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2013年2月

2013年2月27日 (水)

新井政美編著『イスラムと近代化──共和国トルコの苦闘』

新井政美編著『イスラムと近代化──共和国トルコの苦闘』(講談社選書メチエ、2013年)

 イスラム過激派によるテロが世界中を騒がせ、「アラブの春」による独裁政権の崩壊後、イスラム勢力の拡大も話題となる中、イスラム的価値観は自由主義・民主主義など近代的価値観とは相容れないのではないかという不安をもらす傾向も散見される。他方で、トルコのエルドアン政権がイスラム色を出しながらも一定の成果をあげていることを考えると、そんな単純な問題ではないことは明らかだろう。イスラム圏の中でも様々な葛藤があるし、その中から見え隠れする輻輳した可能性を、一方的なレッテル貼りで済ませてしまうのは、むしろ見る者としての我々自身が抱えている西欧基準のバイアスの問題ではないのか──それこそ、エドワード・サイード『オリエンタリズム』以来、繰り返し提起されてきた問題系ではあるが。

 イスラム的価値観と「近代」的価値観とのせめぎ合いを軸にトルコの現代政治史をたどり返す本書は、こうした問題を具体的に考える取っ掛かりになるだろう。

 ケマル・アタチュルクの指導によって成立したトルコ共和国で国是となった「世俗主義」はトルコ語で「ライクリッキ」(laiklik)という。フランス語で政教分離の世俗主義を指すライシテ(laïcité)に関わる語源を持つことから分かるように、西欧由来の概念である。ヨーロッパの場合、教会権力との闘争を通じて国家という世俗的政治主体が権力を握るプロセスが「政教分離」をもたらした。他方、教会組織のないイスラム世界において、「政教分離」とは宗教的動機による政策決定はしないという態度を意味するだけで、そこには解釈の幅が大きい。「政教一致」が大前提となるイスラムにおいて「政教分離」は本来的に問題にはならないのだが、ケマルによって「政教分離」が導入された言説空間において、宗教的価値を語ること自体があたかも反動であるかのような雰囲気が生み出されてきた。つまり、「政教一致」を前提とするイスラムの国家において、西欧由来の「政教分離」を無理やりに導入しようとしたところに生じたねじれを捉え返すのが本書のテーマとなる。

 オスマン帝国改革期、西欧の近代的科学技術や制度の受容を図った知識人たちは、同時にイスラム的価値観に何ら疑いを抱いていなかった。イスラムこそ世界の最先端という世界認識を持つ彼らからすれば、周縁から勃興したヨーロッパ文明の勢いは一時的なものに過ぎず、そもそも彼らの文明もイスラム文明から取り入れた文物知識をもとにして発展したものである。それを導入するのはむしろ当然のことで、西欧近代文明の導入とイスラム的価値観とは矛盾なく両立すると彼らは考えていた。

 ところが、第一次世界大戦、オスマン帝国やカリフ制の解体、そしてケマルの主導でトルコ共和国が成立する一連の流れの中で状況が大きく変化する。徹底的な西洋化を目指したケマルのリーダーシップも大きいが、共和国成立の過程で自らに敵対する勢力を「反動」として攻撃し、イスラム=後進性というシンボル操作によって世俗主義が推進されていく。宗教的な迷信に陥りかねない国民を「啓蒙」するために国家が宗教を管理する体制が取られた点では、西欧とはむしろ逆に、世俗主義のためにこそ「政教一致」が制度化されたという逆説も指摘される。

 第二次世界大戦後、ケマルの創設した共和人民党を割る形で民主党が発足し、トルコ共和国は複数政党制に移行する。それまでは教え導くべき対象とされてきた国民がいまや有権者となった。国民の間にはイスラム的価値観が根強く残っており、世俗主義がたとえ国父ケマル・アタチュルクによって打ち立てられた国是であるとはいえ、有権者の意向を無視するわけにはいかない。「イスラム」票を取り込むため、宗教政策が緩和される中から後のイスラム政党につながる動向も現われてくる。

 ここで注目されるのが、トルコ共和国のイスラム主義者は自らを敢えて「反動」のポジションに置いて共和国の「世俗主義」への批判を世論に向けて訴えたことだ。その点だけを取り上げると、あたかも「政教分離を国是とする共和国の理念」に異議を唱える「イスラム主義者の台頭」のように見えるかもしれない。ただし、彼らは近代的な科学技術や制度を決して否定しておらず、むしろ両立できると考えている。その意味で、現代トルコにおけるイスラム主義者は、共和国成立以前(つまり、「世俗主義」という概念のまだなかった時代の)オスマン改革派知識人と同様の立場にあると考えることができる。あくまでも共和国が設定した「世俗主義」という基準に沿って「反動」というレッテルが貼り付けられたに過ぎず、内実を見れば偏狭な要素はない。それどころか、「世俗主義」の守護者を以て自任する軍部がクーデターで政治介入する「反動」性を持つにもかかわらず、「世俗主義」を標榜するがゆえに「進歩派」として西欧世界から是認されてきたという逆説すら見て取れる。

 Vali Nasr, Forces of Fortune: The Rise of the New Muslim Middle Class and What It Will Mean for Our World(Free Press, 2009→以前にこちらで取り上げた)は、イスラム世界における民主主義や資本主義にとって世俗主義は絶対的な要件とは言えず、むしろ資本主義の進展と共にイスラム圏の人々は心の拠り所を伝統的・宗教的価値に求めるようになり、そうした動向は矛盾するどころか両立するという見通しを示していたが、その代表的な事例はトルコである。また、「世俗主義」を標榜する軍部の方こそ権威主義的な反動に陥りかねない危険をはらんでいたことについては、Philip H. Gordon and Omer Taspinar, Winning Turkey: How America, Europe, and Turkey Can Revive a Fading Partnership(Brookings Institution Press, 2008→以前にこちらで取り上げた)で論じられていた。
 

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2013年2月21日 (木)

『日本人、台湾を拓く。──許文龍氏と胸像の物語』

『日本人、台湾を拓く。──許文龍氏と胸像の物語』(まどか出版、2013年)

