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2012年5月13日 - 2012年5月19日

2012年5月15日 (火)

橋本健二『階級都市──格差が街を侵食する』、ジャック・ドンズロ『都市が壊れるとき──郊外の危機に対応できるのはどのような政治か』

 都市をめぐる論考を続けて2冊読んでいたら、両方ともジェントリフィケーション(gentrification)というキーワードが出てきた。都市社会学の用語らしいが、不勉強にして初めて知った。直訳すると「富裕地域化」ということらしい。都市中心部の下町で産業が衰退する一方、再開発を意図して閉鎖した工場の跡地などに高所得者向け住宅や商業施設が建設される。アクセスの利便性や下町情緒を求めた富裕層が下町に居住すると、地価高騰、さらには地域特性喪失といった形で地元民は居づらくなり、留まったとしても分極化した経済的格差が共存した階級構成となってしまう問題である。具体的には、下町に高級マンションがそびえたつあの光景を思い浮かべれば分かりやすい。

 橋本健二『階級都市──格差が街を侵食する』(ちくま新書、2011年)は、社会的な階級格差が国土や都市など具体的な空間構成に反映されているという問題意識から、格差社会論と都市論とを結びつけて論じている。ジェントリフィケーションはまさにそうした問題である。本書が取り上げるのは東京であり、下町/山の手をめぐる格差社会の様相を歴史、フィールドワーク、統計データの計量分析(主にSSM社会調査のデータを使用)など多角的な視点から読み取っていく。理論的な分析ばかりでなく、文学作品からうかがえる描写や、実際に現地を歩いて回った観察(居酒屋訪問が好きだな)など具体的な肉付けがされているからヴィヴィッドな問題として説得力を持つ。

 ピエール・ブルデューの文化資本をめぐる議論をまつまでもなく、貧困地域に育った子供たちがその後の教育機会にめぐまれず、社会格差が再生産されてしまう問題は経験的にも知られているだろう。経済的問題ばかりでなく、地域社会的な環境要因は無視できない。社会階層ごとに分断された形で暮らしてるとそうした固定化がますます強まってしまうが、他方で混住したとしても子供同士はお互いの生活背景を敏感に察知するから差別・軽蔑のきっかけにもなりかねないという難しい問題もある。

 そのような問題があるにしても、より良い都市のあり方を目指すなら、やはり住民構成の多様性が望ましい。このソーシャル・ミックス(社会的混合)という概念については次のように説明されている。「異なる階級の人々の接触を促進することによって、下層階級の生活習慣を改善し、健康や教育の水準を引き上げる。また異文化の接触によって文化の交雑が起こり、文化が発展する。経済的な活動や政治参加の機会、高い水準の教育を受ける機会が平等化し、また人種間・階級間の敵意をやわらげて相互理解を促す。雇用のバランスと経済的安定がもたらされ、公共施設や公共サービスを提供するための財源も確保されやすくなる。多様なタイプの住宅が確保されるので、住民は近隣での転居によって必要を満たすことができ、地域に定住しやすくなり、またマイノリティや貧困層でも住居を確保しやすくなる。そして、異なる種類の人々との交流が地域での生活の一部となり、都市は民主的な集会所となる。」(256~257ページ)

 ただし、こうしたソーシャル・ミックスが完璧な処方箋かと言うと、必ずしもそうは言えないのが難しいところだ。フランスの歴史学者・社会学者、ジャック・ドンズロ(宇城輝人訳)『都市が壊れるとき──郊外の危機に対応できるのはどのような政治か』(人文書院、2012年)は、ソーシャル・ミックスの考えに基づいて行われてきたフランスの施策が実際には失敗しているのではないか、と疑問を投げかけている。

 都市問題はすなわち社会問題であること、そして近年のグローバリゼーションによる経済関係の急激な変化が都市内部の分極化、さらには解体をもたらしているという問題意識は世界共通のものとなっているようだ。本書の論点としては、ソーシャル・ミックスを促すために政策的に住民の移動を促そうとしたが、まず貧困層や民族的マイノリティーを裕福な市町村に移入させようとしても失敗する。逆に、貧困層や民族的マイノリティーの多く暮らす地域に富裕層を移入させることはできるのだが、この場合にはもともと現地に住んでいた人々が結果として追い出されることになってしまう、つまり上述のジェントリフィケーションの問題が生じてしまう。

 どうしたら良いのか。本書の結論部分では「都市の精神」の回復という抽象的な表現がされるが、要するに、居住空間の政策的な割り当てを行うという発想をしている限り、上述の問題に直面してしまう。それでは結局、為政者の論理に過ぎない。そうではなく、自分たち自身の政治的アイデンティティーをつなぎとめることのできるローカルな場所をいかに能動的に確保していくか。新たな社会的な連帯の原理を模索することが本書の問題意識おなるが、その際の個々人における実現能力を高める方向で施策を考えるべき、という話になる。アメリカのアファーマティヴ・アクションなども一例として挙げられている。

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