星乃治彦『赤いゲッベルス──ミュンツェンベルクとその時代』
星乃治彦『赤いゲッベルス──ミュンツェンベルクとその時代』(岩波書店、2009年)
・ヴィリー・ミュンツェンベルクは貧しい家庭に生まれ、見習い奉公に出たが、社会主義サークルに入ったの機に運動を始め、解雇された。放浪の末、スイスへ行き、1915年にはベルンの青年会議でインターナショナル書記となり、この頃、レーニンと出会う。レーニンがチューリッヒに移転した後もしばしばプライベートで彼を訪問した。
・なお、トリスタン・ツァラ(塚原史訳)『ムッシュー・アンチピリンの宣言──ダダ宣言集』(光文社古典新訳文庫、2010年)所収の著者による解説はツァラ小伝となっているが、チューリッヒ時代のレーニンはダダの拠点となっていたキャバレー・ヴォルテールに出入りしており、ツァラとも出会っていたことが指摘されており、塚原の解説によるとレーニンをキャバレー・ヴォルテールに誘ったのはミュンツェンベルクだったという。
・ミュンツェンベルクはインターナショナル青年書記として活躍した際にモスクワのコミンテルン中央の押し付け方針に反発して衝突した一方、彼の才覚はレーニンから認められていたため、当時、飢饉に見舞われていたロシアへの救援を求めるキャンペーンを任された。この仕事をきっかけにミュンツェンベルクは大衆メディアを駆使した宣伝活動を効果的に展開したことが、「赤いゲッベルス」というあだ名の由来である。
・従来の新聞が教養層を対象としていたのに対し、彼が1921年11月に創刊した『イラスト労働者新聞』は、ページ数を少なくし、価格も安く抑えた。イラストや写真をふんだんに入れて視覚に訴える構成で、ジョン・ハートフィールドのような新鋭スタッフを使って、モンタージュ技法など最新技術も駆使。共産主義の宣伝だけでなく、スポーツ記事や「月の世界はどうなっている」といった教養的な内容で、労働者の知的好奇心を満たす内容とした。この『イラスト労働者新聞』を足がかりにして有力な雑誌や新聞を傘下におさめ、ワイマール共和政においてドイツ出版界で右派のフーゲンベルクに次ぐ、第二の左翼出版コンツェルンを構築した。
・なお、モンタージュはベルリン・ダダが多用した技法であり、ハートフィールドもベルリン・ダダの一人である。彼はヘルムート・ヘルツフェルトという名前のドイツ人だが、戦時下、政府への反逆の意図を込めて英語風に名乗った。彼はベルリン・ダダであると同時にドイツ共産党に入党していたことから分かるように、既存秩序への反逆という意識において、初期の共産主義はダダを含めたアヴァンギャルド芸術と共存が可能であった。
・ヴィリーの構築した「ミュンツェンベルク・コンツェルン」は共産党に依存しない独自の存在となった。彼の企業経営スタイルは共産主義者というよりもアメリカのビジネスマンのような感じだったらしく、「赤い億万長者」と陰口もたたかれたようだ。そうした彼の「右派」的傾向はソ連中央の方針に合うものではなかったが、他方でヴィリーの財政力はソ連にとっても無視できず、またソ連における穏健な経済政策の時代とも重なっていた。
・ナチスの政権掌握に伴い、彼はパリに亡命。ナチスの焚書→ドイツ人亡命者たちが焚書にされた著作を積極的に集めようとした「ドイツ自由図書館」の創設にヴィリーも加わった。反ファシズム運動に尽力。ドイツ人民戦線を作り上げようという運動をパリで行うが、他方、プラハでは彼のライバルのウルブリヒトが同じ運動を展開していた。人民戦線を戦術的にしか捉えないウルブリヒト派と人民戦線を目的の一つと捉えるヴィリー派との対立。ドイツ共産党議長テールマンなき後の党内抗争において両者の対立は激化。
・1937年、『武器としての宣伝』を出版→ナチスの宣伝活動の斬新さや弱点を分析。しかし、この著作の中でスターリンなど党指導者への言及がほとんどなかったため、共産党から批判を受ける。ソ連における大粛清を目の当たりにして、コミンテルンの召還にためらい。ウルブリヒトの策動→ヴィリーは孤立→共産党から除名。
・1940年、ドイツ軍のフランス侵攻→逃亡中のヴィリーの死体が見つかる。自殺か、他殺(ソ連諜報機関説、ゲシュタポ説)か、死因はよく分からないが、本書では自殺説を採用。
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