 自ら創業した奇美実業を町工場からABS樹脂生産では世界的な規模を誇る大企業にまで育て上げ、台湾における高度経済成長を支えた一人とも言うべき許文龍。日本の植民地統治を肯定的に評価していることでも知られているが(ただし、本書に寄せた序文では、植民地時代の差別的な待遇をあげて、必ずしも良い時代ではなかった、とも言っている)、台湾の発展に貢献した日本人の胸像を自ら製作して、ゆかりの地に寄贈しているという。本書は、有名無名を問わず、そのように顕彰された人々を列伝風に取り上げている。

 台湾におけるインフラ整備や産業開発の基本路線をまとめた後藤新平。糖業振興の方向性を立案した新渡戸稲造(海外視察から戻ったばかりで台湾の実情を調べる前に後藤から意見書を出すよう求められたというエピソードが面白い。実態を知ってしまうと視点が低くなってしまう。学者には理想論を出させ、それを現実に合わせる方法は後藤たち政治家や行政官が考える、という役割分担を意図していたようだ)。スコットランド人の専門家バルトンと共に近代的な上下水道事業を担い、公衆衛生の向上に貢献した浜野弥四郎。生態系バランスを考えた先進的な環境型ダム、二峰圳を整備した鳥居信平。烏山頭を建設し、嘉南大圳を整備、水利環境を飛躍的に向上させた八田與一(生前に彼の銅像は建てられていたが、その後の運命をめぐるエピソードが興味深い)。蓬莱米を開発した磯永吉と末永仁。台湾電力社長として電力事業を手がけた松木幹一郎。台湾紅茶を育てた新井耕吉郎。戦争中、日本人最後の台南市長として台南の文化財を守った羽鳥又男。

 台湾における人物伝を軸とした産業開発史として興味深く読んだ。私のような文系人間には、工学・農学などの知識をそのまま説明されてもなかなか飲み込めないが、ある意味、「プロジェクトX」的にその事業に取り組んだ人物の情熱を絡めて描かれるとヴィヴィッドな関心が喚起されてくる。

 日本の植民地統治期にこうした人々の努力によって台湾の産業基盤が整備されたのは確かである。他方で、それはあくまでも植民地統治を効果的に進めるためにやったことで、台湾人のためにやったわけではない、と言われたらやはり否定はできず、日本人として安易な認識は禁物であろう。むしろ、こうした両側面が絡まり合っているところに台湾史の重層的な性格の一端が浮かび上がっている。

 ただ言えることは、現場で自らの事業に取り組んだ人々のひたむきな努力には民族や国籍の相違は関係ない。今ではすでに時代遅れになってしまったかもしれないが、職人的、「ものづくり」的な使命感や情熱を、本書の行間から読み取れるかもしれない。 

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2013年2月20日 (水)

沢木耕太郎『キャパの十字架』

沢木耕太郎『キャパの十字架』(文藝春秋、2013年)

 まだ無名だった一人の青年がスペイン内戦で撮影したといわれる一枚の写真──「崩れ落ちる兵士」。あまたのカメラマンが戦場へと入り、不条理な惨状を様々に伝えてきたが、人がまさに死ぬ瞬間をこれほどヴィヴィッドにつかみ取った写真は皆無であった。

 ファシズムの台頭が世界中に不安感をみなぎらせていた時代、フランコ将軍率いる反乱軍によって追い詰められていた共和国政府への同情から、この写真はピカソの「ゲルニカ」と共に反ファシズムのシンボルとなった。そして、撮影した青年、ロバート・キャパは新進の戦場カメラマンとして一躍脚光を浴びることになる。

 だが、この写真はあまりにもできすぎていないか? そもそも、どのような経緯から撮影されたのか分かっておらず、キャパ自身も黙して多くを語らないまま、1954年、ヴェトナムで地雷を踏んでこの世を去った。この写真の真偽をめぐっては昔から議論があった。しかしながら、「伝説のカメラマン」として多くのファンを引き付けてきた彼のそもそもの出発点を暴き立てることにはどうしても自己規制が働いてしまう。

 著者自身も若き日からキャパの写真に魅了されてきた一人だが、敢えてそうしたタブーに踏み込んだ。写真そのものに隠れていた細かな矛盾点を手がかりに問題の核心へと切り込み、スペインの現地に赴いて取材を進めながら、少しずつ「真実」があぶり出されていくプロセスは実にスリリングだ。

 謎解きの詳細は本書をじかに手に取って堪能してもらいたい。結論を先取りすると、「崩れ落ちる兵士」で撃たれてのけぞっているかのように見える兵士は、実際には撃たれていなかった。それは、演習中に撮影されたものであった。ただし、意図的にポーズを取ったわけではない。斜面を駆け下りていく途中に足を滑らせた瞬間を偶然にファインダーが捉えたのである。

 さらに衝撃的な事実が推論される。撮影者はキャパではない──実際に撮ったのは、彼とチームを組んで行動を共にしていた恋人、ゲルダ・タローだったのではあるまいか。

 「崩れ落ちる兵士」は『ライフ』誌に掲載されるやいなや世界中で大きな反響を巻き起こしたが、タローがそのことを知ることはなかった。1937年、戦車に押しつぶされて彼女はすでにこの世を去っていたのである。この写真は反ファシズムのシンボルとして評価が定着し、もはや取り消しはきかなくなっていく。

 キャパの「伝説」はただの虚構に過ぎなかったのか? 華々しくデビューした写真が戦場で撮ったものではなく、しかも死んだ恋人からの盗作であったという負い目の意識は、彼のその後の人生を決定付けた。つまり、「崩れ落ちる兵士」以上の写真を撮らねばならない宿命に直面したと言える。彼は命を賭けて正真正銘の戦場へと赴く。ノルマンディー上陸作戦では銃弾の降り注ぐオマハ・ビーチで「波の中の兵士」を撮り、そしてインドシナ戦争で地雷を踏んで落命した。彼は「十字架」を背負わねばならなかったからこそ、「伝説」を自らの手で本物にするしかなかったのである。

 「崩れ落ちる兵士」にまつわる謎を解き進めながらも、それを単なるスキャンダルには終わらせない。むしろ、だからこそ見えてくる彼の人間性を描き出していく筆致は、やはり沢木さんらしくて胸を打つ。

