【映画】「夢売るふたり」
「夢売るふたり」
人当たりの良い板前の寛也(阿部サダヲ)を、しっかり者の里子(松たか子)が何くれとなく気遣いながら夫婦二人で切り盛りしてきた小さな居酒屋。ところが、苦労の末にようやく構えたこの店が失火で一夜のうちに消えてしまい、寛也は茫然自失。里子は新しい店を持つため開業資金を貯めようと働きながら彼を励ます。
ある日、寛也は常連客だった玲子(鈴木砂羽)が泥酔しているのに偶然出くわした。一緒によく店に来ていた不倫相手が交通事故で亡くなり、親族から手切れ金を渡されたのだという。二人は一夜を過ごし、互いの苦境を語り合う中、玲子はその手切れ金をそっくりそのまま寛也に渡した。寛也は昔の仲間から借りたと言って里子に見せるが、彼女は夫の裏切りを敏感に見抜いた。彼を厳しく責めながらも里子の頭は冷静だ。玲子の心理を分析しながら、はたと気づく──なるほど、これは使える。里子は自らシナリオを描き、鵜飼いのように寛也を動かしながら結婚詐欺を始める。
玲子の場合、たとえ不倫とはいえ相手への気持ちは真剣なものだったのだろう。それはお金に換算できるものではない。お金を渡されると、むしろ抱いていた気持ちの純粋さが金銭換算可能なもの、打算的なものであったかのように汚され、侮辱されたように感じてしまう。
男と女の関係でかけがえのなさを求める気持ちを考えたとき、それは自分をこの世で代替不能な唯一の相手として認められたいのと同時に、相手にとって自分は不可欠な存在であることを手ごたえとして感じたいという渇求でもある(その点で、寛也のように人当たりは良いがさえない男が自分の苦境をさらけ出すのは効果的)。そうした承認欲求はもちろんお金では購えない。だからこそ、そこにつけこめば、金銭換算不可能(=上限がない)であるがゆえに、自らの気持ちを相手に証明したいという動機から、請われれば自発的にいくらでも大金を出してしまうという心理的構造も導き出せる。そこに里子は気づいた。承認欲求を満たしてくれる幸せ、夢、そういった曖昧な感情であればあるほど、つけこむスキはいくらでも見出せる。ある意味、新興宗教の商売と似ているのかもしれない。
最初は小金を持っているおばさんたちがターゲットだった。ところが、容貌にコンプレックスを持っていたり、事情があって風俗嬢をしていたり、それでも真面目にひたむきな女性たちと関わりを持ち始めると、寛也の様子に変化が表われ、里子との間はギクシャクしてくる。新しい店を持つという夢に向けて、しっかり者の里子のサポートがあって寛也は何とかやっていけるという関係のように考えていた。しかし、里子自身は本当は何をしようとしているのか? 寛也は里子に向けて、結婚詐欺を始めてから今までにないほど生き生きしている、と言う。里子自身がある種の空虚感の鬱憤晴らしに他の女の不幸を見たいだけなのではないか。そこに気づいたとき、コンプレックスを抱えていても自身の足で立って生きようとしている彼女たちを騙すことに寛也はためらいを感じるようになる。安易な承認欲求に見切りをつけた彼女たちに、自分の詐欺は通用しないことを悟ったかのようだ。
西川美和監督の作品は以前から好きで、「蛇いちご」「ゆれる」「ディア・ドクター」と観てきたが、心情の複雑な揺れ動きをたくみにストーリーにまとめ上げている手際は今作でも見ごたえがある。能面のようにクールでいながら、内奥のドロドロとしたものを演じきった松たか子の怪演もなかなかのもの。どうでもいいが、エンド・クレジットを見ていたらヤン・イクチュンの名前があったが、どこに出ていたのだろう?
【データ】
監督・原案・脚本:西川美和
出演:松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈、鈴木砂羽、安藤玉恵、江原由夏、木村多江、笑福亭鶴瓶、ほか
2012年/137分
(2012年9月15日、新宿ピカデリーにて)
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