政難にあえいでいた。そこで現在の総主教、キリール1世は正教会がビジネスに手を染めることを表明、政府に頼み込んで優遇措置を受けたが、利権の巣窟として政商や政治家が群がる事態となっている。また、プーチン政権に頭が上がらないまま、愛国主義の高揚など政権の思惑に利用されているという。

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