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2012年9月24日 (月)

【映画】「ライク・サムワン・イン・ラブ」

「ライク・サムワン・イン・ラブ」

 ここのところイランでの映画製作は難しくなっているらしい。名匠アッバス・キアロスタミも活動の場所を海外に移し、イタリアを舞台とした「トスカーナの贋作」(私は未見)に続き、今回の舞台は日本である。東京という設定だが、風景からすると横浜のようだ。

 コールガールをしている女子大生のアキコ(高梨臨)。祖母が田舎から東京に出てきたので会いたいという連絡が携帯電話に入っていたが、後ろ髪を引かれる思いで「仕事」に行く。そこで出会ったのは、むかし大学で社会学を教えていたという老人のタカシ(奥野匡)。彼は亡き妻の面影を彼女に見出していた様子で、眠り込んでしまったアキコに手を触れようとはしない。翌朝、車で彼女を大学まで送っていったタカシは、アキコの彼氏のノリアキ(加瀬亮)と出くわす。タカシをアキコの祖父と勘違いしたノリアキは車に乗り込み、会話を交わし始める。

 老人はアキコに亡妻の面影を見出し、かりそめの青春を思い出しているかのようだ。アキコに対して粗野に、時に暴力的に付きまとう青年のストーカー的な態度は彼女から受け入れられない。二人の一方通行の思い入れはあたかも擬似恋愛のようで、それがタイトルLike Someone in Loveの由来であろうか。

 青年は彼女と喧嘩していた。老人が理由を尋ねると、青年が言うには「アキコはよくウソをつく。おばあさんが東京に来ていると言っていたけど、あなたはおじいさんだし、昨晩は携帯電話も切っていた」。女は分からないと嘆く彼に対して、老人は「女のウソを受け入れることも必要だ。人生経験が足りないから、結婚はまだ早いのではないか」とたしなめる。

 分からないということに対して、そのあるがままを受け入れる老成した人生態度。対して、青年の純粋にひたむきでもせっかちな危なっかしさはウソが許せない。そうした二人の人生態度は、世代間の相違を浮き上がらせている。ただし、その相違は、青年からすると、アキコを手元に引き寄せている老人の身勝手=既得権益のようにも映る。映画のラスト、青年が老人の家に押しかけて窓ガラスを割るシーンで唐突に終わるが、人生経験を閲したがゆえの老成した知恵が、同時に既得権益ともオーバーラップしかねない偽善、それに対する青年の抗議ということになるだろうか。もちろん世代間の感覚的相違はどこの国でも常に問題となるところだが、ここに現代イランの政治的行き詰まりを重ね合わせるのは深読みのしすぎか。

【データ】
監督・脚本:アッバス・キアロスタミ
2012年/日本・フランス/109分
(2012年9月23日、渋谷、ユーロスペースにて)

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