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2013年2月18日 (月)

ヤコヴ・M・ラブキン『イスラエルとは何か』

ヤコヴ・M・ラブキン(菅野賢治訳)『イスラエルとは何か』平凡社新書、2012年

 著者は旧ソ連のレニングラード出身で科学史、ロシア史、ユダヤ史を専攻。後にカナダへ移住して、現在はモントリール大学教授。すでに邦訳されている『トーラーの名において──シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史』(平凡社、2010年)の内容を圧縮した上で加筆し、一般向け普及版として刊行されたの本書である。

 著者自身もユダヤ人であるが、軍事大国化した現在のイスラエル国家に対して極めて批判的だ。イスラエル建国の起動力となったシオニズムの暴力性はユダヤ教の本来の姿から大きく逸脱していると説くのが本書の趣旨である。シオニズムの思想的来歴をたどりながら、それは正統的なユダヤ教解釈に基づくものではなく、むしろ近代ヨーロッパの国民国家思想に起源を持つことを明らかにする。そして、脱ユダヤ教化したイデオロギーを世俗的民族主義に代替させる形でパレスチナの植民地化を推進しているとして、現在のイスラエルのあり方に対して厳しい懐疑の眼差しを投げかけている。それは、彼自身がユダヤ教徒であるからこそ、その価値が捻じ曲げられているのは許せないという憤りによるものであろう。

 西欧のリベラリズムは国家への自己同一化のプロセスにユダヤ系住民も巻き込んでいく中でユダヤ・アイデンティティーは希薄化・弱体化し、民族的にではなく宗教的なアイデンティティーとして存続し、非ユダヤ系の隣人達と共通の国民的アイデンティティーの受容が可能となった。他方、ユダヤ人への迫害の激しかった中・東欧ではそうした〈解放〉が実現せず、また人種観念による反ユダヤ主義が跋扈したこともあり、「非宗教的ユダヤ人」としてのアイデンティティーが形成されることになった。シオニズムへと引き寄せられる度合いは、居住地での反ユダヤ主義や経済的困窮に比例する傾向があり、イギリス・アメリカ・フランスなどではイスラエルへの移住を希望する人は比較的少なかったという。逆に言うと、多文化主義的な社会は、シオニストからすればユダヤ民族意識の昂揚にあたって障害となるという逆説も指摘される。

 シオニズムに付着した「ヨーロッパ」性が、中東においてその植民地主義的性格を露わにしたというのも本書の論点の一つとなる。東欧出身者は自らのヨーロッパ的性格を誇示する一方、アラビア語圏やペルシア語圏出身のユダヤ教徒移民はそれぞれの生活背景を切り捨ててイスラエル社会に同化を迫られた。一部の人々は諜報活動のためアラブ性を維持したが、それが近隣諸国とのポジティブな関係構築に活用されることはなかった。

 シオニズムの暴力性・差別性がユダヤ人の中でも一部のリベラル派から批判されていることはそれなりに知られているが、正統派ユダヤ教徒からも拒絶されていたのはあまり知られていないだろう。イスラエル建国の根拠が聖書にあることからシオニズムは宗教的情熱に基づくかのように受け止められがちだが、逆に脱宗教化したナショナリズムが宗教を政治利用している逆説を明らかにしているところが本書の勘所である(あくまでも私個人の連想に過ぎないが、イランのシーア派聖職者の間でも宗教の政治化は教義に反するとしてイスラム革命を批判する見解も有力であったことを想起した)。

 伝統主義的なユダヤ教徒(「ハレーディ」:神を畏れる者。メディア等では「超=正統派」とも呼ばれる)はイスラエル国という呼称すら拒否しているという。ハレーディ系の国会議員、アヴラハム・ラヴィツは2004年に次のように発言している。

「シオニストたちは間違っている。〈イスラエルの地〉に対する愛を育むためなら、その全土にわたって政治、軍事的支配を打ち立てる必要などまったくないはずなのだ。人は、テル=アヴィヴにいながらにしてヘブロンの町を愛することができる。(…)ヘブロンの町は、それがたとえパレスティナ側の支配下に置かれたとしても十分愛され得るだろう。イスラエル国自体は一つの価値ではない。価値の範疇に属するのは、もっぱら精神に関わる事象のみである。」(本書、60ページ)

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2013年2月15日 (金)

周婉窈『増補版 図説 台湾の歴史』

周婉窈(濱島敦俊監訳、石川豪・中西美貴・中村平訳)『増補版 図説 台湾の歴史』(平凡社、2013年)

 版元からは早い段階で刊行情報は出ていたものの、遅れに遅れて、台湾史に関心を持つ人々をやきもきさせていたが、ようやく出た。私自身は原書の《台灣歷史圖說 増訂本》(聯經出版、2009年)をすでに読んでいたが(→こちらで取り上げた)、書店でこの日本語訳を見つけ次第、早速購入した。パラパラ流し読みしたところ、訳文はこなれていて読みやすい。図版も豊富で、台湾史の概略を知りたいという人には本書をお勧めする。

 台湾史の概説的な本は日本でもいくつか刊行されているが、それらがおおむね大陸から渡来した漢族の動向を中心としているのに対して、本書では従来の「漢族中心史観」では無視されてきた原住民族について先史時代から説き起こしているのが一番の特徴である。さらにスペイン、オランダ、日本など外来の支配者の存在も合わせ、台湾史の重層的性格がくっきりと浮かび上がってくる。

 今回の増補版までの経緯はちょっと複雑だ。台湾で刊行された初版本(1997年)はこの訳書で言うと第1~9および12章で構成されていた。日本語訳の初版(2007年)が出たときに戦後篇「ポストコロニアルの泥沼」が加筆されたのだが、この部分の中国語版が増訂本(2009年)に収録されるまでにタイムラグがある。国民党政権下、台湾で二二八事件や白色テロについて語ることは重大なタブーであった。台湾での初版が刊行された1997年の時点では、戒厳令が解除(1987年)されてからまだ日も浅く、戦後史についての研究蓄積が不十分だったという事情がある。また、台湾の増訂本で追加された第10章「知識人の反植民地運動」と第11章「台湾人の芸術世界」は今回の増補版で日本語でも読めるようになった。

