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2013年1月23日 (水)

佐野仁美『ドビュッシーに魅せられた日本人──フランス印象派音楽と近代日本』

佐野仁美『ドビュッシーに魅せられた日本人──フランス印象派音楽と近代日本』昭和堂、2010年

 明治以来、西欧文明の摂取こそが近代化への道程と確信し、手本としてきた近代日本。欧米で流行している文物を目ざとく見つけては、その移植に力を注いできた。もちろん、西洋音楽の受容も例外ではない。他方、近代西欧への盲目的な追従に対して違和感もまた鬱積しており、やがて自らの国力へ自信を深めるにつれ、日本独自の民族性を強調しようという動機にもつながってくる。そうした葛藤が、日本人のドビュッシー理解をたどることで浮かび上がってくるのが興味深い。

 西欧音楽を上演する機会がほとんどなかった時代、日本の知識人は文献を通して音楽を知るという、ある種、「頭でっかち」な傾向があった。そうした中、ドビュッシーを最初に紹介したのは西欧の新思潮に敏感な文学者である。上田敏や永井荷風は西欧文化の最先端としてドビュッシーに注目した。ところが、遅れて1910年代のパリに滞在した島崎藤村はむしろ、ドビュッシーの東洋趣味、とりわけ五音音階のメロディーから日本的な郷愁を嗅ぎ取った。さらに1920年代、外交官の柳沢健や哲学者の九鬼周造はドビュッシーと日本文化との感覚的な共通性を論じた。こうして、ドビュッシーの置かれた西欧音楽における歴史的文脈から切り離される形で、ドビュッシーの音楽は日本人の感覚に近い、という論法が決まり文句となっていく。

 日本の楽壇はもともとドイツ音楽が主流で、フランス音楽の受容には既存のアカデミズムに対する若手や在野音楽家からの反発という背景もあったらしい。もう1つ、美感覚の相違も指摘される。ドイツ系のピアニストでは、感覚的な美しさよりも、音やリズムを正確に「がっちりと」弾く演奏が正統とされ、そこから外れた演奏は軽薄と受け止められたという。音の美しさや色彩的表現の豊かさ、繊細さといった、本来、ピアノ演奏には不可欠なはずの要素はフランス派のピアニストによってもたらされ、そうした事情もドイツ派とフランス派との対立構図を形成した。フランス音楽がアカデミズムのレベルも含めて一般に普及するのは戦後になってからである。

 ところで、近代フランス音楽に傾倒した人々はおおまかに三つのグループに分けられ、それぞれ対立し合う側面もあった。第一に、日本人の音感覚に根ざした音楽を目指す際にドビュッシーなど印象派の手法を意識した作曲家たちで、清瀬保二、松平頼則、箕作秋吉、早坂文雄などの民族派。第二に、フランス音楽の最新動向に関心を示した深井史郎、宅孝二、大澤壽人などのモダニズム派。第三に、19世紀以来のフランス音楽院における技芸習得を重視した池内友次郎、平尾貴四男などフランス・アカデミズム派が挙げられる。

 自分自身の心象風景にフィットする音楽を表現したいと模索していた民族派に対して、それでは自分たちの技巧不足を感覚的な曖昧さで誤魔化しているだけだ、とモダニズム派やフランス・アカデミズム派からの批判は手厳しい。他方で、モダニズム派やフランス・アカデミズム派が技巧の面で西欧音楽に学ぶ姿勢を見せつつも、自分たちのオリジナリティーを示す音楽を表現し得たかと言えば、疑問も残る。さらに戦時下に入ると、彼らもまた国策の下で日本的・アジア的要素を取り込んだ作曲活動を示すことになった。

 私自身の関心対象は、上記で言うところの民族派の音楽家たちがどのような模索をしていたかにある。彼らは日本の民族的独自性を強調していたが、それはあくまでも音楽表現というレベルの話であって、政治的なナショナリズムとは位相が異なる点には注意しておく必要はあるだろう。ドビュッシーから日本的情緒と共通する感性を見出そうとしたところに日本的なものを肯定しようという発想があったのは確かだが、他方でそこには“西欧音楽の最先端”という外来の権威を媒介とせざるを得ないという暗黙の前提があったと捉えることもできる。矛盾ではあるのだが、そうした諸々の葛藤を経ることで音楽的な豊かさ、面白さを生み出してきたと考えるなら、それなりに意義のある経験だったと言えるのかもしれない。

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