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2012年7月16日 (月)

唐亮『現代中国の政治──「開発独裁」とそのゆくえ』

唐亮『現代中国の政治──「開発独裁」とそのゆくえ』(岩波新書、2012年)

 比較政治論の枠組みにおいて現代中国が模索している近代化の方向性を「開発独裁路線」と位置づけ、政治体制の構造的な特徴を分析。その上で、台湾や韓国における権威主義体制がやがて民主化へと進んだ前例を念頭に置きながら、ある意味で発展段階説的な観点から、中国でも徐々に進展していくはずの民主化について考察を進めるのが本書の基本的な論調となっている。

 社会的矛盾や政治的不満は、高度経済成長路線によって何とか抑え込まれているのが現状であり、今後、民主化するにしても、それがソフトランディングになるのか、ハードランディングになるのかは、経済開発政策と社会政策とがうまくかみ合った形で進むかどうかにかかっている。中間層が民主化の推進力となるとするリプセット仮説について、中国の中間層は共産党支配体制の恩恵をこうむっているのだから当てはまらないのではないか、という議論もあるが、本書では中国の中間層も中長期的には成熟するはずだと肯定的な捉え方をしている。

・近代化の三つのモデル:①経済発展最優先の段階(社会秩序安定のため自由と権利を制限)、②社会政策強化の段階、③民主化推進の段階→中国では、毛沢東時代の全体主義は①、鄧小平による改革開放以降は権威主義体制の②に変容していると本書は位置づける。台湾や韓国の経験を踏まえると、中国も今後は③の民主化の段階へ進むはずである、というのが本書の全体的な論旨。
・「法の支配」が確立していない問題。司法の独立、裁判官の独立、専門主義と職業倫理のいずれにおいても欠陥が大きい。近代化の進展に伴って人々の利益要求が強まり、利益対立や社会衝突が頻発。しかし、司法制度や法意識の改善が進んでいないので、共産党が​政治的手段で抑え込もうとする。一時的には社会秩序の安定化はできるかもしれないが、そうした政治介入はかえって司法の権威の確​立を妨げているというジレンマ。ただし、長期的には法治国家への建設は少しずつ進んではいると指摘。
・社会主義は平等と公平を理念とする一方で、現実には経済格差が拡大。
・国有企業では経営重視の方針によって雇用制度、報酬制度、医療・年金制度の改革→労使関係において経営者が絶対的な優位に立ち、都市部労働者は特権が奪われて社会的弱者に転落。中小企業は民営化され、経営者は人員整理。
・機会の不平等。とりわけ、農民への不当な差別。エリートの特権と腐敗。
・維権活動の展開、その動員力として新興メディア。「群体性事件」の頻発や新興メディアによる速報性→弾圧コストの増大→集団抗議活動に対して地方政府が譲歩するケースも増えている。
・政府の強い介入で農地の収用や住民の立ち退き→各級政府は十分な経済補償を行わないで強制的に収用した土地を活用、経済特区や公共インフラの整備ばかりでなく、転売による莫大な財政収入。環境問題をめぐる住民運動の頻発。
・開発政策と社会的弱者の保護とをどのように両立させるのか?という課題。
・上からの政治改革戦略。政治改革≒民主化と経済改革は同時にすべきか、どちらかを先行させるのか? 政治改革の三つの次元:①民主化、つまり一党支配体制を解体、普通選挙、複数政党制、言論と報道の自由、権力の分立、文民統制など欧米型政治制度の導入。②緩やかな自由化、つまり政治統制力の確保を前提としながら社会の活性化を図る。③政府改革。かつてのソ連におけるショック療法が①→②→③という順番だったとしたら、中国における漸進路線は③→②→①という順番。②の段階についてなら、政府内改革派と民主化勢力穏健派との連携は可能。
・一党支配体制や保守的な改革路線を正当化するため、「中国式民主主義」という主張→社会主義の優越性という論理は説得力が薄れてきているので、集団主義など伝統文化論の主張もよく見られる。コーポラティズムや討議デモクラシーなどの概念も用いるが、欧米とは条件が異なる。
・中間層が民主化の担い手になるというリプセット仮説は中国にも当てはまるか?→現時点で中国の中間層は未熟ではあるが、将来的に成熟して民主化の推進力になる可能性を指摘。
・市場化、グローバル化、情報化、自由化が進む中、中国政府も一党支配体制を維持するため時代的潮流に合わせて制度改革を進める必要に迫られている。中長期的に見て、民主化が進むとして、それは「軟着陸」か「硬着陸」か?→1989年の天安門事件当時と比べると、現在では民主化のための「初期条件」は進展しているが、不十分な点も多い。社会的矛盾や政治的不満は経済成長によって緩和されている側面があり、経済の失速が早いと「追い込まれた民主化」という「硬着陸」の可能性が高まるが、近代化が順調に進めば「軟着陸」できるかもしれない。

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