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2012年7月22日 - 2012年7月28日

2012年7月26日 (木)

松島大輔『空洞化のウソ──日本企業の「現地化」戦略』、戸堂康之『日本経済の底力──臥龍が目覚めるとき』、他

 高度成長期の日本企業は低廉な人件費を見込んで労働集約型の分野を中心にアジア展開を拡大させていたが、その限界は早くから指摘されていた(例えば、関満博『フルセット型産業構造を超えて──東アジア新時代のなかの日本産業』中公新書、1993年)。アジア展開を人件費などコスト削減の視点で考える時代は終わり、市場として捉えるのが現在では主流となりつつある。

 そうした中、松島大輔『空洞化のウソ──日本企業の「現地化」戦略』(講談社現代新書、2012年)は、日本企業の海外(とりわけ「新興アジア」)進出は国内の雇用を減らしてしまう(=空洞化)のではなく、むしろ積極的な海外展開を通したイノべーティブな刺激が産業融合をもたらし、国内産業にとってもプラスになる、と主張している。なお、本書で言う「新興アジア」とは主にインドや内陸部インドシナ半島を指しており、中国やインドネシアへの言及は少ない。著者の主な活動舞台がインドやタイにあったというだけでなく、中国~アメリカのモジュラー型に対して、日本はインテグラル型(現場の「カイゼン」→「創発システム型))の点でASEANの方が親和的という論拠も挙げられている。

とりあえず本書で関心を持った論点は、
・新興アジア諸国への「現地化」とは、言い換えると現地のニーズを汲み取りながら生産態勢を仕切りなおすことである。それは日本国内への刺激としてイノベーションが創発される一方で、日本企業自身の再編を促し、さらには日本国内の構造改革にも直結する。(どうでもいいけど、アジア展開による刺激によって日本国内の構造改革を促すというロジックって、どっかで聞いたことあるよなあ。例えば、満州事変を起こした石原莞爾とか)
・今まで日本企業がFDIで展開してきた生産ネットワークの広がりが下からのデファクト・スタンダードとしてASEANにおける経済統合を促してきたという経緯がある→このようにルール作りを日本も率先に立って行っていく必要性。日本的なフォーマットへの標準化により、日本企業が稼げるルール作り。
・生産部門はアジア諸国で「現地化」する一方、日本では企画・調整のための部門を拡充する必要があり、ここに日本での雇用が生まれる。ただし、本書で言う雇用とは企画立案や調整を担うホワイトカラーが中心であり、コアとなる技術関連の生産や波及的な雇用には触れられてはいても、それ以外の雇用形態の人々にどのような恩恵があるのかまではよく分からない。産業構造の変化により「労働」の質がブルーカラーではなく知的労働を重視する方向で大きく変わっているという認識が前提になっており、議論の対象が異なるのかもしれない。その点では「空洞化のウソ」というタイトルは割り引いて読む必要があるだろう。

 それから、戸堂康之『日本経済の底力──臥龍が目覚めるとき』(中公新書、2011年)、『途上国化する日本』(日本経済新聞出版社、2010年)を続けて読了。要点は以下の通り。
・日本には国際競争力の潜在力を持つ企業が多数あるが、情報アクセスの問題があって海外進出の意志なし(臥龍企業)→グローバル化を促す政策の必要。海外進出そのものによる稼ぎよりも、それによって得られる情報にイノべーティブな価値がある。
・研究開発した成果が流出すると、その企業にとってはマイナスだが、社会全体にとってはプラス→企業が研究開発への投資に及び腰にならないよう公的支援が必要。
・産業集積は、対面的なネットワークによって技術や知恵の切磋琢磨や情報交換が行われ、イノべーションが促進される→産業集積を政策的に促進する必要。
・以上を前提としてFTAの推進を主張。

