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2012年6月17日 (日)

辻潤について辻まことが記したこと

 本ブログのタイトル「ものろぎや・そりてえる」の由来について取り立てて説明したことはなかったが、これは辻潤の同名エッセイから拝借したもの。アルファベット表記すると、monologia solitaire。ラテン語の名詞にフランス語の形容詞がかかる形で、日本語に強いて直すなら「さびしき独白」とでもなるだろうか。

 語感が何となく気に入っていた。ひらがな表記した欧米語は意外にモダンな雰囲気が醸し出されるだけでなく、音のリズムが心地よい。まだ無名だった頃の宮沢賢治や萩原朔太郎を見出したのは辻潤であり、そのことからも窺えるように彼の詩的な言語感覚には独特な鋭さがある。さらに、ネット上で適当なことを書き散らすには意味的にも通じると思ったのが、この「ものろぎや・そりてえる」を採用した理由の一つ。

 ただ、そればかりでなく、私が辻潤その人に強い関心を持ち続けていることも動機として働いている。

 酒と女にだらしないダダイスト、それにもかかわらず妻の伊藤野枝を大杉栄に寝取られただらしないコキュ、そのように男女関係の乱雑さも許容される文学的サークルの中で騒ぎまわっていた日々──辻潤の一般的なイメージはそんなところだろうか。彼については評伝も何冊か出されている。ただ、辻潤について書かれたそのような本は意外と奥行きが感じられない。誰もが彼について語りたがる「自由人」なるイメージそのものが意外と型にはまってしまっているという奇妙な皮肉が実にもどかしく、私はほとんど感心できなかった。

 私自身が辻潤について描くとしたら、存在論的な人生そのもの、という捉え方になると思うが、それがどういうことなのかはまた別の機会に。

 辻潤について書かれた文章で唯一、私が的確だと思ったのは、息子・辻まことの残した断片的なエッセイである。ただし、彼は父親について書くことに躊躇いを感じており、求められてもあまり書かなかった。それは気恥ずかしいからではない。辻潤について語ろうにもふさわしい言葉が見つからない。ただこの世に存在する、というこの端的に不可思議な真実を表わすべき十全な言葉を、誰もが見出し得ないのと同様な困難を感じざるを得なかったからだ。そうした戸惑いの中でも彼が何とかつむぎ出した次の評言は、私もまさにその通りだと思う。

「自分自身を生命の一個の材料として最も忠実に観察し、そこに起る運動をありのままに表現する作業、つまり、客体としての自己を透して存在の主観を記述したのが辻潤の作品なのだ。最も確実な個性を、個性的な忠実さで個性的に追求したために、ついに個性などというものを突抜け、人間をつきぬけ、生物一般にまでとどこうとしてしまった存在なのだということができるかも知れない。」

 以下は『辻まことセレクション2 芸術と人』(平凡社ライブラリー、1999年)から抜粋。

 彼は短い人生の長かった闘争の最後に狂気によって救済された。辻潤は佯狂だという人がいる。しかし佯狂もまた狂気であると私はおもう。佯狂のように見えたのは、彼の場合に百パーセントの狂人ではなく、狂気と正気が共棲していたためだ。器能障害による狂気ではないからだ。おそらく精神が自衛上採用した最后の手段だったとおもう。
 最初の発作が起こったとき(不眠不休が三日も続いた)ついに慈雲堂病院に入院させるために、やっとのおもいで自動車に乗せた。そのとき私は、行先きを彼にはっきりとは告げなかったのだが、彼は私にこういった。
 ──お互いに誠実に生きよう。
 異常に高揚した精神につきあって私も不眠が続いていて、こっちもすこしはオカシクなりかけていたのだが、この言葉とそのときの冷静な辻潤の面持ちのなかには一片の狂気のカケラもなかった。そして、この言葉は私の心に深く刺さりこんだ。
 直観的に、この言葉が、お互いの関係の誠実という意味ではないことを悟った。彼は私に「自分の人生を誠実に生きる勇気をもて」といっていたのだ。そして自分は「誠実に生きようとしているのだ」といっていたのだ。
 一寸まいったのである。
(「父親と息子」241~242ページ、初出:松尾邦之助編『ニヒリスト』オリオン出版社、1967年)

 「汝の運命を愛せ!」という言葉は賢いものの言葉として知られている。確かにその通りであろう。親爺は自殺を否定していたから、或は自分自身の運命を肯定していたかも知れない。しかしこのような人間の運命を見せつけられた者にとっては、その世界観と人生観が、一行の箴言では片付けられない重さを持ってくる。
(「父親辻潤について」253ページ、初出:『本の手帖』1962年6月)

 一体辻潤の人や作品を解説すること自体がかなりナンセンスだと、本当のところ私はおもっている。そのことは少しでも辻潤の書いたものを読めば解ることだ。
 そもそも辻潤の思想のコツは一切の解説的知性を転覆しているところなので、その文学的意図は読者の悟性をいかに切捨てさせてしまうかにある……といってもいいくらいのものだ。
 すでに「ニヒリスト」という表題で何人かの人々が、辻潤の人や作品について興味ある文章を寄せているし、そのほか、これまでにいろいろな人が書いたものを読んだ。だが私の眼にふれた限りでは、どれもこれも、及ばないのだ。なにに及ばないかといえば、辻潤に関する限り、辻潤その人の書いたものに匹敵する深みまでは及ばないのだ。
 自分自身を生命の一個の材料として最も忠実に観察し、そこに起る運動をありのままに表現する作業、つまり、客体としての自己を透して存在の主観を記述したのが辻潤の作品なのだ。最も確実な個性を、個性的な忠実さで個性的に追求したために、ついに個性などというものを突抜け、人間をつきぬけ、生物一般にまでとどこうとしてしまった存在なのだということができるかも知れない。
 私は、いつか「辻潤は理解される必要のない人物だ」となにかに書いた。理解されるという言葉の意味がどういうものなのかを辻潤を読んだ人でも解らない人がいて、文句をいわれたことがある。「辻潤を理解する」といえるほど、私は辻潤を軽蔑することができないのだ……と私はその人に答えた。
 すべての方法論を放棄して自分を生きる……この容易であり最も困難でもある辻潤流をそのまま移せば、「すべての解説を飛躍して直接読め」……ということになる。死んだ辻潤はどんな顔付、どんな声だったかは、読者当然の興味かも知れない。だが本当の興味は、汚染されない読者によって辻潤がどんな顔付で、どんな声で、その読者のうちによみがえるか?ということだとおもう。
(「辻潤の作品」264~265ページ、『辻潤著作集 第三巻 浮浪漫語』解説、オリオン出版社、1970年)

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