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2012年1月22日 - 2012年1月28日

2012年1月26日 (木)

粕谷一希『内藤湖南への旅』

粕谷一希『内藤湖南への旅』(藤原書店、2011年)

 京都帝国大学の東洋史講座を創設した一人として日本における歴史学研究に大きな足跡を残した内藤湖南。ジャーナリスト出身で正規の学歴を持たない彼の登用は、官学的な東京帝国大学とは違った学風をつくり出していこうという狩野直喜の熱意による(なお、国史担当として招聘された幸田露伴は窮屈な大学生活に嫌気がさして一年でやめてしまった)。本書ではもう一点、湖南のアカデミズム入りが、夏目漱石が学者をやめて文士になったのとほぼ同時期であったことに注意を促す。ジャーナリズムとアカデミズムとの垣根が低かった明治の草創期、そうした時代だからこそ独特な個性を持った学究たちの織り成す群像劇があり得た。

 本書のテーマは内藤湖南ではある。しかし、彼その人よりも、むしろ彼にまつわる話題をきっかけに、彼と接点のあった広い意味での「京都学派」(狭義だと西田哲学の影響を受けて「近代の超克」論に関わった人々に限定されるが、本書では東洋史学も含め京大を中心とした人脈的広がりを指している)や後世の歴史学者たちにまで筆が及ぶのが特徴だ。研究内容の要約ではなく、当時のアカデミズムにおける自由闊達な雰囲気が見えてくる。脱線とは言いつつも、その脱線こそが実は面白いのだ。名前だけは知りながら図書館でほこりをかぶった学術書でしか見たことのないような大学者たちも、人となりが分かってくると見方、読み方もまた違ってくる。例えば、日本中世史の原勝郎は普段の生活では東北弁丸出しで、子供が京都弁をしゃべると殴ったそうだ。彼は『東山時代に於ける一縉紳の生活』を書いているだけに、この矛盾が可笑しい。そうしたところまでサラッと描いてしまうのは、アカデミズムの論客を次々と発掘してきた『中央公論』往年の名編集長ならではの眼力と見聞による。とりわけ小島祐馬、鈴木成高、宮崎市定などに思い入れがあるようだ。

 なお、湖南の議論を通して現代中国論にも言及しようとしているが、そこは表層的な印象論で特に見るべきものはない。

 湖南の中国史論で有名なのは、時代区分としての「近世」を宋代に求めたことだろう。最近では中国思想史の小島毅さんが再評価し、昨年話題となった輿那覇潤『中国化する日本』(文藝春秋)もこの観点に触発されているなど、ちょっと面白い状況ではある。

 中国の「近世」において中央レベルでは皇帝独裁政治が目につく一方、地方レベルにおいては「郷団」という形で自治的な共同体が形成されていたと湖南は指摘、これを「平民主義」の台頭として把握した。皇帝独裁と平民主義という二面性が「近世」中国の特徴だが、辛亥革命によって皇帝独裁は消えた。残る「平民主義」に中国のこれからの共和政治のカギがあると湖南は考えたが、実際には軍閥割拠の様相を呈して、その見通しには悲観的となる。中国人が自分たちで国づくりできないなら、日本が積極的に内政干渉すべし──現代の我々から見ると非常な暴論を彼は吐いてしまうが、彼の中国研究が当時の政治論と結びついたときの難しさについてはジョシュア・A・フォーゲル『内藤湖南 ポリティックスとシノロジー』(井上裕正訳、平凡社、1989年)で論じられている。

 弟子の歴史学者、三田村泰助は師匠の伝記『内藤湖南』(中公新書、1972年)を書いているが、アカデミズムに入る前のジャーナリストとしての部分が大半を占めるのは、やはりそちらの方が波瀾万丈で面白いからだろうか。

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2012年1月22日 (日)

