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2012年8月20日 (月)

小野田寛郎『わが回想のルバング島』、鈴木紀夫『大放浪──小野田少尉発見の旅』

 日本軍の撤退後も連合軍の後方撹乱という任務を帯びた残置諜者としてフィリピンのルバング島に残り、30年間にわたってジャングルの中で戦い続けた小野田寛郎。戦後生まれだが日本社会に居場所を見出せず、1970年前後の時期、ヒッチハイクで世界放浪の旅に出た青年、鈴木紀夫。戦前的価値観で戦い続けている小野田の存在は、鈴木にとって「パンダと雪男と小野田少尉に会うのが夢」と常々語っていたように未知の驚異そのものだった。1974年、鈴木による小野田の発見は、残留日本兵という形で現代社会は戦争をいまだにひきずっていることを改めて浮き彫りにした出来事として話題になった。ただ、そうした問題とは別に、それぞれ立場は異なるものの、現代日本社会においてアウトサイダー的な感性を持った二人の邂逅として捉えてみると意義深いドラマであったようにも感じられる。

 小野田寛郎『わが回想のルバング島』(朝日文庫、1995年/朝日新聞社、1988年)と鈴木紀夫『大放浪──小野田少尉発見の旅』(朝日文庫、1995年/文藝春秋、1974年)の2冊は合わせて読むのが良い。無邪気な鈴木青年、殺気を漲らせて現れた小野田少尉、出会いの瞬間における二人の視点の相違がはっきりと見えてくる。当初は警戒していた小野田はこの開放的で誠実な青年にやがて友情を感じるようになる。そもそも『わが回想のルバング島』は、後にヒマラヤまで雪男を探しに行って遭難死した鈴木に捧げるため執筆されたものだ。

 小野田は陸軍中野学校で宣伝工作を学んでおり、目にした情報はまず疑ってかかるという習慣が身についていた。捜索隊の投降呼掛けに対しても細かな矛盾点を根拠として謀略と判断。「戦争は終わって日本は平和になった」と言われても、ベトナムへ北爆に向かう米軍機がルバング島の上空を飛ぶのを彼は頻繁に目にしていた。「どこが平和だというんだ? 米軍がさかんに出動しているのは、日本軍が反攻に出ている証拠だ」と考える。小野田はルバング島の奥地でも、拾った新聞やトランジスタラジオで情報収集をしており、日本の繁栄ぶりについては知っていた(その点で鈴木は驚いている)。ただし、その日本は米軍の傀儡政権であって、本当の日本政府は満洲の奥地に亡命政権を作って抵抗しているはず、と考えていた。彼は中国勤務経験があり、日本は反共の観点から蒋介石と手を組むはずだという見通しを根拠としていた。

 たとえ情報を得てはいても、皇国不敗の信念から情報認識の再構築を行っていた点はブラジルの「勝ち組」と同様と言えるかもしれない。彼が陸軍中野学校で学んだ宣伝工作の分析力は、与えられた情報を解体することはできても、それを再構築する上で大きなバイアスがかかっていた。そうした意味では意外と役立たなかったのか? 他方で、中野学校では「謀略は誠なり」と教えられてきた。謀略は、その性質からして当然ながら、周囲から理解されない完全な孤独の中で遂行せざるを得ず、自分を超越した何かに価値観的な拠り所を委ねるのでなければ精神的に持ちこたえられるものではない。私利私欲を捨てた「誠」の感覚は、ジャングルで孤立無援の闘いを持続させる支えとなった一方、情報認識の再構築にあたり大きなバイアスとしてかかっていたことも指摘できる。そうした中、鈴木という無防備な青年の図らざる出現によって小野田の呪縛はようやく解かれることになった。

 なお、鈴木紀夫『大放浪』は1970年前後の時期、ヒッチハイクで世界放浪した回想が中心で、小野田少尉発見の経緯が出てくるのは後半。どうでもいいけど、世界のどこへ行ってもホモに狙われる話が出てくる。一般に語られないだけで、バックパッカーの世界放浪ではそういうのが当たり前なのか。

 戦後日本で海外渡航が解禁されたのは1964年のことで、まだ色々条件的に厳しくても鈴木と同様に世界を放浪している日本人の若者も当時から結構たくさんいた。下川裕治『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書、2007年→こちら)で取り上げられた「引きこもり」ならぬ「外こもり」と比較しながら読んでみると、当時と現代との気質的な相違も見えてくるかもしれない。「外こもり」の場合、日本社会の内部における日常から逃れても、渡航先でもやはりまったりとした生活時間を送るだけで、言い換えると海外という外部も日常の延長線上にある。鈴木の場合、日本社会における日常から逃れて「パンダと雪男と小野田少尉に会う」という非日常を海外放浪に求めていた。ついでに言うと、小野田の場合には、非日常を自らに与えられた任務として引き受けねばならず、日常などという感覚は最初からなかった。

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