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2012年6月23日 (土)

根本敬・田辺寿夫『アウンサンスーチー──変化するビルマの現状と課題』

根本敬・田辺寿夫『アウンサンスーチー──変化するビルマの現状と課題』(角川ONEテーマ21、2012年)

 アウンサンスーチーが釈放され、制限つきながらも選挙が実施されるなど、軍事政権の方針転換は国際社会からおおむね歓迎されている。そうした近年の動向に合わせ、中国や東南アジアへの日本企業の進出が飽和状態に近づいているという意識の表れであろうか、新たな投資先としてビルマへの関心も昨年あたりから急速に高まっている。

 本書はこのようなビルマ情勢の変化を受けて、二人による前著『ビルマ軍事政権とアウンサンスーチー』(角川ONEテーマ21、2003年)を全面的に書き直したものである。前半ではビルマ政治が現在抱える問題点を考察していく中でアウンサンスーチーの思想について正面から論じているのが特色であり、後半では在日ビルマ人社会の現在について描かれている。

 国名の表記について一言しておくと、現在の軍事政権は「ミャンマー」を名乗っており、外務省やマスコミ等もこの表記に従っている。しかし、軍事政権の正統性を認めていない民主化運動の支持者は敢えて「ビルマ」という表記を続けている。国家平和発展評議会(SPDC)議長(事実の国家元首)であったタンシュエは引退したとされてはいるものの、国軍に対する影響力は依然として保持しているとも言われ、現在、アウンサンスーチーとの対話路線を進めているテインセイン大統領の力量について本書は判断を保留している。なお、タンシュエ時代のビルマ政治についてはベネディクト・ロジャーズ(秋元由紀訳)『ビルマの独裁者タンシュエ──知られざる軍事政権の全貌』(白水社、2011年)に詳しい。

 抑圧的な軍事政権であっても、海外からの投資を積極的に呼び込むことで経済を活性化させ、国民生活の安定によって将来的な民主化も促進されると考えるのか。それとも、民主主義やガバナンスのあり方が未成熟な中で海外からの投資が投下されても、既得権益階層を固定化させるだけで貧富の格差がむしろ拡大する。従って、海外からの投資の前提として、まず民主的なガバナンスが必要と考えるのか。本書の立場は後者になると思うが、このあたりの議論は見極めが難しくて(どちらも理屈として成り立つと思うので)、私としては判断を保留中である。 

(以下、内容についてメモ)
・現行憲法は国軍の意向に反した決定はできない仕組みになっており、軍事政権が近年になって軟化し始めた動向は、改革ではなく、あくまでも「変化」に過ぎない。では、その「変化」の理由は?→①対外的イメージの改善、②安定的な経済発展が必要であり、そのためには欧米による制裁を解除してもらう必要を認識、③中国との経済関係があまり深まりすぎると「衛星国」化の懸念があり、これは軍事政権のナショナリズムからは受け入れがたく、その牽制のために欧米や日本との経済協力を模索。

・NLD(国民民主連盟)は最近の補欠選挙で圧勝したとはいえ、軍事政権が制定した現行憲法の下で確保できる議席数はあまりにも少なく(664議席中43議席)、憲法改正へのハードルも高い(議会の4/3以上が必要)。従って、軍事政権と対話しながら徐々に改革に道をつけていくしかない。そうした限界の中でもできることは何か?→国民の保健衛生の向上、教育環境の改善、少数民族問題、公務員の腐敗への対処など。

・軍政によって長期間にわたり軟禁されてきたので、アウンサンスーチーの肉声は一般の国民から切り離されてきた。このため、国民は彼女のメッセージを読むことができず、彼女を偶像化する傾向につながってしまった。そうした個人崇拝から、アウンサンスーチーに政権を任せさえすれば万事うまくいくはず、という信仰すら生まれてしまう問題。

・アウンサンスーチーは経済発展のための投資そのものに反対しているわけではない。ただ、「正しい目的」には「正しい手段」を以てすべきという思想に基づき、人権、環境などに配慮した経済政策が可能かどうかを問題にしている。民主主義が未成熟な社会では、政治的な腐敗、官僚制の未成熟によるテクノクラートの不在などにより、利権の独占傾向が考えられ、貧富の格差が拡大してしまわないか? 外国企業が投資する場合、軍事政権と組む形になるが、民意が政治に反映される体制でなければ国家予算の配分が恣意的となり、むしろマイナスが大きいという判断。

・アウンサンスーチーにはガンディー思想からの影響が強い→「真理の追究」。彼女の思想の基本には「恐怖からの自由」というテーマがある。これは一般的な人権問題としての意味だけでなく、むしろこの「恐怖からの自由」を自ら実践する義務を一人ひとりが負う。つまり、自らのうちに芽生えた「恐怖」をも克服して、各自が正しい目的に向かって振舞うべきという考え方。こうした自力救済の思想を、果たして一般の国民がどこまで理解できるか? アウンサンスーチーへの個人崇拝は、実は他力救済の願望に過ぎないのではないか?という逆説。インドにおけるガンディーがそうであったように、彼らの存在は「国民的な誇り」とはなっても、実際に彼らの思想を受け継ぐ者は少数にとどまるのではないか?と懸念。

・日本におけるビルマ人社会。欧米諸国に比べて、日本政府による難民認定が極めて厳しすぎる問題。東日本大震災にあたってボランティア活動に取り組む在日ビルマ人たちの姿。ビルマと一言で言っても多民族社会で、少数民族の人たちも目立つ。いや、むしろ少数民族であるがゆえに軍事政権から迫害を受けて亡命せざるを得なかったケースが多いと考えるべきか。

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