【映画】「マイウェイ──12,000キロの真実」

「マイウェイ──12,000キロの真実」

 戦争に翻弄された二人の青年の数奇な運命を描いた映画。オダギリ・ジョー、チャン・ドンゴン、范冰冰の共演。なお、范冰冰はゲリラの女スナイパーという設定で、チャン・ドンゴンを助けたらすぐ死んでしまう。出番は少ないし、ずっと泥だらけで、あの美貌をちゃんと拝めなかったのが残念…。

 ノルマンディー上陸作戦で投降したドイツ軍捕虜の中に一人の韓国人兵士がいた。その事実を監督が知ったことからアイデアがふくらまされ、映画製作にまでこぎつけたという。だいぶ脚色されているし、粗探しをすれば時代考証の難点も色々見つかるかもしれないが、映画として観る分にはそれほど違和感はない。何よりも、物語のスケールが壮大だ。主人公二人がソウルでマラソン対決→ノモンハン戦争の戦場で因縁の再会→ソ連軍の捕虜となり、収容所で過酷な生活→独ソ戦の勃発でソ連軍に編入されて戦うが、ドイツ軍に投降→ノルマンディー上陸作戦…当時の街並や戦場の光景が一つ一つ再現されており、膨大な製作費をつぎこんだことがうかがえる。私のような現代史マニアにとってはとても面白い。

 日本の植民地支配下にあったソウル(京城)──日本人の長谷川辰雄(オダギリ・ジョー)と朝鮮人のキム・ジュンシク(チャン・ドンゴン)、二人のマラソンランナーの波乱含みの出会いから物語は始まる。孫基禎(映画中にも登場する)がベルリン・オリンピックで金メダルをとったことは朝鮮の人々にとって大きな誇りとなったが、それは日の丸を背負ったものであらねばならなかった屈辱と表裏一体となった複雑さをはらんでいた。この映画でマラソンというモチーフが選ばれているのはこうした事情を意識したのだろう。他方、民族差別によって二人の青年の間にわだかまった侮蔑と反感とがやがて友情へと変わっていくという筋立ては、日本での公開も見越しての配慮であろうか。

 ソ連の収容所でキムが長谷川から「お前はそれでも皇軍の兵士か!」となじられ、「自分はマラソンランナーのキム・ジュンシクだ!」と言い返すシーンがあった。いつも冷静で公平な彼は、ある意味、優等生的でカッコよすぎる。このような態度があの時代にあり得たのかどうか何とも言えないが、この際、問題ではない。民族や国家といった帰属ではなく、あくまでもマラソンランナーという自らに固有の属性にこだわることで確保された「個」としての視点、それが作中人物を通して映画の中に仮構されたことが積極的な効果を生み出している。

 そうした眼差しは何を見ていたのか。日本の軍隊で「一視同仁」を標榜するにもかかわらず民族差別を受けた矛盾。他方、ソ連の収容所で有力者となった朝鮮人の親友が権力をかさにきて日本人を殴り、そればかりか保身のため朝鮮人の仲間まで陥れた醜さ。「そういう悪い奴なんだ」と言って終わらせてしまっては話にならない。一人ひとりの主観的な悪意や差別感情というばかりでなく、軍隊にせよ、収容所にせよ、こうしたものを成立させた制度的枠組みが人間の行動パターンを左右してしまう側面が往々にしてある。個人的に付き合う分には善意の人間であっても、こうした制度的な網の目に絡め取られたとき──それこそ、ハンナ・アレント『イェルサレムのアイヒマン』の副題にある「悪の陳腐さ」という表現通りに──必ずしも自由にはなれない難しさ、それが複数の政治体制をくぐり抜けた彼らの軌跡を通して図らずも浮かび上がってきているところに興味を持った。キム・ジュンシクの本来ならあり得ない“人の良さ”は、こうした問題を捉え返す相対化の視点を映画の中に仕込む役割を果たしていると考えることができる。複数の国にまたがって現代史のナーバスなテーマを取り上げるとどうしても特定の悪役を仕立て上げて、見ようによってはギスギスした後味の悪さを残しかねない。そうしたあたりがクリアされている点で映画としてなかなかよく出来ていると思った。

【データ】
監督・脚本:カン・ジェギュ
2011年/韓国/145分

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