【映画】「空を拓く~建築家・郭茂林という男」
東京国際映画祭の会場の一つ、コレド室町の日本橋三井ホールにて酒井充子監督「空を拓く~建築家・郭茂林という男」を観た。評判になった「台湾人生」以来の2作目だ。
1960年代以降の日本における高度経済成長を象徴する出来事は色々とあるが、とりわけ高層ビルの登場は東京の風景を良くも悪くも大きく変貌させた。1968年に完成した霞ヶ関ビルをはじめ、世界貿易センタービル、京王プラザビル、サンシャイン60、そして新宿副都心開発など東京を代表する高層建築プロジェクトを主導したのが、この映画の主人公、郭茂林という人物である。
彼はさらに故郷である台北のランドマーク、新光人寿保険ビル(新光三越百貨店)を設計し、台北市長当時の李登輝に招聘されて信義副都心計画も手がけている(人道と車道の分離など、新宿副都心計画の考え方が生かされているという)。東京では誰もが知っている多くの高層ビルを手がけたのが台湾人だったというのは初めて知ったが、高層建築や都市計画という点で日本と台湾とを結ぶ意外なつながりには驚いた。
郭茂林さんは1921年に台北で生まれた。生家の4軒先には、かつて台北在住の文化人がよく集ったことで知られる洋食屋のボレロがある(郭さんが2010年夏の里帰りでボレロに寄ったときには「昔の面影は全くない」とぼやいていたが…)。台北工業専門学校(現在は台北科技大学)の校長だった千々岩助太郎の推薦で日本へ渡り、1940年に鉄道省に勤務。その時の上司からしっかり勉強するよう言われて、1943年に東京帝国大学の聴講生となった。1945年の日本敗戦後は日本国籍を取り(名前は変えなかった)、岸田日出刀の研究室に残った。
建築業界に入ってからは東大にいた頃の人脈を生かし、巨大プロジェクトの取りまとめ役をこなすようになる。東大教授をはじめ第一級の建築家たちはみな一家言あり、それぞれが自己主張し始めると話はなかなかまとまらない。一癖もふた癖もある関係者それぞれの才能を見極め、つなぎ合わせていくところに郭茂林さんは卓抜な能力を発揮、それが霞ヶ関ビルをはじめとする至難のプロジェクトの成功へと結実した。「郭さんじゃなければまとまらなかった」と建築史家の藤森照信さんは語る。自分ひとりではたいしたことはできない、みんなの才能を引き出してまとめ上げていくことには自信がある、と郭さんは語っており、グループワークの要として自らの立ち位置を常に意識していたようだ。彼のユーモアと天真爛漫なパーソナリティーがそれを可能にしていたであろうことは、この映画からよく窺える。
2010年の里帰りで台北を訪れた際に目にした台北101に対しては、「見栄えばかり気にして機能的ではない、メンテナンスはどうするんだ?」と批判的だ。小細工など必要ない。建築のどっしりと大きな存在感そのものを表現したい。土地が限られているならば、はるか天空へと切り開いていけばいい(なお、霞ヶ関ビルの設計当時、高さが制限されていた建築規制を撤廃させるよう最初に働きかけを起こしたのも郭さんだったという)。
日本統治期の台湾において日本人と台湾人との間には厳然たる差別があった。公学校出身者で上級の学校へ進もうにも、台湾人に事実上許された枠は限られたものに過ぎなかった。よほど頑張らなければ、狭き門を潜り抜け、恵まれた立場の日本人と伍して行くことはできない。そうした中でも、公学校や工業専門学校の恩師が郭さんの才能を見出してくれた。何よりも、「負けてたまるか!」とばかりに彼は突っ走り続けた。勝気なパーソナリティーと、高度経済成長期という時代的気運、両者が建築というジャンルで一つの勝負場所を見出していったようにも見える。そのように、上へ、上へ、と突き進むポジティヴな勢いが、「空を拓く」というタイトルに表現されていると言えるだろうか。
高度経済成長に伴う景観破壊などの負の遺産は別途考える必要があるだろう。私自身、素直には首肯できない。ただ、高層建築の魅力を天真爛漫に語る彼の姿は、当時における一つの時代的気分をありのままに物語っており、そのこと自体が現在から振り返ると社会史的・精神史的な史料となっている。
この映画が完成したのは今年の4月だが、その前後の時期に郭さんをはじめ取材対象となった関係者4人がお亡くなりになったという。郭さんは酒井監督を孫のように思っていたそうで、カメラを向けられても実に話しやすそうだ。フランクな語り口だが、自分の建築を自画自賛するときでさえも嫌味を全く感じさせない。郭さんの人柄の魅力が実によく描き出されているが、日台関係史と建築史とが交差するテーマとしてさらに興味が触発されてきて、そこが私にはとても面白かった。渋谷のユーロスペースで来年早々にも一般公開されるとのことなので、見逃した方は是非足を運んでみると良いと思う。
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