 本書の第7~12章は日本と関わりがある。国民党政権の時代は、日本統治期の研究についても制約が大きかった。著者が1981年にアメリカへ留学したのは、そうした歴史の空白を埋めるためには台湾から離れなければ研究できないという事情があった。著者による日本統治期の研究としては《海行兮的年代──日本殖民統治末期臺灣史論集》(允晨文化出版、2003年、日本語では『「海ゆかば」の時代』となる→こちらで取り上げた)があるが、日本の近現代史とも密接に関わるテーマなので、中国語が苦にならない人には一読をお勧めしたい。

 今回の増補版で追加された第10章「知識人の反植民地運動」のテーマは台湾議会設置請願運動である。一般の日本人には馴染みが薄いかもしれないが、非暴力の反植民地闘争として注目される。著者には《日據時代的臺灣議會設置請願運動》(自立報系文化出版部、1989年)という研究があり(→こちらで取り上げた)、日本では若林正丈『台湾抗日運動史研究』(増補版、研文出版、2001年)が代表的である。

 私自身が一番関心を持っているのが、第11章「台湾人の芸術世界」だ。水牛をモチーフとした彫刻家の黄土水と音楽家の江文也をとっかかりに、台湾の芸術史が簡潔にまとめられている。ツォウ族出身の高一生、プユマ族出身の陸森宝という原住民出身の音楽家のことを私が初めて知ったのも本書であった(なお、高一生については、画家の陳澄波と合わせてこちらで取り上げた)。台湾の美術史については、森美根子『台湾を描いた画家たち──日本統治時代 画人列伝』(産経新聞出版、2010年→こちらで取り上げた)が格好な手引きとなる。

 本書では霧社事件についても多くのページが割かれているので、近日公開予定の映画、魏徳聖監督「セデック・バレ」の予習にも使える。

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2013年2月 8日 (金)

ジル・ドゥルーズ『スピノザ──実践の哲学』

ジル・ドゥルーズ(鈴木雅大訳)『スピノザ──実践の哲学』(平凡社ライブラリー、2002年)

以下、書き抜きメモ。

・哲学的認識の錯覚
「私たちは、みずからの身体に「起こること」、みずからの心に「起こること」しか、いいかえれば他のなんらかの体がこの私たちの身体のうえに、なんらかの観念がこの私たちの観念〔私たちの心〕のうえに引き起こす結果しか、手にすることができないような境遇に置かれているのだ。そもそも自身の身体や心が、その固有の構成関係のもとにどのように成り立ち、他の体や心または観念が、それら個々の構成関係のもとにどう成り立っているのか、またそうしたすべての構成関係がたがいにどのような法則にしたがって合一や分解をとげるのか──そうしたことは、私たちがみずからの認識や意識の所与の秩序にとどまっているかぎり、何ひとつわからない。要するに、そのままでは私たちは、ものごとの認識においても自身の意識においても、本来の原因から切り離された結果しか、非十全な、断片的で混乱した観念しかもてないようにできているということだ。」(36~37ページ)
「結果しか手にできない意識は、ものごとの秩序〔順序〕を転倒し、結果を原因と取り違えることによって自身の無知をおぎなおうとする(目的因の錯覚)。ある体がこの私たちの身体のうえに引き起こした結果を、意識は逆にそれこそが目的であり、その外部の体がまさにそのためにはたらいた当の原因〔目的因〕だったのだとし、同時のその結果の観念についても、意識はそれを自身がそのためにそうはたらいた目的因だったのだとしようとするのである。そこで意識は自分が第一原因であると思うようになり、身体に対するおのれの支配力〔権力〕にその根拠をもとめるようになる(自由裁量の錯覚)。そして、もはや自分が第一原因であるとも、こうなるようにと自分が意図したのだとも想像することができない局面では、意識はその根拠を神に、──知性と意志をそなえた神、目的因や自由裁量を駆使して、人間に報いとしての賞罰に応じた世を用意している神に、もとめることになる(神学的錯覚)。」(37~38ページ)

・コナトゥス=自己存続の力
「衝動とはまさにそうした個々すべてのものがとる自己存続の努力(コナトゥス)以外のなにものでもない。」(39ページ)
「意識は、他の体や観念との交渉のなかで私たちのコナトゥスが受けるさまざまな変動や決定をものがたっているのである。」(40ページ)

・スピノザの「生」の哲学
「道徳的思考がつねに超越的な価値にてらして生のありようをとらえるのに対して、これはどこまでも内在的に生それ自体のありように則し、それをタイプとしてとらえる類型理解(タイポロジー)の方法である。道徳とは神の裁き〔判断〕であり、〈審判〉の体制にほかならないが、〈エチカ〉はこの審判の体制そのものをひっくりかえしてしまう。価値の対立(道徳的善悪)に、生のありようそれ自体の質的な差異(〈いい〉〈わるい〉)がとって代わるのである。こうした道徳的価値の錯覚は、意識の錯覚と軌を一にしている。そもそも意識は無知であり、原因や法則はもちろん各個の構成関係やその合一・形成についても何ひとつ知らず、ただその結果を待つこと、結果を手にすることに甘んじているために、まるで自然というものがわかっていない。ところが、理解していなければ、それだけで簡単にものごとは道徳と化す。法則にしても、それを私たちが理解していなければたちまち道徳的な「………すべし」というかたちをとって現われてくることは明白である。」(44ページ)
「まさしくスピノザには「生」の哲学がある。文字どおりそれはこの私たちを生から切り離すいっさいのものを、私たちの意識の制約や錯覚と結びついて生に敵対するいっさいの超越的価値を告発しているからである。私たちの生は、善悪、功罪や、罪とその贖いといった概念によって毒されている。生を毒するもの、それは憎しみであり、この憎しみが反転して自己のうえに向けられた罪責感である。」(49ページ)
「彼はニーチェに先立って、生に対するいっさいの歪曲を、生をその名のもとにおとしめるいっさいの価値観念を告発したのだった。私たちは生きていない。生を送ってはいてもそれはかたちだけで、死をまぬがれることばかり考えている。生をあげて私たちは、死を礼讃しているにすぎないのだと。」(50ページ)
「人間の内的本質を、その外発的な、わるい出会いの方にもとめるなどということは、恥ずかしいことだといわなければならない。なんであれ、悲しみをうちに含むいっさいのものは、圧制と抑圧の道具となる。悲しみをうちに含むいっさいのものは、わるいものとして、私たち自身の活動力能からこの私たちを切り離してしまうものとして、告発されなければならないのだ。自責の念〔良心の呵責〕や罪の意識ばかりではない。死について考えることばかりではない。希望でさえ、安堵でさえ、そこにはなにがしかの無力感が含まれているのである。」(83ページ)

