« 2012年5月13日 - 2012年5月19日 | トップページ | 2012年5月27日 - 2012年6月2日 »

2012年5月20日 - 2012年5月26日

2012年5月25日 (金)

【映画】「別離」

「別離」

 イランのアスガー・ファルハディ監督の作品「別離」。ベルリン映画祭の金熊賞やアカデミー賞の外国語映画部門を受賞した話題作。アメリカとイランとが政治的に対立している中での受賞だけに、余計に気になっていた。

 一言でいうと、本当によくできていると思った。ファルハディ監督自身の脚本らしいが、ストーリー構成は綿密に練り上げられており、取り立てて派手な事件が起こるわけでもないのに飽きさせない。

 ことの発端は、テヘラン在住のある夫婦に巻き起こった離婚騒ぎ。英語学校で教師をしている妻が娘の将来を考えてヨーロッパへの移住を主張していたのだが、夫の方は父が痴呆で介護を要するため、こんな時に海外へ移住するわけにはいかないと反対。意見が折り合わないため、妻から離婚を切り出していた。当面、妻は実家に戻ったのだが、家に誰もいない間、痴呆の父の面倒を誰が見るのか。知人の紹介で雇ったヘルパーは、イスラムの戒律を厳格に守る敬虔な女性だった。彼女は介護対象の老人であっても異性に手を触れるわけにはいかないと悩むのだが、そればかりでなく、どうやら彼女自身も家庭でトラブルを抱えている様子だ。ある日、彼女は所用で家を出た。その間、痴呆の老人をベッドに縛りつけていたのを、折悪しく早く帰ってきた家の主人に見つかってしまった。勤務時間中に外出するどころか、この仕打ちは一体何事か!──怒鳴られ、口論の末にたたき出されたところ、彼女はアパートの階段を転がり落ちてしまう。翌日、妊娠中だった彼女は流産した。誰の責任なのか? 彼女の失業中の夫も出てきて、裁判はややこしくなっていく。

 誰の言っていることが本当に正しいのか? そうした「藪の中」的な状況を通して、各々の心情的な機微を浮かび上がらせていく構成が実にうまい。それだけでなく、離婚、老人介護、子供の教育、女性の社会的地位(海外移住に積極的で夫に対しても自己主張する女性と、信仰心が篤く夫にも逆らえない保守的な女性という対比)、様々な問題がストーリーの中に凝縮されている。こうしたあたりから、現代イラン社会の一端を垣間見ることができるだろうか。

 観おわった後に気づいたのだが、以前に観た「彼女が消えた浜辺」という映画もファルハディ監督の作品だった。この映画も心理劇として秀逸だったのをよく覚えている(→こちら)。イラン映画の底力を改めて感じた。

【データ】
監督・脚本:アスガー・ファルハディ
2011年/イラン/123分
(2012年5月12日、渋谷、文化村ル・シネマにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【映画】「ル・アーヴルの靴みがき」

「ル・アーヴルの靴みがき」

 フランスの港町、ル・アーヴルで、靴みがきをしながら生計を立てている老人マルセル。芸術家肌で若い頃はボヘミアン的な生活を送っていたらしい。立ち直るきっかけをつくった妻は彼が動揺するのを恐れて病気のことを隠していたが倒れてしまい、入院することになった。そうしたある日、マルセルは不法移民としてアフリカからやって来た少年に出くわした。成り行きから彼を匿うのだが、警察は嗅ぎつけた様子。ご近所さんとの連係プレーで何とか出し抜いたと思ったのだが…。

 不遇な人生。淡々と続くかのように思っていた日常生活の中、突発的に降りかかったアクシデント。もうダメか、と思っても、どんでん返しでハッピー・エンド。それも陳腐な終わらせ方ではなく、こういう人生も悪くない、と思わせる余韻──カウリスマキ映画のセオリーは今作「ル・アーヴルの靴みがき」でもいつも通りだ。これまでにも「浮き雲」「過去をなくした男」「街のあかり」などの作品を観てきたが、カウリスマキの映画は安心して観られるのが良い。

 それにしても、カウリスマキの映像アングルって独特で、人物の配置の仕方を見ると「ああ、これはカウリスマキだな」ってすぐ分かる。どういう感じなのかはうまく説明できないのだが。

【データ】
原題:Le Havre
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
2011年/フィンランド・フランス・ドイツ/93分
(2012年5月12日、渋谷・ユーロスペースにて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月22日 (火)

