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2013年2月18日 (月)

ヤコヴ・M・ラブキン『イスラエルとは何か』

ヤコヴ・M・ラブキン(菅野賢治訳)『イスラエルとは何か』平凡社新書、2012年

 著者は旧ソ連のレニングラード出身で科学史、ロシア史、ユダヤ史を専攻。後にカナダへ移住して、現在はモントリール大学教授。すでに邦訳されている『トーラーの名において──シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(平凡社、2010年)の内容を圧縮した上で加筆し、一般向け普及版として刊行されたの本書である。

 著者自身もユダヤ人であるが、軍事大国化した現在のイスラエル国家に対して極めて批判的だ。イスラエル建国の起動力となったシオニズムの暴力性はユダヤ教の本来の姿から大きく逸脱していると説くのが本書の趣旨である。シオニズムの思想的来歴をたどりながら、それは正統的なユダヤ教解釈に基づくものではなく、むしろ近代ヨーロッパの国民国家思想に起源を持つことを明らかにする。そして、脱ユダヤ教化したイデオロギーを世俗的民族主義に代替させる形でパレスチナの植民地化を推進しているとして、現在のイスラエルのあり方に対して厳しい懐疑の眼差しを投げかけている。それは、彼自身がユダヤ教徒であるからこそ、その価値が捻じ曲げられているのは許せないという憤りによるものであろう。

 西欧のリベラリズムは国家への自己同一化のプロセスにユダヤ系住民も巻き込んでいく中でユダヤ・アイデンティティーは希薄化・弱体化し、民族的にではなく宗教的なアイデンティティーとして存続し、非ユダヤ系の隣人達と共通の国民的アイデンティティーの受容が可能となった。他方、ユダヤ人への迫害の激しかった中・東欧ではそうした〈解放〉が実現せず、また人種観念による反ユダヤ主義が跋扈したこともあり、「非宗教的ユダヤ人」としてのアイデンティティーが形成されることになった。シオニズムへと引き寄せられる度合いは、居住地での反ユダヤ主義や経済的困窮に比例する傾向があり、イギリス・アメリカ・フランスなどではイスラエルへの移住を希望する人は比較的少なかったという。逆に言うと、多文化主義的な社会は、シオニストからすればユダヤ民族意識の昂揚にあたって障害となるという逆説も指摘される。

 シオニズムに付着した「ヨーロッパ」性が、中東においてその植民地主義的性格を露わにしたというのも本書の論点の一つとなる。東欧出身者は自らのヨーロッパ的性格を誇示する一方、アラビア語圏やペルシア語圏出身のユダヤ教徒移民はそれぞれの生活背景を切り捨ててイスラエル社会に同化を迫られた。一部の人々は諜報活動のためアラブ性を維持したが、それが近隣諸国とのポジティブな関係構築に活用されることはなかった。

 シオニズムの暴力性・差別性がユダヤ人の中でも一部のリベラル派から批判されていることはそれなりに知られているが、正統派ユダヤ教徒からも拒絶されていたのはあまり知られていないだろう。イスラエル建国の根拠が聖書にあることからシオニズムは宗教的情熱に基づくかのように受け止められがちだが、逆に脱宗教化したナショナリズムが宗教を政治利用している逆説を明らかにしているところが本書の勘所である(あくまでも私個人の連想に過ぎないが、イランのシーア派聖職者の間でも宗教の政治化は教義に反するとしてイスラム革命を批判する見解も有力であったことを想起した)。

 伝統主義的なユダヤ教徒(「ハレーディ」:神を畏れる者。メディア等では「超=正統派」とも呼ばれる)はイスラエル国という呼称すら拒否しているという。ハレーディ系の国会議員、アヴラハム・ラヴィツは2004年に次のように発言している。

「シオニストたちは間違っている。〈イスラエルの地〉に対する愛を育むためなら、その全土にわたって政治、軍事的支配を打ち立てる必要などまったくないはずなのだ。人は、テル=アヴィヴにいながらにしてヘブロンの町を愛することができる。(…)ヘブロンの町は、それがたとえパレスティナ側の支配下に置かれたとしても十分愛され得るだろう。イスラエル国自体は一つの価値ではない。価値の範疇に属するのは、もっぱら精神に関わる事象のみである。」(本書、60ページ)

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