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2012年7月17日 (火)

木宮正史『国際政治のなかの韓国現代史』

木宮正史『国際政治のなかの韓国現代史』(山川出版社、2012年)

 冷戦構造において南北分断という形で成立した韓国と北朝鮮は、悲願の南北統一に向けてどちらが主導権を握るのか、互いに自国の政治的正統性を主張して競争しあう関係にあった。1940年代において両者のスタートラインはほぼ同じ、むしろ日本の植民地統治期に形成された重工業は北部に偏り、南部は貧しい農村地帯であったことを考えると北朝鮮の方が有利だったとすら言えるわけだが、現在では韓国の圧倒的な優位となっていることは周知の通りである。

 なぜこれほどまでに差が開いていったのか? 同盟の地政学的要因や指導者の個性など色々な理由が考えられるにせよ、政治体制のあり方が決め手となっているのは間違いない。本書は韓国現代政治史の概論的内容となっているが、適宜、北朝鮮との比較についても指摘される。①冷戦から脱冷戦への移行、②採用された経済発展戦略の相違、③権威主義体制・開発独裁体制から民主主義体制・市場経済への移行という三点に焦点を合わせながら、韓国政治がたどってきた動向を分析し、その中から韓国が優位に立った要因について考察が進められる。

 様々な要因がからまっているので結論的に言うのは難しいが、本書は構造的な要因として次の三点を指摘している。

 第一に、北朝鮮が「自力更生」路線を掲げ自らの「主体」性を強調していたのに対し、韓国は国際経済との連携を経済発展戦略として採用した点が挙げられる。とりわけ朴正熙政権は北朝鮮と比べて軍事的・経済的に劣勢にあるという認識を持っていたため、経済発展によって体制競争に勝とうとした。それは国際市場への輸出というだけでなく、同盟国アメリカからの援助、さらに日本との国交正常化によって経済的資源の移転を促し、そうしたリソースを活用しながら輸入代替工業化と輸出指向型工業化を両立させる複線型発展モデルが進められた。国際分業体制への参入によるメリットを享受する一方、一時期は海外への従属的関係に陥った面もあったにせよ、「自力更生」路線の北朝鮮とは異なり、その後の飛躍的な経済発展につながるバネとなった。

 第二に、北朝鮮が「一つのコリア」にこだわったのに対し、韓国は1970年代以降、南北分断という現状認識から出発すべきという「二つのコリア」政策を取り、蓄積された経済力も相俟って、その後の北方外交の展開、中ソとの国交正常化、南北国連同時加盟といった外交的成果を収めることができた。他方で、北朝鮮側の外交的成果ははかばかしくない。

 第三に、指導者の世襲による全体主義的体制を取る北朝鮮が「遺訓」によって政策的オプションに大きな制約がかけられている一方で、政権交代が常態化した韓国では政策変更に対する正当性の取り付けが比較的容易であった。それは、かつてはクーデタによる政権交代という異常な形を取ることもあったが、1987年にそれまでの権威主義体制から本格的な民主主義体制へと移行してからは選挙による政権交代がすでに制度化されている。また、権威主義体制の内部でも政策変更はしばしば実行されていた。

 こうした両国の対称性は、政治制度のあり方そのものが国民の運命についても明暗を分けてしまうことを改めて感じさせる。1970年代の段階では両者のパワー・バランスにそれほどの開きがなく、対話路線の可能性も見られた。しかし、その後は両者の格差は拡大するばかりで、北朝鮮は建前として「統一」を掲げる一方、韓国主導の吸収統一を避けて現体制の生き残りを目指す方向で政策目標が再設定されたと考えられる。金大中政権の宥和政策も、李明博政権の比較的強硬な政策もいずれも奏功しなかった背景にはそうした事情があるようだ。 

 なお、関心を持った点をいくつかメモしておくと、
・近年における李承晩の再評価の傾向:①植民地近代化論への反論として、李承晩政権期の国家資本主義を再評価。②北朝鮮に対して韓国が完全に優位に立った現時点から見ると、李承晩の単独政府樹立という選択は間違っていなかった。③李承晩政権と朴正熙政権とを同じ保守政権として連続的・段階的に理解する位置づけ。
・朴正熙政権の独裁や人権弾圧にもかかわらず彼の評価が高いのは、「ナショナリスト」としての側面。彼は、「反日」ナショナリズムではなく、「用日」「克日」ナショナリズム→韓国の国益のために日本を利用するというリアリスティックな思考で一貫していた。
・日韓国交正常化をめぐる日韓双方の相違:日本での反対運動は「脱植民地化」に向けられず、「冷戦」へ巻き込まれることへの懸念が中心だった。対して韓国では冷戦体制に組み込まれていることは自明なのでこの点は問題視されず、「植民地責任」が清算されないままで日本へ従属化してしまうという点で批判。

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