・「生」を歪める「善悪」
「いい、これはどこまでも一個の存在する様態に対して、どこまでも一個の変動する、いまだ〔形相的に〕所有されていない活動力能に対して、いわれることであり、まさにそれゆえに、これを全体化することはできないのだ。〈善〉〈悪〉というかたちでこのいい・わるいを実体化してしまえば、結局はこの〈善〉を存在理由、活動の理由とし、いやでも目的論的な錯覚に陥ることになって、神からの産出の必然性を歪め、ひいてはこの神のまったき力能に対する私たちの参与の仕方を歪めてしまうことになる。………〈善〉も〈悪〉も、たんなる思考上の存在、想像上の存在にすぎず、さまざまの社会的標徴や、褒賞と懲罰から成る抑圧の体制に、全面的に依存しているのである。」(84~85ページ)

・自らの本質が十全に発揮されるのが「自由」
「『エチカ』の全努力は、自由と意志との伝統的な結びつきを断ち切ることにあった。」
「スピノザの原則は、自由はけっして意志の特質ではない、「意志は自由な原因と呼ばれえない」ということである。意志は、有限であろうと無限であろうと、あくまでも〔思惟の〕一様態であり、他の原因によって決定されている。」
「すべて存在するものは必然的に存在し、必然性以外の様相をもたないから、ただひとつ自由な原因といわれるべきなのは「自己の本性の必然性のみによって存在し、自己自身によってのみ作用へと決定される」原因〔自己原因〕である。」
「自由を自由たらしめているのは「内的な」必然性であり、「自己の」必然性である。人はけっしてその意志や、意志の則るべき規範によって自由なのではなく、その本質や、本質から生じるものによって自由なのである。」
「もろもろの有限様態のなかで最も大きな力能をもつ私たち人間は、みずから自身の活動力能を所有するにいたったとき、いいかえれば自身のコナトゥス〔自存力〕が十全な諸観念によって決定され、そこから能動的な情動、私たち自身の本質によっておのずから開展(=説明)される情動が生じてくるとき、自由となる。様態においてもやはり自由は本質や、本質から生じるものと結びついているのであり、意志やそれを律するものと結びついているのではないのである。」(127~130ページ)

・共通概念→情動同士の関係が構築されていくプロセス。『千のプラトー』で頻出する「アレンジメント」という概念と関係ありそう。
「スピノザによれば、すべて存在するものはそれぞれ本質をもつが、同時にまた個々特有の構成関係をもち、この構成関係をとおしてそれらは存在においてたがいに他のものとひとつに組み合わさったり、分解をとげて他のものに姿を変えてゆく。共通概念とは、まさにそうした複数のもの相互のあいだに成り立つ構成関係の合一の観念である。」(224ページ)
「共通概念とはつねに、各体がその点で適合をみる一致点の観念である。各体はある特定の構成関係のもとに適合し、この構成関係は多少の差こそあれいくつかの体のあいだで具現をみるのである。」(226ページ)
「…共通概念の形成の秩序は情動にかかわり、いかにして精神が「みずからのさまざまな情動を整え、それらを互いに結びつけることができる」かを示しているのである。共通概念はひとつの〈術〉、『エチカ』そのものの数える術なのだ。〈いい〉出会いを組織立て、体験をとおして構成関係を合一させ、力能を育て、実験することである。」(232ページ)

・存立平面で展開する微粒子の動きとして捉えられた「生」→非人称的な存在が生成展開しつつあるプロセスそのものの中に「私」がいる。こうしたイメージは『千のプラトー』のリゾーム論と共通している。
「ひとつの体は微粒子間の運動と静止、速さと遅さの複合関係によって規定される。」
「肝心なことは、生を、生のとるひとつひとつの個体性を、形として、また形態の発展としてではなしに、たがいに遅くなり速くなりしながら微粒子群のあいだに成り立つ微分的な速度の複合関係としてとらえることだ。」
「ひとは速さ、遅さによっていつのまにか物のあいだにはいりこみ、他のものと結びついている。ひとはけっして始めるのではない。白紙に還元するのではない。ひとはいつのまにかあいだに、ただなかにはいっているのであり、さまざまなリズムをともにし、また与えあっているのである。」
「こうした情動群を配分している内在的プラン、この大いなる自然の平面(プラン)に、いわゆる自然的のもの、人工的のものといった区別などまったく存在しないことは明らかである。この自然の内在的プランの上では、どんなものも、それを構成するもろもろの運動、もろもろの情動の組み合い(アジャンスマン)によって規定されるのであり、この組み合いが人工的か自然的かは問題にならない以上、人為的工夫もまた完全にこの自然の一部をなしているからだ。」
「スピノザの〈エチカ〉はモラル〔人間的道徳・倫理〕とは何の関係もない。彼はひとつのエトロジーとして、いいかえれば、そうした内在の平面の上でさまざまの速さと遅さ、さまざまの触発しまた触発される力がとげる構成の問題として、これをとらえているのである。だからこそ彼は真実叫びをあげて言うのだ。君たちは、良きにせよ悪しきにせよ、自分に何ができるか知ってはいない。君たちはひとつの身体、またひとつの心が、ある出会いにおいて、ある組み合いにおいて、ある結びつき合いにおいて、何をなしうるかをあらかじめ知りはしない、と。」
「私たちは、ひとつの体を構成している微粒子群のあいだに成り立つ速さと遅さ、運動と静止の複合関係の総体を、その体の〈経度〉と呼ぶ。ここにいう微粒子(群)は、この見地からして、それら自身は形をもたない要素(群)である。私たちはまた、各時点においてひとつの体を満たす情動の総体を、その体の〈緯度〉と呼ぶ。いいかえればそれは、〔主体化されない〕無名の力(存在力、触発=変様能力)がとる強度状態の総体のことである。こうして私たちはひとつの体の地図をつくりあげる。このような経度と緯度の総体をもって、自然というこの内在の平面(プラン)、結構の平面(プラン)は、たえず変化しつつ、たえずさまざまの個体や集団によって組み直され再構成されながら、かたちづくられていうるのだ。」
「…ここにはもうものの形はない。形をなしていない物質〔素材〕の微細な微粒子群のあいだに成りたつ速度の複合関係があるだけだ。ここにはもう主体はない。無名の力がとる、個体を構成する情動状態があるだけだ。ただ運動と静止しか、力動的な情動負荷しかとどめないこの平面(プラン)は、それが私たちに知覚させるものと一緒に、それに応じて知覚されてゆくのである。」(238~248ページ)