改めて、邱永漢のこと

 先週(2012年5月16日)、邱永漢が亡くなった。1924年生まれだから、享年88歳。私自身は邱永漢その人に格別な思い入れがあるわけではない。そもそも、彼の金儲け本など1冊も読んだことがない。ただ、彼のたどった生涯の軌跡を眺め渡してみると、東アジア現代史における重要な局面が図らずも刻印されているようにも見えてくる。そこに興味がひかれている。

 彼には色々な顔がある。台湾独立運動の「裏切り者」、外国籍で初めて直木賞を受賞した文学者、時流に乗った「金儲けの神様」、そしてグルメ──どの側面に注目するかに応じて違った容貌が浮かび上がってくるが、それらを一つの人物像としてトータルに描ききる視点が定まれば、この人物は非常に面白いテーマになるはずだ。

 邱永漢は台湾の古都・台南の生まれ。父親は台湾人だが、母親は日本人で、日本語が流暢なのはそのためだとも言われている。旧制台北高校在学中から文芸同人誌『文藝台湾』に出入りするなど文学肌の青年と思われていたが、戦争中、東京帝国大学経済学部に進学する。

 日本の敗戦後、二二八事件などを目の当たりにして台湾独立運動に関わり、国民党から指名手配されて香港に亡命、さらに日本へ渡った。同郷の友人だった王育徳(台湾語研究の先鞭をつけた言語学者、後に明治大学教授→こちらを参照のこと)が強制送還されそうになった際、世論に訴えるために書いた「密入国者の手記」が文学的に評価され、これが事実上のデビュー作となる(→こちらを参照のこと)。1955年に「香港」で直木賞を受賞。文筆活動の一方で実業にも活動範囲を広げ、その手のビジネス書も量産、「金儲けの神様」と呼ばれる。ニクソン・ショックで台湾が孤立を深める中、蒋経国政権からアプローチを受けて国民党と和解、台湾独立運動家たちからは「裏切り者」とみなされる。さらに、改革開放に湧く中国大陸に渡って事業を展開。奥さんは広東出身の料理研究家で、彼自身「食通」として知られ、そうした本も出している。

 台湾独立運動、文学者、「金儲けの神様」──喚起されるイメージはそれぞれ異なるが、実は直木賞受賞作「香港」で一つに結びついているように見受けられる。彼はほとんど無一文に近い状態で台湾から香港へ逃げてきた。生きていくためにはインテリの自意識や理想などかなぐり捨てて、とにかく金だけを手づるに這い上がらねばならない、そうした弱肉強食のカオスの中で去来する様々な思惑が、この作品で描き出されている。作中で師匠とも言うべき役回りの老李は「君は軽蔑するだろうが、ユダヤ人は自分らの国を滅ぼされても、けっこうこの地上に、生き残った。…国を失い、民族から見離されながら、いまだにユダヤ人にもなりきれないでいる自分を笑いたまえ」と発言し、これをきっかけに故郷台湾の風景と国民党の白色テロを思い浮かべるシーンが続く。邱永漢の独立運動の敗残者としての苦い思いと彼のあからさまなまでの金儲け主義とが、こうしたどん底の実体験を媒介として結び付いていたことがうかがえる。

 日本統治下の台湾。日本の敗戦、国共内戦、二二八事件など1940年代における政治的混乱。亡命生活の苦境。外国籍として初めて直木賞を受賞。日本文壇との付き合い。台湾独立運動の内紛。国民党との和解。日本の高度経済成長期に脚光を浴びた「金儲けの神様」。改革開放後の中国大陸で事業展開──邱永漢の人物論は、描き方によっては同時に東アジア現代史を見つめる一つの視軸にもなり得る。誰か面白い評伝を書いてくれないものか(なお、彼自身がつづった自伝的著作については以前にこちらで取り上げた)。

 なお、丸川哲史『台湾、ポストコロニアルの身体』(青土社)、垂水千恵『台湾の日本語文学』(五柳書院)などの先行研究で邱永漢が取り上げられているが、主にアイデンティティの複雑さに注目されている。岡崎郁子『台湾文学─異端の系譜』(田畑書店)では、彼が台湾文学史で評価されない理由として、①彼は日本語で二二八事件について初めて小説化したが、国民党支配下の台湾では読めなかった、②彼の作家活動期は短く、すぐに金儲けに行った、③国民党に“投降”したこと、また呉濁流たちから文壇への金銭的援助を求められたが拒絶したことにより、台湾文壇から反感を受けていたこと、などが挙げられている(→こちら)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月13日 - 2012年5月19日 | トップページ | 2012年5月27日 - 2012年6月2日 »