 松島大輔『空洞化のウソ──日本企業の「現地化」戦略』(講談社現代新書、2012年)も、基本的な主張については戸堂書をフォローしている。戸堂書の議論を見ても、企業のグローバル化で国内産業の空洞化は生じず、長期的にはむしろ雇用は安定すると主張しているが、やはり本社における企画立案・調整等のホワイトカラーが念頭に置かれていて、それ以外の雇用形態に関してはむしろ減少するという見立てと読み取れる。

 ついでに関満博の上掲『フルセット型産業構造を超えて』の他、『地域経済と中小企業』(ちくま新書、1995年)、『アジア新時代の日本企業──中国に展開する雄飛型企業』(中公新書、1999年)、『空洞化を超えて──技術と地域の再構築』(日本経済新聞社、1997年)も通読したが、合わせて読むと、ここ20年間においてアジア展開する日本企業の動向が見えてくる。

 関満博は大田区の工場など中小企業の現場を観察した研究成果を出しているが、①産業集積(大田区のように町工場が密集)による技術力向上、②労働集約型事業は人件費の安いアジア諸国に移転するので、日本では「プロトタイプ創出機能」を育成しておく必要がある、という議論を進めていた。

 上記3人の議論から共通点を抽出すると、要するに中小企業の「ものづくり」の現場における技術的イノべーションを促すことで日本の国際競争力を向上させる、という点に収斂する。関書、戸堂書はとりわけ産業集積での創発によるイノベーションに注目している。3人ともアジア展開の必要性を論じる中で、関書(主に中国展開を取り上げる)は現地にも技術移転を進める必要性を指摘する一方、戸堂書における中小企業にもグローバル化を促す主張、松島書における「新興アジア」への「現地化」の主張は、知的創発のつながりを海外へと広げて捉えなおそうとしている。「ものづくり」というとベタな印象を受けるかもしれないが、産業集積における知的創発を重視しているところから考えると、リチャード・フロリダ(井口典夫訳)『クリエイティブ資本論──新たな経済階級(クリエイティブ・クラス)の台頭』(ダイヤモンド社、2008年)で示された、世界がフラット化する中でも都市における創発的な出会いが新たな経済価値を生み出すという議論と実は同様の方向性を持っていると言えるのかもしれない。

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2012年7月23日 (月)

【映画】「さらば復讐の狼たちよ」

「さらば復讐の狼たちよ」

 舞台は1920年の中国、軍閥割拠の混乱状態にあった時代。任地へ赴任途中の馬県令(葛優)が乗った馬列車が山賊に襲われた。馬県令は命乞いのため、山賊の頭目「あばたの張」(姜文)に「自分と入れ替われば荒稼ぎできるぞ」と提案、一緒に赴任先の鵝城へと行く。ところが、そこは阿片密売や人身売買で荒稼ぎしていたマフィアの親玉・黄四郎(周潤發)が牛耳っていた。子供同然にかわいがっていた部下が黄の計略で殺されてしまった張は、わずかな部下を引き連れて、虚虚実実の駆け引きで復讐を狙う──というストーリー。

 おおまかに言って二つの観方ができるだろう。娯楽活劇と割り切って観るか。それとも、ストーリーのあちこちに散りばめられた現代中国社会への風刺を読み解いていくか。この映画は中国で大ヒットしたそうだだが、その理由は実は後者にあって、検閲ギリギリのラインで作られているらしい。ギャングの巣食う町に荒くれ者が乗り込んで戦うという筋立てはまるで西部劇のようなノリ。城市のシンボルとなっている中西折衷様式の時計塔はかつて華僑が建てた実在のもので世界遺産にも登録されているという。それから、時折挿入される娼妓のパフォーマンスのシーンで彼女たちが叩いているのはなぜか和太鼓。こうした無国籍的な雰囲気は別世界に仕立て上げているような面白さがあって、風刺的な要素もこれによって中和されているのかもしれない。