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2013年2月 7日 (木)

ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー──資本主義と分裂症』

 ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ(宇野邦一・小沢秋広・田中敏彦・豊崎光一・宮林寛・守中高明訳)『千のプラトー──資本主義と分裂症』(上中下、河出文庫、2010年)に一通り目を通した。

 何やらうごめきながら生成しつつある不定形で多様な何か(=リゾーム)。これを言葉で明示しようとすると、どうしても序列化の契機が働いて捉え損ねてしまうというもどかしさは、『荘子』の「渾沌の死」のエピソードを想起させる。具体的な形を取ろうとすると、そこには収斂しきれない何かがするりと抜け出していく(=逃走線)。序列的な形として安定的に固着しそうでいながら、他方で逃走線としてすり抜けていった何かが、固着しそうな動きに叛旗を翻す力となる(=戦争機械)。「国家装置」は「戦争機械」を自らの中に取り込もうとするが、こうした様々なせめぎ合いを通して、フラットな時空としての存立平面で「戦争機械」の動きも契機となりつつ諸々が生成展開していく。そのように始まりも終わりも分からないプロセスそのものの渦中に我々はいる──近似値的なイメージをざっくり言えば、こんな感じか。

 フランス現代思想系の論者が時折使う「リゾーム」、「逃走線」、「戦争機械」といったキーワードがよく分からなかったので、それらの意味するところを確認したいというのが本書を手に取った動機。以下に書き抜きメモ。

・リゾーム:階層も中心もなく、超越的な統合も、二項対立や対称性の規則もなく、ただかぎりなく連結し、飛躍し、逸脱する要素の連鎖である。リゾームという言葉で、秩序の定義に当てはまらないものが、決して単なる混沌や混乱ではなく、異質の規則や配列や連結によって定義される別の秩序(多様体)でありうることを示した(下、訳者解説、372ページ)
「…リゾームは〈一〉にも〈多〉にも還元されない。…それは統一性〔単位、ユニテ〕からなっているのではなく、さまざまな次元から、あるいはむしろ変動する方向からなっている。…リゾームはもっぱら線からなる。…リゾームは反系譜学である。それは短い記憶、あるいは反記憶である。リゾームは変化、拡張、征服、捕獲、刺しこみによって進行する。筆記、図画、あるいは写真とは反対に、複写とは反対に、リゾームは産出され構築されるべき地図、つねに分解可能、連結可能、反転可能、変更可能で、多数の入口、出口をそなえ、さまざまな逃走線を含む地図になぞらえられる。…序列的コミュニケーションと予定されたつながりをそなえた中心化(たとえ多くの中心があっても)システムに対立して、リゾームは、序列的でなく意味形成的でない非中心化システムであり、〈将軍〉も、組織化する記憶や中心的自動装置もなく、ただ諸状態の交通によってのみ定義されるシステムなのだ。…つまり、ありとあらゆる種類の「生成変化」である。…西欧的精神の困った特徴は、もろもろの表現あるいは行為を、外在的または超越的諸目的に結びつけてしまうことだ──それらをそれ自体としての価値によって、一つの内在平面上で評価する代わりに。…一つのリゾームを作り拡張しようとして、表層的地下茎によって他の多様体と連結しうる多様体のすべてを、われわれはプラトーと呼ぶ。…われわれは科学性もイデオロギーも知らず、ただ単にアレンジメントを知るにすぎない。そして存在するのは欲望の機械状アレンジメントだけ、言表行為の集団的アレンジメントだけである。意味性というものはなく、主体化というものもない。…リゾームには始まりも終点もない、いつも中間、もののあいだ、存在のあいだ、間奏曲なのだ。どこへ行くのか、どこから出発するのか、結局のところ何が言いたいのか、といった問いは無用である。…」(上、51~60ページ)

・「個人的な言表というものはない、そんなものは決して存在しないのだ。あらゆる言表は、一つの機械的アレンジメントの、つまり言表行為の集団的な動作主の産物である(「集団的な動作主」といっても、民族や社会と解してはならない。それは多様泰なのだ)。ところで、固有名というものは、一個人を指示するものではない。──個人が自分の真の名を獲得するのは、逆に彼が、およそ最も苛酷な非人称化の鍛錬の果てに、自己をすみずみまで貫く多様体に自己を開くときなのである。固有名とは、一つの多様体の瞬間的な把握である。固有名とは、一個の強度の場においてそのようなものとして理解〔包摂〕された純粋な不定法の主体なのだ。」(上、88ページ)

・器官なき身体
「CsO(器官なき身体)とは、あらゆるものを取りはらってしまった後に、まだ残っているものである。そしてわれわれが取りはらってしまうのは、まさにこの幻想、つまり意味性と主体化の集合なのだ。」(上、311ページ)
※私が関心に引き付けて言うと、辻潤を思い浮かべた。人間の脳裏にまとわりつく幻影としてのあらゆる「意味」を剥ぎ取って、存在そのものを見つめようとするのが辻潤の「ダダイズム」だと私は考えている。この「器官なき身体」というイメージ(元ネタはアントナン・アルトー)は、何となく辻潤の感覚に近いように感じた。

