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2012年7月22日 (日)

金賛汀『北朝鮮建国神話の崩壊──金日成と「特別狙撃旅団」』

金賛汀『北朝鮮建国神話の崩壊──金日成と「特別狙撃旅団」』(筑摩選書、2012年)

 思想的な淵源を少なくとも公式見解としてはマルクス・レーニン主義に求めている「共産主義」国家での三代世襲という異様な光景は悪い冗談としか言いようがないが、そんな当たり前なことを今さらあげつらっても仕方がない。金日成の権威の絶対性は日本の植民地支配から朝鮮人民を解放したという公式歴史観として表現されており、金正日への後継にはその抗日戦争の最中に白頭山で生誕したという神話性が装われていた。そうした延長線上に現在の金正恩体制がある。

 何よりも金日成が自力で抗日戦争を戦い抜いたことがナショナリズムとしての正統性の根拠となっている。しかし、実際には金日成たちは日本軍の掃討戦に持ちこたえられずソ連に逃げ込んでいた。再び朝鮮半島に戻ってきたのは日本降伏後の1945年9月になってからのことで、元山港に密かに降り立った彼はソ連の軍服を着ていた。所属は「極東ソ連軍第88特別狙撃旅団」。当然ながら彼のバックにソ連の意向があった。もちろん、自力で「日本帝国主義」を倒したわけではない。そうした経緯は北朝鮮における公式文書では一切隠されてきた。

 本書は、当時の金日成を知る人々からの聞き書きによって、北朝鮮の現体制を根拠づけてきた「建国神話」を突き崩していく。著者自身、かつて朝鮮総連の活動家であったことから自身が騙されてきたことへの怒りが本書執筆の原動力となっているが、そうした作業は「神話」にすがって生きている人々にとっては死活問題であり、著者は朝鮮総連からだいぶ嫌がらせを受けたらしい。

 抗日戦争時の金日成について空白が多いことは以前から知られていたことなので本書を読んだからといって特別に驚くようなことはないが、キーパーソンへのインタビューに至る経緯など本書の成立過程そのものも描きこまれているところが興味深い。例えば、金日成の権力掌握過程で起こった苛烈な粛清を逃れた兪成哲は思いのたけを述べる。あるいは、中国共産党幹部の陳雷(後に黒龍江省長)と結婚して中国に残った李敏(黒龍江省政治協商会議副議長)は、身分的にはエリートである以上、中国共産党の上層部の諒解を受けなければならないはずだが、そうした彼女までも本書のインタビューに協力していることには、中国側も北朝鮮のいびつな現状に不快感を抱いているであろうことがうかがわれる。

 かつては同盟国を慮って北朝鮮「建国神話」に協力してきた中ソ両国だが、ソ連崩壊によってロシアにおける金日成関連史料は明るみに出されており、改革開放以降の中国でも事情は同様である。こうしたあたり、「建国神話」の是非以前に、北朝鮮を取り巻く国際環境そのものが大きく変わったことが改めて実感される。

 なお、余談だが、ソ連の所属部隊でソ連系朝鮮人は「さん」「同志」といった意味合いで互いに「ガイ」と呼んでいたらしい。もともとはピョンヤン近辺で「犬」とか「奴」とかの意味で、ソ連上層部と直結するソ連系朝鮮人に対する侮蔑的な意味で使われていたが、ソ連系朝鮮人自身はそうとは知らずに使っていたそうだ。後に北朝鮮の副首相となったものの粛清された許哥誼(ホガイ)は、まさに「許ガイ」をそのまま名前にしてしまったらしい。ホガイについてはアンドレイ・ランコフ(下斗米伸夫・石井知章訳)『スターリンから金日成へ──北朝鮮国家の形成 1945~1960年』(法政大学出版局、2011年→こちら)などを参照のこと。

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