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2012年11月18日 - 2012年11月24日

2012年11月19日 (月)

筒井清忠『昭和戦前期の政党政治──二大政党制はなぜ挫折したのか』

筒井清忠『昭和戦前期の政党政治──二大政党制はなぜ挫折したのか』(ちくま新書、2012年)

 1925年の男子普通選挙によって日本でも本格化した二大政党政治は1932年の五一五事件で犬養毅首相が暗殺されて幕を閉じ、わずか8年間しか続かなかった。もちろん、日本が内発的に議会政治を持ち得たという事実は、その経験が戦後政治にも接続された点で実は非常に大きな遺産であったと言える。本書でも指摘されるように、浜口雄幸、若槻礼次郎、幣原喜重郎といった国際協調主義を取った政治家の名前はアメリカの要人にも記憶されており、軍国主義が暴発した一方でリベラルな勢力も存在していたという日本認識がGHQの占領政策を穏健な方向へ導いたという影響も決して無視できない。だが、そうではあっても、政党政治が短期間に潰え去ったという端的な事実を振り返るとき、痛恨の思いを以て検討せざるを得ない。

 護憲三派の形成から犬養内閣の崩壊に至るまでの政治動向をたどりながら、当時の社会的背景との関わり合いが分析される。「歴史とは過去との絶え間なき対話である」というE・H・カーの言葉を引き合いに出すまでもないが、本書は昭和初期の政治史的分析であると同時に、そこを通して見据えているのはまさに現在の日本政治が抱える問題点である。

 疑獄事件が相次ぐ政治腐敗や党利党略の泥仕合が国民からの信頼を失い、とりわけ統帥権干犯問題など天皇という絶対的シンボルを政争の具として持ち込んでしまったことで政党政治は自らの首を絞めて自滅していった成り行きについては一般的にも理解が共有されているだろう。

 本書で関心を引くのは次の二つの指摘である。第一に、「政策的マターよりも大衆シンボル的マターの重要性が高まっていたことを若槻は十分理解していなかった…「劇場型政治」への無理解が問題なのであった」(96ページ)。大衆社会状況が高まる中、政策的な判断よりも有名か無名かが選挙に勝ち残る決め手となっていた。民度の問題を云々しても仕方がない。所与の条件である以上、そうした難しい状況をどのようにハンドリングしたら良いのか。政党政治家よりも超国家主義者の方がこのような大衆感情をたくみに汲み取って政治動員を進めていくことになる。

 第二に、マスメディアや知識人の責任を挙げている。政治の実際とは泥臭いもので、様々な問題があるのは確かである。ただ、そうした現状を目にして政党政治を健全に育て上げていこうとするのではなく、逆に既存政党批判をセンセーショナルに報道し(そこには大衆感情に乗っかる意図もあったのだろう)、まだ見ぬ「新勢力」への期待を煽り立てた。二大政党がダメなら無産政党、無産政党もダメになると軍部や近衛新体制への期待が語られていく。しかし、そうした「新勢力」への幻想が実際にはどのような結果をもたらしたのか、今さら言うまでもない。「“内輪の政争に明け暮れ、実行力・決断力なく没落していく既成政党と一挙的問題解決を呼号しもてはやされる「維新」勢力”という図式が作られやすいという意味で、歴史は繰り返すのである」(269ページ)。

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