・「顔と同時に風景を必要とするのは、ある一定の社会形成なのだ。これにはまさに一つの歴史がある。日付は相当異なっていても、さまざまな表現の実質と形式を働かせ、多義的で非等質な要素からなっていた原始的な記号系のすべてがいたるところで崩壊し、意味性と主体化の記号系に場所をゆずった。意味性と主体化のあいだの差異が何であれ、両者のあいだの優劣が場合によってどのようであれ、事実上の混合の形がどのように変化しても、両者のあいだに正確に共通するのは、あらゆる多義性を押し潰すこと、排他的な表現形式において言語活動を打ちたてること、シニフィアンの一対一対応と主体的な二項化作用によって作用することである。言語活動に固有の超線形性は、多次元的形象と組み合わされるのを止める。それはあらゆる立体を圧延し、あらゆる線を従属させる。言語学がいつも、しかもきわめてすみやかに、同形異義語とか曖昧な言表という問題にぶつかり、それらを一連の二項的還元によって処理しようとするのは偶然だろうか。もっと一般的にいえば、いかなる多義性、いかなるリゾーム的特徴も許容されないのだ。」…「意味性と主体化を強制するのは、きわめて特殊な権力のアレンジメントである。このとき、意味性と主体化は、新たな権力のアレンジメントの表現形式をなし、これに対応する新たな内容を前提とするのだ。専制的アレンジメントなしで意味性は存在しないし、権威的アレンジメントなしで主体化は存在しない。」(中、38~39ページ)

・逃走線
「逃走線は一種の突然変異、あるいは一種の創造であり、想像においてではなく社会的現実の組織体において引かれるものだとわれわれは考える。逃走線には虚空を貫く矢の運動と、絶対的なるものの速度があると主張する。にもかかわらず逃走線が恐れ、直面するのは、いずれ追いつかれるというリスク、亀裂をふさがれ、縛りあげられ、結わえなおされ、再領土化されるというリスクだけだと考えるのは単純すぎるだろう。逃走線自体が不可思議な絶望を発散しているのだ。それは死と殺戮の臭いや、人を疲労困憊させる戦争の状態に似ている。つまり逃走線には、今まで見てきた危険とは別の、逃走線独自の危険があるのだ。………逃走線が一つの戦争であるのはなぜか。壊せるものは手当たりしだいに破壊した後でこの戦争から抜け出してみると、私たち自身も解体され、破壊しつくされている恐れがあるのはなぜか。これこそまさに第四の危険だ。つまり逃走線は、障壁を乗り越え、ブラック・ホールから抜け出しはしても、他の線に連結され、一回ごとに原子価を増す代わりに、破壊、純然たる滅亡、滅亡の情念に変わるということ。」
「死の欲動について語ろうとは思わない。欲望の中には内的欲動などありはしないからだ。複数のアレンジメントがあるだけなのだ。欲望はいつもアレンジメントの形をとる。欲望はアレンジメントによって存在するよう定められたものだ。ほかならぬ逃走線のレベルでは、逃走線を引くアレンジメントが戦争機械タイプのものになっている。突然変異は戦争機械にかかわるものだが、戦争機械は戦争を目的とするのではなく脱領土化の量子の放出と変異する流れの伝達を目的とする(その意味では、あらゆる創造が戦争機械を経由する)。さまざまな理由から、戦争機械が国家装置とは異なる起源をもち、国家装置とは異なるアレンジメントであるということは明らかだ。戦争機械は遊牧性をその起源とし、国家装置に敵対する。国家の重要課題の一つは、自分には無縁な戦争機械を手に入れ、固定した軍事機構の形で、これを国家装置の部品に作りかえることだろう。そしてこの点で、国家はいつも多大な困難に遭遇するだろう。ところが、戦争機械が最も破壊的な電荷を放出するのは、まさに目的が戦争に限定され、突然変異が破滅に置き換えられたときなのだ。突然変異は決して戦争の変形ではなかった。逆に戦争のほうが、突然変異の残滓、あるいは突然変異の廃棄物のようなものである。戦争機械が変異を起こす能力を失ったとき、残された唯一の目的が戦争なのだ。したがって戦争そのものについて、こう考えなければならない。戦争機械が国家装置の手中に帰したにしろ、とにかく戦争は戦争機械のおぞましい残滓にすぎないのだ、と。そのとき戦争機械は、変異する逃走線を引くこともなくなり、単に冷酷な破滅の線を引くことになる。」
「…ファシズムが全体主義国家を築きあげるのは、国家の軍隊が権力を掌握するという意味ではなく、逆に戦争機械が国家を奪取するという意味なのだ。…つまりファシズムの場合、国家は全体主義的というよりも、はるかに自滅的だということ。ファシズムには現実と化したニヒリズムがある。全体主義国家が可能なかぎりあらゆる逃走線をふさごうとするのに対して、ファシズムのほうは強度の逃走線上で成立し、この逃走線を純然たる破壊と破滅の線に変えてしまうからである。」(中、139~141ページ)

・存立平面
「絶対の不動性すなわち絶対の運動をもつ平面、と呼びうるような同一の固定平面を、相対的な速度をもつ無形の要素が駆けめぐり、それが速さと遅さの度合に応じてなんらかの個体化したアレンジメントに入っていく、そんな世界を思考してみなければならない。名もなき物質で満たされ、触知しえぬ物質の微細なかけらが可変的な連結関係に入っていくような、存立平面。」(中、196ページ)
「形式や形式の発展はないし、主体や、主体の形成もない。構造があるわけでもなければ、発生があるわけでもない。ただ形式をもたない要素間に、あるいは少なくとも形式化の度合が低い要素間に、つまりあらゆる種類の分子や微粒子のあいだに、運動と静止の、速さと遅さの関係が認められるだけなのだ。ここには〈此性〉や情動や主体なき個体化の他には何もなく、これらがさまざまな集団的アレンジメントを構成する。発展するものは何もない。ただ遅く、あるいは速く到来するさまざまな要素が、その速度の組み合わせに応じてなんらかのアレンジメントを形作るのだ。主体化をとげるものは何もない。ただ、主体化されざる力能や情動の組み合わせに応じて、さまざまな〈此性〉が形作られるだけだ。このような、経度と緯度、速度と〈此性〉しか知らないプランを、われわれは(組織と発展の平面に対立させて)存立ないしは構成の平面と呼ぶ。これは必然的に内在性、あるいは一義性の平面でもある。」(中、220~221ページ)

