« 【映画】「セデック・バレ 太陽旗編/虹の橋編」 | トップページ | 下斗米伸夫『ロシアとソ連 歴史に消された者たち──古儀式派が変えた超大国の歴史』、中村逸郎『ろくでなしのロシア──プーチンとロシア正教』 »

2013年5月 4日 (土)

赤松美和子『台湾文学と文学キャンプ──読者と作家のインタラクティブな創造空間』

赤松美和子『台湾文学と文学キャンプ──読者と作家のインタラクティブな創造空間』(東方書店、2012年)

 台湾の人口は2300万人で、日本の5分の1程度。当然ながら、日本と比べると読書市場も小さい。その割には台湾の書店を眺めると読書文化はなかなか盛んなお国柄という印象を漠然とながら抱いていた。本書を読んで、なるほど、そういうメカニズムが働いていたのか、と納得。

 本書はピエール・ブルデューが提示した「文学場」、つまり「文学に関わる全ての人々が構成する、芸術、政治、市場、及びそれらの組織、規則などあらゆる影響を受けながら変容する多層的、複合的な構造体」という分析概念をもとに、戦後台湾において文学の創作や読者層に厚みを持たせた条件を明らかにしていく。発端は1952年の蒋経国が創設した中国青年反共救国団である。これは言うまでもなく、反共主義や中華文化復興といったイデオロギーを広め、国民党を担う人材の養成を目指した組織である。救国団は文藝教育を重視し、学校教育と連動することで反共文学の創作者や読者層の組織化を目指した。そうした活動の一環として、作家と読者とが合宿する文学キャンプも実施された。

 発端は国策であった。しかし、ここで面白いのは、反共イデオロギーが形骸化した後も文学教育機能は維持されたことだ。学校教育の中で創作、投稿、発表の場が設定されると、他人より良い作品を書き上げて認められたいという欲望が公認され、単なる個人的趣味というレベルを超えた「文化資本」としての価値を持つようになる。著者自身も文学キャンプに実際に参加し、その体験記が本書に収録されているが、参加者には「憧れの作家に会いたい」「友達を作りたい」といった声が多く、コミュニケーションの場としての機能を果たしていることが分かる。作家と読者とが目の見える直接的な関係を持つことで文学の創作がより身近なものとなり、読者の側から作者の方へ移行する契機も格段に大きくなる。

 もともとは国民党の国策として始まった文学キャンプだが、本土派もこの活動形式を模倣し始める。さらに客家、原住民の文学のコースも設置され、マイノリティー意識を逆に持つようになった外省人第二世代、またフェミニズムや同性愛者など様々な問題意識による文学的営為も展開されていく。本来は国民党の支配体制を支えるために構築された文学的インフラが、時代的変遷に応じて「国語」(中国語)優位が意図されていたメインストリームを解体するかのように作用していく逆説が実に興味深い。

 「時報文学賞」(中国時報)と「聯合小説賞」(聯合報)という台湾の二大文学賞の性格の相違の指摘も含め、台湾の文学事情を知るとっかかりとして勉強になった。

|

« 【映画】「セデック・バレ 太陽旗編/虹の橋編」 | トップページ | 下斗米伸夫『ロシアとソ連 歴史に消された者たち──古儀式派が変えた超大国の歴史』、中村逸郎『ろくでなしのロシア──プーチンとロシア正教』 »

台湾」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/197828/57309576

この記事へのトラックバック一覧です: 赤松美和子『台湾文学と文学キャンプ──読者と作家のインタラクティブな創造空間』:

« 【映画】「セデック・バレ 太陽旗編/虹の橋編」 | トップページ | 下斗米伸夫『ロシアとソ連 歴史に消された者たち──古儀式派が変えた超大国の歴史』、中村逸郎『ろくでなしのロシア──プーチンとロシア正教』 »