杉山祐之『覇王と革命──中国軍閥史 一九一五─二八』
杉山祐之『覇王と革命──中国軍閥史 一九一五─二八』(白水社、2012年)
1911年の辛亥革命はある意味、偶発的な出来事がきっかけだった。すでに揺らぎ始めていた清朝から中華民国への比較的スムーズな体制転換は、パワーバランスの推移を狡猾に見極めた袁世凱によってこそ可能になったと言える。その過程で孫文はあくまでもシンボルであって、具体的なことは何もしていない。良くも悪くも圧倒的な存在感を持った袁世凱だが、1915年に帝政運動へ乗り出すと、成立したばかりの中華民国は早くも四分五裂の危機を迎える。全国からの猛反発に愕然とした袁世凱は翌年、失意のうちにこの世を去った。彼の権力の源泉となっていた北洋軍閥は分裂し、安徽派(中心人物の段祺瑞が安徽省出身であることに由来)、直隷派(中心人物の馮国璋が直隷省出身であることに由来、他に曹錕、呉佩孚など)、そして張作霖の奉天派が入り乱れて北京を中心に権力争奪戦を繰り広げる。他方、中国南部もまた軍閥割拠の様相を呈しており、広東軍政府を組織した孫文の国民党にしてもこうした中では弱小勢力のたった一つに過ぎなかった。孫文の死後(1925年)、国共合作で内部に取り込んだはずの共産党(及びそのバックにいたソ連)の策動も相まって、国民党もまた内部で権力争いを繰り返していたが、そうした中から蒋介石が台頭、国民革命軍は紆余曲折を経ながら北伐を開始する。そして、国民党の後方を撹乱する共産党勢力の中には毛沢東や鄧小平の姿もあった。軍閥抗争期は旧時代の人物を洗い流していった一方、次の時代の主人公たちが出番を待っている。
中華民国という枠組が有名無実となって各地に軍閥が割拠したこの時代。高校世界史の歴史地図に軍閥指導者の名前が列挙されていても、相互にどのような関係にあったのかよく分からなかった覚えがあるが、それも当たり前。パワーバランスの変化に応じて互いに合従連衡を繰り返していたのだから。政治史的な記述は複雑となって理解するのは一苦労である。もう一つ、国民党にせよ、共産党にせよ、自分たちの正統性を主張するため、軍閥期の人物を悪役に仕立て上げる、もしくは軽視する形でストーリーを作り上げてきたという事情もあるだろう。
党派的に自らの立場を正統化する歴史観をいったん解きほぐした視点で捉えなおしてみると、善悪というよりは、悲喜こもごもの濃密なドラマが見えてくる。あるいは、歴史のイフを語りたくなるようなオルターナティヴの可能性も見えてくる。
例えば、剛直な常勝将軍・呉佩孚の孤立。機略縦横な才知がかえって多くの敵を作り、身を滅ぼすことになった稀代の策士・徐樹錚。自らの勢力拡大のためには平気で裏切りを繰り返した馮玉祥。人情家的な親分肌の張作霖──個性もそれぞれに多様な群像が織り成すドラマは、20世紀初頭という現代史の範疇にありながら、あたかも三国志演義が再現されているようで実に面白い。
親日的な売国政権として評判の悪い段祺瑞にしても、中国国内の混乱状況と日本の圧力との間で板挟みになって極めて困難な政局のハンドリングを強いられていた様子を具体的に見れば、非難ばかりするのもフェアではない気がしてくる。それに段祺瑞は、辛亥革命後の皇帝退位と共和制樹立を主導し、袁世凱の皇帝即位に反対し、張勲による復辟運動(1917年)をつぶすなど3度にわたって共和制の護持者として活躍している。
基盤が脆弱であるにもかかわらず北伐による中国統一を強硬に主張した孫文に対して、まず広東という足元から近代的な国家建設を進めるべきだと反対した陳炯明は、孫文を正統とする歴史観からすれば裏切り者に他ならない。しかし、陳炯明の発想の先には、聯省自治によるUnited States of Chinaとも言うべき連邦構想があった。例えば、湖南でもそうした自治運動はあったし、閻錫山のいわゆる山西モンロー主義にしても同様のことが言えるかもしれない(本書ではそこまで触れていないが)。
民国初期は軍閥割拠という混乱状況にあった点では不幸な時代であった。何よりも、相次ぐ戦乱は一般の民衆を苦しめるばかりであったし、日本軍の侵略をむざむざ許してしまったことには屈辱感があったはずだ。他方で、中央集権化されていなかったからこそ、検閲や弾圧をくぐり抜けながらも様々な国家構想を語れる時代でもあった。結果として実現されることはなかったにせよ、そうしたオルターナティヴの可能性を多分にはらんだ時代として見直してみるならば、いっそう刺激的なテーマがこの時代に埋もれているのは間違いなく、興味は尽きない。
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