・戦争機械
戦争機械は遊牧民の発明→「…戦争機械はその本質において、平滑空間の構成要素であり、したがって、この空間の占拠、この空間での移動、またこの空間に対応する人間の編成の構成要素であるからである。このことこそ、戦争機械の唯一の真の積極的目標(ノモス)である。すなわち砂漠や草原を増大させることであって、そこに人が住めなくすることではまったくない。戦争機械から戦争が必然的に導かれるのは、戦争機械はそれ自身の積極的目標に対立する(条里化の)勢力としての国家と都市に衝突するからである。いったん衝突してからは戦争機械は国家と都市、国家的都市的現象を敵と見なし、それらの撃滅を目標にする。まさにこのとき戦争機械は戦争となって、国家の力を撃滅させ、国家形式を破壊しようとする。」(139ページ)
「なるほど戦争はなんらかの暴力として自然のなかに普遍的に見出されるような現象ではないが、国家はそれを目標にしているわけではなく、むしろその反対であろう。…国家の支配は戦争機械とは別の権力機構(警察と監獄を含む)の上に成立しているからである。…世界史的見地から見て最重要問題の一つは次の問いである──いかにして国家は戦争機械を自分の物にするか、つまりいかにして国家自身の尺度と目的に合わせて戦争機械を構成するのか? またいかなる危険をおかしてか?(軍事制度あるいは軍隊と呼ばれるのは決して戦争機械それ自体ではなく、まさしく戦争機械が国家によって所有される形態である)。」…「(1)遊牧民の発明である戦争機械は、戦争を第一の目標とするのではなく、自分が衝突する国家形式と都市形式を破壊すべく規定されているという意味で、戦争を第二の、代補的あるいは総合的目標とするということ。(2)国家が戦争機械を所有するとき、戦争機械は言うまでもなく性質と機能を変化させる。国家に所有された戦争機械は遊牧民とあらゆる国家破壊者に対抗することになる、あるいは、ある国家が他の国家を破壊しようとし、他の国家を服従させようとするかぎりにおいて、国家間の関係を表現することになるということ。(3)しかし、まさに戦争機械がこうして国家に所有されるとき、戦争機械は戦争を直接的かつ第一の目標とし、「分析的」な目標とする傾向をもつということ(そして戦争は戦闘を目標にする傾向をもつ)。要するに、国家装置が戦争機械を所有するのと、戦争機械が戦争を目標にして、戦争が国家の諸目的に従属させられるのは、同時に起こることなのである。」(下、140~142ページ)
「…問題は、戦争機械がいかに戦争を現実化するかということよりも、国家装置がいかに戦争機械を所有するかということである。国家装置は、同時に、戦争機械を所有し、それを「政治的」目的に従属させ、戦争機械に直接の目標として戦争を与えるのである。」(146ページ)
「…この戦争機械は今や地球全体を取り巻いて管理しようとする平滑空間を再形成しているのだ。総力戦自体が乗り越えられて、もっと恐ろしい平和の一形態が出現したのである。戦争機械は目的すなわち世界秩序を自分で引き受けたのであり、すべての国家はもはやこの新しい戦争機械に適合させられた手段あるいは目標でしかない。」(148ページ)
「おそらく現在の状況は絶望的である。すでに見たように、世界的規模の戦争機械がまるでSFのように次第に強力に構成され、ファシスト的な死よりもおそらくもっと恐ろしい平和を自己の目標に定め、すさまじい局地戦を自分自身の部分として維持し、誘発し、他の国でも他の体制でもない新しいタイプの敵として「任意の敵」に狙いを定め、一度は裏をかかれても二度目には立ち直る反ゲリラ要員を特訓しているのだ…。」(同上)
「戦争機械は一様に定義されないし、増大する力の量とは別の何かを含んでいる。…その一つの極では、戦争機械は戦争を目標にして、宇宙の果てにまで延長しうる破壊線を形成している。…もう一つの極は戦争機械の本質を示すものであるとわれわれには思われた。ここでは、戦争機械はもう一つの極に比べれば無限に小さな「量」をもち、戦争ではなく、創造的な逃走線を引くことと、平滑空間とその中における人間の運動の編成を目標にする。戦争機械はここでも戦争に遭遇することは確かであるが、それは総合的かつ代補的目標としてであって、この場合の戦争は国家に対して、そしてすべての国家によって表現される世界的公理系に対して戦いを挑むのである。」(149~150ページ)
「…ゲリラや少数者の戦争や民衆の革命戦争が戦争機械の本質に合致するのは、これらの戦争が、代補的であるがゆえにいっそう必然的な目標として戦争をとらえているからであり、同時に他の何かを創造するという条件でのみ戦争を行うからである。…創造する逃走線か、それとも破壊線に転化する逃走線か。たとえ少しずつであっても構成されていく存立平面か、それとも組織と支配の平面に転化してしまう存立平面か。二つの線あるいは二つの平面のあいだに交流があり、両者がお互いに養い合い、借用しあうことは、たえずわれわれの気づくことだ。最悪の世界的戦争機械でさえも地球を取り巻いて管理するために平滑空間を再構成する。しかし地球は、それ自身の脱領土化の力能と逃走線と平滑空間をこれに対抗させる。これらは新しい地球に向かう道を掘り刻みながら生きるのである。重要なのは、量の問題ではなく、二つの極にしたがって二種類の戦争機械において対決する、量に通約不可能な質の問題である。戦争機械は、戦争機械を所有して戦争を事業と目標にする国家装置に対抗して構成されるのであり、捕獲と支配の装置による大規模な接合に直面しつつ、さまざまな連結を対抗させるのである。」(150~151ページ)

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