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2012年7月30日 (月)

【映画】「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」

「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」

 1988年、チベット研究者である夫、マイケル・アリス博士と共にオックスフォードで暮らしていたアウンサンスーチーのもとに、母危篤の連絡が入った。看病のため、慌ててビルマへ帰国した彼女は、病院で血まみれの負傷者が次々と担ぎこまれてくるのを目の当たりにする。表に出ると、民主化を求める人々がデモ行進をしていた。中には、かつてビルマ建国の間際、政敵によって暗殺された父・アウンサン将軍の肖像画を掲げている人もいる。平和的なデモに対しても治安部隊が容赦なく銃弾を浴びせかけるのを見た彼女は、このまま祖国に留まる決意をした。

 民主化運動への影響力を恐れた軍事政権はアウンサンスーチーを自宅軟禁に処した。イギリスで暮らす夫や二人の息子と会えなくなってしまった苦悩。やがて夫がガンに侵されていることが分かるが、最後に一目会おうにも、一度出国したら軍事政権は再入国を拒絶することは分かりきっている。夫自身がビルマ訪問の要望を出したが、軍事政権は根拠も明らかにしないまま拒絶を繰り返すばかり。結局、二人は再会がかなわないまま永遠の別れを迎えてしまう。幼い頃に暗殺された父、離れ離れになった夫と子供──「政治」によって翻弄された家族の姿がこの映画のメインテーマとなっている。

 軍事政権の圧迫にも妥協せず、かと言って挑発的な態度も慎み、じっと耐え抜いた不屈の精神。そうした彼女の姿は感動的である。しかし、ドラマチックなストーリー展開として盛り上げる必要からやむを得ないのかもしれないが、この映画の描き方では単なる英雄待望論になってしまう。

 アウンサンスーチーは思想的にガンジーの影響を受けているが(映画の中でも彼女がガンジーの本を読んでいるシーンが時折映し出されている)、非暴力主義だけでなく、Freedom from Fearという考え方が重要である。それは単に軍事政権の圧迫から自由を求めるというレベルにとどまるものではない。無名の人々であってもあらゆる一人ひとりが自らの心の中に萌す恐れの気持ちを克服して、不条理の中でも自らの義務を果たすよう求める「自律」の精神をも意味している(田辺寿夫・根本敬『アウンサンスーチー 変化するビルマの現状と課題』[角川書店、2012年]→こちら)。アウンサンスーチーの場合には、たまたま故アウンサン将軍の娘に生まれたという自らに与えられた立場性から逃れられないことを理解した上で自らの役割を果たそうとしているのであって、それを英雄物語に仕立て上げてしまうと、彼女の意図にそぐわないのではないか。

 迷信的なネウィン将軍、猜疑心の強いタンシュエ将軍たちのいかにも悪役らしい定型的な粗暴さはともかく(ベネディクト・ロジャーズ『ビルマの独裁者 タンシュエ──知られざる軍事政権の全貌』[秋元由紀訳、白水社、2011年]を読むと、実際にそんな感じだったらしい)、映画の演出的必要から仕方ないのかもしれないが、一般の人々について言うとアウンサンスーチーを崇め奉る無知蒙昧な群集にしか見えない(まさにこのようなパターナリズムが今後の問題であると上掲書で根本敬は指摘している)。アウンサンスーチーなど英語を話す人々は理性的存在として描かれる一方、それ以外は背景的存在に押しやられているのが気になる。オリエンタリズムというかつて流行った問題意識が脳裏をよぎった。

 また、軍事政権によって人々が虐げられる姿もところどころ挿入されているが、それはあくまでも受身の立場として軍事政権の粗暴さを示すばかりで、そうした過酷な状況下でも彼らがFreedom from Fearの思想を自覚的に実践しようとした能動的側面までは、少なくとも映画上の演出として見えてこない。一言でいえば、英雄としてのアウンサンスーチーが描かれる一方、民主化運動を担った無名の一人ひとりの存在はオミットされている。

 結局、アウンサンスーチーという悲劇のヒロインを中心に据えた感動的物語を仕立て上げているだけで、民主化運動の思想的意義を考えた上で作られた映画とは言えない。リュック・ベッソンは、アウンサンスーチーの示した思想的課題を完全に無視して映画を作ってしまった。この映画は、ビルマにおける民主化運動の問題とは切り離して、あくまでも引き裂かれた家族愛をテーマにしたメロドラマなんだと割り切って観た方が良い。リュック・ベッソンは娯楽映画だけ作ってればいいんだよ。変にマジメぶるから、こんな勘所を外した映画になってしまう。

 主演のミッシェル・ヨーは、細面だからだろうが、アウンサンスーチーの雰囲気をきちんと出していて悪くない。アウンサンスーチー本人の方が美人だとは思うが。

【データ】
原題:The Lady
監督:リュック・ベッソン
2011年/フランス/133分
(2012年7月29日、新宿、シネマスクエアとうきゅうにて)

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