 社会風刺という点については中国事情に詳しい人なら細かい所で色々と面白いところを指摘できるのだろうが、私が気づいただけでも、例えば…
・マルクス・レーニン主義を中国語では「馬克思・列寧主義」と言うが、冒頭と最後に出てくる馬列車は「馬列」車と読める。つまり、アウトロー的正義としての「あばたの張」たち山賊グループによる既存体制転覆に向けた衝動。その後、県令に象徴される国家システムを乗っ取ったが、一件落着した後、張の若い部下は「上海の浦東へ行くぞ!」と叫びながら馬列車に乗って行き、取り残された張は当惑の表情を浮かべている。当然、ここには改革開放による経済至上主義への路線転換が含意されている。
・馬県令(実は詐欺師)はお金で役職を買い、税を絞りたてて元を取るつもりだったことは政府幹部の汚職を示し、黄四郎という地元ボスの存在は中央政府でもコントロールの難しい「土皇帝」を示している。
・張の部下が計略にはめられて死に至った事件では裁判が偽装されていた。証言者として引っ張られてきた飯屋の主人は、力ずくで偽証を強いられ、黄と張の二人の実力者の間で振り回された挙句、殺されてしまった。立場の弱いものが権力者に怯え、振り回されている姿が見える。
・張が黄の不正義を訴えても住民たちは家に引きこもって様子をうかがっている。張の計略で黄が捕らえられたと知るや、みな一斉に出てきて黄の屋敷へと襲い掛かるシーンには、民衆の付和雷同的性質が描かれている。張と黄の間を右往左往する馬についても同様。

 私は1920年という時代設定への興味を改めて感じた。この映画は社会風刺的要素が強いので、中華人民共和国成立以前の1920年という時代設定なら一つのエクスキューズになるという事情もあるが、そればかりでない。「あばたの張」のようなアウトロー的個性を登場させても違和感のない時代が、まさにこの頃だったと言うこともできるのではないか。

 中国現代史を見ていていつも息苦しく感じてしまうのは、イデオロギー的枠組みの中で正統性争いを繰り返している不毛さである。1930年代に入ると、日本軍の侵略が激しくなって「抗日」が絶対的正義として正統性が一本に収斂される。戦後の国共内戦において、例えば第三党派的なリベラリストは、共産党か、さもなくば国民党か、という二者択一を迫られて、第三の道はあり得ないという困難に直面する。1949年以降は共産党の絶対性以外は認められなくなった。

 もちろん、1920年は軍閥割拠の混乱状況にあって生活の困窮や相次ぐ戦乱に苦しめられ、決して良い時代だったとは言えないし、列強に侵食されていた中国で統一への強い願いがあったことは決して無視できない。ただ、統一的権力がなかったことを裏返すと、思想的多元性の余地もあったということでもある。言い換えると、将来の選択肢をめぐり未萌芽の様々な可能性の模索できる時代でもあったわけで、そうした観点から五四運動や新文化運動を見直してみると面白いだろうな(五四→陳独秀→共産主義というような思想的発展段階で捉える公式史観ではなく)、と以前から思っていた(勉強不足なのだが)。1920年とはまさにそうした時代であった。

 「あばたの張」のような「俺は権力者になんか頭を下げないで稼ぎたいんだよ」と言い放つアウトロー的個性をどのように考えるか。民衆のために戦う義賊ならストーリー的にすっきりするのかもしれないが、彼の場合にはあくまでも私的なつながりを優先させる任侠の論理で動いている。そのように正義という普遍性に敢えて収斂させてしまわないキャラクター造型に注目すると、「正しさ」の胡散臭さを嗅ぎ取ったヒーローと捉えることもできるのかもしれない(そうした意味で、彼をアナーキズム的個人主義として捉えた梶ピエール先生の指摘は興味深い→梶ピエールの備忘録「アナーキー・イン・ザPRC」)。

【データ】
原題:譲子弾飛
監督:姜文
音楽:久石譲
2010年/中国/132分
(2012年7月22日、TOHOシネマズ六本木ヒルズにて)

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2012年7月22日 (日)

金賛汀『北朝鮮建国神話の崩壊──金日成と「特別狙撃旅団」』

金賛汀『北朝鮮建国神話の崩壊──金日成と「特別狙撃旅団」』(筑摩選書、2012年)

 思想的な淵源を少なくとも公式見解としてはマルクス・レーニン主義に求めている「共産主義」国家での三代世襲という異様な光景は悪い冗談としか言いようがないが、そんな当たり前なことを今さらあげつらっても仕方がない。金日成の権威の絶対性は日本の植民地支配から朝鮮人民を解放したという公式歴史観として表現されており、金正日への後継にはその抗日戦争の最中に白頭山で生誕したという神話性が装われていた。そうした延長線上に現在の金正恩体制がある。

 何よりも金日成が自力で抗日戦争を戦い抜いたことがナショナリズムとしての正統性の根拠となっている。しかし、実際には金日成たちは日本軍の掃討戦に持ちこたえられずソ連に逃げ込んでいた。再び朝鮮半島に戻ってきたのは日本降伏後の1945年9月になってからのことで、元山港に密かに降り立った彼はソ連の軍服を着ていた。所属は「極東ソ連軍第88特別狙撃旅団」。当然ながら彼のバックにソ連の意向があった。もちろん、自力で「日本帝国主義」を倒したわけではない。そうした経緯は北朝鮮における公式文書では一切隠されてきた。

 本書は、当時の金日成を知る人々からの聞き書きによって、北朝鮮の現体制を根拠づけてきた「建国神話」を突き崩していく。著者自身、かつて朝鮮総連の活動家であったことから自身が騙されてきたことへの怒りが本書執筆の原動力となっているが、そうした作業は「神話」にすがって生きている人々にとっては死活問題であり、著者は朝鮮総連からだいぶ嫌がらせを受けたらしい。

 抗日戦争時の金日成について空白が多いことは以前から知られていたことなので本書を読んだからといって特別に驚くようなことはないが、キーパーソンへのインタビューに至る経緯など本書の成立過程そのものも描きこまれているところが興味深い。例えば、金日成の権力掌握過程で起こった苛烈な粛清を逃れた兪成哲は思いのたけを述べる。あるいは、中国共産党幹部の陳雷(後に黒龍江省長)と結婚して中国に残った李敏(黒龍江省政治協商会議副議長)は、身分的にはエリートである以上、中国共産党の上層部の諒解を受けなければならないはずだが、そうした彼女までも本書のインタビューに協力していることには、中国側も北朝鮮のいびつな現状に不快感を抱いているであろうことがうかがわれる。

 かつては同盟国を慮って北朝鮮「建国神話」に協力してきた中ソ両国だが、ソ連崩壊によってロシアにおける金日成関連史料は明るみに出されており、改革開放以降の中国でも事情は同様である。こうしたあたり、「建国神話」の是非以前に、北朝鮮を取り巻く国際環境そのものが大きく変わったことが改めて実感される。

 なお、余談だが、ソ連の所属部隊でソ連系朝鮮人は「さん」「同志」といった意味合いで互いに「ガイ」と呼んでいたらしい。もともとはピョンヤン近辺で「犬」とか「奴」とかの意味で、ソ連上層部と直結するソ連系朝鮮人に対する侮蔑的な意味で使われていたが、ソ連系朝鮮人自身はそうとは知らずに使っていたそうだ。後に北朝鮮の副首相となったものの粛清された許哥誼(ホガイ)は、まさに「許ガイ」をそのまま名前にしてしまったらしい。ホガイについてはアンドレイ・ランコフ(下斗米伸夫・石井知章訳)『スターリンから金日成へ──北朝鮮国家の形成 1945~1960年』(法政大学出版局、2011年→こちら)などを参照のこと。

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